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season7-1 黒影紳士 〜「白心願華」〜逃亡せし君🎩第三章 5翼の無い者達 6生きる果てに

第五章 翼の無い者達

 痛みとは簡単に言うなれば、組織破損場所からプロスタグランディン等の物質がセンサーを介し、痛みの神経を興奮させ起きる。
 この神経から前章後半で述べたシナプスを伝い「痛い」と言う信号を送る訳だ。
 このシナプスは痛みだけでは無く、多くの感覚を脳に送る電気を繋ぐ様な役目をしている。
 痛み等感じなければ良いと思うかも知れないが、即座に感じる事で切る、打つける、熱い等の感覚が大火傷や大怪我になる前に回避出来る、重要な役割を持っているのだ。
 医学的には、薬を用いて過度に出てしまった神経伝達物質を抑えたり、和らげている。
 慢性化する理由としては、痛みの信号伝達が強くなり、シナプスが敏感になって、少しでも痛く感じたりする。
 また、シナプス自体に痛みセンサーである、NMDA受容体が出来てしまう事もある。
 そして、記憶で有名な海馬だが、脊髄に長期増強現象LPTが起こる事で、海馬の記憶に痛みが繰り返し刻まれる事により、何時迄も痛いと感じる事もある。

 パターンとしては、
 ◯シナプスの伝達物質の信号が狂う
 ◯シナプスに繰り返し刻まれた様な痛みが一気に襲う
 ◯海馬に痛み感覚が記憶される
 等が、今回は考えられた。

「……サダノブ、海馬の記憶媒体は如何だ?」
 黒影は慎重に聞いた。
「ありますよ……痛みの記憶。」
 サダノブは思考読みで耐性はあるが、流石に鸞が一瞬で倒れてしまう程の激痛だ。
 珍しく額の傍に手を添えて答える。
「分かった。あまり危険な事はしなくて良い。……然し、瞬時に何度も受けた様な痛みを与えるなんて厄介だな。」
 黒影の眉間に皺が寄った。
 一番良いのは攻撃が当たらない事だ。だが、こういった思考や脳操作系は見えずに厄介極まりない。

 それでも……知ってしまった以上は誰かが止めなくてはならない。
 それが自分じゃ無くて、誰にでも可能な事ならば、そんなに楽な事は無い。
 ……が、奇しくも此れに気付いたのは鸞の言葉と黒影の知識、尚且つサダノブの様な思考読みが揃っていたからだ。
 しかも、忘れてはならない。
 ただの探偵社では無い。能力者案件に特化した業界随一の探偵社だ。
 何よりも、このまま死亡届すら出せずに、ただでさえ哀れなこの少女のご遺体を無下に、答えを先送りし腐敗させる訳にもいかない。
 現在、能力者は増え、一般人と共に暮らし、同じ法の下に裁かれている。
 一つだけ違うのは、能力者専用の刑務所が秘密裏にある事だ。能力を無効化する独房に多額の税金が掛かる為、見掛けは一般の刑務所と変わらない。
 ……世界の均衡なんて創世神は言ったが、僕が思うに……それは能力者の間引きにしか聞こえなかった。
 産まれ乍らに……誰もが好きな人生を選べずに、それでもその命を全うする事の、何が罪で消されるのか、僕は知りたくもないよ。
 ……僕なりの答えが無ければ、聞こえない。
 犯人に、本当の想いを打つけなくては届かない。
 生温い善悪は其処には無い。
 在るのは……何を信じ、何を取るか。
 サバイバルにも似た、本気の言葉しか勝利しない。
 生きようと必死な犯人の力に気付いた時、同じ覚悟を持つべきだ。
 己が生きる事をたった一瞬でも諦めれば、引き摺り込まれる。
 たかが、捕まえる逃げるなんて追い掛けっこじゃあないんだ。
 やるかやられるか……それが逃亡者と捕獲者の違いだ。

「……先輩?目が……。」
「ん?」
 サダノブが黒影の瞳を気にした様だ。
 黒影はルームミラーに己の瞳を映し見た。
 真っ青な深海の様である。犯人を捕まえようと疼く影を司る蒼の瞳になっていた。
「ああ……つい、手強そうだと思ったら、影が捕まえたくて出て来てしまう。」
 と、黒影は瞼を閉じて落ち着かせる。
「痛い!って、言えば俺が直ぐシナプスの伝達を止めますよ。そうすりゃあ簡単だ。」
 サダノブは黒影を安心させようとそう言ったのだが、それを聞いた黒影は目を閉じたまま鼻で笑った。
「相変わらずだな。瞬時だぞ?間に合うのか?……其れに僕は一々痛い!だ、なんて無様に言いたく無い。」
 と、黒影は言うのだ。
「本当に頑固だなぁ。言いますよ。我儘で我慢が何より嫌い何ですから。何でもっと素直に頼ってくんないかなぁ。」
 サダノブは相変わらずはそっちですよ!と、心に思い乍ら返す。
「それより、正義崩壊域と正義再生域がひっくり返ったらお前如何なるんだ?」
 黒影はハッと思い出して、サダノブに聞くでも無く言った。
 好きで五神獣では無く、鳳凰付きの狛犬になったサダノブには翼が無い。
「……えっと……それは……。だから、前々から言ってるんですよ!周りがバンバン跳べる様になったのに、俺だけ跳べないのは変じゃないかって。そんな天変地異みたいな事が本当にあるんなら、流石に創世神さんだって良い加減翼くれますよ。だって先輩と立ち位置コンビみたいなもんだし。もう、season7でしょう?良い加減我慢した!抗議しますっ!」
『無いね……悪いけど』
 天から急に声が降って来た。
 この『』は……!そう、天の声版創世神だ。
「へっ?じゃあ俺、そろそろ出番終わるの?」
 と、サダノブは天の声に聞く。
『良いや、変わらないよ。やっぱりポチはお馬鹿さんで可愛いなぁ。狛犬の氷の術があるだろう?……氷を作って、上に跳ぶ……更に作って……で?如何なる?』
「あっ……。」
 サダノブは今頃気付いたらしい。
『……なぁ?十分跳べるじゃないか。』
 それだけ伝えると、創世神は颯爽と退散した様だった。
「えぇ――っ!早く言ってよ!しかも何で俺だけ肉体労働!?」
 サダノブはそう叫んで嘆いてはいたが、
「五月蝿いぞー。」
 と、黒影は言い、風柳はガハハとまた豪快に笑うだけである。
 ――――――――――

 そうは笑っていたけどさ……。
 僕はこの時、既に気付いていたのだよ、サダノブ。
 お前の能力に限りがあり、僕に出来る事にも限りがあるのならば……きっと、僕の取る手段は一つしかないと。

 ――――――――――

「先輩、見つけたかも!」
 サダノブが犯人の特定をし乍ら言ったのだ。
「ん?……まだ目の前にいない。見つけたとは言え無いだろう。」
 そうは言うものの、サダノブが何を見付けたか気になった黒影は後部座席に身を乗り出し、タブレットの画面をみる。
 調べていたのは、FBIの能力者登録データと、前科者のデータベースだった筈だ。
「……特に該当は無いみたいだが?」
 黒影は一瞥し言った。
「此処に居ないって事はですよ。そんな子供ばかり誘拐を狙う集団が潜れる場所は一つしか無い。……先輩の方が顔が広いでしょう?」
 と、サダノブは犬歯を見せニカッと楽しそうに笑う。
「お前、何処のサーバー経由しているんだ。危なっかしいなぁ。ウチのセキュリティが、強いから何とかなるんだ。気を付けろよ。」
 と、言い乍らも、黒影は裏社会のサーバー経由でサダノブが何を探していたのかを観た。
「成る程……グループで動いているんだ。人数だな。
 急に人数が増えた裏稼業の店か、ゴロ付き集団を探せば自然と辿り着く……か。案外、客は入れ替わっても、運営している方は狭い社会だからな。だが、サダノブ……此れでは此方の動きがバレる。逆に紛れて潜った方が良い。……後は闇ルート御案内役に手伝って貰えば良い。」
 黒影はそう言い出すと(眼鏡好き様お待たせっw)黒影は、調査用バッグからブルーライトカット眼鏡を取り出し掛けると、サダノブからタブレットを借りてカタカタ打ち出す。
「闇ルート御案内役?誰ですか?」
 サダノブは黒影に聞く。
「裏取り引き、情報通ときたら……隼(ハヤブサ)しか居ないだろう?仕事はスピーディーだし、跡は決して残さない。アフターサービスまで完璧だっ。」
 と、黒影は隼を褒めちぎるのだがサダノブは、
「でも、闇の人でしょう?」
 憤れて言うのだ。

 そりゃあ、黒影先輩だって昔は闇で戦っていたんだ。
 ただの古巣にしか思っていない事ぐらい分かっている。
 けれど、何処かその闇に近づく度に、今も心無い黒影先輩の影だけが、其処に立ち尽くしているのでは無いかと思わずにはいられない。
 勝手な我儘かも知れないけれど、戻って欲しく無いと願ったらいけないのだろうか。
 折角、日の当たる場所の影に慣れたのに。

「……ふぅ〜ん……こんな所に裏カジノねぇ。従業員が30人。羽振りが良さそうだ。……だが、きっとこんな物では無い。」
 黒影は隼と長い数列で会話をしている様だ。
「……このカジノ系列店で移動しているらしいな。軍資金を集めては数人がローテーションで変わるから、一斉検挙も難しい。正に数人でも生き残れば良い……サバイバル状態だ。問題はこの中から、正義崩壊域から来た中で、璃ちゃんを殺した犯人は何処かだ。サダノブ、隼に衛星画像から撮った写真を送ってやってくれないか。」
 黒影は、一時手を止めるとサダノブに言った。
「良いですけど、違法な事やってませんよねぇ?今度は何と引き換えで教えて貰っているんです?」
 と、恐る恐るサダノブは黒影に聞いた。
 黒影は少し上を眺め考えると、にっこりと風柳を見て微笑んでこう言った。
「風柳さぁーん。一ヶ月ぐらいは組対(組織犯罪対策課)動かしてもガサ(ガサ入れ)空振りですから。その代わり、一ヶ月後は暴れたい放題どうぞ。僕もサービス価格で全部探しきりますよ。」
 其れを聞いた風柳は青褪めバッと黒影を見て言った。
「まさかっ!黒影、組対をダシにしたのかっ!?」
 その反応に黒影は待ってましたと爽やかな笑顔で、
「良く考えてみて下さい。何方にせよこれから僕が何から何まで洗い出して、どの道散り散りにしてしまうのです。そんなの僕は調べるだけ調べ漁って、放って置いて逃げちゃえば良いのに、サービス価格で他の残党を探すと迄言っているのですよ。……こんなにも、警察に協力的な民間探偵社、他に無いと思いませんか?……ねぇ、お兄ちゃん。」
 と、淡々と言うではないか。
 風柳は良く分からない説明だとも思ったが、弟の勲(黒影の本名)が言うのだから、きっと悪い話しではないし何か考えがあって言っている。
 然も、「お兄ちゃん」と、呼んだからには何か助けが入り用で甘えて言っているに違いないのだからと……。
「まぁ、黒影が言うんならそうなんだろうな。」
 と、言う考えに辿り着く。
「風柳さんっ!だから、先輩に甘過ぎっすよ!後で署長さんに怒られても知りませんよぉ〜。」
 サダノブは一応にそう伝えはするが、きっと今日も虚しく伝わらない事には気付いている。
「でも、勲が困っているんだ。可愛いもんじゃあないか。」
 と、風柳はやはりのほほんと笑うだけなのである。
 黒影が小悪魔の様に、サダノブにだけ見える角度で、ニヒルに笑っている顔など知りもしないのだ。

 ――――――――――――
「黒影!」

 このところ、特に従業員の動きの出入れがあり、人数も増えた裏カジノへ潜入を試みようと、風柳の車で向かっていた時の事だ。
 白雪の黒影を呼ぶ声が、車内備え付けの無線から聞こえる。
「如何した、白雪?」
 黒影は風柳の警察無線を仲間連中が好き勝手ジャック傍受し使用しているのは最早気にも留めず、普通に無線に出る。
 何時もはスマホに連絡する白雪なので、急ぎなのは分かった。
「比留間 夏輝ちゃんのお母様からさっき連絡があったの。また行方不明だって!……ご近所の自警団の皆さんも、私も一緒にずっと探しているのだけど、もう三時間も見当たらないの。」
 白雪は事務所から無線を使うのは慣れていないのか、少し息を切らし黒影に話す。
「分かった。分かったから、先ず落ち着いて。もう……暗いよなぁ……。」
 黒影は車窓の景色を一瞥し、懐中時計を首のネックレスを引き、胸ポケットから取り出し見た。
「もう21時過ぎじゃないか。日暮れてから随分いないな。警察には?」
 黒影は状況を聞く。
「20時頃にお母様と捜索願いを出したわ。何人か警察の人も探してくれているけど未だ見当たらないの。璃ちゃんの次に夏輝ちゃんまで……。お母様、すっかり取り乱してふらふらなのに……。」
 白雪の声は、無線で多少音質が悪い物の、少し震えて泣きそうにも聞こえた。
「分かった。大丈夫だ。大丈夫にする。此方からも衛星画像で探してみる。白雪……有難う。無理しないで、お母様と二人で少し休憩をとって。こんな時だから、長丁場になっても良い様に休むんだ。警察もいる。もし、連れ去られでもしたら、僕が今度こそ社を掛けて生きたまま連れて帰ってくる。人探し専門の探偵も此方から幾らでも出す。だから、安心してと……お母様に伝えて。」
 と、黒影は言う。
 直ぐに向かってやりたい。誘拐されてから生存して帰る確率は時間が経てば経つ程減る。
 だが、それはあくまでも海外の平均であり、日本は少し長い。
 事件に優劣は無く、今向かっている現場があるならば、引き返す理由にはならない。
 白雪の気持ちを想うと心が傷んだ。
 我が子の事だったらと想えば己の心も痛む。
 それで良いんだ。
 ……それが、愛して大切にして来たと言う事なのだから。
 だから、やはり……僕には阻止しなくてはいけない事がある。

第六章 生きる果てに

「……行きますか。」
 黒影はその姿を隠す事無く、とある都内ビルを見上げビル風に漆黒のロングコートを靡かせ、仁王立ちした。
 其の影は闇と同化し、姿さえ見えなくする。
 サダノブと風柳が纏う心地良い殺気を背に受け、黒影は真っ黒な殺気に身を包み歩き出す。

 この上のカジノの中に……犯人はいる筈。
 たすかーるの二人もバイクで到着し、黒影は危険な仕事になるかも知れないからと、二人にはもしもの時の救急等の知らせ係に、ビルの下で待たせた。
「黒影の旦那っ!」
 涼子が心配そうな声でその背中に声を掛ける。
「……涼子さん。らしく無いなぁ……。こう言う時はね、京都の旅行雑誌でものんびり観ておくと、嘘でも言うもんですよ。」
 一瞬立ち止まり、振り返りもせず黒影はそう言うと、帽子の前の鍔を軽く摘み下げ、
「何かあれば……頼みましたよ。」
 その一言を残し、中へと進んで消えて行った。
 ビジネスパートナー規約、お互いの社長に何かあった時は、従業員の給料変わらず、雇う事。
 何時何時、死が訪れても不思議ではない稼業の二人だから、其れは何よりの保険より安心だったのかも知れない。
 ずっと、こうお互いに言うんだ。
 ……まだそんな時じゃあない。
 だから、
 ……まぁだだよ。

「表向きは高級クラブと来ましたか。如何にもで笑っちゃいますね。」
 と、黒影は黒い大理石の廊下を見て笑った。
 靴音だけが、カツ……カツ……と、その笑いとは裏腹に怒りを堪えているようにも聞こえるのだ。
 廊下側の防犯カメラを黒影はロングコートから周波数を変え、破壊し映さない様にした。
 異変に気付いた数人の黒服スーツのボーイが目視しに店から飛び出し、黒影の前で止まる。
「高級クラブと書いてかるのに、他の遊びも出来るらしいじゃあないか。知っての通り、僕もそこそこ君達のお陰で稼ぎは悪く無いんだ。少し遊ばせてもらうよ。構わないね?」
 と、黒影は微笑むのだ。
 その笑顔に悪意は感じられず、ボーイ達は如何したものかと顔を合わせた。
「えー、俺は高級な姉ちゃん、見てみたかったっす。」
 と、サダノブは呑気な事を言う。
「お前、穂さんが聞いたら、あの凄い回し蹴りで脳震盪起こすよ。」
 黒影は笑った。
「黒影さぁ〜ん、たすかーるの穂、無線傍受しちゃってますからぁ。サダノブさん、盾にして暴れまくって下さいね♪」
 と、流石業界No.1のセキュリティ専門店は、既に黒影達を心配して、先に無線をジャックしていた様だ。
「…………サダノブ。……ご愁傷様。今月の給料に、金一封餞別に足しておくな。」
 黒影はサダノブを見ると苦笑いして言った。
「そんなぁ〜、先輩見捨てないで下さいよぉ〜。」
 サダノブが後ろから黒影のコート裾を持って泣き言を言っている。
「全く情けない。さっさと行って探そう。白雪達も待っているんだろう?」
 と、風柳は何時も闘う前も間も巫山戯出す二人を呆れて見乍ら言った。
「……そうだった。サダノブ、家庭の事情を仕事に持ってくるなよ。行くぞ!……ほら、君達は歓迎するのか、退くのか何方かにしたまえ。僕が短気なのは知らない訳ではあるまい?それとも、伝説でも見ている気分か?」
 狼狽えて何も出来ないボーイに黒影は聞いた。
「あ……あの……黒影……か?」
「黒い帽子……ロングコート……。」
 噂には聞いていたが、如何やら黒影を都市伝説か何かにしか思っていない輩らしい。
「じゃあ、これなら信じて貰えるかな?」
 黒影はロングコートの先を片手でバサっと音を立て翻した。
 何事かと気を取られたボーイが気付くと辺りは真っ暗で右左上下すら分からぬ状況であった。
「捕〜まえた♪其処は影の中だから怪我しない様に、諦めて大人しくしていなよ。こんな猫騙しに引っ掛かるなんて。」
 黒影はそう、己の影に既にすっぽり入ったであろうボーイ達に笑って言った。
 ……影の速さにも気付けない。
 そんな者ではないんだ。
 今から出逢うであろう、この世界では無い所から来た、招かざる客は。
 ……きっと、この影にも触れようとはしない。
 能力者とは、強さの代わりに弱さも持ち合わせた、警戒心の塊の様な生き方しか選べなかった者達だ。
「先輩って、こう言う入り口は全部顔パスみたいなもんですねぇ。」
 と、サダノブは何時もの事だと、のんびり黒影の後をついて歩く。
「……門番が何処も緩過ぎるだけだ。大概、ラスボスは奥の奧……最後にいたがるものだ。僕なら面倒だから自分で出迎えに行くがな。……出不精なんだよ、全く。」
 黒影はそんな悪態を吐きながら、店の中へ入る。
 客人が黒影を見て一瞬ざわついた。
 その姿に危険を感じたからだ。
「全員動くな。お邪魔してすまないね。探し物だ。他は興味ないんだ。……おっと、それは……。」
 黒影の言葉に静まり帰った店内。
 誰もが巻き込まれて捕まりたくなくて、黙った。……つまり、裏社会に精通する者しかその場にいないと言う事だ。
 そして、黒影は其れならば話は早いと、近くの席のウィスキーのボトルをひょいと持ち上げる。
「……サダノブ。このボトルは船でも割れ辛く丸くしてある形状でね。僕の好きなメーカーのlabelの変わった種類なんだ。なかなか置いてある店は無いよ。然し乍らね、残念な事にこのメーカーのウィスキーはlabel色が変わるだけで全く味が違うのさ。……とは言え、どんなものだか飲んでみたいとは思っていた。」
 なんて言い乍ら、カウンターからウィスキーグラスに氷を入れ、周りを気にせずバーテンの計りを使い、くるりとグラスに回し入れ眺めているのだ。
「……ほう……こんな色なのか……。」
「……先輩!何、勝手に利き酒始めようとしているんですか!さっさとカジノの場所探すんでしょう?」
 と、サダノブは呆れて注意する。
「……あっ!あの棚!……全label色が揃っているではないかっ!」
 と、黒影はウィスキーグラスを持ったまま、目を輝かせウィスキーが並んだ煌びやかな磨かれたマホガニーと金彩の硝子扉の前へと小走りした。
「だぁーかぁーらぁー!仕事中ですって!」
 と、サダノブは流石に黒影のマイペース具合いの酷さに額に手の甲を当てがる。
「……待っているんだ。……何をしようが、此方の自由だろう?待ちたく無いものを待っていてやっているんだ。このくらいサービスが無きゃ、割に合わないねぇ……。」
 黒影は其れ迄とは打って変わり、棚上の監視カメラを睨み、低い声で言ったのだ。
 そして黙り込んだかと思うと、空いていた如何にも高級さを着飾らせたワインレッドの別珍の布製の長椅子いっぱいに、漆黒のロングコートをばさりと広げて座り、足を組んでだらりと飲み始める。
「場所、取りすぎ……。」
 サダノブは黒影が広げるだけ広げたコートを敷かない様、長椅子の端にちんまり座って呟く。
「ん?何か迷惑でも掛けたか?」
 あっけらかんとした態とらしい笑顔の黒影に、サダノブは寒気すら感じ、
「いいえ……。多分、気の所為……。」
 と、答えるしか無かった。
 何故って、そもそも大事なお気に入りのロングコートを敷いた時点で不機嫌になる。
 それは然程、飲んでいる時はぶつくさ言うぐらいで済むが、そうじゃあない。
 黒影の瞳が……赤い……。真実を欲するか、鳳凰の魂が疼くか……戦いの予感がする。
 流れる殺気を鎮める様に、態と体勢を崩しリラックスさせ、酒を飲んで誤魔化そうとしている。
 ……が、如何にも許せない事に頭に血が登っているのは確かに間違い無いのだ。
 ウィスキーグラスをカランと一度氷を鳴らし回すと、スーッと漆黒に開いた花を閉じる様に立ち上がった。
 奇妙な程に、人が30人程飲んでいるにも関わらず、静まり返った店内。
 アンティークレトロの奏でる蓄音機からの何処か懐かしいクラシック……。
 その中に、僅かに不快感さえ覚える、不釣り合いなトランスサウンドの重低音の一部が黒影の耳に残る。
 磨き上げられた姿を映す床に、カツン……カツンと靴底の硬い黒影の靴の運びが、その重低音のリズムと、旋律的なクラシック音の間を融合させる様に響くのだ。
 ……相反する二つの空間を繋ぐ調和が其処に産まれ、跡を残して行くかの様に……。
 誰も弾きはしない飾られたグランドピアノの後ろの壁の前に黒影は立ち、止まった。
 壁に見えたが、自動ドアだったらしい。
 空き始めると同時に、黒影はサダノブを扉の反対側へ押す。
「ちょっと、急に!」
 サダノブは何か言ってからにしてくれと、そう言ったが時既に遅しであった。
「……来るぞ!伏せろ!巻き込まれたく無かったら、全員伏せて外へ避難しろ!直ぐにだ!……風柳さん、誘導願います。武器を所持している!」
 黒影は自動ドアが空いた時に、既に火薬の僅かな匂いに気付き、ドアの脇に身を隠し叫んだ。
「幻炎(げんえん)……十方位鳳連斬(じゅっぽういほうれんざん)……解陣!!」
 即座に略経を唱え、鳳凰の陣を展開させる。幻炎とはこの様な屋内に適した、燃え映らない幻の炎で鳳凰の陣を創る事だが、その分威力も軽減してしまう。
 見境なく、ドアの先から銃弾が飛んで来るではないか。
「おいおい、客の扱いが悪過ぎやしないか。……外円陣炎柱……発動!」
 黒影は慌てて、他の客に当たらない様に陣の外枠の円から、炎の柱を上げた。
 真っ赤な瞳。炎の翼が金を帯びて揺らめいている。
 漆黒の姿に、平和と平等を揺るがす存在に、静かに佇むのだ。
 何も動きが無い……警戒している。
 何方も警戒している。
 風柳が人々を外へ誘導する声がした。
 こんなに銃声を堂々と鳴らすなんて……。此れでは、否応無しに警察が来ると分かっている筈。
 それなのに打った理由は……一つ。
 警察だろうが、誰であろうが……邪魔するならば容赦なく打つと言う警告だ。
「……ならば……容赦無く……暴いてみせるしか無さそうだ。サダノブ、これは最早テロレベルになる。相手を無差別殺人鬼だと考えた方が良さそうだ。
 ……だが、探偵としては大当たり。……それだけ大事な物があるらしい。」
 と、黒影はサダノブにも状況が分かる様に説明し、ニヒルな笑みを浮かべる。
 警察ならばこんなに派手にやられたら面目は立たないが、黒影にとってはその面目潰れで銃撃戦に弱い警察の代わりに動いて情報を仕入れたり、犯人を捕まえた方が良い取引きが出来ると言う訳だ。
 勿論、その板挟みで値切り交渉にあたふたするのは、現役刑事、能力者特別捜査課の兄の風柳には違い無い。
「先輩……悪どさが、無邪気を超えて恐怖ですよ。取り敢えず、どんな武器か氷、飛ばしてみますね。」
 と、サダノブが鳳凰陣中央に氷の技を叩き込み、陣の全体から放出しようと、腕を翳した時だ。
「待て、サダノブ!」
 黒影がバッと、サダノブの腕を取り止める。
「……やはりいる。……いるんだ。」
 黒影が地を這う様な声で、怒りを押し殺し言うのだ。
 さっき迄、殺気を押し殺していた時もそうだった。何かに憤りを感じている。
 サダノブは黒影が良いと言う時以外は、黒影の思考を読まない様にしていたが、何かあるならば言えば良いのだ。
 然し、黒影は先程から言わない。
 何か理由があるのでは無いかと、思考を読んでみる。

 ……サダノブ。
 ……サダノブ、読んでいるな?
 右奥……夏輝ちゃんがいる。
 人質だ。
 恐らく間違い無い。
 ……犯人は痛覚を操る。
 サダノブが喰らえば、誰も直せない。
 言っている意味……分かるな?

「……先輩……?まさか……。」
 サダノブが呆然とそんな言葉を発した直後だった。
 目の前を炎に包まれた漆黒の姿が擦り抜けて行く。
「先輩!せんぱーーいっ!」
 サダノブは黒影の考えに気付き叫んだが、黒影は走り乍ら、小さな微笑みをその口元に浮かべただけだ。

 ……囮に……なったんだ……。
 サダノブは其れに気付いた時、絶望感の様な無力さに打たれた気持ちだった。
 とっくに分かっていたから、痛みを少しでも和らげたくてウィスキーを飲んだのだと。
 確実に中へ単騎突っ込めば喰らうと分かっていて、夏輝ちゃんを救う為に行ったんだ。
 ……何で、言ってくれないんだよ!
「あんたを守護して来た俺は何なんだよっ!」
 サダノブは悔しさに、叫ぶ事しか出来なかった。
 犯人は生きる為に必死な奴等だと言う。でも、それは誰もが同じじゃないか!
 どんな世界だって、変わらないじゃないか!
 誰かが傷付いて良い理由になんかなるもんか。
 そんな事で、白雪さんや鸞まで不安にさせる理由になんか……ならないよ。
 ……だから……だから……走ったんだ。
 ……先輩は。

 ……誰かの当たり前の日常、当たり前の平和が犯罪などで奪われてはならない……。

 あの、言葉の通りに……。

次の↓「黒影紳士」season7-1第四章へ↓
(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。