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「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様2〜大人の壁、突破編〜🎩第三章 スプーン

3スプーン

「いらっしゃい。」
 女店長が、入店してきた男に声を掛ける。
 男はカウンターに行き、女店長にこう聞いた。
「此処に「親愛なる切り裂きジャック」殿がいると噂に聞いた。会わせて貰えませんか。」
 と、男は言う。
 その言葉は黒影にも聞こえていたので、黒影は席を立ち、
「多分、僕の事だが僕はそんな名前ではない。「黒影」で良い。……君、自警団の人だろう?」
 と、黒影は待っていましたと、和かに聞いた。
「流石、有名な探偵は違う。見ただけで分かるのですか?」
 と、男は驚いている。
「まぁ、多少は。……協力要請でしょうか。」
 と、黒影は聞いた。何て事は無い、現代から持ってきて貰った資料に、事件後に自警団の発足と、その自警団が私立探偵を集めたと言う記録に、黒影が目を通していたのだ。
「……ああ、引き受けて貰えるだろうか?」
 と、男は黒影の顔を伺う。
「構いませんよ。……ただ、今は此方の宿の専属でしてね。……その間でも良いのなら。何人かに既に話を付けているなら、交代でしょう?僕は警邏をするんじゃない。切り裂きジャックを捕まえる為にならば、協力しましょう。」
 と、黒影はにっこりと答えた。
 勿論、この後切り裂きジャックらしき犯行は無い事は、知っている。
 けれど、並行して起きている気掛かりな事件もあるのだ。
 切り裂きジャック騒ぎで闇雲にされたトルソー事件だ。
 四肢が切られ、それこそトルソーの形の様になったご遺体が見つかっている。
 その切り方や、バラバラにする手口から、勿論切り裂きジャックの犯行とは違うと、黒影も感じている。
 だが、じゃあその事件は放ったらかしにするかと言われれば、答えはノーに決まっていた。
 事件と聞けば追ってしまう。それが黒影だ。
 しかもこのトルソー事件は連続殺人と思われる。
 切り裂きジャックの被害者はもう救えないが、これから出るであろう、犯罪被害者を減らす事は出来る。
 事件に有名も無名も無い。
 犯罪被害者を減らす……それだけが黒影の目指すものだ。
 単純で叶わない……だから、それをする者が必要なのだと信じている。
 ……守る理由は人だからではない。
 ……命だからだ。
 ボランティアのような自警団に協力しても、夢の切り裂きジャックとの対峙は、遠ざかる。
 それでも、命あるからこそ夢は何度でも見れる。
 だから、今成せる事は今やるのだ。
「……それは有難い。感謝する。このイーストエンドは貧困者ばかりだ。切り裂きジャックを上げて名を売ろうって、私立探偵もいるけれど、保守的も多くてね。「親愛なる切り裂きジャック様」ならば、既にここいらの警邏をしているって、女達からの絶大な信用もある。皆んなこれで安心するに決まっている!」
 と、男は喜んだ。
「僕の時間外は保証出来ないよ。そ、れ、に……「黒影」だっ。」
 と、黒影はややこしい呼び名を訂正するよう求める。
「……えっと……じゃあ、「黒影さん」だね。宜しく頼むよ。交代時間とか、詳しい調整がついたら、そちらの予定も改めて伺いに来ます。」
 と、男は軽く帽子を浮かし、軽い挨拶をする。
「ああ、宜しく。」
 黒影も帽子を浮かせ、軽く別れの挨拶をした。
「……先輩、ただでさえ暇じゃないのに……。日本にいてもイギリスに来ても、忙しい……。」
 と、サダノブが口を尖らせ、言う。
「僕は早々、止まってる暇なんか無いんだよ。事件がある限りな。」
 黒影はそう面倒臭さそうに言ったが、何故か微笑んだ。
 ……走れるだけ……走っておきたいよな……。

 ――――――――――――――――――
「そろそろ約束の時間だ……。」
 黒影は、あのパレスの未亡人にまた後日と言った手前、どうせならばと依頼書を持って、調査鞄に一式を入れ持った。
 銀の懐中時計で時間を気にする。
余りに早くても失礼に当たるし、時間に遅れるなど紳士にあるまじきだ。
 この懐中時計は黒影にとって、大切な物。
「先輩もチェーンだけだったら変えれば良いのに。」
 と、サダノブはすれ違った男の金の懐中時計のチェーンを思い出して言った。
「はぁ?金とかは成金ぽくて嫌だ。それに銀は御守り代わりだ。手入れも大変だが、愛着がわく。」
 と、黒影は良い胸ポケットに仕舞う。

「……先日はバタバタしてしまって申し訳ありませんでした。」
 と、黒影はパレスに着くと、迎え入れてくれた未亡人のクラウディーに言った。
「いいえ。またお会い出来て嬉しいですわ。さぁさ、どうぞ。……丁度お昼だから、スープを作っていましたの。お昼がまだでしたら如何ですか?……ちょっと作り過ぎてしまって。」
 と、苦笑いしながらクラウディーは話す。
「そうですね。では、軽くお話しでもしたら、お言葉に甘えて頂きます。」
 と、黒影は微笑む。
 あまり誰かに勧められたものは、口にしない主義だが此処で断るのも無理があって失礼だ。
 黒影は仕方無く、全部話して貰ってからならば大丈夫だろうとそう返す。
 食卓に通され紅茶を出して貰ったが、黒影はスッと横にズラして書類を出した。
「あの、言い辛いのは承知で聞いても良いですか?」
 黒影が気不味そうに聞くと、
「ええ……何の事かしら?」
 と、クラウディーは不思議そうに言った。
「……もしかして、その……先日の保険屋と言われた男、保険屋ではありませんよね?」
 と、黒影は嘘は付かせまいと、じっとクラウディーの目を見て聞く。
「やはり探偵さんの目は誤魔化せないですね。「真実を探す者」ですから。確かに違います。けれど新しい恋人だとか変な関係でもないのですよ。
 最近になって、主人のしていた事業に興味を持たれた方で、少しお話をしただけです。
 勘違いされるのもどうかと思って、あの時は咄嗟に嘘を付いてしまいました。」
 と、クラウディーは答える。
「そうですか……咄嗟に……。咄嗟にしては嘘がお上手な様だ。何故、そんな用意した嘘を?」
 と、黒影は事前に用意した嘘だと知っていた事を話す。
「……それは……ゴシップ誌に書かれたら大変ですし。……何より……。」
 と、クラウディーは黒影を気不味そうに見る。
「……何より……何ですか?」
 黒影は分からず聞いたが、俯いて答えてはくれない。
 サダノブが慌てて、黒影の肘を引っ張り耳に手を当てる。
「先輩っ!元々先輩の追っ掛けみたいな人ですよ!気に入っている人に勘違いなんて、誰でもされたく無いですよっ!」
 と、小声で言った。
「あっ、そうか。……成る程、失礼しました。」
 黒影はキョトンとして、軽く謝罪し違う話に切り替える。
「僕が気になっているのは、その亡くなられた旦那さんの以前の事業なのですがねぇ。……確か、貿易商だとか小耳に挟んでいたのですが、その取引きしていた物品を見せてもらえませんか。
 興味を持ったと言う男が、何に興味をもったのか僕も知りたいのです。」
 と、黒影は伺う。
「ええ、構いませんよ。ただの漆器にしか私には見えないので、何が貴重かさえ分からないのです。ですから、逆に此方も見ていただいた方が助かりますわ。裏に大きな倉庫があるので、そちらに後でご案内致します。
 ……それより……折角作ったスープが冷めてしまいますわ。スープをお食べになってから、ゆっくり見にいかれては如何でしょう?」
 と、クラウディーは、キッチンがあるであろう方を気にして言った。
「そうですね。色々質問ばかりして失礼致しました。」
 そう、黒影は言ってにこっと笑った。
 クラウディーはそれを聞いて、
「良かった。……今、支度しますね。」
 と、足取り軽くキッチンへ向かったようだ。
「あー、お腹ぺこぺこだったから、助かるぅ〜♪めっちゃ良い人じゃないですか。早く、此処に引っ越したいなぁ〜。」
 と、サダノブは呑気に言っている。
「おぃ!まさか今、思考読んでなかったのか?!」
 と、黒影はサダノブに聞いた。
「えっ?だって全然怪しくないじゃないですか。嘘だってちゃあんと認めて話してくれたし、嫌な顔一つせず答えてくれたし……それに、俺、腹減って集中出来ないですよぉ〜。さっきからスープの良い臭いもするし。」
 と、サダノブは答える。黒影は思わず、
「ポチは嗅覚だけは狛犬(※日本編では鳳凰である黒影の守護の狛犬であった)の時のまんまだな。」
 と、言って額に手を置いた。

「さぁ……どうぞ、ご遠慮なく召し上がって下さいね。お代わりもありますから。」
 と、クラウディーは牛肉と野菜のスープを出してくれた。
「すみません、昼食まで。頂きます。……おぃ!サダノブ、ガッつくなよ、みっともないっ!」
 黒影は隣のサダノブを見て注意する。
 クラウディーはそれを見て、嬉しそうに微笑んだ。
 黒影はゆっくりスープを飲み始める。
「どうですか?」
 クラウディーが、不安そうに聞いた。
「実に美味しいですよ。」
 と、黒影は野菜と牛肉の出汁がしっかりと出たスープに、微笑んで答えた。
 クラウディーも同じスープを食べている。
「なぁ……サダノブ。」
 食事はゆっくり摂るタイプの黒影は、サダノブを呼んだ。
「はい?何ですか?」
 サダノブはスープを既に半分程食べて、黒影の方を向く。
「否……ちょっと、疲れが出ただけか。」
 黒影は日々の夜間巡回で寝不足か、はたまた時差ボケだと思いながらもスープを飲んでいた。
 軽い倦怠感を感じていたからである。何か入っているのかと怪しんだが、サダノブはピンピンしているので、安心する。
「……あー先輩もですかぁ?アレでしょう?連日酒があるのを良い事に飲み過ぎなんですよ。」
 と、サダノブが言った直後、黒影はピタッと動きを止め、スプーンをスープ皿の中に落とした。
「どうかされましたか?」
 クラウディーが微笑みながら、黒影に聞く。
「サダノブ、飲むなっ!」
 黒影は椅子から勢いよく立ち上がり、サダノブのスープ皿をテーブルから床に落とし割った。
 どうしたのかと、サダノブが黒影を見た時、テーブルにぐらつく片手で上体を必死に保ち、クラウディーを睨んでいたのだ。
「あら……全部食べて頂きたかったのにぃ。残念……本当に残念でなりませんわ。」
 と、クラウディーはクックと笑い出す。
 黒影の額から汗が滴る。
 サダノブも黒影にどうしたのかと、立ち上がった時、
「何で折角、食べていたのにぃ……あれ?」
 と、指先に痺れと軽い眩暈を感じた。
「幻炎(げんえん※燃え移らない幻の炎)……蒼炎(そうえん※影に特化した青い炎)……十方位鳳連斬!(じゅっぽういほうれんざん※中央に鳳凰を象る円陣から十方位の吉方に炎を伸ばし、外円で囲った陣。中央にて守護を回復させたり、技を叩き込むと、全体に技を連動させ増やす鳳凰の秘経の略)……解陣!(かいじん※陣を解き放つ)」
 と、黒影はふらつきながらも、サダノブの足元にあれ程鳳凰の力は使わないと決めたのに、何故か十方位鳳連斬の陣を広げる。
「……何で?……封印した力じゃ……。しかも体力使うんですよ?ここは日本じゃない。回復する為の霊水(別名甘水。霊水は中でも霊峰富士山等で取れる上質な水。鳳凰は甘水しか飲まないと謂れている)も無いんですよっ!」
 と、サダノブはイギリスでこの技を使うのは無茶だと、黒影に言った。
「……砒素だ……。やば過ぎるぞ!摂取し過ぎると「親愛なる切り裂きジャック様」の存続が危ういっ!」
 と、黒影は顔面蒼白になって叫んだ。
「なっ、何で存続まで怪しいんですかっ!」
 サダノブもふらつきながら必死で聞く。
 何だか身体が熱い……。熱でもあるのか汗が止まらない……。
「最悪……頭皮、脱毛するぞっ!」
 黒影は悲壮な顔で言った。
「えーっ!嘘っ!まだいるって!先輩激ヤバじゃないですかっ!十円ハ●の主人公なんて、格好つかないですよ!……嗚呼っ〜俺たちにはもう、ギャグ路線しか無いんだぁ〜!」
 と、サダノブは頭を抱える。
「馬鹿っ!だから、少しでも回復と浄化してやっただろうがっ!まだだっ!こんなんで主人公の座を諦めてたまるかっ!」
 黒影は苦しみながらロングコートをバサッと広げると、裏から何か取り出し、自分用とサダノブに一つ投げて渡す。
「キレート剤だっ。解毒になる。……が、早く胃洗浄しないと……食べたら、発熱、興奮、脱毛……」

『ちょっと待ったぁあああ――!!カットだ、カット!それ以上は言わせないよっ!黒影、飛ばせ!イメージってもんがあんだよ!……気になる方は独自に調べて下さい。ではっ!』

「あっ……創世神さんカット入りましたよ……。」
 サダノブが天の声を聞いて言った。
「まぁ……じゃあ、色々だ……よ……。」
 黒影は息を上げながら言い直した。
 苦しんでいる二人を見てクラウディーは、笑って言った。
「御免なさいね。本当にファンだったのだけど、主人の残してくれた事業を邪魔される訳にはいかないのよ。……サヨウナラ……「親愛なる切り裂きジャック様」」
 と、パレスを出ていく。
追いたくても、立っているのでやっとだ。
「先輩……やっぱりアイツら……。」
 サダノブが震える手で窓の外を指差す。
 あの弓矢……。
 先の事件で一人捕まえたが服毒自殺されてしまった、弓使いの一味。
 まだ何人かも、何が目的かすら分からない。
 矢の先に炎が揺らいでいる。
「アイツら、放火する気だ!この建物ごと始末されちゃいますよっ!先輩、行きましょう!」
 サダノブが、ふらつきながら黒影の手を引く。
「無理だ……お前だけでも行け……。」
 黒影は確かにそう言った。
「まさかっ!その為に無茶に鳳凰陣をっ!」
 そのせいで……余計に……。
「行けっ!……誰か呼んでこいっ!」
 そう強く叫んで黒影は蹲る。
「あー!もうっ!絶対生き伸びて下さいよ、直ぐに戻りますからっ!」
 サダノブは、言い出したら意地でも行かないと、黒影は許さないだろうと、後ろ髪を引かれる想いで走り、パレスをふらつきながらも出ていく。
 黒影はテーブルの脚に寄り掛かり、ぐったりとしていた。
「封陣(ふうじん※陣を閉じた)。……また……火……か。」
 目の前に火が次第に広がって行く。
 鳳凰になっても、やはり放火の火は慣れない。
 全てを失い、奇妙な予知夢に魘される様になった……あの日を思い出す。
 目覚めたら何も記憶が無かったのに、迫り来る炎の恐怖だけを忘れられずに覚えている。
 風柳(腹違いの兄)に救われた事も……何もかも、思い出せない。
 全てが消失したあの日を重ねて、ただ静かに目を閉じた。
 黒影はそのままズルズルと倒れて気を失う。
 やっぱり……火は苦手だ……。

 ……僕は死んだのだろうか……。
 気がつくと夢なのか現実なのかも分からない、真っ白な世界にいた。
 立ち上がってみるが、何処までが真っ白な世界かも、分からなければ、奥行きも無い。
「……鳳(ほう※鳳凰の雄。黒影に力を与えた鳳凰。)」
 真っ赤に燃える翼、孔雀の様な尾。
 切り裂きジャック相手には、強すぎて殺してしまうのを懸念して、黒影が自らの影に封印していた筈なのだ。
 鳳はいつもの様に、黒影の肩に止まると、懐いて頬ずりをする。
「……擽ったいよ……。」
 黒影が微笑むと、金の光を引きながらゆっくり飛んだ。
 黒影は行く当ても無いので、何となく鳳の後をつけて行った。
 暫く付いて行った時だ。
「……げ……かげ……しっかりしろ!……黒影っ!」
 聞き覚えのある声がした。
 まさか……居るはずないんだ。
 夢か死後の世界だから、聞こえるのか?
「黒影!……俺だっ!……今、連れ出してやるからなっ!」
 その声は、あまりにはっきりと耳に届いた。
 鳳が突然、振り返り黒影の方へ飛んで来たと思うと、胸の辺りに僅かな衝撃を与え、突っ込み消えた。
「……良かった!意識が戻ったみたいだなっ!」
 そこには、イギリスに来ていない筈の、風柳の姿があった。
「……時次(ときじ※風柳の下の名前)……なんで……?」
 忘れていた……。
 そうだ……あの時も……あの放火の日も……
 この険しい横顔を僕は……見ていた。
「涼子さんが待っていると言われて、慌てて来てみれば……直ぐに勲(黒田 勲が黒影の本名)はこうだ。……大丈夫だ。俺が守ってやると約束しただろう?」
 そう言って、いつもの様に優しく笑う。
「……じゃ、後は素直に任せるよ。」
 黒影はそう言って微笑んだ。
 風柳は黒影を軽々と抱き上げ、窓の脇にそっと凭れさせた。
 風柳も隣にいる。
「弓矢に弓矢か……。」
 風柳は白虎の弓使いだ。
「風柳さん並みの的中率。強いよ……。……けど、白銀の矢の方が強度もある。」
 黒影は相手の情報を伝えた。
「じゃあ、余裕だ。」
 と、風柳は笑った。
 そして足元に、美しい白月の陣を広げる。
「白虎月暈(びゃっこげつうん)!」
 月の陣から白い一筋の閃光を上げ、その閃光に幾つかの薄い白銀に光る円形の輪が回っている。
更に……
「白虎彎月(びゃっこわんげつ)!」
 を唱えると、白銀の弓当てが腕から胸に形成され、その手に長弓が出現する。
 風柳は燃え盛る炎の中、僅かな風の音を探し、目を閉じ耳を澄ませる。
 次に目を開けた瞬間、虎の大きな瞳の様に、瞳孔が真っ黒に広がり、周りが金色を帯びる。
 この目から逃れられる者など誰もいやしない。
 白銀の輪を、敵を目掛けて一気に弓で打った。
 キィーンと言う鈴の様な高音を立て、窓から飛び出した円形の刃は、数人の弓使いの手に切り傷を負わせ、弓を落とさせた。
 すると、サダノブが呼んだのか、救急車とパトカーの音が聞こえる。
「……運が良い。今日は逃してやるか。」
 と、風柳が逃げて行く弓使い達に言って、白月の陣を閉じると、黒影を軽々とお姫様抱っこで抱き上げ、外へ出ていく。
 黒影のロングコートのドレープが美しく広がり落ち、それはまるで漆黒のドレスの様だ。
「あっ!風柳さんっ!……なんか、美女と野獣みたぃ……。」
 サダノブが、風柳と黒影を見つけて苦笑いして言う。
「我儘姫をお連れしたよ。俺も我儘言ってスコットランドヤードに研修だがな。」
 と、風柳は苦笑いで返す。
「……有難う……。あの日も……。」
 黒影は目を開け、風柳を見上げて言う。
「あの日って……。思い出したのか?大丈夫か?」
 と、黒影を心配そうに風柳は見て、聞いた。
 嫌な記憶を、思い出させてしまったかもしれないと、思ったからだ。
「……あの日も心配してた。……思い出したかった。だから大丈夫。」
 と、黒影はまだ青白い顔のまま微笑む。
 ……あの日、警官に成り立ての風柳が、必死で守ってくれた事。
 ずっと忘れていたなんて……。
 それだけでも思い出せたなら、放火の嫌な記憶に……少しだけ良い記憶が加わると思っていた。
 でも、それだけじゃなかったよ。
 放火の嫌な炎が消し飛ぶぐらい……良い記憶で溢れている。
 ……生きていて……良かった。

「ほら……サダノブもまだふらついているじゃないか。ちゃんと診てもらいなさい。」
 黒影の兄で、皆んなのお父さんみたいな風柳は、二人に連れ添い救急車に乗り込んだ。
「やっぱ、風柳さんいると安心するなぁ〜。」
 サダノブは疲れ切って眠った、黒影を見ながら言った。
「老けて見えるからだろう?それにしても、二人のその変な症状は何だ?」
 と、風柳がサダノブに聞く。
「砒素ですよ。一服盛られました。」
 と、サダノブが答える。
「一時間以内ならまだ抜き易い。胃洗浄と活性炭の投与で何とかなる。」
 風柳は腕時計を見る。
「まだ間に合いそうですよ。……イギリスでも和服ですか。」
 と、サダノブはクスッと笑う。
「私服だからな。刑事の時はスーツ。オンオフつけ易いだろう?何処にいようが、浮くだとかも気にせず、着慣れた服が1番楽だ。」
 と、風柳は言った。
「そーいうところは先輩とそっくりですね。」(サダノブ)
「ほら……サダノブも大人しく休むっ!」(風柳)
「はぁーい。」(サダノブ)

 ――――――――――――――――――
「はぁー?何も出なかったですって?!」
 すっかり元気になった黒影は、風柳からの報告を聞いて驚く。あれだけ弓使いが集まっていたんだ。砒素が無い訳がない。
「すまんな。あれから、早速スコットランドヤードの皆んなと捜索したが、全然見当たらん。」
 と、風柳はすまなそうにする。
「一服盛られてまで、探しに行ったのにっ!弓使いの奴らが持って行ったに違いないっ!……まさか、あの夫人の方もグルだったなんてっ!」
 と、黒影はやけになって、ウイスキーを一気に飲んだ。
「先輩、仕方ないですよー。風柳さんだって、先輩助けるのに大変だったんですからぁ。我儘言わないで下さいよー。」
 と、サダノブは悪酔いしそうなので、黒影のグラスをひょいと奪い取る。
「僕はどうせ元から我儘ですよっ!」
 と、黒影は拗ねて腕組みをした。
「風柳さんに甘えたかった癖にぃ〜。」
 と、サダノブは黒影に顔を合わせず、ボソッと言った。
「あー、分かったよ!そうだよっ!だって見てみろ、この潔癖症の僕がこんな所にずっといるし、引っ越そうにも割の合わない仕事ばっかりで、やってられないよっ!それに涼子さんにまで同情されちゃあ、ヤケにもなるよっ!」
 と、日本語で怒鳴り散らす。
「……でた……先輩の八つ当たり。疲れているんですよ。昼夜逆転、不健康生活で。……昼の仕事は無しっ!予定調整しませんからねー。」
 と、サダノブは言った。
「なっ、それじゃあ余計事務所設立が遅れる!……いーやーだっ!絶対昼の仕事、意地でも見つける!営業してくるっ!」
 と、黒影は昼なのに、休まず営業に行く気だ。
すると、風柳がスッと黒影の腕を取り、止めた。
「まぁ、落ち着きなさい。実はね、日本の家が壊れた時に保険がおりたから、幾らか持って来ている。
 日本に戻れば黒影が幾らでも稼いでくれるから、こっちに邸宅を一時的に買って、事件が解決したら売れば良いじゃ無いか。どうかなぁ?」
 と、風柳が言うなり、黒影は目をキラキラに輝かせ、
「本当ー?いーのぉ〜お兄ちゃん♪」
 と、ニッコニコで振り返る。
「ああ、勲がそれで良いんなら。」
 と、風柳は突然の「お兄ちゃん攻撃」に戸惑っているが、嬉しいのなら良かったと微笑む。
「やった――っ!!サダノブ、物件探しだっ!都市近、現場近の部屋いーっぱいだ!♪」
 と、黒影はサダノブの手を取ってぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。
「あー……環境変わったから肌ストレスでもあったんでしょう?分かりました、分かりました。清潔、お風呂広めでシャワーの出も良い所にしましょーねぇー。」
 と、サダノブは振り回されながら、だらーんと力無く言った。
 ――――――――――――

「此処っ!ぜーったい此処っ!」
 黒影が指差す先はびっくりする程無駄に広い。
 色は落ち着いてはいるものの、狭い所にいた分、今度は開放感がどうのと言い始めている。
「広すぎでしょう?白雪さんにお掃除が大変って怒られますよ。」
 と、サダノブは言った。
「えー……じゃあ、お手伝いさん頼めば良いじゃないか。」
 と、黒影は拗ねる。
「だからね、使いきれないでしょう?風柳さんが出すからって甘え過ぎですっ!」
 と、サダノブは普通の感覚でと、注意する。
「うーむ……じゃあ、あのビルの1フロア全部!」
 と、黒影は指差す。
 ……そうだ、この人……金銭感覚貴族並みだった……。
 サダノブは頭を抱えて、
「事務所は一部屋!住むのは前と変わらない部屋数です。以上!」

 そして数件回って、部屋数はあまり変わらないが、一部屋ずつが広い邸宅で、二部屋を何時ものように事務所用と、ゲストルームにする事になった。
 日本の家屋が狭いのだから広くなるのも、当然だが……結局馬鹿がつく程広い。
「あら?素敵じゃない♪」
 白雪はこれなら二人で良いわねと、1番広い部屋にそそくさと荷物を置いた。
「なんか悪いね、サダノブ。」
 と、黒影は言ったがストレスを溜めて八つ当たりされるより、マシである。
「じゃあ、俺は一人だし広過ぎても落ち着かないから、狭い所で良いっすよ。」
 と、サダノブは言ったが、それでも日本の部屋の2倍以上ある。
 黒影は首を傾げて、
「えっ?穂さんは一緒じゃないの?もう婚約しているんだから、そろそろ一緒に住めば良いのに。」
 と、言った。
「いやね、涼子さんと穂さん、あの宿のセキュリティ任されているんですって。ほら……僕らがいないと、女の人達もまた不安なんですよ。女同士が気楽なのかも知れませんね。」
 と、サダノブが苦笑いする。
 それを聞いてショックを受けているのは風柳だ。
「そんなぁ。心配で来たのになぁ。まぁ、巡回がてらに見に行くか。」
 と、心に決めたようだ。
 きっと暇を見つけては入り浸るに違いない。
「ああ、そうだ。白雪、そろそろ無くなると思って……珈琲豆持ってきたよ。後、サダノブには黒影用の霊水を預ける。蒼炎なら能力者相手じゃなくても使える。それに団体様なら尚更、使える物は使いなさい。意地を張っても白雪が心配するだけだよ。」
 と、サダノブから鳳凰の力を、封印していた事について聞いた、風柳は黒影にも言った。
「はぁーい。」
 と、黒影は夫婦の部屋へ入って行く。
「何で?俺が言っても意地でも使おうとしなかったのに。」
 と、サダノブは思わず言った。
「あれで落ち込んでいるんだよ。何か悪巧みも無いのに「お兄ちゃん」と呼ぶ時は、落ち込んで甘えたい時。砒素に気付けなかったのも、押収出来なかったのも、悔しいんだよ。」
 と、風柳はサダノブに話す。
「あれは俺が集中していなくて、思考読んでいなかったからなのに……。」
 と、サダノブはしょんぼり言った。
「自分の所為、誰の所為と思ったところで、前に進む役には立たない。……ただ、それでも自分を責めてしまうんだろなぁ……黒影は。」
 と、風柳はのんびり茶を啜った。
「やっぱり、ナイーブも継続……ですね。」(サダノブ)
「……だな。」(風柳)

🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 ニ幕 第四章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。