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最終回season7-5幕 黒影紳士〜「色彩の氷塊」〜第七章 花手水


第七章 花手水(はなちょうず)

 届かなかった想い
 届いた想い
 どれも何時しか願いとなりて
 此の世界を安らかに見守っている

 清まれし願いは
 生きていく我々に
 魂の安寧を授けん
 ――――――――

「サダノブ行くぞ!」
 黒影は痛む背中から血を滲ませながら、朱雀剣を後ろ手に精一杯引く。
 三匹の龍が更に水中を出たと思われた時、華渦巻く朱雀剣が丁度全ての花弁を巻き込んだ。
 サダノブは黒影の背を庇い、黒影が朱雀剣の圧で飛ばされぬ様に足を引いて力を込める。
 朱雀剣の炎を持ってしても燃えない此の願いの華達を届けなくては行けない。
 生きる事に諦め、死が満ち溢れる正義再生域に。

 僕は不意に手元を見詰めた。
 此の手にある無数の数、形の違う花弁。
 僕は思うんだ。
 生きられなかった人が「生きろ」と言うのでは意味が無い。
 生き残った人が言わなければ意味が無い。
 ほら……未だ生きられるじゃないか。
 そう微笑み迎える者が、労い等と言う大した言葉では無く、苦悩に踠いた後程、喜びとして実感を得る事が出来る。
 闘った多くに、もっと早く……そんな出逢いがあったならば、僕の知り得る何件かの事件は、根本から無かったら筈だろう。

 踏み切って炎の渦と運ぶ物。
 決して朱雀として、鳳凰として、人を殺める技も無い。
 単なる人間が使い熟せる物は、たかが知れている。

 ただ、それでも願ったのは、現実的な身体がどうなるかも気にもせず願ったのは……
 僕は……此の「黒影紳士の書」の存在を許せない。
 全てがプログラムに過ぎなかったにしても、この世界に生きる人々はそれすら知らなかった。
 僕は呑み込まれていると知っても尚、筆を止める事は出来ずにいたんだ。
 止めてしまったら……この世界は……時を止めるから。
 世界大時計の存在は知っていた。
 0時になる度に僅かだが設定が変わる気がしていた。
 次の0時迄……其の荘厳なる鐘が鳴り響く迄、僕が出来るのは、より多くを書きサダノブや家族に、新しい変化を告げる事だけ。

 ……やっと……壊れたんだ。
 決して何も手を下さず、僕をこの「黒影紳士の書」に閉じ込めた因果が……。

 今ならば……ずっと願っていた今ならば……此の世界の崩壊を止められる!
(黒影)「うぉおおーーーっ!!」
(サダノブ)「うぉりゃああーー!」
 張り裂けそうな雄叫びを上げ、最後の力を全て注ぎ、黒影は水中の大地目掛けて、サダノブの力を借りながらも朱雀剣振った。
 背中の傷が裂けるかと思う程の痛みを感じる。
 それでも苦痛に顔を顰める事すら無かった。
 だって……生きているじゃあないか。
 問題は無い……。
「サダノブ……これで、陰陽のバランスは上手く行く。あり……」
 黒影は振り返る。
 途中で言葉が途切れた。

 何が……起きている?
 サダノブの顔を不思議に思って見た。
 其の顔はみるみる青白く血の気が引き、よく見ると小刻みに震えている様にも思えた。
「……ぱい……せ……ん……ぱい……。俺……」
 サダノブの目から涙が伝う。
「何だ……。そんなに成功して嬉しいか?」
 僕はそう笑ったつもりだった。……何故か、上手く笑えない。笑顔を作ろうとすると気が遠くなりそうだった。
 そして自分に何が起こっているかと探し、気付いた時に絶句する。
 氷の鋭いナイフが、腹部に突き刺さっている。
 背中も腹部も……急に力が抜けていく感覚に陥り、その場に蹌踉めき膝を突いた。
 俯いたまま……苦しむ顔などサダノブに等みせてやるか。
 意地っ張りだと、何時もの様に……笑ってみせろよ。
 前のめりになれば背中の傷は広がる、仰け反っても腹部が痛むだけ、全く……生きた彫像の様に動く事すら出来ない。
 俯けるだけマシなんだ。
 顔さえ動かせるのなら、問題ない。
 此のまま……気絶しなければ問題無い。
 何も犠牲無しに、此の世界を如何にかしようだなんて、其れこそ甘ったるい事等考えちゃいない。
「サダノブ……気にしなくて良い。修正プログラムだ」
 黒影は前髪に顔を隠したまま、息は上げつつ何時もと変わらぬ口調で言った。
「俺……今何も……何も……」
 サダノブは己の両手を見て困惑している。
 黒影の前髪から滝の様な汗が地面に滲んだ。
 ――――――
 氷が溶ければ夢の中……。
 証拠無く跡形消える現実……。
 夢現に……溺れ死ね……。
 ――――――
「分かってる!」
 黒影がサダノブの困惑を消し去る様に怒鳴る。
 迸る冷や汗も気にも止めず。
「修正プログラムが勝手にやったんだ。……サダノブ……僕は知り過ぎた様だ。「黒影紳士の書」は、僕を不要な主人公だと断定した。最後に……親友として頼みたい事がある」
 黒影の其の言葉に、サダノブは縋る様に詰め寄るが、黒影は顔を逸らすだけだ。
「修正プログラムは自動に行われる。……今の様に。抗うのは運命其の物。そうだと分かった上で、サダノブに其の意思に打ち勝って欲しい……。Winter伯爵と正義再生域を凍らせるんだ。未だ、任務遂行中だ。其れが終わったら……終えたら……僕の親友として、今度こそ……僕を守ってくれないか」
 顔も合わせる事の無いこの会話がサダノブにとって、黒影との最後の物となりそうで、足が動いてはくれない。
「こんな動けない状態で何言っているんですか!世界だ任務だ言いますけど、そんなの関係無いです!俺がいたらまた先輩が危険なのかも知れない。だから行くだけですからね!……俺……俺は……先輩がいない世界なんて、世界だなんて認めませんから!」
 サダノブはそう黒影によくよく言い聞かせ、上へ向かう。
 一人飛べないので氷の階段を跳んで。
「……彼奴……やっぱり馬鹿だな」
 小さくなって行く後ろ姿に、やっと顔を上げた黒影は微笑んだ。
 ……世界を世界だと認めない……だなんて、余りにも幼稚で……懐かしい純心……。

 止まらない涙を見せる最後では無かった事が、唯一の救いで……。
 親友に最後に贈れた物が、僅かとは言え笑顔で……。
 何の後悔があろうか……。

 正義も分からない、そんな主人公にも相応しく無い僕。
 きっと書き手としても、此の世界を愛しきれなかった中途半端な人間。

 ……これだけは……
 僕と「黒影紳士の書」と、決めなくてはいけない「真実」なのだ。
 愛した筈の「黒影紳士season1短編集」は、無念にも「終わり」と言う花束すら受け取らず、ネットの藻屑と消えた。
 彷徨う影はゆうらりと泳ぐ亡霊と成る。
「終わり」と言う愛さえ与えられなかった、物語。

「お待たせ……」
 黒影は突然、そう言って微笑み真正面に両手を優しく伸ばした。
 小さな少女の影が其の手に引き寄せられる様に、現れるのだ。
 灰色の周囲に透けた……今にも消えそうな影……。
「お兄ちゃん……行かないでって言ったじゃない」
 少女の影はそう言うと、空咳を繰り返した。
「だから刺したの?ちょっと痛かった……かな。またこんな夜迄影遊びをして……」
 黒影はそう言ったが、少しも怒っていない。それよりも、少女を儚げに長い睫毛を下ろし見詰めた。
「ねぇ……何時までお話し書けないの?私……書けなかったら何も無いの。身体は動かなくなって行く……。テレビだって観れない。大好きなお花のスケッチもお庭で出来なくなった。何も……無いのよ。影で鳥を作ってリハビリしていたの。他に何も出来る事なんか無い。……お兄ちゃんは、それでも影で遊んじゃ駄目って言うの?」
 少女の言葉を聞いて黒影は頷くとこう言った。
「お兄ちゃんでもないよ。そろそろ叔父さんだ。じゃあ、後三回動物を作ったら目を閉じるんだよ」
 黒影はまるで我が子を眠らす様にそう言うが、
「お兄ちゃんも、居なくなるのね!」
 少女はそう……子供だからか怒りを隠しもせず、そう言い返す。
 其の怒りに修正プログラムが反応し、氷のナイフが溶けるどころが更に奥に突き刺さって来る。
「……くっ……はぁ……駄目だ。怒りに等、心を許しても……何もならない」
 一気に泣き出した少女は黒影に抱き付きこう叫んだ。
「皆んな居なくなるのよ!……最初は可哀想だと同情したお友達は何人かで来てくれたわ。交代に……。家族だって何度も大丈夫と聞きに来た。……あれから何ヶ月だろう。其れすら分からないの。家族はドアの硝子からチラッと大人しく寝ている事を確認したら他の部屋へ逃げる様に去る。私を訪れるお友達も……もう居ない。……死ぬの?私……だからお兄ちゃんも居なくなるの?死ぬのを見るのが……怖いから……」

 小さな影……消えそうな影……。
 命に震えて揺れ動く灯火……。

「また……嫌われちゃった。……私の空想の世界すら……私を嫌う……」
 そう言った少女の影は少しだけ大きくなる。

 此の今にも壊れそうな影が、まさか「黒影紳士の書」の記憶媒体だとはサダノブだって気付きはしまい。
「世界を認めない!」だ……なんて、威勢良く吠えて行ったが、其れが未だ……傷付き易く脆い生き物であるかも知らない。
 不自由な事が多く、想像する世界だけを夢見て生きた。
 そんな……「想像」が作った化け物だ。
 寂しいから人を呑み込み、新しい物語を知れば純粋に欲しがる。
 そのまま癒える事も無く、大人になったある日……彼女は「黒影紳士の書」……詰まり、season1短編集を書いた。
 だが、其の容体の急変に再び筆を置く事となる。
 長い年月が過ぎ、僕は其の物語に「終わり」が無かった事に気付いた。
 読者様ならば、読み終え本を閉じ、仕舞う行為だ。
 開きっ放しだったんだ。
 休む場所も無く、日の光に晒されて傷み切ったその本を人は総じてこう呼んだ。

 ――――「黒影紳士」と。

 僕が其れに気付き、慌てて書き始めた頃、寂しがりの彼女はこう言った。
「未だ……終わらせないで。私の夢なの……」
 其れが僕が引き継ぐに辺り、約束した事だ。

「夢」……「夢」……「夢」……。

 夢を壊す紳士がこの世の何処にいると言う?
 そうじゃなくとも、叶える事の出来なかった夢を一体誰が嗤えると言うのか。
 僕には彼女が持ち得ていた純粋無垢も純粋悪も有りはしない。
 其れでも……
 僕が書き始めたseason2からは、この物語は「終わり」を目指して書いていた。
 始まった過去に美しい花束を添える……其れが、僕の役割りでもあった。
 少女の時のまま……純粋な君は、元より君から見ればただの影であった僕に、もっともっとと物語をせがむ。
 まるで毎週紙芝居を持って公園に現れる男の様に、穏やかに季節は過ぎた。
 そんな中……僕の正体が密かに語られる様になる。
 物語の主人公が外に出る。
 僕には簡単な事だが、その世界を壊してはならない。
 書いているのが探偵物だ。
 何時かそんな日が来てしまう事に、もっと早く気付ければ良かったのに。

 僕は少女の影越しに正義再生域の大地が凍って行く様を見ていた。

 もう少し!
 もう少しで良い……持ち堪えてくれ!

 自らの身体と、意識に言い聞かせる。
 僕は少女の影を包んだ。
 それは涙に生きた……温かな人間である証。
 たった一人の影となっても……
 人の中で人が生き続ける願い……



 僕等は……そんな世界を……愛していたんだ。

 僕が現実と比べられ、慌てて作った創世神と言う存在。
 それもまた……僕にとって、この世界では僕の良き理解者であり、何より忘れ掛けていたものに、何時も気付かせてくれた。
 其の存在は僕と対比なる日常的で、僕は何時も其の「旧友」に会う時だけは、どんな自分も装う事なく、自然でいられた。
 物語にして、現実へ帰れる場所……それが創世神のいる場所だと言っても過言では無い。

 正義再生域の大地が美しく見事な花弁を包み……凍てつく氷の中にも、其の優しさを纏て現れる。

 この景色が……此の上空に広がる人々の願いが……
 君にも見えるだろうか。

 この世を統べる大時計は……
 人を縛る時間から……産まれ変わった。

 ……此れからは……
 此の世界を愛する全ての者の
 永遠の時を刻むだろう

 『……時は……正常に……動き出す……』

 ――――――
 ……まるで上空から見た其れは大きな花手水。
 夜空は再び美しい星空へと変わる。

「先輩!」
 横になり倒れ込む黒影の姿に、滑り込む様にサダノブが来て、地に着く事無く、黒影の上半身を支えていた。
「……何時だってそうだ。やっと眠りに就こうと思う時に限って来る」
 黒影はそんな悪態を吐くが、そうも言っていられない状況なのは一目瞭然。
 ……そうだ。お前は僕が倒れる事を許さない。そんな所が……良い。
 黒影はゆっくり目を閉じ開けると、残った意識だけで真上を見上げた。
「正義再生域へ、突っ込むぞ!」
 仁王立ちした後ろ姿の黒影が放った言葉にサダノブは、
「へっ?今、何て?凍らせたんですよ、先輩が言うから。今、軽〜く終わる勢いでしたよね?先輩が倒れそうな前なら綺麗に終われましたよね?何、そんな身体で言っているんですか。駄目ったら、駄目!安静にしていて下さい」
 と、言うのだ。
 一方黒影と言えば、
「何を馬鹿げた事を言っている!じゃあ、安静にしますね……なぁ〜んて、何話も寝ている主人公なんか聞いた事無いだろう!今、行かずして僕は一生後悔するっ!其れが分かるから……痛い程分かるから、行くんだろう!」
 そう……向かう先を見詰め言った。

 ……待っているものが在る限り……
 ……どんなに弱い姿に成り果て様とも……
 ……僕は……
 ……「真実」を掴む者と成る……

 誰の手でも無く……
 此の手で……掴みたいものがある……

 其の揺らぎ一つ無い最後の言葉にサダノブは黙り込んだ。
 ……信じるならば……きっとその時が、今なのだろうと。
「……突破するぞ!……後を塞げっ!」
 黒影はそう言って舞い上がる。
 朽ちかけの鳥が……息を吹き返したかの様に。
 鳳凰は朱雀でもあると謂れる事がある。
 不死なんて存在しない。
 然し、まるで生まれ変わった様に成ると謂われる。
 もしも今、此処に舞い上がった漲る強さがそうであるならば、其れを創り書いたのは黒影でも誰でも無い。
「黒影紳士」を読み、愛した全ての者が望み創り得た景色なのだと……僕は思う。

 まるで真っ赤に燃える其の迷いなき鳥は、花が舞う美しき氷に……分厚い壁に突っ込んで行く。
 自殺行為にも思えたが、黒影の瞳は真紅に「真実」を捉え、そんな壁さえも貫く先を見据えていた。
 サダノブは狛犬二匹から大きな野犬に姿を変え、黒影を見失わない様、其の金色に輝く野生の瞳に、漆黒の影を捕らえ離そうとはしなかった。

 信じるだけで全てが叶うならば、そんな容易い事は無い。
 信じるだけでは足りないんだ。
 其処に勇気が無くては、実行して「事実」を変える事もままならない。

 僕等が「真実」を見る為に……
 たった一つある選択肢。
 今は……逃げない!

 今までにない大きな炎で黒影の漆黒の姿は赤く揺らぐ中にある。
 築いた大地の中に流れ過ぎ行く、願いの花。
 ……こいつを……届けたいんだ。
 届けたいと願う事がseason2から確かに感じていた感情だ。
 なぁ……独りよがりが大好きな「黒影紳士の書」よ。
 孤独に忘れ置いた想いを今……見せに行くからな。

 サダノブは黒影が溶かし通過した跡を、急いで再び氷に戻して行く。
 其の慌ただしさに比例し、美しく優雅な氷の中……。

「黒影!!」
 正義再生域の地上に出るとザインが心配そうに黒影を見たが、黒影は其れに対し反応はせず、正義再生域の更に空を見上げた。
「先程、世界大時計の時が狂い0時に近い。リセットされれば、「黒影紳士」は幾らでも設定を変え、生まれ変わる事が出来る。……然し、僕でなくては……全く違う登場人物に設定を置き換えられてしまうかも知れない。僕等が……逢えなくなってしまうかも知れないんだ。僕には愛する家族も仲間も出来た。一個人の甘えでしか無いが、此の世界を愛している。……だから!譲れないんだ!僕等がいる場所から「season1短編集」の表紙に辿り着くには、今からは遠過ぎる!だが!……僕は諦めはしない……。最後の一つでも可能性があるならば、僕は信じる!此の大地の下の夜が、「黒影紳士の書」であるならば……僕の導き出した答えは一つ!正義再生域上空にある、あの夜に見える漆黒こそ、「黒影紳士の書」である!あれは裏表紙だ!……全員で吹き飛ばすぞ!閉じ込められた読者様も、此の僕も……こんな狭い世界では終われ無いんだ!……世界はもっと広く無限にある!」
 そう言った黒影は上体を下げ夜空を睨む。
 凄まじい殺気にロングコートが靡き横に広がった。
 其の黒影の本気の姿に、Winter伯爵は雪を両手に構える。
 ザインは大剣を鎖だかけの鞘からジャラ……っと無言で出し、片手で大剣を軽々持ち上げ空に構えた。何時でも……
 青龍を放てる状態である。
 サダノブも野犬の姿のまま、夜空を威嚇して吠えた。
 毛並みは逆立ち、今にも氷の弓矢を無数に飛ばす勢いである。
 黒龍の桜と霊雅は二人手を繋ぎ、霊雅は祈祷を始め、桜は剣を片手に持つ。
「聖域は俺が守る!」
 ザインが口にした。
「祈りは私達がっ……」
 桜が言った。
 先輩は俺が守らせて貰う……
 サダノブが黒影にそう言う様に、前へ移動する。
「物語を守るのが……私の使命……」
 Winter伯爵が言った。
「此の暴走した「黒影紳士の書」さえも、私が管理するものだ。正しき物語に……今、帰さねばならん」
 そう続けて。
 僕等の目的は其々違ったかも知れない。
 けれど、誰もが同じ想いがあるならば……

 ……此の世界を……守りたい……!

「世界に隔たりも壁も無い!此の自由な世界を、我々は永遠に守ると、読者様に誓う!……今読んでいる君……僕は、僕自身の闇に勝ってみせる!今は独りではない!……君には、僕の弱さも、強さも何一つ悔いなく書いて来た。だからこそ、此の闇を超え「真実」を光の元へ引き摺り出してみせる!其れが!……「探偵」の真髄!……愛すべき世界を守り、愛すべき世界に生きる!此の万人に与えられた本当の意味を……僕は書き続ける!……争い……対立し合うだけの世界等存在しない。……どんな苦しい現実にも、僅かな光を探す者がいる事を、如何か……忘れないでくれ。……行くぞ!「黒影紳士の書」を呪いの書で終わらせはしない!今度こそ!僕等で見つけた「真実」で変えて見せる!」
黒影の手にはあの無数の願いの花弁が炎の渦と巻く、光輝く朱雀剣。


 ……もう……腕が……。
 たった一人の人間如きだったかも知れない。
 それでも、最後だけは……此の「黒影紳士の書」の最後だけは、漆黒の闇に眠る影なんかで終わらせる訳にはいかないんだ!
 僕が……僕である為に!

 ――黒影が大きく弓形に振り上げた朱雀剣は……花弁を此の正義再生域に舞上げる一筋の迷い無き閃光は、漆黒の夜空に光を差している。

 其れはまるで、太陽が少しずつ昇って行くかの様に。
「黒影に続け!」
 普段は温厚なWinter伯爵が、何が起こっているのか「物語」の声を聞いたのか、察して叫びを上げた。
 黒影の放った美しき閃光を守る様に、三匹の龍が唸り声を轟かせ、交差して昇って行く。
 霊雅の祈祷で、黒影が散らす花弁に込められた切なる願いも上へ上へと向かって行く。
 サダノブが放った氷の弓矢は、黒影の炎の光にも溶ける事無く、真っ直ぐに夜空へと向かう。

 ……少しずつ……夜が明けて行く……。
「黒影紳士の書」にとっての……長過ぎる夜が……終わろうとしている。
 美し過ぎる夜明け……
 影が只管待ち続けた
 たった一つの
「生きていたい」
 そう願った……希望

 ――――――

 何故……涙が出るのか……。
 まるで遠い昔話しなのに……。

 気付けば僕は机の前にいた。

 ふと手元の先をみると、クリスタルのワイングラスが二脚置いてある。
 氷が二つ。琥珀色のウイスキーがシングルで入っている。
 一つは僕の飲み掛け……。
 もう一つは、未だ口も付けられていないグラス。

「……そうか。やっと……一緒に大人になれたね」

 僕はそう言って微笑むと、己の掌を使い、壁に影で動物を三匹作って微笑んだ。

 ……安寧に……帰す……。

 我が名は「黒影」。
 平等と平和を愛する者。

 其れは読者様と僕だけの秘密だ。
 僕は、自分が黒影のモデルである事を曖昧にして来た。
 僕が書いている物は、僕が主人公である。

 妻はある日、全然紳士らしくないわと拗ねた。
 然し、何故黒影紳士が好きなのかと尋ねた時、直ぐにこう答えた。
「だって……貴方だもの」
 と。

 態とイメージから離れようとした事もある。
 それは試行錯誤の結果であり、嘘だとか謎でもなんでも無い。
 答えは時に……シンプルにただ静かに置かれている「真実」である時もある。
 推理小説。探偵物。ミステリー小説。将又ファンタジー。
 概念と言う物は強いイメージで出来ている。
 既にジャンルから、好物だと読み出した時から、君は其の概念に囚われていたと言う事になる。

 君は飲める口かね?
 無理ならば紅茶でも用意しよう。

 先の最後の朱雀剣で腕を軽く負傷してしまった様だ。
「黒影紳士」の世界では、あの傷で最後の一撃を繰り出した事になっているらしい。
 然し、此の「黒影紳士の書」を眺められる読者様といられる僕は、如何やら長きに渡る腱鞘炎を、そろそろ本腰を入れて直さねばならない様だ。

 ……其れでは主人公が不在だって?

 そんな心配は要らない。
 たった一言……最初の頁にこう書くのだ。

 懐かしき始まりよ……
 愛しき終わりよ……
 全てを包み込もう……
 此の漆黒の書が在る限り

 黒影は懐かしむ様に、時を遡り目を通して行く。
 ゆっくり……時間を掛けて……
 一頁……一頁を惜しみ、ウイスキーを時々口に含む。
 軈て妻が淹れてそっと置いた、疲れが取れる様にと甘めの愛情たっぷり珈琲に舌鼓を打つ。
 目を閉じても……まるで写真のアルバムの様に、懐かしき日々が頭の中を駆け巡った。
 静寂に包まれてはいたが、寂しくも孤独も感じない……温かさが包む空気の中……。
 軈て辿り着いた第一頁……。
 season2第一頁では無い。
 season1短編集の第一頁に黒影は此の文字を書き込んだ。
 此の始まりは、まごう事なき、「黒影紳士」の始まりである。
 よって……正しく書かなくてはならない。
 此れを残したあの少女を……もう一人にはしない。

 連れて行くよ……
 行こう……
 僕等が見詰めるもっと先の世界へ……
 season2を書き始めると決めたあの日……僕は己にこう書いた。
 其れをseason1短編集に取り残された、君に届けたかった。

 ――「おはよう……黒影……」

 君はもう……独りなんかじゃない。


 ――黒影紳士 第一巻 おわりとする――


あとがき

紳士淑女の皆様、長い物語を読んで頂き、本当に有難う御座います💐✨
何度も挫折し掛けて、何度も拗ねたり、色々ありましたね。
そんな我儘な僕に、何時も優しく微笑んで下さる読者様のお陰で、此処まで…やっと。
読んだからと言って、急に黒影扱いしないで下さいね。
普段の喋りや考えの根本は黒影ですが、リラックスしている時との差が激しいもので。
ラストも内緒ですよ🤫♪

楽しい事大好き。
夢みたいな事が大好き。
そして…
愛すべき紳士淑女の皆様が大好きです。

色んな景色を見させて頂きました。
エディタ内の頂点、ミステリーの頂点…。
自分で書いて、何事かと驚いていました。
season毎、ミステリー全作頂点も…何故、僕が其処にいるのか分かりませんでしたが、良い…綺麗な澄んだ空気の景色でした。
決して此れでも競る気も無く、やって参りました。
獲るぞ〜♪なんて言って、本当にそうなるなんて思ってもいなかったです。
沢山の快挙、思い出を有難う御座います。
その一つ一つは僕では無く、皆様のお陰に相違ありません。
その全ての思い出を胸に、これからの歩みをじっくり考えて行こうと思っています。

こんなに愛された物語を書けた事…
掛け替えの無い、僕の人生に刻まれています。

暫くは校正作業と腱鞘炎治療に入りますので、今後は日記でしかお会い出来ませんが、これからも変わらぬご愛顧を宜しくお願い致します。

僕も…こんなに愛した作品は未だかつてありません。
沢山の愛に満ちたミステリーに…
これからも読む読者様並びに、読み終えた読者様に未来永劫、輝き続ける幸あれ✨🌹🎩

           泪澄 黒烏

追伸 きっと読み終えた頃、season1短篇集冒頭に何かがあるでしょう^ ^

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。