見出し画像

黒影紳士season6-X 「cross point 交差点」〜蒼の訪問者〜🎩第十三章 トンネル 

13 トンネル

 武田 十馬の回復を待つ中――――

 サダノブは、タブレットPCを見乍ら、無線を聴いていた。
 トンネルへ向かうには必ず神社を通らねばならない。
「神主さん!百合子さん、来ますよっ!」
 神社手前の木に設置した監視カメラに、矢井田 百合子の姿が現る。
 サダノブは其れを、神主さんの、補聴器型録音機で知らせる。
 この録音機は受信も可能で、音声証拠物提出の際に、何時、誰と誰の会話であると先に分からねばならない時に有効である。
 本来ならば、盗聴器類や囮捜査の証拠採用は違法捜査とされ、証拠としては薄いが、其れが証拠物として裁判の行方を揺らがす重要なものであったりする場合のみ、採用される事もある。
 音声に関しては、「夢探偵社」は登録済みの列記とした探偵社であり、警察内部とも精通している為、盗聴と言えども、その実績から採用率も高い。
 更に、「夢探偵社」では、音声解析を即座に行い、提出する事で、スムーズに裁判の一連の業務を遂行する事が出来るので、その信頼性を高く評価されている。

 神主はサダノブの言葉に、箒を持ってのんびり境内を掃除しはじめる。
「◯◯◯◯年◯◯月◯◯日。◯◯時。◯◯分。矢井田 百合子、神社内に入って行きます。トンネル横道の下にあるテングダケを採取しに行くか如何か。その先の蛍の泉に行くか検証中。協力、手前通過地点にある神社の住職さん。録画、音声記録「夢探偵社」所属佐田 博信(サダノブの本名。)。映像と共に記録。神主さんと、矢井田 百合子接触します。」
 サダノブは証拠として、必要な事を先に述べ、録音に入れる。
 この盗聴器は、黒影も勿論傍受済みだ。
 風柳は念の為、白雪と宿で待機し、連絡がくれば直ぐに動ける手筈となっている。
「ああ、百合子さんじゃないか。……今日は良い天気だねぇ。まだ蛍も出ないだろうに。お散歩かい?」
 と、近所話しをする長閑さで、神主が聞いた。
「ええ、此処の森は綺麗で小鳥もいっぱいいるから。散歩には丁度良いわ。」
 百合子はそう言って微笑む。
 その笑顔からは、これからテングダケを取りに行き、人を殺めようと思っている人間だとは、とても想像出来ない。
 然しながら、残忍な悪魔程美しい姿で人間の前に現れ、騙すものだと言うではないか。
 何時か、黒影が知る「世界」の悪魔がこう言った。
「そうでなければ、騙せないじゃないか。商売、上がったりだよ。」
 と、ケトケトと不気味な笑いを浮かべて。
「さぁ〜て、この美女は、天女か悪魔か……。」
 黒影は、様子を聞きながら、結果が楽しみでそう呟く。

 やはり、百合子はトンネル前の数台の小型監視カメラも確認したが、トンネル内を通らず、細い横道へ行く。
 トンネルサイドの監視カメラも録画している。
 軈てリュックから、取り出したのは、やはりスパイクが軽くついた、登山靴であった。
 そして、音が鳴らない様にか、タオルに包んだ大きめのカラビナを出し、ロープをサイドポケットから出すと、階段初めの手摺りに付け、スルスルと下がって行く。

「矢井田 百合子、目的地に着きます。」

 サダノブは、画像を確認して言った。生息地を木の上から囲む様に設置した、小型監視カメラは高性能なので手元拡大まで可能だ。
「黒影だ。サダノブ、採取の瞬間を顔と手付きが分かる様に拡大。」
 黒影が指示を出す。
「了解〜。台数多いんで、先輩の予備も使いますよー。」
 と、サダノブは何時もの調子で言うのだ。
「せめて、黒影と呼べ。誰だか分からないだろう?好きに使え。」
 黒影は裁判の証拠になったら良い恥晒しだと、額に手を当て、呆れ乍に言った。
 ……後でカットして貰おう……と、心に思った。
「あっ、採取しました。バッチリ取れましたよ。」
 と、サダノブが言うので怪しいものだと、
「分かった、こっちのスマホにも念の為転送してくれ。
 其れとテングダケの採取個数。その辺りには他のきのこは無いが、間違えて取ってはいないか如何かも確認して、兎に角動きを見張っていてくれ。」
 そう黒影が言った頃には、サダノブが見る限り、小さなビニール袋二袋分のテングダケが百合子の手にはある。
 黒影に、映像を送り、サダノブは百合子の様子を画面越しに見詰める。
 やはり、黒影の言う様に、一つ採取しては傘と柄をぽきりと指先で折り、出来るだけ沢山入れようとしている。
 二つの袋がいっぱいになると、スニーカーに一袋ずつ詰め、リュックに入れて戻って行く。
 カナビラを使ったロッククライミング形式で、崖をジャンプする様に、音も無く上がって行った。
 上がった先にのトンネル横の細道で、再び百合子は登山靴を脱ぎ、スニーカーの中に詰めた、テングダケ入りの袋は登山靴に入れ替える。
 其れをリュックに入れ、空になったスニーカーに履き替え、何食わぬ顔でトンネルから出て来たフリで、また神社の境内へと入って行く。
「神主さん!戻ってきた、戻ってきましたよっ!」
 そのサダノブの声を聴き乍も、黒影はスマホ画像を確認して、拡大表示させる。
「……決まったな。」
 と、小さく満足そうに笑った。
「……ああ、如何でしたか?蛍は未だでも、早咲きの秋桜が綺麗だったでしょう?」
 神主は打ち合わせ通り、そんな言葉を戻ってきた百合子に聞いた。
「ええ、とっても綺麗でしたわ。カメラでも持ってくれば良かった。」
 と、百合子は答える。
「もう、朝顔は終わってしまいましたからねぇ。蔓の手入れが大変なのですよ。……けれど、皆さんが楽しんで貰えるなら、其れもまた生き甲斐ですかな。」
 神主はそう更に花の話をした。
「皆んなの笑顔を守るのも大変ですね。もっと感謝しないと……。」
 そう言った百合子は、神社のお参りをして、帰って行った。
 何を……一体願ったのだろうか……。
 其れは鳳凰である黒影にも推測はつかない……。
 ただ、罪人でも、願いたい事ぐらいはあるのだ。
 其れは、罪人もまた罪が付くだけの「人」だからである。

 蛍の泉には宵待草(または月見草)しか咲いていない。
 朝顔も、早咲きの秋桜も咲いてはいない。
 数回に分け、この神社を通るところを神主や勲、探せば他にも目撃者は出るだろうが、百合子は蛍の泉まで行ってはいなかった。最低ても、朝顔が通常咲く夏からの期間中からずっとと言う事になる。
 その間に訪れた総ては、テングダケの採取の為であっただろうと推測出来た。

 ――――――――――
 その後、十馬は一命を取り留めるが、武田 十蔵及び加賀谷 加奈子を脅し殺害至らしめた首謀者。並びに加賀谷 幸枝(白雪)誘拐と、平岡巡査殺害容疑で逮捕される手筈となった。容体安定と共に、裁判所への招集が掛かった。
 勿論、この間に海外や、国内でも逃亡すれば罪は重くなる。
 療養中もマルサのガサ入れが入り、大きな屋敷から使用人は飛び出す様に逃げ、広い屋敷に価値の無い物だけが残り、閑散としている。

 矢井田 百合子は毒物使用による、武田 公恵殺害容疑と、十馬殺害容疑て逮捕状が出た。

 矢井田 百合子は明日出頭すると言う日の前日、一通の封筒を持って、回復したきたがもう何も無い武田 十馬の元へ訪れた。
「もう……何もありませんよ。嫌味の一つでも言いに来たのですか?」
 と、ゆっくりと、上半身だけを起こし言う。
 その場に、黒影と白雪もいたので、黒影が起こすのを手伝ってやった。
「……なーんにもない方が良い。お金ばかりあって、怖がって、皆んな消しちゃう。……私も、そうなるのかなって、思って……。だから、十馬さんが最後にくれたお金で、自分を守るしかないって、思ってしまった。……なのに、いつまで経っても、十馬さん、私にだけは刺客を寄越してくれない。……ねぇ……不思議なものでね。諦めがつかないのよ、人間って。嫌いか好きかはっきりされたら怖い癖に、そうでも言われなきゃあ、次へ行けないのよ。
 ……だから、私……次へ行くの、辞めたわ。
 十馬さんを殺す程嫌うのも、憎むのも出来なかった。
 黒影さん……貴方なら、分かるでしょう?」
 百合子は突然、黒影に話しを振る。
 ……この事件を解決した探偵だからだろうか。
 黒影は少し考えて話し出す。
「十馬さんがやって来た事は、決して許されないし、消えはしない。だが、今そんな身体になって、ざまぁみろとは流石に思わないし、天罰が如何のとかも思わない。
 今思えば……貴方は後悔していたのですね。十蔵さんが白雪に財産を譲ると知った時、その時は怒りに震えた事でしょう。
 何で、兄弟だと思っていたのに、拾って数年仕えただけの女の娘に、其処までするんだと。
 然し、十馬さんも今回の事で死期を前に考えた。独り死に近付く中、もしも次の世代の命を宿した母親が貴方を尋ねたならば、同じ事をしたのではないかと。
 金が腐る程あっても、何も見えなかった人生に、せめて未来を夢見たくなった。
 その気持ちが、分かったから、十馬さんは再び白雪を自分が死ぬまでに、何としてでも探したかった。
 その手が如何に卑怯でも、兄の気持ちと、自分の願いを重ねて。
 でも、貴方はやり方を間違っていた。
 僕の大切な妻、白雪はそんな事は望まない。
 ただ、二人の兄弟のエゴに巻き込まれただけです。
 其れすら貴方は気付けず、唯一気付いてくれたのが……そこにいる、百合子さんなのではないですか?
 貴方にこんな事をして欲しく無くて、誰かを平気で金で殺す様な人になって欲しく無くて、貴方に冷たく当たりテングダケを少しずつ食べさせたのですよ!
 百合子さん宅の裏庭に干してあるテングダケの数……とっくに、致死量を、遥かに超えていたんですよっ!!
 その意味がわかりませんかっ!
 金で目が眩み見えなかったと言うならば、今!全てを失った心で、もう一度見て下さいっ!!」
 黒影は必死に懇願する様に、嘆きの如く十馬に言い放つ。
「……致死量を遥かに超える……?」
 十馬は不思議そうに、百合子を見た。
 そして、何かに気付き……其の目を見開く。
 其の見開いた目は瞬きをする事無く、まるで其れが自然の流れであるかの様に、大量の涙を声も嗚咽も無く流すのだ。
「……百合子……百合子……。」
 ただ、その憎んだ筈の、猜疑心に囚われ追い出してしまった者の名を呼ぶ。
「……はぁい。何ですか?十馬さん……。」
 百合子は、初めて黒影や白雪の前で、マリアの様な優しく朗らかか薄い笑みで、十馬の両手を取った。
 救いの手とは、無理に引き上げるものでもなく、求められた時に取る物なのかも知れない……。
「……十馬さんがこれ以上壊れて行くのを、百合子さんは見ていられなかったのですよ。
 だから、貴方と共に、最後まで生きようとしたが、叶わなかった。だから、貴方の間違いを止める為に、あんな毒を。少しずつならば、何時か貴方が改心して変わってくれると信じて……。そして、貴方が死にそうだと分かると、貴方に残り致死量と、もう一人分死ねるだけのテングダケを用意した。遅効性で、苦しむ事が分かっていても。貴方と同じ苦しみで後を追いたかったから。
 以前、貴方が僕に話してくれましたね。正妻からの金銭的、暴力的DVからもやり方は間違えても、百合子さんは貴方を守りたかった。決して本気で愛されはしない、愛人だと分かっていても。
 ……僕は長い事、探偵をやっていますが……こんなに……こんなにも優しい毒を見た事が無い。
 もっと早く……気付くべきでした。金で変えない大切なものが、直ぐ傍に在った事に……。」
 黒影は瞳を真っ赤に激らせ、真実を見つけ述べた。

 ……真実は時に残酷だが
 ……真実のには必ず光る一筋の線がある
 ……其の光を見失ってはいけない
 ……黒影……。

「あの……何も無くても良いんです。二番目でも、三番目でも。……だって、私ももう罪人なのですから。
 其れに、十馬さんは罪がきっと重いから。もう会えるかも分からない。……でも、私は会えて嬉しかった。何時かお金では無く、私と言う人間を見て欲しかった。
 これ……何も無い今ならば、私の細やかな夢なのです。
 叶えられるのは、十馬さん……貴方だけなのです。示談金も、今まで貰った全部……全部をお返ししますっ!だから……だから、今度こそ、受け取って貰えませんか。」
 百合子は手に持っていた大切な封筒を十馬に渡した。
 十馬は其れをしかと受け取り、ゆっくりと中に入った一枚の紙を取り出し、広げた。

 其処には、百合子のサインと印の入った、婚姻届が入っている。
「こんな私で……良いのかね?」
 思わず、十馬は百合子を見詰めた。
 百合子は優しく微笑むと、
「せめて、死ぬ時は独りにはなりませんよ。
 と、言ってクスッと小さく笑ったのだった。

 ――――――――――――――

武田 十馬――その後
 警察病院で、裁判を待ち、無期懲役となる。
 その後、元はっぱ屋の有能な弁護士がつき、執行猶予がつく。

 矢井田 百合子――その後
過去の事案に同情の余地ありとされ、今回も未遂で終わったが、二度目である為、懲役6年執行猶予3年の刑と処される。
 刑務所内での態度も良く、反省が見られた事から三年半で出所。出所後は、十馬に会いに惜し気もなく通った。
 十馬が所内で安らかに亡くなるまで、其れは続いたと言う。

 ―――――――――――――――
 まだ次の頁へ続くよ🎩
 今回はSPだからね。一頁何時もの半分の五千前後ですが、
二冊分なので休憩はこまめに摂って下さいね^^🌹

この記事が参加している募集

スキしてみて

読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。