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season7-1 黒影紳士 〜「白心願華」〜逃亡せし君🎩第二章 3 目覚 4 死因不明

3 目覚

 柔らかな高い声が流れる様に耳に届く。
 その旋律がブルーローズが歌う、フレンチシャンソンだと気付くのに、その声は心無しか途切れ途切れで、言葉を刻んでいる様にも思える。
 こんなにも心配を掛けてしまったのかと気付き乍ら、黒影が何時も心配する白雪を想う時を、思い出す。
 優しいけど、儚い…そんな微笑み。
 冷たくは無いのに、温かいのに、何処か悲しそうな瞳。
 頬杖を付き、白雪を見て……今、きっと僕が思う様な不思議な気持ちだったのだろうかと、鸞は思う。

 「あれ?……父さんは?」

 目を開けて、何も考えなかった様にそう言って振る舞うものの、何だかぎこちなくしっくり来ない自分自身。
 素直に……か。黒影は白雪に誤魔化しはしない。良くも悪くもだ。
 ……どうせ隠した所でバレちまうだろう?
 だ、なんて言うがきっと本当は違う。

「……黒影さんなら出掛けましたよ。鸞さんを抱えて必死に走って来て、またあっという間に走って行きました。……何時も走っているイメージですよね。」
 と、ブルーローズは微笑んで答えた。
 何時も走って……何時もいない。
 ……何か聞きたい時だって、頼りたくなった時だって、他の誰かに頼られていて、何も言えない。
「……あの……、鸞さん?」
 少し沈黙してしまい、ブルーローズが心配して聞く。
「……あっ、ちょっとね。……あんなに忙しいのに、よく続けられるなって思っただけ。」
 僕はそう返した。
「……それは、家族の為だから頑張れるって、言っていましたよ。……それに……。」
 ブルーローズは何か言いたい様で、言葉を詰まらせる。
「それに……何?」
 僕が聞くと、何か伝えようと少し考えてから口を開いた。
「……それに、鸞さんが立派な探偵になる前に、きっと見ているから恥じない様な大人にならなきゃねって、笑って話してくれました。……傍にいてやれないけど、だから出来る事をしておきたいって。私にはあまり良く分かりませんが、こんな事を聞いた事があるんです。母親は小さい頃の基盤を作る時に必要で、父親はその後の社会的な事を教える為に必要らしいのですよ。鸞さんが早くに黒影さんを必要としたのは、周りを見て早く社会性を身に付けたかったからじゃないかって……。黒影さん、探偵だからきっと其れに気付いているんですよ。だから、走っているのかなって。早く、鸞さんに……其れに気付いて欲しいのかなって、思うんです。」
 と、ブルーローズは言うんだ。
 僕には無い答えをくれる人……。だから、一緒にいて楽しい。……知らない事を知る事が……楽しい。
 ……なんだ……知らないうちに……。似ているのかもな。
「……じゃあ、休んで貰うには、余り急かさない方が良さそうだね。……ねぇ、珈琲淹れるよ。一曲、歌って。」
 僕はゆっくり身体を起こし、優しい歌声を強請る。
 知らなかったのに、本当は父さんも大好きだったフレンチシャンソン。明るくて、軽快な……少しだけ飽きた毎日に華やかさをくれる。
「……何にしようかしら?」
 ブルーローズは曲を考え、軽く唇に指を当て考える。
 トン……トン……と唇に刻まれる、指のリズム。
「ああ……やっぱり……」
 ブルーローズが言った。

「薔薇色の人生……ですかね。」
「薔薇色の人生だ。」

 息の合った二人の声は、笑顔に満ちている。
 珈琲を飲んで思い出す。
 ブルーローズの優しく幸せな歌に包まれ。
 こんな愛しい時間なのに、僕は犯人の事をふと考えていた。
 何の攻撃を受けたのか全くわからなかったからだ。
 珈琲を片手に、掌や腕捲りをして腕も見たが、芒の葉で少し擦れた擦り傷しか残っていない。
 妙なんだ。傷跡一つ無いし、その時犯人を追っていたが、向き合った記憶も無い。
 ……覚えているのは、突然襲った激痛だけ。
 余りの痛みに倒れて、意識を失ったまでは薄ら覚えているんだ。
 こんなものと、父さんは戦いに行ったんだ。
 少しでも、思い出せたら……否、分かる事があれば良いのに。
 ……洞察力と観察力……か。
 掌を見詰めても出て来てはくれない。
 きっと、知識や経験が足りないからだとは思う。
 無力さに思わず開いた掌をぎゅっと握り締め、物思いに耽っていた。
 優しいBGMだけが、そんな僕を許してくれる気がする。
「……今は……休んでいて良いんですよ。……良く休むように伝えてくれって、黒影さんが。……十分伝わったって。私達のお願い事。ピンチの時に、朱雀剣が形を変えたって。……紅蓮ダグマリアと、名付けたそうですよ。」
 ブルーローズは間奏部分で一度歌うのを止め、そんな事を言う。
「……紅蓮?僕は何となく母さんの白さを想って、願ったつもりだったけど?」
 と、少し意外で聞いた。
 その朱雀剣がどんな物かなんて、見た事が無いのだから。
「朱雀剣の周りが白く、炎が固まったそうです。其れが無かったら、身を守れなかったって。……有難うって私達に言って出掛けたんです。」
 ……紅蓮……紅……蓮……。
「……嗚呼、そう言う事か。」
 僕はふと気付いて口にすると、ブルーローズは何の事かと、不思議そうな顔を向ける。
「朱雀の紅と、僕の願った白い蓮子だ。……へぇ、何時か見てみたいなぁ。……ピンチがそんなにあったら困るけどね。」
 そう言って、僕はブルーローズに微笑んだ。
 ブルーローズは、
「一つは謎が解けましたね。」
 と、にっこり微笑み返すと、続きを楽しそうに歌い出す。

 ……休んでいて良い……か。
 何時か、必要とされる人に成りたい。
 探偵になったら……叶うのかなぁ?
 他の探偵社と違う。能力者案件ばかり。
 戦い怪我して、大切な人には心配ばかり掛けて。
 ……なのに、何故……憎めないんだろうな。
 ……黒影は。

 ……父さんで……その前に、黒影。変わった事は無いと言っていた。だから、僕が居ても居なくても変わらなかったのでは無いかと、そんな事を思ってしまう日もあった。
 ……人として。其れから、父親として。
 その順番が変わらないのだと、最近少しずつ分かるようになって来た。
 ……急ぐなとは言われても。早過ぎるんだ、父さんは。

 ――――――――

 黒影は昼間っからあるバーの重厚な扉を開ける。
 燻し金の金具で飾られ、扉が開閉すると、上にぶら下がっているベルが鳴り、この店の主に来客を告げる。
 黒影は通い慣れたこの店で、マスターは見えないが、ある人物がいる事を目視すると、気にせずにその人物の隣の席に座る。
 ロングコートは内側に丸め背凭れに掛け、埃が落ちない様にし、帽子はその人物と反対側の空き席に置いた。
 カウンターチェアーが僅かにだが、ゆっくり揺れる。
「……此処に居ると思っていましたよ。」
 黒影はその人物に言った。
「真実に会った様だな……。」
 そう言うと、その人物はカウンターの中に堂々と入りウィスキーグラスを一つ。氷を二つ入れて黒影の前にコースターを置いてから出した。
「……ええ。正義崩壊域の良からぬ話です。」
「……良からぬ?其れは如何だろうな、黒影。」
 そう、一人黄昏れ飲んでいたのは、この会話が出来る創世神に他ならない。
 黒影にとっては聞きたい事がある。
 が、創世神からすれば、率先してその事柄については話したくは無かった。
 だから、今この様に、一人ウィスキーをちびちびと頂き乍ら、何時か黒影にバレるから離さなくてはと、日述べしたくなっだけに違いないのだ。
 そうでなければ、マスターをこの店から出し、独りで呑んでいる筈も無い。
 ……独りに成りたいのならば、放っておけば良い。
 否、違うのですよ。
 この創世神に限ってそんな事は先ず在り得ない。
 如何せ、しんみりした風貌を醸し出してはいるが、実際は僕に隠していたのに、バレて気不味いから酔ったフリで逃げようとする。
 だからね、創世神が僕のグラスへトクトクとウィスキーを入れ終えるのを確認するなり聞いたのです。
「……知らぬ存ぜぬはもう罷り通らないのは分かりますよね?何も考えずに……僕が貴方に教えだけを乞うて来たと思うなら間違いですよ。ある程度は察しがついているのです。」
 と。
 創世神はそんな真面目に話す僕の表情を見て、見透かす様にクスッと笑うと、
「まぁ、飲め。酒に罪は無い。」
 そう言って軽く勧めた。
「……現在、正義崩壊域と正義再生域の均衡バランスは?……実際はどれ程傾いている?」
 黒影は誰も居ないカウンターを真っ直ぐ見詰め、ウィスキーを唇を潤わせる程、少し口に含み聞いた。
「均衡?何時も通りの上下半球体が二つあるだけさ。」
 創世神は嘘ぶく素振りも見せず、そんな風に返し、ウィスキーグラスを目の前に持ち上げ、光を取り込みカランと回すのだ。
「……では、此方から話しますよ。貴方が以前言っていた「時」「時計」の話しは、この正義崩壊域と正義再生域の話しだった。過去にあの二つの半球体が一つの球体になった時、大惨事を起こした。神々が守り持つには相応しいものだと、僕らはまんまと思わされていたんだ。
 正義崩壊域が有り余る力を吸い取る地で在るならば、正義再生域とはその逆。足りない力を補充する。……その二つの力の流れは在るものに非常に似ていると思いましてね。」
 黒影がそこまで話すと、創世神はグラスをやや乱暴に強めにカウンターを鳴らす様に置いた。
 ……黙れと、言いたいようだ。
「……黙ってはいられない性分なのは、貴方が一番知っているでしょう?黒影紳士の世界に、「能力者」が増加した理由として、五大元素のバランスの崩れにより、人体に影響するまでは分かったが、其れを正しても増加の一途。……もし、この五大元素の陰陽総てを司るもの。其れが正義崩壊域と正義再生域だ。正義再生域の真の意味は能力者を再生……つまり、この世に産む事だ。
 真実の言う言葉が確かならば、その均衡が崩れる。
 そして貴方が以前、不思議にも僕に言った何気ない言葉を覚えています。
「……あの硝子の先を見たい……」
 ……今、こんな想像をしています。
 正義崩壊域と正義再生域が地球儀だとして、丁度接着部分に当たる円形の面積……。貴方にとって反対側から反対が見えているのに通過出来ない硝子って……其れですね?
 そして時に閉じ込められている。
 丁度、時計の中心部から眺めて管理しているから。
 何方につく事も出来ない。見えるだけの柵。自由が欲しくなるのも無理は無い。……貴方にとって……世界は如何見えていますか?」
 黒影は総べてを知った上で、創世神に余計な嘘も必要無い、質問をした。
「……世界は残酷だ。……美しい程……。届かぬから……儚く……美しい……。」
 創世神は揺らぐウィスキーに映り込んだ己の顔を見る。
 愛した世界を語っている筈が、いつの間にか泣きそうな程揺らいでいる。
 ポツリと一粒落ちた雫が、愛か哀か悲しみかすら分からない。
「……前兆はあったんだよ、黒影。だが、我々の中にも黒影の世界と同じ様に、規律が存在する。正義崩壊域と正義再生域は二つ合わせて、初めて世界の縮図となる。
 その世界のパワーバランスが崩れ様とした時、二つの領域は均衡を保とうと逆転する事がある。そうやって、能力者を増やしたり、増やし過ぎた時は笊に掛け、必要な能力者のみを残して行く。」
「必要な能力者?物ではないのだぞ、能力者だって人だっ!」
 創世神の言葉にショックを隠せなかった黒影は、やや声を荒げて言った。
「落ち着け、黒影。僕が決めている訳ではない。大地其の物が審判だ。……自然の理とでも言えば分かって貰えるだろうか。その笊を抜けられるのは、精神的、肉体的に強い魂を持つ者のみ。視覚的には自我が確立され翼を持っている。黒影の様にな。」
「……じゃあ……他は……。」
 創世神の言葉に聞きたくはなったが、黒影は聞かなかった。否、聞けなかったと言った方が正しい。
 ……創世神すら、其れを嘆いている。
 だから……
「硝子を割りたい」だなんて、言ったのだから。
 とても抗えやしない、「時」の中で、一体僕等に何が出来るだろうか。

4 死因不明

 「……サダノブ、其方は如何だ?」
 事務所に珈琲を持った黒影が、現れるなりサダノブに聞いた。
「……今、衛星映像で追跡中ですよ。」
 サダノブはそう答え、黒影にタブレットPCを見せ言った。
 一度逃した犯人の特徴や場所は目視で十分とれたので、黒影は別の用事があり、ビジネスパートナーのセキュリティグッズ専門店「たすかーる」に追跡を依頼している。
 この衛星映像から犯人の逃げた先を追い、サダノブが確認し、サダノブの新妻の穂(みのる)と涼子(元大泥棒)の二人がバイクで場所の特定へと向かった。
「なぁ、サダノブ。」
「はい?何すか?……俺、一度に二つの事は出来ないっすよ。」
 と、話す前からサダノブが言う。
「知ってるよ。仕事じゃない。僕は先に用事を済ませて来る。……鸞かブルーローズさんから連絡あったら、一言メールくれないか。」
「え?自分で言えば良いじゃないですか、そんな事。」
 黒影のお願い事に、サダノブはまた人に任せてと膨れっ面をして見せる。そして、
「良いですか。そう言う小さなコミュニケーションが大切なんです!今までそうやって誰かに頼るから鸞だって……。」
 其処まで付け足してサダノブは口を噤む。
「鸞だって、何だ?……子供じゃないんだ。大切な人もいる。……僕は今更何もすべき事等ないっ!」
 黒影は眉を片方だけ上げ、不機嫌に腕組みをして返す。
 鸞が自殺しようとした昔の過去は消えはしえない。誰だって、生きるのが嫌になる日もある。
 然し、もしもそれを自分の所為だと思ってしまえば、後悔に捉われてしまう。
 僕に今更出来る事があるとするならば、こんなにも生きる事が苦しくとも辛くとも、何れ楽しく感じたり懐かしむ日があったり、沢山の感情を産んでくれると言う事を、身をもって証明するだけだ。
 伝えようとしなければ……伝わらない事がある。
 僕は其れを、どんな手段にするべきか考えていた。文字、言葉、観せる。
 鸞が感じたものに答えるならば、僕は感じるもので伝えようと思う。
 感受性の高い、繊細な君だから。残る物では、きっと納得出来ないのだと思っている。
 父親としては駄目な人間だ。……否定等しても仕方がない。現実的に必要な時にいなかったのだから。
 影の様に……何時も近くにいられたら。……そう、思うよ。
「……今日も相変わらず、頑固だなぁ。」
 サダノブは呆れて言った。
「ああ、頑固で結構。頑固で有名だ。……先を急ぐ。遊んでいる暇は無い様だ。」
 黒影は、ロングコートのスマホの着信の知らせが、無線にチラッと入ったのを聞き、スマホ画面を確認する。
 相手は風柳からだ。
 病院の場所の詳細地図、医師の名前が表示されている。
「……休憩は?」
 サダノブは黒影を案じて聞いた。
「出先で適当に風柳さんと摂るよ。サダノブも適度にな。」
 黒影はそう言うなり、事務所玄関から飛び出そうとして、一歩外へ踏み出した途端、違和感に止まる。
「……黒影、忘れものよ。鸞の事なら大丈夫……。気を付けて行ってらっしゃい。」
 白雪の声で肩を叩かれて振り向く。
 タイをひょいと引っ張り、白雪は黒影に少し背伸びをして行ってらっしゃいのキスをする。
「……あ、うん……気を付ける。行って来ます。」
 白雪はにっこり微笑むのに、黒影は相変わらず照れ屋でぎこちない。
「見てるこっちが普通は照れるんですけど。お二人だと映画か何かみたいで、現実味が薄れるんですかねぇ?良くも悪くも見慣れたなぁ〜。……で?白雪さん、先輩……何処行ったんです?」
 サダノブは、タブレットから目が離せないものの、未だいるであろう白雪に聞いた。
「あら?サダノブ聞いて無かったの?……まぁ、二つは無理なんだから仕方無いわね。姉妹の亡くなられた妹さんの方、死亡届けを書けないって、お医者様から相談があったのよ。」
「へっ?」
 サダノブは思わずその白雪の答えに、視線を上げ見る。
「死亡届けが書けないって如何言う意味です?今までそんな事例聞いた事ないっすよ。」
 サダノブは不思議がる。
「ええ、そうなのよ。死亡解剖だって協力してもらえたのよ。特に持病があった訳でも無いし……。皆んながそうとは限らないけれど、寿命で亡くなって寿命とは書かないわ。何かしらの適当な病名を付けるのが普通よ。だけど、あんまりに変わった所見があったらしくて、能力者特有のものではないか、能力者案件に詳しい黒影に意見を聞きたいんですって。」
 と、白雪は事の発端を事細やかに話した。
 「成る程ねぇ……。」
 サダノブはぼんやりし乍ら言う。探偵と言えども、能力者の事とあれば、他にも頼れる所はほぼ無い。独占とは言え、相変わらずのハードスケジュールだ。
「予定の事なら言ってくれないと……。また調整しなきゃだ。」
 白雪が去った後、サダノブは小声でそんな風に黒影に愚痴ったものの、その言葉の通りが本心なのではない。
 そろそろ、家族の為にも休んで欲しかったからである。
 万年過労体質も気掛かりであるには違いなかった。

 ――――――――――
「……解剖所見失礼。」
 黒影はご遺体を前に手を合わせ、解剖の際のカルテを医者に要求し、片手を伸ばした。
 医者を見るでも無く、ご遺体と見比べて行く。
「外傷無し……胃の内容物も特に問題なし。死後硬直時間は、僕が発見する少し前の死亡で間違いなし。確かに綺麗過ぎる。現場にいた不審な能力者の可能性は高い。如何してこの幼き未来ある少女だけが命を奪われたのか……。鸞は平気だった。大人と子供へ同じ攻撃を加えた際に、子供にだけ衝撃が強かったのかも知れませんね。
 一瞬のショック状態の様なものならば、何か犯人の使う能力のヒントになるかも知れません。
 脳を読む能力者がウチ(夢探偵社)にいるのですよ。今、他の仕事で手がいっぱいだが、このご遺体の保管期間は……。」
 黒影はサダノブの思考読みの能力で、脳に何か形跡は残っていないか診てもらう為、保管期間について医者と延長出来ないか相談していた。
 すると……、
「先輩っ!追跡していたのですが、犯人がっ!」
 と、サダノブが超小型無線機でいきなり言うのだ。
「うっ、五月蝿いよ!何回言えば分かるんだ、馬鹿犬!」
 黒影は無線を耳から外し、遠ざけ嫌そうな顔をして言った。
「で?何処付近だ?たすかーるの二人の追跡を振り払うとはなかなかやるじゃあないか。消えた場所は?」
 黒影はニヤッと笑うとサダノブに聞く。
 これだけすばしっこい奴に出逢ったのは久々だ。
「今、場所の詳細送ります。で?俺は如何しましょうか?お留守番?」
 と、サダノブは呑気な事を言っている。
「……そうだ。僕……京都行きたい……。」
 黒影がそんな事を言うのだ。
「はぁ?先輩いきなり何を言っているんですか?かなりギリっすけど!」
 サダノブがハラハラし乍ら言った。
「秋って言ったら当然じゃないか。よし!今からサダノブはバイクで此処に来い!たすかーるチームと「京都で紅葉狩り弾丸ツアー幹事兼プラン作り」を賭けて、何方が先に探すか社を掛けて競争しよう!って、涼子さんに伝えてくれ。」
 と、黒影はわくわくした声で言うのだ。
「今頃、目が輝いているに違いない……。分かりましたよ。じゃあ、其方に行きますね。鸞は?」
 サダノブは先程まで気にしていた鸞の事は如何したかと、黒影に聞いてみる。
「白雪が大丈夫だと言った。僕は白雪も、鸞も……僕の家族を信じる。……そんで、京都に連れて行く!」
 と、楽しそうに笑うのであった。

 ――――――――――
 風柳の車にて。
 車内運転席に風柳。安定のあんぱんを片手に頬張る。
 助手席に黒影。……駄々を捏ねて、近くの純喫茶のホットサンドと珈琲を店主にお願いして、優雅に珈琲と頂く。
 聞き慣れたバイクの音がして、黒影は後部座席にサダノブが入ってくるなり、
「遅い!遅れを取ってしまった。」
 と、一人優雅な昼食を止め、注意するのだ。
「此れでも飛ばして来ましたよー。先輩みたいにパトランプつけた暴走車と一緒にしないで下さい!」
 サダノブはそう言うとほぼ同時に、黒影の手元を見た。
「うわぁ〜何、そのランチは。」
 と、言ったのも当然の事である。
 未だサダノブは急に呼び出された為に、ランチすら食べずに来たのだ。
 合流してから食べるものだと思っていたので、流石に腹が鳴った。
「ああ、サダノブも食うか?あーん?」
 黒影がご機嫌そうに、嫌がるサダノブに卵とレタスたっぷりのホットサンドを口に押し当ててやろうと思った時だ。
「あっ!鸞から連絡。先輩、巫山戯ないのっ!」
 と、サダノブは通話を押す。
「……痛み?」
 サダノブが鸞との会話で話しているのが黒影の耳にも届く。
「なっ?!……鸞、痛いって、大丈夫……嗚呼っ!!(どんがらがっしゃん)」
 黒影の心配の余り、ホットサンドを落としそうになり慌ててキャッチしたのが、珈琲を持つ手で、珈琲にホットサンドの先が浸かり、熱い珈琲が手に掛かったが、「嗚呼っ!」だけで何とか堪えて、熱さに車の扉に蹴りを入れた。
 そんな細かな事は見えないにしろ、騒がしさに鸞はある程度の想像がついたのか、
「本当に黒影は心配症だなぁ。ご愁傷様って伝えておいて。……後、無事に帰って来なかったら母さん泣くからねって。」
 と、鸞は自分も心配だが、心配症が移っただとか言われたく無いので、照れ隠しも含めそうサダノブに伝える。
 サダノブが一通り話を聞いて通話を切ると、黒影はハンカチーフで手を拭き乍ら、サダノブをしれっとルームミラー越しに見た。
「何ですか、その態度の違い。教えませんよ。」
 と、サダノブはつい意地悪を言いたくなって黒影に言う。
「素直に教えてくれと言って、教える!二人共報告もまともに出来なくて、良くやって行けるもんだ。」
 二人を見兼ねた風柳はあんぱんを食べ終え、牛乳を飲み言った。
「今のはサダノブに報告義務がある!僕は上司だ。」
 と、黒影は折れる気等無いらしい。
「えー、昼休憩もくれないBLACKが?」
 サダノブはそうは言っても、毎日楽しいのでヘラヘラ笑って言った。
「だからホットサンドやるよ。ちゃんと二人前で頼んである。……で?鸞の様子は?」
 と、黒影はふと真顔で聞く。黒影では無く、一瞬だけ父親の顔に戻った様にサダノブには見えた。
「……何処にも怪我無し。何時もと変わらないって。何かの能力の後発的な物も今の所全く無いんですって。……で、さっきの痛みが如何のですがね。」
 其処までサダノブが話すと黒影は、それだそれだと気になったのか、後部座席に振り返り、サダノブを良く見て聞こうとする。
「本当に心配症ですねぇ。現場で倒れた時の話しですよ。鸞なりに何が起きたか思い出そうとしていたみたいです。犯人を追い掛けている最中に、急に全身に強烈な痛みを感じたみたいなんですよ。その激痛で倒れて意識を失ったとか。其れ以上は思い出せないって。……少し落ち込んでいたかな。先輩の役に立ちたいんですよ、鸞は。」
 と、サダノブが言うではないか。
 黒影は先程見ていた姉の比留間 夏輝と、その妹の璃姉妹の妹のご遺体の事を考えていた。
 鸞と同じ激痛が、妹の璃にも起きたとすれば、当然未だ子供の璃には其の痛みも大きく感じたに違いない。
 ――外傷の無い、瞬時の神経や脳信号系統による激痛なら?
 黒影の脳裏にそんな仮説が上がる。
 死後跡がほぼない事から可能性としてはある。ならば早く犯人を捕まえなくては大変な事になる。
「……サダノブ、其れ食べたら妹の比留間 璃ちゃんのご遺体を診てくれないか。やはり外傷はないが、もしかしたら脳神経か信号に異常が見られるかも知れん。」
 と、黒影は珈琲を飲み乍ら言うのだ。
「えっ?食事の後?」
 サダノブはどんよりして聞いた。
「ああ、そうだ。外傷は無いと言っただろう?綺麗な仏様だよ。其れでこれから僕等が何と戦うか分かるかも知れないんだ。列記とした仕事だ。」
 と、黒影は有無を言わせぬ態度である。
「相変わらず人遣い荒いなぁ〜。」
 そう悪態を付き乍らも、サダノブはホットサンドを口へ放り込む。
「良く噛めよ。」
 風柳が苦笑いし、そう言ってやるのだった。
 ――――――――――

「……この度はお若いのに、何と申しますか……ご愁傷様で……。」
「……下手くそは良いから早くしろ!」
 サダノブが長々似合わない、喪の挨拶に悪戦苦闘し出しそうだったので、黒影は額に手を当て呆れ乍ら急かした。
「ご挨拶は大事だって、何時も五月蝿いじゃないですかぁ。……今やりますよ。」
 と、サダノブは璃の小さな額に手を当て目を閉じた。
「これは……異常に痛みの神経がシナプスを伝っていますよ。何個かシナプス自体が損傷している。」
 と、サダノブが言うのだ。
 このシナプスと言うものは神経から受け取った電気の様な信号を送る役割をしている。
 この小さな世界での損傷にサダノブが気付けるのは、脳内の思考全てを読み取れる遺伝からの特異体質で、能力では無い。

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(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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