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「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様2〜大人の壁、突破編〜🎩第ニ章 金と銀

2 金と銀

「先輩っ?午後の依頼なんて予定に無いじゃないですか?」
 と、館の外に出てもなお、引っ張られながらサダノブは黒影に聞いた。
「ああ、無いよ。ただ、あのクラウディーは嘘を付いている。新しい彼の話も、前もって用意していた。全く戸惑いも無く話したのだから。女性が男性と二人きりでいて関係を聞かれたら、先ず戸惑うのが普通だ。怪しい関係じゃなくても、恥じらう気持ちがあるからな。それに、すれ違った男……保険屋等ではないよ。昼間に鞄も持たずに、金の懐中時計の派手な鎖。僕なら女性より目立つ格好はけしてしない。女性に華を持たすのが紳士だからだ。よって、暇人な紳士でも無さそうだ。」
 と、黒影は話す。
「えー?じゃあ部屋探し、振り出し?」
 と、サダノブは頬を膨らませて聞く。
「ああ、部屋探しはな。……事件なら近付いた。帰って依頼書を作成する。クラウディーは必ず、依頼書に快くサインをしてくれるだろう。」
 そう言って、黒影は帽子の鍔を軽く持つと、微笑んだ。
「……事件に巻き込まれているんですか?」
 と、サダノブは館を振り返り、そうは見えなかったので不思議そうに聞いた。
「……きっと……これからだ。」
 黒影はそう答えると、ご機嫌そうにロングコートを踊らせる様に広げ、半回転させサダノブに言った。

「今度は、助けられるぞっ!」

 灰色だった雲が開けて行く。
 辿り着いてから、既に終わっていた悲しい事件も。
 過ぎた後悔は何も生まない。
 今から出来る事を待っていた。
 来たんだ……その時が……。

 切り裂きジャックのホワイトチャペル(地名)事件で、連続と思われる事件……
 先ず首を切り裂き、後に臓器、顔、子宮等が切り裂かれたカノニカル・ファイブ(canonical five)と呼ばれる、切り裂きジャックの犯行と最重視されるものが5件。
 その他、切り裂きジャックの犯行の可能性が薄いとされた事件、大小含めると11件にも及ぶ。
 イーストエンドのスラム街の環境は劣悪を極め、娼婦が彼方此方にいて珍しくもない場所で起こった。
 皮肉にも切り裂きジャックの話題で、スラム街の一掃が行われたのだ。
 黒影がイギリスに到着したのは、ピタリと事件が止まった……そんな頃だった。
 サダノブが複数犯説を挙げた時、黒影にはこのパズルから不思議と愛憎が浮かび上がって見えた。
 全解決に程遠いが、現世から涼子に持って来て貰った資料と新聞社から掻き集めた情報の内、真実味のあるものだけを組み合わせて、犯人を追うしか無い。
 黒影の予知夢でさえも、翌日の殺意ある事件の影しか見れないのだから、今は足で稼ぐしか方法が無さそうだ。
 黒影が到着時に見たご遺体は、中でも損傷の激しい5体目のご遺体だった。
 頭にはイニシャルが壁に描かれ、切り裂かれたものはサイドテーブル等に置かれた。
 切り取った部位を置く事に関しては、他2件と一致するが、何かが違うのだ。
 他2件は切り裂いた部位を肩に置いた。
 それに5件目程損傷は酷く無い。
 首を先ず切ると言うのも、同一犯にみせかける為ではないだろうか。
 ただ単に、口裏を合わせたのでは無いか。
 その理由は一つ。
「切り裂きジャック」と言う、空想の激情型犯人をでっちあげる為。
 より騒ぎを大きくするのが、目的だったのではないだろうか。
 態々新聞社に手紙を出し、「切り裂きジャック」と名乗った理由は、その犯行と自責の念を薄くする為のスラムの改善だとしたら?
 情報を後に売り捌く目的だったのかも知れない。
 穢れた金の匂いがする……。
 先の事件でも犯人が自供していた、「その男」は言葉巧みに悪意を善意で軽減すると言うものと一致する。
 これは大きなシナリオだったのではないか。
 ある一人の天才が、人間の狂気と欲望を利用して、駒にしていたのでは無いだろうか。
 そのタイトルが「切り裂きジャック」だったのだろう。

 5件目のみイニシャルと、他より下半身等の大部分を切り裂いた理由。
 黒影の脳裏にふわりと浮かぶその「真実」……それは未だ推測に過ぎない。
 ……確かめたい……
 ……霧に隠れても尚……気弱な殺人鬼は愛に隠れている……
 娼婦と愛する者の差さえ、分からぬのは闇の霧が濃すぎる所為だろうか……。
 いいや……これは練りに練られた計画的犯行。
 この劇場型犯罪の茶番劇を終いにしてやらないとね。
 先ずは一手……手に入れた……。
 黒影はにやりと笑うと、クィーンを取った。
「あーっ、もう!また取られたわ。」
 と、白雪が黒影とチェスをしながら悔しがる。
「何で何時もクィーンばかり取るのよっ。……分かっているのに取られちゃう……。」
 と、白雪はがっくりする。
 黒影は狙った獲物は必ず仕留める。
 例え手の内がバレようと、それを得る為ならば一瞬の隙も迷いも無い。
「ゲームだと思って甘くみるからさ。僕はいつだってクィーンの白雪が1番欲しい。」
 と、黒影は和かに笑った。
「そうだ、黒影は司令塔のタワーだったわね。……じゃあ、私がタワーを取ったら勝ちも同然よっ。」
 と、白雪は二つの立ちはだかるタワーを、どうしてくれようかと睨む。
「ねぇ?……そう言えば、キングは誰だか教えてくれなかったじゃない。」
 そう言って白雪は、地道にポーンを取る。
「……今回は……まだ見ぬ「真実」だよ。だから、今日は此処まで。まだチェックメイトには駒が足りない。」
 そう微笑んで、黒影は薄まったシングルロックのウイスキーを飲み干し、お代わりをしにカウンターへと向かった。
「ねぇ……あのパレスの今は未亡人の旦那って、どんな人?良いご身分だったみたいだし、ゴシップ誌が放っておく訳が無い。」
 と、黒影は甘えるようにカウンターに身を任せて、片手を付き乗り出し、口付けを欲しがる様に、女店主に微笑み聞いた。
「もうっ!幾ら情報が欲しいからって、猫みたいっ!」
 と、白雪はご機嫌伺いをする黒影を見て言うと、紅茶を持ってサダノブのいる席に座る。
「今回は大物ですからね。ご機嫌伺いじゃなくて、不謹慎にも楽しんでいるんですよ、あの人は……。」
 と、サダノブはほんの少しだけ、黒影の思考を読んで、目を閉じて微笑み言った。
「……夢……だから?」
 と、白雪は黒影がいつか対峙したかった、切り裂きジャックが相手だからかなと思い、サダノブに聞いた。
「幾ら白雪さんでも、これ以上は先輩のプライバシー。思考を読むにも、礼儀は必要ですからね。」
 と、サダノブは笑ってジンにライムをギュッと絞り入れ、笑っている。
 ……本当は誰も読めやしない。
 ……黒影先輩の「真実」は霧の深く、闇の深く、夢のもっともっと深く……。
 ……それは真っ暗な影の様。けれど冷たくはない、柔らかな日差しの様でもある。
 でも、それで良いんだ。
 読めないから、気楽で良い。

「……確か、貿易商じゃなかったかしら。東洋の漆器とかよ。に変なゴシップ一つない、真面目で紳士的な人だった筈だわ。」
 と、女店主は言って黒影に口付けようとしたが、黒影はスッと顔を逸らしてニコッと微笑み、
「そうか。何時も助かるよ。有難う。」
 と、言ってサダノブと白雪の席に、ウイスキーを持ってやってくる。
「あー……罪な男が来た。」
 と、サダノブは笑って言った。
「ん?何が?」
 と、黒影も笑顔でウィスキーを一口飲む。
「ホント、信じられないっ!」
 白雪だけは頬を膨らませて、拗ねていた。
「そう怒らないで。……そろそろ良い仕事も来る。」
 と、黒影は白雪の頬にキスをする。
「今度は本当のご機嫌取りねっ!」
 と白雪は言った。
「……当たりですねぇ。」
 と、サダノブが苦笑いをする。
「……僕は白雪が怒っても好きだけれど、嫌われたら好きな人も憎くなるのかなぁ〜?ほら、ストーキングとか、好きな人を刺しただとか、そんな犯罪がある。けれど、犯人に聞いても、やっぱり理解出来ないんだ。」
 と、黒影は頬杖を付いて言った。
「先輩は無視されないからじゃないですか?無視ってDVに入るぐらいだから、やっぱり精神的に参るんじゃないんですかねぇ?」
 と、サダノブが考えながら答える。
「ならば、無視じゃなくて、ちょこっとだけ構っていれば犯罪まで行かないものか?」
 と、黒影はサダノブに聞く。
「そこが難しいんですよぉー。構ってもらえたら、よっしゃー!って、次を期待するものでしょう?……それでも期待をいつまでも裏切られたら、また可愛さ余って憎さ100倍なんですよ。」
 と、サダノブは言った。
「あら、じゃあ……暫く、黒影無視してあげる。そうしたら分かるんじゃない?」
 と、まだご機嫌斜めだった白雪は、ツンとしてそんな事を言う。
「えっ、ちょっ……それは、困るよ。一日だってもちはしない。」
 と、黒影はウイスキーを咽せりながら、慌てて返す。
「ふぅ〜ん……どうだかねぇ。」
 と、白雪は言ったが、満足そうな笑顔で紅茶を口にした。
「先輩には一生分からなくて良いんですよ。」
 と、サダノブは二人を見て微笑んで言う。
「……そうだ、穂さんと涼子さんは?穂さんは兎も角として、涼子さん、また遊んでいるのか?」
 と、黒影は穂と涼子の部屋を見上げて、サダノブに聞く。
「二人なら買い物に行きましたよ。それにしても、何で急にそんな犯罪心理学みたいな事を聞くんです?」
 と、サダノブは黒影に聞いた。
「ああ……切り裂きジャック事件においては、研究者は多いが全て憶測でしかない。思考が読めるサダノブの方が分かるんじゃないかと思ってね。この……5人のご遺体だが……。」
 と、黒影は話の流れで、普通に5人のご遺体の画像写真をコピーしたものを、テーブルに広げる。
「きゃあ!……ちょっと、出すなら言ってよっ!」
 と、ご遺体を見慣れている白雪さえ、軽い悲鳴を上げ紅茶をソーサーごと取り、椅子から立ち上がると後ろを向く。
「……あっ、そうか。すまない。」
 黒影は少し考えて、謝罪する。
 喉、腹部、子宮、胸、内臓、顔では無理も無い。
 黒影が医学的にしか見ないので、鈍感なだけだ。
 なんら問題なさそうに、黒影は画像を分けた。
「子宮か臓器のみ三名、心臓込みの下半身ほぼの惨殺一名、切断なし一名。全て金、土、日曜日。犯人が知能犯であれば、容疑者から外れる為に逆の行動を取る。つまり、平日休みの外回りの仕事、若しくは休日を選べる立場であれば誰でも可能だ。」
 と、黒影はそもそもの容疑者の絞り方に疑問を持っているようだ。
「えっ?全員切られた訳じゃないんですか?」
 と、サダノブは少し驚いている。
 切り裂きジャックの被害者だから、当然切り裂かれていると思うのが普通だ。
 では何故、切り裂かれていないのに、連続殺人としてカノニカル・ファイブにカウントされているのか……。
 それは余りにも単純で安易な理由からだ。
 犯行後に書いた悪戯かも知れない犯行声明に、二人殺すとあり、その通りになったからと言う理由だけだ。
「……これは全く手口が違う。別件だ。」
 と、黒影はスッと画像を他とは遠くにずらした。
 まるでトランプを動かす様に、余りにも淡々と黒影は話す。
 冷酷にも見えるかも知れないが、黒影は自分の心の平静を保つ限界を知っているだけなのだ。
 無関心でなければ冷静な判断を欠く。
 残酷な事件程、他人事と割り切り始める。
 感情的であるのは、たった一瞬。
 犯人を捕らえ、怒り恨んだその時だけで良い。
 きっとそれは、黒影自身が己を守る為に必要だった在り方なのだと、サダノブは思っている。
 だから弱いとは思った事も無い。
 1番弱いのは自分の限界を、知ろうともしない者だから。

 ……自分すら守れぬ者が、他人を守ろうなどと……烏滸がましい驕りに過ぎない……

 黒影は誰に言われた言葉なのか、常にその言葉を何度も己に言い聞かせている。
 きっと大切な言葉なのだろうと、サダノブはあえてそれについて聞いた事が無い。
「今、思考を読んだな……気になるか、その言葉。」
 黒影は、ウイスキーを飲み、一息吐くと店の開かれたドアから見える景色を、呆然と見ながらサダノブに言った。
「……ええ、まぁ……。でも、大切なんですよね?その言葉。」
 と、サダノブが黒影の思考を読んでいる時、以前も何故か黒影に勘づかれる事はあったので、それには驚きもせず聞いて良いのか分からず、そう答える。
「……初めて誰かを救おうと手を伸ばした時、その命はこの手から滑り落ち、亡くなった。……どうしようもなく無力さに打ちのめされた時、「あの人」がくれた言葉だ。「あの人」の今は亡き母親が、昔「あの人」に言った言葉らしい。……厳しい言葉だが、温かい。救えず嘆く者だけを救う言葉だ。誰かを救おうと思わない者には、その価値が分からない。……嘆く暇があるなら……悔しいならば、自分を守れるだけの強さを先ず持て。そう言う意味だ。」
 黒影はウイスキーを眺めなら、のんびりとリラックスして話す。
 黒影の言う「あの人」とは、この「黒影紳士」を書いている、黒影の古い友人でもあり、創世神と呼ばれる存在である。
 度々本編では出くわす事もあるだろう。
「古い友人」とも例えるのは、1番初めの「黒影紳士」が凡そ十数年前に書かれ、今此処に形を変えて蘇っているからである。
 其れこそ、影の亡霊の様に……。

――――――――――黒影紳士エピソード0
「まだ……帰ってこない。」
 その小さな少女は夕暮れに、一人残り遊んでいた。
 細い枝で、絵や文字を砂にかいては消す。
「遅いね、お母さん。……もう少しだって連絡きたから。」
 心配そうに保育士が近付いて、声を掛ける。
「慣れたから……大丈夫。」
 少女の口癖は「大丈夫」。母が何時も笑っておまじないで言ってくれた「魔法の言葉……「大丈夫」。」
 魔法なんて無いんだ。だから自分の心に言おう……「大丈夫」だと。
「きっとね……今頃、沢山の人の安全を守っているから、だから私も頑張って待てるよ。」
 ……守って欲しいのは……泣きそうな自分だったかも知れない。
 そんな少女に一人だけ、ずっといてくれる友達がいた。
 その友達は無言で、自ら動きはしない。
 少女が動くと、真似して動き斜陽の加減で伸びをしたり、縮こまってみせる。
 ……そう……その友達の名は「影」だった。
 少女は影を捕まえたくて、枝で影の輪郭をなぞって遊ぶ。
 時間が経つ度に逃げる影を、また捕まえようと……永遠に二人きりの追いかけっこを始める。
 軈て少女は成長し、ある日膝を抱えてベッドの上にいた。
 相変わらず忙しい母……病弱で足手纏いに思えた自分……。
 ふと俯くと、やはり影が目に止まる。
 庭の花の絵……沢山の短い詩や物語。
 学校へ行けない日には、決まってかいていたので、机の引き出しに溜まって行った。
 そして……大人になったばかりの彼女は、母と同じ道を選ぶ。
 当時はまだ男社会の弱さとは逆の、強く在らねばならない場所へ……。
 その頃、「黒影紳士」が生まれた。
 しかし、彼女は突然ぱたりと書く事を止め、姿を消す。
 守るべき場所で起きた、死亡事故に心を痛めたからだ。
 制服には喪服代わりに、あるしきたりがある。
 その肩に……失われた命が重くのし掛かっている様だった。事故発生時、連絡を受け、彼女自身が即座に発報したが、間に合わなかった。
「……守れなかった……。」
 涙が止まらぬ彼女に母は、
「判断は間違っていなかった。誰も……止められなかった。」
 と、静かに言った。
「でもっ!あの発報が後1秒……後1秒だけでも早かったら!」
 彼女は取り乱して、只管自分を責めている。
「変わらない。何も……変えられる事は無かった。」
 母も辛いのに、そう言っていた。
「でもっ!私は私を許せないっ!例え誰かが許してくれようとも、そんな同情で私は自分を許しはしないっ!」
 彼女の責任感は、最早懺悔にもならない嘆きでしかなかった。
 母はその時、目が覚める様に彼女の頬を叩き、悔し涙を零さずに目にため、訴えるように彼女に叫んだ。
「自惚れるなっ!……自分すら守れぬ者が、他人を守ろうなどと……烏滸がましい驕りに過ぎないっ!……悔しかったら強く在りなさい。その悔しさを無駄にしては……いけない……。」
 何年ぶりだったろうか……母が彼女を強く抱き締めてくれたのは……。
 彼女は未だに母親がどんな人だったかと聞かれると、こう答える。
「とても厳しくて……とても強くて……優しかった。」

 それから数年後――

「ねぇ……また一緒に遊ぼうよ……黒影。今度は追いかけっこじゃなくて、共に走ろう。僕は筆を……君は事件を。僕はもう……あの頃の様に弱くは無い。死も悲しみも、ずっと見詰めてきた。けして目を背けず、君に伝える為に。……だからまた……走れる。行くぞっ、黒影!」

 そして……見違える様に、その眼に一片の曇も無く、一匹の烏が太陽目掛けて舞い上がる。
 影と共に……新しい時代を走り抜けて行く。
 散り行くイカロスに成ろうとも、けしてこの命を無駄にはしない……。

 ――――――――――――――――――
「気になるのは……これだ。サダノブはこのご遺体、どう思う?」
 黒影は5人目の被害者の画像を見せた。
「こりゃあ……酷いなぁ。……先輩が気になる理由も何と無くは分かりますよ。えっとぉーほら生ゴミに蓋するやつっすよねー?」
 と、サダノブは適当な事を言う。
 思考を読む集中力の高さが切れると、普段は馬鹿になる。
「なぁ?だからワザとなんだよなぁ?今回こそワザとだって言ってくれないかなぁ?……知らない方がマシだって言ったよな?……臭い物には蓋をするだろ?」
 と、黒影は脱力して言った。
「あー!それだ、それ!一見、嫌だから蓋して見えなくした……様に見える。けど、逆ですよ!見られたく無いから蓋をしたんです。」
 と、サダノブは言う。
「……相変わらず説明下手だなぁー。まぁ、良い。僕も同意見だ。これは……愛憎だと思う。元から嫉妬深かった犯人が、とうとう愛に狂い殺そうと決意したとしよう。
 僕なら白雪で、サダノブなら穂さんで仮に想像してみると簡単だ。」
 そこまでの話を聞いて、白雪がバッと二人に振り返る。
「ちょっとお……勝手に殺さないでよぉー。」
 と、少しだけ興味が出てきたのか、画像に慣れたのか、はたまた立っているのが疲れたのか、文句を言いながら椅子に座った。
「まぁ、仮に……だから。愛憎ならば、歪んでいようが愛している人で考えないと、想像つかないだろう?」
 と、黒影は「愛している人」を強調して、にっこりと微笑む。
「ん……まぁ、それもそうだけど……。」
 と、白雪は微笑みに負けて、大人しく続きを聞く事にした。
「……ただでさえ嫉妬深かった事を前提にすると、何故5人目の被害がここまで酷くなったのか、全て説明が出来る。
 他のご遺体と同じに見せ掛けたいが、それでは非常に許せない事態が起こる事に、犯人は気付いた。
 ……彼女の全裸が記録として残ってしまう。
 ましてや、ここまで騒がれている切り裂きジャック事件として、マスコミも殺到する。
 世間に見られても、大丈夫な姿にしなくてはならない。
 子宮と内臓じゃあ隠しきれない。
 もしも白雪が死んだと仮にして、僕があんまり見られたくないなぁーと、思う箇所を見事に切っている。
 ……どうだ?嫉妬深いなら太腿や足も出来るだけ見せたく無い。
 なんなら下半身全部見せたくない。
 顔は?……想像させたく無い。……そして極め付けは心臓。ハートつまり心は誰にも譲りたく無い。
 服でも着せたいが、それでは切り裂きジャックの犯行に見せ掛けられない。
 ……ならば、切って見られなくしよう。
 そして犯人はふと気付く。
 此れでは身元が分からない。
 葬儀すらしてやれず、ご遺体が帰れず腐ってしまうじゃないか。折角、殺して自分のものに出来たのに……。
 そして犯人は他の一連の事件には無い、奇妙な痕跡をやむを得なく残す。……それがあの壁のイニシャル。
 犯人は極度のサディスティックであり徐々に、過激化したと言う説があるが、どうもしっくり来なくてね。それまで、段階的に極度に悪化していないんだよ。5件目だけが、飛び抜けて突然悪化している。
 葬儀を気にする程、被害者に近い者の犯行だ。犯人のみが切り裂きジャックか、はたまた5人目の犯人と、他3名の犯人が切り裂きジャックか……若しくはその二人の犯人の共犯か、5人目だけが模倣犯かはまだ断定出来ない。
 僕の考え過ぎだろうか?サダノブなら好きな人の何処を見られたく無い?」
 と、黒影は頬杖を付き、気楽に聞くではないか。
「ちょっと!レディの前で、はしたないっ!」
 と、白雪が思わず一喝する。
「あっ……。」(黒影)
「……確かに……。」(サダノブ)
「否、でも犯人の重要な……」
 と、黒影は白雪に言うが、白雪はプイッと外方を向いて部屋に戻ってしまう。
「参ったなぁ……。」
 黒影は此れでは、切り裂きジャックの話は迂闊に出来ないと苦笑する。
「……そもそも、はしたない事、満載な事件ですからねぇ……。女性陣の前ではタブーですよ。……確かに、嫉妬深い懲りない男説は、案外しっくりきますね。そうするとぉ〜この3枚に纏めた被害者画像の犯人は、行き過ぎたサディスティックな奴の犯行ですかね?」
 と、サダノブは黒影に聞いた。
「……サダノブさぁ……此処だけの話なんだけど……。」
 と、黒影が何やらサダノブの耳に手を当て、何か言いたい様だ。
「何ですか?まだ、はしたないネタ持っているんですか?」
 と、耳を貸す。
「共通点……偶然見つけてしまったんだよ。
 だけど……その……何だ、とても言い辛いのだが……切り取った場所が全てハートを示唆しているんだ。
 ハートと言えば心臓。ハートを捧げる事で心臓……つまりは命を捧げるとさえ言われる。
 ……その……ハートの形なんだが、あくまでも医学的に言うからな。
 一般的には心臓を表したものだ。ただ異論もあり、女性の臀部や胸の輪郭、陰部などを表現したものだとする説もある。
 顔と言う点では、ハートマークの古代エジプトの女性用ミイラマスクが発見されている。
 心、若しくは命を司る魂の様なもの自体を奪ってみたい……それが結果的に殺人になってしまったとしたら?……そう考えると、唯一5件目と繋がる線が出来上がる。
 彼らが女達から奪いたかったものはハート、つまり心臓、心そのものの可能性がある。
 娼婦に恋をしても心は買えないからな。それか、娼婦には心は要らないと言う烙印だったかも知れない。
 何方にせよ、娼婦をかなり敵視しているだろうな。」
 と、黒影は言ったと思うと帽子を深々と被った。
「ちょっと!シャイにも程があるでしょう?自分で言っておいて、何を今更恥ずかしくなってるんですかっ!」
 と、サダノブは黒影の耳が真っ赤なのを見て、思わず言った。
「うーむ……違うと良いなと思っている。」
 と、なかなか顔を出しそうもないので、サダノブは溜め息をついて、
「つまり、単純に振られた男達の復讐説か、その心臓やらハートに纏わる何かを崇める団体さんって事?
 ……それなら、先の犯人が持っていた、蛇の紋章は何ですか?」
 と、サダノブは聞く。
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、自殺する時用に渡すのは、簡単でコストの掛からない毒。旧日本軍ならば悲しい哉、手榴弾だったろう?本当に扱っているメイン商品はそれじゃない。
 毒は毒でも、きっと砒素だ。貴族に高く売れるからな。
 何の団体さんかは分からないが、取引きして資金にしている。問題はそれで何をしているかだ。」
 と、黒影はやっと顔を出して話す。
「結局はまだ謎だらけですねぇー。仮説はどんどん出るのに、証拠も確固たる根拠も無い。未だ未解決事件……やっぱりそう簡単に解かせてはくれないんですね。」
 と、サダノブはぼんやり言う。
「まぁな、一つずつ仮説を確かめ、消すしかない。ただ、一つだけなら潰せなくもない。」
 と、黒影は言うのだ。
「潰す?」
 サダノブが聞くと、黒影は嬉しそうに笑って言った。
「砒素の密輸ルート♪……一体どんな団体さんが出てくるか、楽しみだなぁ〜。なぁ!サダノブ。」
 それを聞いてサダノブは凍りつく。
「今、団体さんとやり合うって、かるぅ〜く宣言しちゃいました?」
 と、黒影に聞いた。
「えっ?勿論そのつもりだけど。……ちゃんとその前にクラウディーに護衛代もらわないと。古い磁器って微量の砒素が入ってるって知ってる?……でもさぁー、日本の磁器ならば黒や銀に近い灰色もあるよねー。あれだけの豪邸に住むにしては、ただの貿易商じゃあねぇ。奥さんが相当良い所の娘でも無い限りは、ちょっと背伸びし過ぎだよ。
 それにあの偽の保険屋……きっと、奥さんに旦那さんが亡くなったのを良い事に、事業の引き継ぎを願い出たんじゃないかな。断ったら、狙われるのはあの奥さんだよ。」
 と、黒影はほぼ確定の依頼にご満悦の様だ。
「……それにね、そろそろ動き出すんだ。謝礼程度だけど、定期的な簡単な仕事が降ってくるっ!」
 と、黒影は天井をピッと指差して笑った。
「予知夢の次は、預言者にでもなるんですか?」
 と、サダノブが笑ったその時だった。

🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 ニ幕 第三章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。