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「黒影紳士」season5-4幕〜世界戦線を打ち砕け!編〜「必要とするもの」🎩第三章 5奇襲 6あの日

5奇襲

「……亨さん。……陽彦さんの所へ通して貰えますか。」
 黒影は徐に話し始めた。
「えぇ……。」
 二人は静かに廊下をゆっくり歩く。
 荒ぶる龍と化した、赤龍……伊吹 陽彦の無念となった、死の真相を話す為だ。
 以前は荒ぶる龍となったが、今度は真実を連れて来た。
 ……此れでやっと……伊吹 陽彦は安寧に包まれ、平等なる安らぎに就くだろう。
 ――――――――
「陽彦さんは、ただ荒ぶる龍と化したのでは無かった。生きて行く僕らに、この結界の危機を知らせたかったのですよ。彼は死しても、誇り高き龍であった。」
 黒影はそう、報告の最後に付け加え、赤龍の誇らしい像の姿を見上げた。
 ……残された僕らに……託されたもの……。
 ……僕は……無駄にはしない。
 黒影はそう心に誓い、ゆっくりと座布団から下がり立ちあがろうとした。
「あぁ、黒影さん。今回はどうも息子の為に有難う御座います。……何だか此方まで、心が救われました。これはほんの僅かばかりですが御礼です。どうぞ、受け取って下さい。」
 と、伊吹 亨が言う。
 黒影は心で、よし!来た!と、ガッツポーズをしながらも、
「否、そんな大した事もしていないのに……。」
 と、言葉を濁らせる。
「其れでも、幾ら生業が探偵さんとは言え、鳳凰様に此処までして頂いて、何もしないでは此方も面目が立ちません。どうぞお受け取り下さい。」
 伊吹 亨は意地でも受け取って貰おうと、黒影の手を掴み封筒を乗せる。
「……そっ、其処まで仰るのなら。何だかこっちが押しかけたのに、何から何まですみません。」
 と、黒影はちゃっかり貰って、コート下のジャケットの裏ポケットに閉まった。
 ……よしっ!中々に分厚いっ!
 黒影はご機嫌で伊吹 亨と絢爛豪華な仏壇の部屋を出て、元の部屋に戻って行く。

 ――――――――――――――
「サダノブさぁん、お弁当冷えちゃいましたね。……そうだ!黒影さんの火でほかほかになりませんかね♪」
 と、年上でしっかり者だが、ちょっと間の抜けたところのある穂が、お重を見てサダノブに言った。
「先輩に温めさせたら、全部炭になっちゃいますよ。」
 サダノブは想像して笑う。
 穂もついつられて笑った。
「……何だ、楽しそうだな。」
 黒影が障子を開けながら言った。
「先輩がお弁当温めたら、炭になるって話しですよ。」
 と、サダノブは何を話していたか教えた。
「炭にはならんよ。……まぁ、あんまり小さい炎は作り辛いから、お握りが焼きお握りになるぐらいじゃないか?」
 と、黒影が言うと、其れを聞いていたザインがクスッと笑った。
 ――――――えっ?
 他の誰もが、ザインの笑いのツボは皆無だと感じた。
「そっ、そうだ。中身だけお皿に入れ替えて、電子レンジでも借りましょう?」
 と、白雪は場の空気が凍らないうちに、そう提案する。
「そうだな、そうしようか。」
 黒影は笑顔で、漆塗りのお重を持ち上げるが、
「黒影さんは一応社長さんなんですから、ちゃんと座っていて下さい。其れにまだ結界の話もあるでしょうし。行きましょう、白雪さん。」
 と、黒影は穂に言われキョトンとした目で、確かにそうかと、座り直した。
「……台所は女の戦場。男は入るべからず。……だな。」
 黒影は苦笑いを浮かべた。
 其れにしてもどう考えて、頭を捻った所で、龍の数が足りない。
 黒龍と黒龍の姿になった白龍。其れに代わりが出来るのはザインだけ。
 後はこの儀式に重要な中央を司る金龍の安否を、急いで確認せねばならない。
 結界が無いのは、銀龍の東、赤龍の南、後一箇所。白龍の西か、金龍の中央か。
 十方位鳳連斬に此れを重ねると、中央鳳凰陣は通常通りであった事から、札が無いのは白龍の西と言う事になる。
 白龍は今、黒龍と一緒に暮らしているとの情報があるので、黒影はサダノブに、
「悪いが、黒龍の所に連絡を入れて、白龍の守る結界札を直ぐに確認して欲しい旨を伝えてくれ。其れと龍の命と札を狙う物がいると、注意喚起も怠るな。
 其れが終わったら、弁当でも食べて、金龍の身柄の安否確認、及び安全確保に行く。」
 と、告げる。サダノブは、
「へぇ?何か多くて分かりませんよ。先輩、タブレットにメモって下さいよぉ〜。」
 サダノブは一気に覚えるのが苦手で、黒影にタブレットを渡す。
「全く……メモより連絡の方が早いだろう?」
 と、文句を言いながらも仕方なく、黒影は分かり易く箇条書きのメモを作成した。
 ――――――――――――――
「そう言えば、鸞はまた仏蘭西へ?」
 サダノブは連絡を終えると、今回付いて来なかったので、黒影に聞いた。
「否、日本がこんな状態だからな。世界中何処にいても、今や能力者は居場所が無いが、少しは安全だろうと、ブルーローズさん(鸞の彼女。シャンソン歌手。源氏名。)と、僕のマンションに引っ越し準備中だ。」
 と、黒影は答える。
「鸞の癖にタワマンとか、同棲とか甘やかし過ぎですよー。」
 サダノブは僻んでそんな事を言うのだ。
「だったら、お前も早く穂さんと、あのマンションに来れば良いって言っているじゃないか。」
 と、黒影はそうしろと言ったのに、なかなかマンションに来ないサダノブと穂が気掛かりで言う。
「ぅ〜ん、考えてはいるんですけどね。タイミングが……。」
 と、サダノブは言葉を濁らせるのだ。
「……お前は何時もタイミングの所為にしているな。……其れより、連絡の結果だよ。結界を守らなければ!サダノブには分からないかも知れないが、僕の頭の中では、陣取り合戦の駒が動いているんだよ。」
 黒影はそんな風に言ったが、何となくサダノブは急いではいる様だと分かり、話しだす。
「先ずは、金龍生存。札も無事。……黒龍、白龍も生存。但し白龍の札は無かったとか。注意喚起もしておきましたよ。」
 報告は以上だった。
「此れから行うのは、残った龍含めザインを守り切る事。残った札も総てだ!ザインはルイスが警護に付いているから少しは楽だ。黒龍と白龍も同じ場所にいるなら多少は凌げる。最優先に警護するならば、中央を司る肝心要の金龍だな。僕ら神獣からすれば、風柳さんの麒麟に値する。
 問題は既に欠けた三箇所をどう埋め合わせするか……。」
 黒影は思わず顎の下に手を置き考えてる。
 ……足りないなら何かで補うしか無い。
 龍が駄目ならば……そうだ。
 方角と言えば……五獣がいる。
 この一手、前代未聞だが、探偵の心得その1「やって見なきゃ分からない!」だ。
 黒影は其れを思いついた時、ニヤリとほくそ笑んだ。

 ―――――――――――――
 空港が見え始め、レオンは日本の景色を風柳の運転する車の車窓から見ていた。
「穏やかだ……能力者同士が闘っているなんて、微塵も感じられない。」
 夢の景色の様に見えたレオンは、思わず呟いた。
「……その穏やかな景色。黒影が守りたいのはきっとそんな普通の事なんだろうな。」
 風柳が返した。
「僕らの様な能力者は、存在しちゃいけなかったのだろうか?」
 レオンは風柳に聞く。
「いいや、俺は少なくともそう思わない。その考えは、好きでもなく能力者になった者に大して、実に差別的な考えだと思う。どんなに長けた者でも屑と呼ばれる様な奴でも、人間であるには変わりない。黒影の鳳凰を見ただろう?あれは能力ではなく、正確には鳳凰が分け与えてくれた力だ。……でも其れを他に言いようが無いからと、能力者になるだろう?今や、社会の皆が能力者なんて当たり前にいる。けれど、害がないから気にしないでいられる。ちゃんと同じ人間として、捕まりニュースになる。正義が罷り通っていると信じ、安堵する。それが変わらなければ、レオン君だって自分を責める理由は無くなる。やると言ったからにはやるよ……黒影は。それは彼奴の信念だからね。
 こんな争いが始まった時、黒影は何て言ったと思う?」
 風柳の話の続きが気になって、レオンは顔を覗き込む。
「……何て、言ったんですか?」
 そのレオンの問いに、一度風柳は思い出してクスッと笑う。
「黒影は言ったんだ。僕は如何なる理由があろうと、殺しをした奴を絶対に許さない!って。……あの、今は戦火の渦中の佐田 明仁の前でだぞ?笑っちまうだろう?……黒影は一人でも闘うさ。彼奴が言ったからにはいつか、この争いも本当に終わらせる。次、来る時は遊びに来るつもりで来れば良いさ。ほんの人生の反省期間……どう生かすか殺すかも、レオン君次第だよ。」
 まだ風柳や黒影よりも若く、違う未来が在った筈のレオンに、風柳はそう言って、車を駐車する。
 罪は罪だが、こんな争いに巻き込まれなければ、誰かを殺める事も無かっただろう。
 こんな時こそ思うのだ。
 罪を憎んで……人を恨まず。
 車から降りると、遠くから妙な黒点が駐車で並んだ車の上を跳ねているのが見える。
「……何だ?あれは?」
 風柳は次第に近付く其れに、危機感を感じレオンに叫んだ。
「追っ手かも知れん!もう少しだと言うのにっ!」
 そう言いながら、レオンと二人で走り出す。
 まさか、こんな人が多い所に堂々と現れるなんて。
 ……黒影の愛した穏やかな変わらない日常が、変わってしまう!
 風柳は出来るだけ人の少ない方へとレオンを連れ走った。
 誰かの日常、平和は犯罪などで脅かされてはならない。
 黒影の口癖を思い出す。
 兄として、その鳳凰が守る物を守ってやりたいが、この状況で奇襲とは、体力勝負で黒影の様に策略家ではない風柳は、どうしたものかと走りながら、スマホの画面に黒影の連絡先を出した。

「……はい、黒影です。どうかしました、風柳さん?まさか、レオンに逃げられたとか言いませんよねぇ?」
 と、黒影は呑気に通話に出た。
「其れどころじゃない!奇襲だっ!恐らくレオン君から情報が漏れるのを危惧して、他の能力者兵をよこして来た!」
 風柳は走りながら、黒影に説明します。
「何でスマホ何です?走っているなら警察無線使って下さい。この近辺の警察に傍受されると拙い。チャンネルを切り替えます。◯、◯◯chで……良いですね。」
 黒影はそう言うとさっさと通話を切った。
 風柳は大きな柱の影にレオンと滑り込み、急いで無線を切り替える。
 黒影は、
「サダノブ!風柳さんとレオンの方に奇襲あり。僕の小型無線をタブレットからも確認出来るようにしておけ。後、空港周辺衛星地図。」
 その一言で、伊吹 亨邸で寛いでいた全員に、緊張感が一気に走る。
「……黒影!聞こえるか?風柳だ、どうぞ。」
 風柳の声が聞こえる。黒影が常に身につけている小型無線からはっきりと。シャツの襟の後ろを通して、見えない様にピンで留めた、黒影が自己開発した超小型無線だ。
「此方黒影。感度良好。其方の敵は?人数、現在地どうぞ。」
 黒影が応答すると、風柳は少しだけホッとする。
「確認出来るのは一人。駐車場にいる。車の上を軽々跳ねて来たよ。今、柱に何とか隠れている。」
 風柳が息を少しだけ切らしながら答えた。
「サダノブ、二人が隠れる程だ。大きな柱を重点的に周辺監視カメラ映像を表示。」
 黒影は見えてはいないが、風柳からの少ない情報で現在地を特定しようとしている。
 サダノブも急に忙しくなり、珍しく言葉数も少ない。
「……あった!いましたよ、先輩!」
 その言葉に、黒影は畳を滑ってタブレット画像を覗き込んだ。地図と見比べ、眼球がまるで走っているかの様に、そのタブレットの画像の中で彼方此方と飛ぶのだ。
 瞬き一つ無い……無駄な動き一つさえ無い。
「風柳さん!其処から真っ直ぐ行くと左手から空港外に出られる。大きな道路下は橋だ。其処でやり合うしかない!監視カメラが少ない。細かい指示は出せなくなります。遠くなりますが、他を当たりますか?」
 黒影は、監視カメラが及ばないのを案じて、風柳に確認する。
「否、良い。其処で何とか食い止める。無線もあるんだ。レオン君を連れてそんなに遠くへも行けない。俺を信じろ。」
 風柳は黒影にあまり心配するなと、そんな風に言った。
「変な死亡フラグ立てないで下さいよ。全然信用せずに待っています。襲撃者の詳細分かったら一報下さい。」
 と、黒影は無線を返した。
「了解。」

 ……その風柳の言葉が……
 最後になるなんて、この時……誰も考えもしなかった。
 予知夢能力者の黒影でさえも……
 こんな夢……予知しようがない。

「……………………なぁ〜に、言ってるんだ!削除だ、削除!定番のフラグ立てて遊ぶなんて!あのなぁ、こっちは真面目にやっているんだよ!なのに、ナレーションで巫山戯るなんて!悪巫山戯も大概にしろっ!」
 黒影はまた上を見て、睨むと仁王立ちして憤慨している。
「分かった分かった……真面目にやるよ。」
 上から、創世神の声が聞こえて、黒影はふんっと外方を向くと、風柳とレオンの動きを監視カメラで追う。
 更に、其れを追っている筈の襲撃者を確認したいと、また眼球を、タブレットの中の何個にも開かれた映像に往復させる。

6あの日

「いたぞ!此奴だ。何だ?この動きは?サダノブ、拡大しろ。」
 黒影はタブレットから二人を追う、妙に小さな動きの人の影を指差した。
「あっ……此奴は……。」
 その映像を黒影の後ろから見ていたルイスが声を出す。
「何だ?知っているのか?」
 背後の壁に寄り掛かり立っていたルイスに振り返り、黒影は聞いた。
「……此奴、札を確認した時に対峙し、逃した奴だ。」
 と、ルイスは言う。
「……つまり、札の紛失は此奴の仕業って事か?」
 黒影は、ルイスを信用しているのでそう聞くのだ。ルイスは鬼の軍曹とも呼ばれた剣士だが、今は似合わない玉座を持て余すザインの代わりに、殆どの国内の総てを担っている、敏腕参謀だからだ。
「……そう考えて間違いない。」
 ルイスがそう言って、伊吹 亨は札はそう容易く破壊できないと言った。
 ……ならば、この襲撃者の能力は……
「亨さん。……もしも札を破壊しようとするならば、どんな力がいりますか?」
 と、黒影はパッと顔をタブレットから外し、伊吹 亨を真剣な眼差しで見詰める。
 伊吹 亨はいきなり無関係そうな話しから、自分に飛んできたので、少し狼狽え乍らも考える。
「ある程度若い龍じゃないと、結界は張れないと言いましたでしょう?あの結界札の中に、龍の力を注いでいるのです。つまり……龍のその注いだ力を超える者でないと、破壊は難しい。」
 と、言うのだ。
 しかし、この説明では黒影は納得出来なかった。
「原理は分かった。問題はその注ぐ量だ。ザイン、分かるか?」
 と、黒影はそのままザインに振る。
「あ?……ああ、そうだなぁ。大体龍一匹の半分ぐらいだな。俺は何匹も持っているから、どうと言う事も無いが。」
 そのザインの言葉に黒影は黙り、考える。
 ……ザインは多分、言葉っ足らずなのでその、龍一匹分の半分と言うのは力の事だ。
 それだけの力を壊すか、分散する何かが必要。
 風柳さんが言っていた、飛ぶ様に追ってくる姿……。
 時に軽くて、時に破壊力がある程重い。……そうだ!これは……っ!
「……風柳さん、聞いて下さい!」
 黒影は無線の通信ボタンを押して呼んだ。
「何だ、今橋に向かっている!」
 風柳が息を切らして返事をする。
「Gだ!重力操作する能力者だ!弓矢は効かない!……風柳さんの白虎の技の殆どを無効化する!」
 黒影は此れを伝え乍も、額から頬に一筋の汗が流れ落ちるのを感じていた。
 まさか、さっきのお巫山戯フラグが本当になるんじゃないかと、思えたからだ。
 白虎で無理……麒麟はほぼ攻撃を持っていない。浄化に強いだけだ。
 では、物理並行移動は?……Gには勝てない。それに橋の下では其れ程、移動させられる物も少ない筈だ。
 ……何て事だっ!人混みを避ければ、物も少なくなる!
 この導きは間違っていたと言うのか!?
 黒影は策が無く、顔面から血が引いて行くのを感じた。
「……風柳さんっ!」
 思わず、サダノブのタブレットを奪い取り、その姿に齧り付く様に見た。
 己の選択の間違いが、兄を窮地に追い遣ってしまうかも知れない……そう思うだけで、気が気では無い。
 あ、の、馬鹿みたいなフラグが頭を過ぎって仕方ない。
 カタカタと無駄にキーボードを狂った様に叩き、何か……何かと探した。
「黒影、落ち着け。」
 ルイスが後ろから、そんな黒影を見かねて片腕を引き上げ止めようとする。
「……でもっ!」
 黒影はルイスに邪魔をするなと言わんばかりに、睨みを利かせた。
「良いか、聞け……黒影。こんな時だから落ち着く。何時ものお前ならばそうする。策を講じるのは、戦況を見極めてからだ。今から策を弄(ろう)すのは、シンプル且つスマートなお前の策には合わん。」
 ルイスは決して注意する様にでもなく、何時もの調子で淡々と話したが、黒影を止める腕に入った力は強かった。
「……あ、ああ。」
 黒影は力無く両腕をタブレットから外す。
「……そうねぇ、きっと此れが足りないんだわっ。」
 と、白雪は多めにお盆に用意されていた、空きの湯呑みに、水筒から何時もの愛情たっぷり珈琲を入れた。
 湯呑みに珈琲とは何ともシュールだが、何時もの安心する味に違いは無い。
「ただの刑事じゃないのよ。黒影のたった一人のお兄さんでしょう?そう簡単にやられはしないわ。」
 と、白雪は黒影に微笑んだ。
「……そうだ。今まで何度ピンチを潜り抜けた事か。僕のヒントを聞いたのだから、何か活路を見出してくれるっ。」
 黒影は願う様に、己の心に信じさせる様に……そう言った。
 ――――――――――――――

「……風柳さん…こんな時に何ですが……フラグ立ってますから。気を付けて下さいよ。」
 黒影は先に立てる策が無く、気弱に風柳にそう伝える。
「何だ、元気無い声だな。黒影……そんなフラグなんていちいち気にするな。どうせまた「黒影紳士あるある」の、創世神さんの悪戯だろう?」
 と、風柳は言うのだ。そして何時もの口癖、
「で?どうしたら良いんだ?」
 と、黒影に指示を仰ぐ。
「だぁーかぁーらぁー、僕にじゃなくて風柳さんにフラグ立っているんですよ。良い案が浮かばないんです。……無いんですよっ!」
 黒影は危機感の無い風柳に、少し強めに言った。
「良い案が浮かばないからって、あんまり自暴自棄になるなよ。」
 風柳は困った弟だと思いながらも、ふっと微笑み振り向く。
「……来たな。」
 橋の下に辿り着くとほぼ同時に、草を踏む音と共に襲撃者が姿を現す。
「あの……俺はどうしたら良いですかね?」
 レオンは辺りをキョロキョロと見渡して言う。
「レオン君。君は……きっと今の日本の警察に不信感を持っているだろう?情け無いが、殆どは能力者の軍勢に慄いた政治家の命でくだった。しかしねぇ……まだ、それでも足掻く馬鹿はいるんだよ。無謀だと知っていながら……何方からも追われ新しい道を探す、黒影の様にね。
 俺は兄だからとかそう言う話しじゃあなくて、きっと黒田家の血筋か分からんが、無性に今そんな道を行きたい気分なんだよ。」
 風柳は敵から目を逸らさず、其れこそ虎の其れの様に今にも飛び掛かりそうな殺気で、逃さまいと狙っていた。
「風柳さん!何を言い出すんだっ!此処は一旦、退却すべきだっ!」
 無線機から、そんな黒影の必死に止める声が聞こえる。
「……刑事の勘が言っているんだよ。……このままで良い。否、このままが良いって。」
「……何言っているんだっ!?風柳さん!……時次っ!(風柳の下の名)」
「悪いな……勲……。」
 黒影の退却も無視して、風柳は無線機のボリュームを絞る。
「でな、レオン君。君は逃げてくれないか。民間人を巻き込む訳にはいかない。」
 と、レオンに風柳は言うのだ。
「……しかし!俺だって能力者だ、どんな奴かも分からないのに一人は無理だっ!」
 レオンは風柳に、敵との前に立ちはだかれたが、退かそうとする。
 しかし風柳の意思は頑く一歩も動かない。
「……既に能力なら黒影が知らせてくれた。それだけで十二分過ぎる。レオン君は能力者だが、その前に俺から見れば民間人だ。……黒影と闘い負けたならば、まだその能力も俺を助けるには未熟と見える。明らかなのは、闘いの場数が違う。……日本の刑事の底力……舐めてもらっちゃあ困るんだよ!行けっ!……何も振り返らず走れっ!……生きるんだ!ただ、我武者羅に生きろっ!!」
 風柳は前傾姿勢になり、闘いを受け入れレオンにそう言って吠える。
 其の強い叫びは虎の威嚇にも似た、何処までも響く唸り声。
 その声を聞けば、誰もが此処にいてはいけないと感じた事だろう。

 ……ただ……我武者羅に生きる……

 レオンがジェニファーを捨てた時に、とっくに置き去りにしたもの。
 何故あの時……意地でもジェニファーの手を取り、そう出来なかったのだろう。
 守る事に必死で……生きる事を捨ててしまった。
「……絶対!また日本で会えますよね?!」
 レオンは風柳の背に言った。
「……当たり前だ。待っている。……この守るべき日本で。」
 風柳はレオンも見ずにそう、静かに答えた。
 レオンは走り出す。
 このどうしようもない闘いからも、現実さえも振り切って。
 ただ……ジェニファーに会いたいっ。
 未だ、生きて許されるならば……。

「白虎幻月!(びゃっこげんげつ)」
 と、風柳はレオンが走り去る遠ざかる草の音を聞き届けると、そう言って白月の陣を足元に広げた。
 白く光るその美しい陣の中に、白虎が一匹堂々たる姿を現す。
 その白虎が首をゆっくりならす様に遠吠えをすると、両側に更に一匹……二匹と増えるではないか。
 三匹になった白虎は一斉に方向を変え、走り出す。
 白虎幻月の幻月とは、即ちある月の現象の事である。
 月の両サイドに別の月があるように見える現象だが、この三匹の白虎は分身の術と同じ、本体がやられるまで他も消えないし、勝手に攻撃できるのだ。
 確かに黒影は風柳の持つ、特徴的な弓矢を使った技は覚えていた様だが、この技は過去に一度程しか見せていないし、幻覚的な作用にはなる認識はあっても、敵からの攻撃の確率を減らす為に使おうとは考えもしなかった筈だ。
 其れには理由があるのだ。
 確率を減らすにしても、どれか一匹には必ず当たる。
 回避し続けるのは、ほぼ不可能だ。
 風柳に攻撃が当たるかも知れない手段を、黒影が指示する筈も無いのだ。
 ……黒影が来るまで……。
 まさに、運に総てを任せた決死の決断である。

 ――――――――――――
「離せっ!離せよっ!!」
 状況の分からなくなった黒影は明らかに取り乱して、炎を纏い翼を背に、飛びたとうとしている。
「落ち着け、黒影!今は戦況を見極めなければっ!」
 ルイスは黒影を羽交い締めにして止めたが、黒影の幻炎では無い、本気の熱風で吹き飛ばされる。
「部屋が燃えるぞ、黒影。おいっ、犬!お前の主人が御乱心だぞ。何とかしろ。」
 ザインは焦りもせずに、サダノブに言う。
「……何とかって……。先輩っ!風柳さん、ああ普段は穏便ですけど、聖獣の長なんですから、そう簡単にやられる訳ないっすよ。重力なんでしょう?先輩が行ったところで、重力に勝てる方法を先に考えないとっ!」
 サダノブには鳳凰の炎は効かないので、ルイスの代わりに仕方無く黒影を羽交い締めにして、落ち着いて貰おうと話す。
 ……が、
「いってぇ――っ!」
 と、腹を抱えてしまう。
 何時もPCをいじっている時に邪魔するとくらう、あの強烈な肘鉄の数倍の威力の肘鉄をまともにくらったのだから。
 更にはバッと振り向くと、鬼の形相でサダノブを睨んでいるではないか。
「……止めません!止めてませんっ!……流石にパワハラですって!」
 と、サダノブは両手を上げて、首を横に振り仔犬の様に震え上がり、黒影阻止を断念。
「……水でもぶっかければ落ち着くのか?」
 ザインは呑気に、そう言った。
「もうっ、皆んなびっくりしてるでしょう?いーい、こう言う時は珈琲のんで、落ち着くの。……それとも、風柳さんを信じられないのかしらん?黒影のたった一人のお兄さんでしょう?」
 と、痛がるサダノブの前に、スッと珈琲を持って白雪が間に割って入りにっこり笑う。
「…………信じて無い訳じゃ……。風柳さんが待っている気がする……。」
 急に大人しく、普通に黒影は白雪に返事をして、無意識に差し出された珈琲を一口飲んで言った。
「……それは黒影……今のお前ではない。……きっと必要としているのは、戦況を何時もの様に見極め、冷静な判断をくれる黒影だ。俺なら、いざと言う時、後者の黒影を選ぶ。まぁ……俺は闘い方をいちいち考えた事もないがな。」
 ザインは黒影に悪ぶれも無くはっきりと、そう言った。
 闘いしか無かった祖国で育ったザインにとっては、其れ
が当然の事なのだから仕方無い。
 闘い方も考える暇等ない。それが戦争と言うものの渦中にいた者の言葉かも知れなかった。
 ルイスや黒影の様に、闘い方を考える者は一歩引いた所から見ている。
 同じ闘いでも、其処には壁があり距離感が違うのだ。
 黒影はそのザインの言葉に渦中に在ってはならない事を思い出す。
 即ち……これが大きな闘いの一部に過ぎない現実も。
 ……今……出来る事を尽くさなくてはっ!
 黒影は、未だ腹を摩って座り込んでいたサダノブに手を差し伸べる。
「……すまなかった。衛星画像ならば、捕まるかも知れない。何とか……無線が繋がれば……。」
 その落ち着いた言葉に、サダノブはホッとして手を出すと、昔……出逢ったあの日の様に、黒影はその手を力強く引き上げた。
 手の温もりも……情熱も変わらない。
 少しだけ違うのは、あの日よりその力は幾分か強く、頼り甲斐があった事だろうか……。
「……良かった。何時もの先輩だ。」
 サダノブは安心して、にっこりと微笑む。
 その笑顔を見て、黒影は思い出していた。
 サダノブが初めて夢探偵社を訪れた日の笑顔……。
 二人でやっていければ、無敵に思えたあの頃……。

🔸次の↓「黒影紳士」season5-4幕 第四章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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