「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様2〜大人の壁、突破編〜🎩第四章 読む
4読む
「そうだっ!……サダノブ、何でずっと思考読みを使わないんだっ!」
開けっ放しだったドアから、風柳とサダノブの会話が聞こえて、黒影はズカズカ戻って来ると、サダノブの胸ぐらを掴んで、凄い剣幕で睨む。
「えっ?……理由なんて。そんなに怒らなくても。」
と、サダノブは言ったが、黒影は、
「白雪……そろそろ珈琲飲みたいなっ。」
と、にっこり笑って白雪を見送った後、また鬼の形相で手は離したものの、サダノブを睨んだ。
「……人は醜いよな。欲に金に塗れて、死臭さえ漂う。五歳まで半分弱の命が失われる。差別、アルコール依存、慢性的な貧困、人口だけが増加……。……見たくないから読まない。だがなっ!そこに暮らす物は見たくなくても見ているし、他に暮らしたくても、そうは出来ない。……見たくないと避ける限りは、他の問題解決から目を背ける者と何ら変わりない。
がっかりだよっ!……これは、立派な職務放棄だからなっ!」
黒影はそう言った。
「でもあんまりに……。」
サダノブは言葉を濁らせる。
「ああ、あんまりな地獄だ。だが、地獄の中で更に人の形も無く殺された人々は、もっと……地獄だ。地獄から救われたとでも思っているのか?あの殺された娼婦達の誰が死にたいと遺書でも残したんだ?……そんな証拠、僕はまだ見ていない。」
と、黒影はサダノブに言って、目を細め椅子に座る。
何時迄も考えているようにも見えるが、そうじゃない。
目を細め、落とした長い睫毛の隙間から、悲しい真実をじっと凝視していた。
「はい、珈琲。」
「有難う……。」
その目のまま、薄い微笑みを口に浮かべ、黒影は白雪に言う。
「黒影?」
「ん?」
「何か嫌な事でもあったの?」
「……否、珈琲を飲んだら、元気になる程度の考え事さ。」
黒影は珈琲を一口飲み、考えた。
サダノブの思考読みがなければ、逃げた魚は追えない。
思考読みはその力が高い程、同じ思考読みに出逢った時、己の思考を壊されない様に、強い防御力を持ってしまう。
黒影も知らぬうちに、サダノブの思考読みが思っていたより早く成長している。
夢探偵社に入ってから、余りにも多くの能力者と闘ってきた代償……。
次の段階に行くには……その強固なロックを外さなければならない。
鍵が……必要だ。
「シャワー浴びてくるよ。……上がったら夜の巡回に行く。サダノブも行くぞ。」
と、黒影は言ってバスルームへ行った。
「……俺、ついて行っても何の役に立つか、自分でも分からないっす。」
と、サダノブは緑茶を飲みながら、風柳に聞いた。
「さっきは、ああ言っていたけれど、必要だから怒ったんだよ。必要とされる事は、大事な事だ。信頼が間に無いと成立しない。一気に見たら悲しい事も……少しずつ目を慣らして開けば、サダノブにだって見えるさ。
黒影が今、見ようとしているものが。」
と、風柳は相変わらず、黒影が怒ろうが周りでどんちゃん騒ぎしてようが、何ら気にせずゆっくり茶を啜るだけだ。
何故こうも自分のペースを崩さずにいられるのか、サダノブには不思議に思えてならない。
「……皆んな無事で生きていれば良しっ!」
そう言って微笑むと、新聞を読んで事件の専門用語の単語勉強の様だ。
「あれ?風柳さんにも、先輩みたいに俺の思考読めましたか?」
と、サダノブが聞くと、
「いいや……だって顔に書いてあるじゃないか。」
と、風柳は笑った。
――――――――――――――
今夜は夜なのに、黒影は歩いている。
「……この辺りなら良いか……。」
黒影は人気の少ない、開けた場所で止まる。
「……どうか……したんですか?」
サダノブは黒影に聞いた。
「大事な寄り道だよ。」
と、黒影はサダノブに言うと、洋燈の街灯に映る、己の影を見つめて伸ばす。
軈てそれは盾の形になり、中央には黒影が飾りと言って追加した、幻炎の赤いフェニックスに模った炎が、揺らめいていた。
「この盾……僕の影と繋がっているから、ある程度の距離しか離れられ無かった。だからサダノブが遠くにいても、持てたら便利だと……切れればと思っていてね。」
と、黒影は言うのだ。
「でも、影を切るのは鸞(らん※黒影の息子)の風切蝶(かざきりちょう※一羽の羽根に軽い刃を付けた蝶を、影に入れ複数にし、あらゆる物を切る)じゃないと無理だって言っていませんでしたか?」
と、サダノブは聞いた。
「考えてみたのだが、風切蝶と同じ原理を使えば良い。僕のこの銀のサーベルに影を巻けば、似ているだろう?……やるだけやってみよう。……幻影守護帯(げんえいしゅごたい※帯状の影が一斉に黒影の影から出現し、獲物を巻く。)……発動!」
黒影はサダノブに盾を持たせ、サーベルを手に、もう片方の手をサーベルに向ける。
地にあった影から無数の帯が生え、黒影の翳す手からサーベルへと巻きつく。
「……軽くで良いな。巻き過ぎる所だった。これで、切るものと影が出来た。これでっ!」
と、黒影はサーベルを振り翳し、盾と己の影の間に伸びた線状の影を、地面をする様に切る。
「サダノブ、引っ張ってみろ。」
と、切れたか確かめたくて、黒影はサダノブに少し離れて引っ張るように指示する。
「あれ?軽い……先輩!切れてますよ!影の盾、出来たっ!」
と、サダノブは喜ぶ。
黒影もその姿を見て微笑んだ。
「それなら、矢が飛んできても大丈夫だな。普段は僕の影に締まっておこう。」
と、黒影はサダノブから盾を受け取り、己の影に落とした。
「……なぁ、サダノブ……?」
黒影がボソッと呼んだ。
「確かに僕には沢山の技も武器もある。だが、僕といるサダノブもまた、それを使う事が出来る……持っていると言っても過言では無い。何も今は持っていない、使えない。だから、思考読みもセーブする。
……僕だって、社員を守る社長の意地がある。……守る事に必死だった狛犬の時とは、ほんの少しだけ違う。……今はその思考読みが必要だ。……僕を……信じてくれないか。
その思考が惑う時、僕は必ずそれを正常に戻す。
そのガラスが次に割れる時は、弱さにでは無い。成長する時だ。
この世にはどんなに美しくても、割ってしまった方が良いものも存在する。」
霧の合間から、微かに見えた夜空を見上げ、黒影は言った。
どんな顔をしているかも、サダノブには見えない。
顔色も何も伺わず、決めろと言う事なのだろうか……。
先輩の好きな言葉……だな。
ガラスの美しさはその脆さを偽る為にある……バルタザール・グラシアンだ。
割って良い?……もう脆くは無いと言う事だろうか?
俺は臆病な犬で何にもわかりゃあしない。
……ただ……。
「とっくに先輩の事、全面的に信じているし、俺より頭が良いから、その方が良いって言うんなら、多分それで良いんだ。
でしょう?探偵力0の模範回答でした?」
と、サダノブは黒影の背に話し掛けて笑った。
「そうだな。探偵としては0だが……僕の親友としては、上出来の答えだ。」
そう言って、振り向くと黒影はホッとした顔で微笑んだ。
――――――――――――――――
「酔っ払いだらけですねぇ……」
サダノブが、ふらつく酔っ払いを避けて通る。
「アルコール依存症が多いからな。だから僕は上を飛んでいたんだよ。」
と、黒影は闇色の空を指差した。
その直後、ふらつく男と黒影の方がぶつかる。
「おっと……失敬。」
黒影は軽く謝罪した。
何か言われると思ったが、男はぶつぶつと独り言を言いながら、通り過ぎる。
「はぁ……絡まられないで良かった〜。」
と、言いながらも、黒影は潔癖症なので、男とぶつかった肩の埃を払う。
「なぁ……ブラシ入れて良い?あいつ、髪の毛落として行きやがった。」
と、黒影は立ち止まり、調査鞄からコートの手入れ用のブラシを取り出して、それで肩を撫で始める。
「えっ?どんだけ神経質なんですか?」
サダノブが言ったが、躍起になって肩に落ちた髪の毛を取ろうとしている。
…………大丈夫だ。そうだ……砒素も飲んだ。
……出来るさ。俺ならやれる。
……あの方の為に……もう一人……
……今度は何も無い罪のない奴だ。
……けれど遠慮は要らない。
……金さ。みんな金なんだ。
……砒素と引き換えられる……ただの金……
「先輩?」
サダノブは妙な声が頭に響いて辺りを見渡す。
「何だよ、今忙しいんだよ!」
と、黒影は肩の後ろ辺りまで、手を伸ばしてムキになっている。
「……思考に……何か引っ掛かった!」
と、サダノブは黒影の袖を引っ張た。
「あぁっ!?……こっちは、髪の毛が引っ掛かったよっ!」
と、黒影はサダノブが袖を引っ張った所為で、余計に髪の毛が取り辛くなり苛立っている。
「だぁーかぁーらっ!聞いて、ちゃんと聞きましょう、ねぇ!砒素が何たら言って、やるやらないって、砒素と引き換え、ただの金って……この辺りで誰か考えているんですよ!」
と、サダノブは一生懸命説明するが、黒影はイマイチな顔をする。
「はぁー?砒素使って娼婦と遊ぶだけだろう?そいつが何だって言うんだ。……それに顔も見ていないのに何で、思考読めるんだ?」
と、黒影は言った。
「……えーっと、だからぁー、ほら!先輩、信じろって言ったじゃないですかっ!ガラス!割れたっ!……見なくても読めるんですよっ!」
と、サダノブは相変わらず下手な説明だが、黒影はブラシで撫でる手を止めた。
「割れた……だと?……お前ややこしいんだよ!ひらがなっぽくやる、やらないって言うなよ!殺る、殺らないだろ?!何方だっ!」
黒影はサダノブに聞いた。
急に緊迫感が張り詰める。
「駄目だ……考えが途切れてる。」
サダノブは額に手を置き、目を閉じて必死で探すが、それ以上何も聞こえない。
「……仕方無い、一帯探すぞ!」
黒影はそう言って、サダノブと別れて近場の宿を探す。
「危険だ!全員娼婦を避難させろっ!」
黒影が宿に入り叫ぶ。逆に黒影が不審人物だと思われ、店中の女達がきゃーきゃーパニックになっている。
……あーっ!もう面倒だっ!
「落ち着いて聞けっ!僕は探偵の「親愛なる切り裂きジャック」だっ!この近辺に不審者が紛れ込んだ!今直ぐ全員部屋を出て、生存確認するんだ、良いねっ!」
そう言うと、ハッとして女達は顔を見合わせる。
「ほらっ!早く協力してっ!僕は次の宿も周る!何かあったら、自警団に直ぐ知らせて!」
それだけ言って、黒影は次から次へと宿に注意勧告しながら探す。
……そんな時だ、サダノブが誰かを追い掛けて、黒影目掛けてやってくる。
「先輩っ!……そいつ!」
黒影は狭い通路で咄嗟に銀のサーベルに手を掛け、シャラと滑る音を立て、前から来る男に向けた。
「止まれっ!」
黒影が警告したが、男は止まりそうも無い。
押しのけて突破する気だ。
懐中時計に繋いだ金の鎖が目に留まる。
パレスの前ですれ違った、偽の保険屋だ。
……砒素の売買の大元を知っているに違いない。
男もただじゃやられまいと、長めの装飾ナイフをタキシード裏からスッと抜いて、向かってくる。
……まだ完成していないが……
……一か八かかけてみる価値はある。
黒影は一人、サーベルに慣れようと鍛錬していた、影と融合させた技を出すと、その瞬間決心した。
サーベルの構えが変わる。
まるでビリヤードのキューを持つように、前へ突き出し、体勢を低く保つ。
「……幻影螺旋十字斬り!(げんえいらせんじゅうじぎり)」
前方へ地面を蹴り飛んだと思うと、剣先から黒影を包む様に、螺旋の幻影守護帯が現れる。
男はそれでも見境なく、黒影にナイフを振り落としたが、螺旋の幻影守護帯に弾かれた。
剣先が男の額寸前になると、幻影守護帯は螺旋を巻き戻す様に戻り、黒影は恐れ引いた男の隙を見つける。
額手前の宙を十字に斬った。
一瞬、男の額に小さな十字の黒い傷が見えた気がした。
しかし、男の額には傷一つ付いていない。
黒影は男の肩に乗り、後に一回転して着地する。
男は一瞬、切られた気がして額を触ったが、掌を見ても血の一滴すら見当たらず、そのまま走って逃げて行く。
黒影は己の影に手を翳し、盾を吸い上げ手にし、サダノブに投げる。
「このまま泳がす!距離を取って追うぞっ!」
と、黒影は言う。
「先輩、今、切った様に見えたんですけど?」
と、サダノブが聞いた。
「ああ、あれはあくまで印だよ。僕の影の一部。だから、僕の影は見当たらない一部を回収しに、ずっとあの男を追う。他人から見えなくても、僕からはずーとあの十字が見える。だが、海外や遠くに行かれたら厄介だ。追跡しよう。」
そう言うと、黒影の影だけが両手を伸ばし、男の逃げた方向へ、方位磁石のように追っている。
……噂に互いない……
犯人だけを只管追跡する影……
黒い帽子……黒いロングコート……何よりあの漆黒の影に気をつけろ……
と、裏社会で名を轟かせた「黒影」の真の影の姿に、サダノブは言葉すら出なかった。
それは最早正義や悪でも無く「追跡者」と言っても過言では無い。
「サダノブ!僕は上空から追う!」
黒影は路面を蹴り上げ屋根の上を、飛ぶ様に走った。
屋根に映る翼が、霧がかった街に影を残す。
サダノブは上空の影を見失わぬ様、必死でスラム街を走り抜けた。
男は慌てて、丁度きた汽車に乗り込もうとする。
黒影は建物に沿って舞い降り、後から来たサダノブの手を取った。
「あっ!いたっ!……いきなり見えなくなるから心配しましたよ。」
と、サダノブは言った。
「だから、こうやって引き止めただろう?あの汽車に飛び移るぞっ!」
「はぁ?えっー!?」
サダノブがビビっている間も無く、黒影は線路脇の建物に引っ張り飛び上がると、列車の発車と共に、手を掴んだまま1番後ろの車両へ舞い降り、サダノブを引き寄せる。
「死ぬかと思ったー。飛ぶ時は言って下さいよっ!」
と、サダノブが言ったが、黒影はお構い無しだ。
「あっ、髪の毛取れたぁ〜。やっと、スッキリしたよ。」
と、帽子を手で押さえ、気持ちよさそうに夜風に当たっている。
「……何処まで行くんですか?」
と、サダノブがふと聞いた。
「……リバプール。切り裂きジャックの容疑者の一人だが、あいつは毒殺される。後日、あいつが書いた日記と言われるものが出るが、筆跡鑑定は砒素中毒で信憑性もガタ落ち。
だが、喉を先に切る以外に、5件の犯行が一人である証明も無い。だが5件目のご遺体との関連性の強さは否定出来ない。……サダノブは顔を見なくてもある程度、思考を読めるようになったみたいだが、奴は慢性的な砒素中毒だ。
頼んでかき集めて貰う程。関係者もそう証言した。
逆に取れば砒素の為なら何だってする。アイツを動かすなんざ、簡単過ぎる。
……僕なら……捨て駒に使う……。
だが、飼い犬に噛まれては元も子も無い。
じゃあ、どうするか。……一人、似せた方法で殺せ。そう言うだけで良い。
あの日記が本物かどうかなんて、本来問題ない。ジャックロロジストが書いた空想かも知れないのだから。
若しくは知り得た事件情報に照らし合わせ書いた、単なる創作物であったかも知れない。
まぁ、現代のようにノンフィクションかフィクションかぐらいの記載はして欲しかったがな。
ただ気になる点が一点だけある。日記の年代もインクもこの時代のもの。問題は破られた前半の48にも及ぶ頁だ。切り取った頁には、そこに何を書くのが、手本があったのではないかと僕は思っている。
事細やかに……忠実に。
文字に斜線まで引かせた。
如何にも部分的に、砒素を摂取し過ぎて乱暴に書く事で、前の頁が無い不自然さを取り除いた。
砒素で荒々しい性格になると書く事が重要だったのは、その為だ。
切り裂きジャックが一人である、完璧な物語を作っる為に。
存在しない者を存在しているかの様にみせるだけ。書いたら、死ぬまで持っていろ。そう、本星は確認し伝えるだけで良い。……軈て架空の人物を人々は探し始める。
マスコミや批判される警察は、複数犯説では社会が納得しなくなる。そこまで想定していた。
切り裂きジャックは一人……そうでないと、この劇場型殺人は成立しないのだからね。
1番最近でミトコンドリアによる現場にあったショールのDNA鑑定が行われたが、ミトコンドリアでは個人の特定は不可能。しかも、これから殺すのにそんな物、渡しはしない。
そこから女性かも知れない説まで上がったが、そうだったにしろ、そんな強かな女がショールを忘れるとは考え辛い。……あのショールは、ただ客から貰った物だ。
事件後オークションに出たと言うのも、明らかに切り裂きジャック効果に肖った、金目的だな。
今僕らが追っている男は……そのシナリオを書いた奴が誰かを知っている。」
と、黒影は切り裂きジャック事件の事を、つらつらと話す。
「ジャックロロジスト……みたい。……やっぱり、先輩も何処か恋してる。切り裂きジャックに。」
と、サダノブは言った。
「何とでも言え。……仮説は仮説……霧の中だ。肯定派だとか否定派には興味は無いんだよ。こんな大それたシナリオを誰が書いたか、分かった所で喜びも無い。そもそもこの事件の裏に天才が見え隠れするから、人は挑みたくなるんじゃないだろうか……。けれど、僕が挑む理由はそれでは無い。」
と、黒影は汽車の煙を横目に言う。
「じゃあ……何で?」
サダノブは、その答えを聞きたくて黒影を見たが、黒影はぼんやりと夜空を眺める。
「その天才馬鹿に……命とは何か、教示してやりたくなるからだよ。」
……イギリスのこの時代に来て数日。毎日のように被害者の惨殺されたご遺体と向き合っている。
……声無き声に、吐き気さえ感じる事もあった。
その度に思うのだ。
「切り裂きジャック」と言う名は消えず未だ残るのに、被害者の名前まで覚えている者は少ない。
風に舞い風化したのは彼女達の亡骸の方で、事件の方では無かった。
弔うべきは両方であるべきなのに。
「真実」の目を惑わすその偽物の目の存在を……黒影は許したくは無いのだ。
痛々しく悲しい事件等、山程あった。
しかし「真実」だけは目を逸らしてはならない。
それが探偵として生きる者の宿命だ。
「サダノブ……降りるぞ。」
――――――――――――――
「方角が違う……。資料で調べた男の邸宅と別のようだ。
罠かも知れない。……このまま、尾行する。」
と、黒影はサダノブに小声で言った。
物静かな……大きな工場跡だろうか。
木箱からガサガサと男は何かを取り出そうとする。
……銀色の鉱物。……砒素だ。
「……一人のようだが、計画を失敗したのに、砒素か。」
と、黒影は呆れて小声で言う。
黒影は背後から影の翼を落として飛び、そいつの肩にスッとサーベルを置いた。
「素直に、その砒素の出所を言えば、命までは奪わない。」
黒影は静かに言う。
サダノブは少しずつ、黒影のいる前へ進んだ。
「あの、夫人の亡くなられた旦那さんですよ。その後は、夫人から。」
と、手を挙げ男は答える。
「君は確か綿を売買していたよね。最近、景気があまり良く無いそうじゃないか。」
と、黒影は軽く話す。
「それでも、砒素ぐらいなら何とかなるものですよ。」
と、男は薄ら笑みを浮かべて言った。
「ふぅ〜ん。まぁ、確かにそうかもな。……で?なんで5人目……殺したのかな?あれは君だね。
憎愛は僕にはなかなか理解し難いものでね。若くて美しいとは不運なものかも知れないな。
あのご遺体の様に、生きていても遠くに置くなり、見えないようにすれば良かったじゃないか。
己の独占欲すらセーブ出来ないのに、紳士に成れると本気で思っていたのかい?
金、砒素、女……君自身は何処にいる?君の中には真髄たるものの欠けらすら見当たらないよ。
死んだら手に入るなんて思うなよ……死ぬ程嫌いって言葉、聞いた事ない?
自分を殺した奴なんて、僕なら亡霊になっても嫌いだよ。」
と、黒影は緊張感無く、普通にただ疑問を聞いている。
気分を逆なでている気は無くても、黒影が嫌いなタイプだから仕方無い。
「遺体を見たのか!?」
男はバッとサーベルがあるにも関わらず、振り返る。
「危ないじゃないか。……頚動脈を切ってしまうところだったよ。見たよ、何度も。好きで見てた訳じゃないさ。
君が殺すから、見なくてはいけなくなったんじゃないか。よっと……。」
黒影は天井の金属の柱の上に飛び上がり、下を見下ろす。
「良い眺めだ……木箱に蓋しないから。
あれ?……あるじゃないか、まだ大量に砒素が。しかも蛇の紋章瓶。……この蛇、だぁ〜れのかなぁ?夫人はもう始末されちゃった?」
黒影は砒素を集めていた場所だと気付き、援軍が来るに違いないと咄嗟に思い、片足を軽く折り手を下に振り落とす。
それもサダノブの頭上目掛けて……。
「十方位鳳連斬!……解陣っ!」
通常の赤い鳳凰陣をサダノブを中心に作りあげた。
「……先輩、これ……鳳凰の力……。」
サダノブは使わないと言っていたからには、何か理由があるのだろうと、聞いた。
「サダノブ、何処に行っても、何に成っても……お前は僕を護っていれば良い。……そして僕は、何処に行っても、何者と呼ばれようとも、犯罪者を許さず走る「黒影」であれば良い。
僕が使わなくても、サダノブが使えば良いだろう?元から守護のお前には、攻撃は似合わない。
例え攻撃する時があっても、それは護る為に持つべきた。」
黒影はそう言って微笑むと、コートのヒラを広げ、ふわっとサダノブのいる、十方位鳳連斬の中央の、鳳凰陣に舞い降りた。
「……さて、援軍が辺りを囲っているから、安心しているようだが、僕が此処を燃やしたらどうかな?かなりの高熱で。」
と、黒影は男に笑って言う。
「そう簡単にはさせないさ。指示にはないが、あの方は天才だからな。日記を所有する僕を必ず救いに来る。」
と、男は自信過剰気味に言うのだ。
「ねぇ、君。サダノブより馬鹿なの?君はただの捨て駒要因じゃないか。砒素に毒されて身体もボロボロ……早く死にそうだから、その命を任されただけだよ。
しかも、直ぐに関係性ある人間を殺すなんて、僕が切り裂きジャックなら激怒する。
……嗚呼、こんな馬鹿な駒……使うんじゃなかった。
駒にもなりゃしないってね。
僕らと一緒に、そろそろ消されるんじゃないか?
精々自分の心配でもしておくんだなっ。」
と、黒影は無表情に淡々と話す。
「……先輩!出入り口が塞がれる!」
金属製の扉が、ガラガラと一斉に閉まった。
重い筈の工場の扉……一斉に閉まるなんて有り得ない。
数人で一気に閉じたのであろう。
「また、建物ごと丸焼きか。懲りない奴らだな。」
黒影は溜め息を吐く。
「サダノブ、盾を鳳凰陣へ連結してくれ。」
黒影はそう言った。
黒影から渡された、影に幻炎が揺らぐ盾を、サダノブは鳳凰を象り燃える、中央に建てた。
一斉に十方位鳳連斬全体に、何重もの影の盾が出現する。
「何これ、最強じゃないですかっ!しかも盾の飾りのフェニックスと、赤炎の鳳凰陣のコラボかっけぇすねー♪」
と、サダノブはご機嫌で言う。
「あ……でも、良い加減、技名欲しいっ!先輩が略経なのは分かるけど、このレベルは鳳凰陣使っているんだし、何とか技名を!……ねっ?良いでしょう?」
と、厨二病な技名しか付けないので、サダノブには「そんなもの要らんっ!」と、言い続けた黒影。
……サダノブも少し成長したがらなぁ〜。
「おりゃあー!」とか「うりゃあー!」よりかはマシか。
と、黒影は少し考える。
「そうだな。一個ぐらい良いか。「鳳炎の盾(ほうえんのたて)」……以上!」
と、黒影は曾祖父さんの「逆風の盾」みたいなものを、想像し言った。
「えっ!短かっ!」
「長けりゃ良いってもんじゃあ、無いんだよ!」
と、サダノブは納得いかないようだが、多くなると覚えるのも面倒だと、シンプルな技名にする。
そんな話をしていると、窓が割られ、前回の様に火を先に付けた矢がビュンビュンと、音を立てて入ってくる。
「二番煎じが僕に聞く訳が無い。」
黒影は笑いながら言った。
「先輩、笑ってないで何とかしないと!幾ら盾で矢は防げても、中が火の海じゃ意味なくなりますよ。」
と、サダノブは身を屈めて言う。
「サダノブ……前から、お前は何処か僕の影を馬鹿にしている。赤炎を使わなくとも、蒼炎と影で事足りる。……技の数が少ないからと言って、あんまり影をあまり見縊るなよ。
僕は昔からこれ一本でやってきたんだからなっ!」
と、黒影が言うとシャラッとサーベルを構えた。
通常の構えから、一瞬であの時の様に、ビリヤードのキューを片手で持ち、狙いを定める構えに変える。
……また幻影螺旋十字斬りを出すのか?……
……しかし、あれは犯人を追跡する為の技……
何故、今?
サダノブは不思議に思ったが、黒影は矢が飛び交う中、何と目を閉じたではないか。
そして、揺ら揺らとギリギリで弓を交わす。
研ぎ澄まされた集中力と、張り詰めた緊迫感が辺り一体の空気さえ、止まっているかの様に見える。
黒影は再び目を開けると、真っ青な透き通る瞳で、高まった殺気を全て銀のサーベルに流し込む。
黒影のロングコートが、風も無いのに真横にバサバサと広がった。
サーベルの刃の部分が、雷でも帯びた様に蒼い光を有り余せ、揺らいでいる。
🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 ニ幕 第五章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。