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黒影紳士 season6-2幕 「暑中の残花」〜蒼氷斬刺〜🎩第一章 1 出立 2 急病人


季節過ぎないで〜よぉ〜。 夏の謎大連鎖第二弾、お待たせ‼️ 秋になりそう❓黒影の夏は未だ未だあっついよ。 だ、け、どぉ〜今回は少〜し涼しい。 納涼大事っww W斬刺で貫け我が道!黒影パンって何? ミステリ初かも知れない、パン作り乍ら事件解決‼️ 最高のドライビングでキメるぜ…えっ❓何だこの犯人は❓ 黒影シリーズ史上最弱の容疑者登場。 最後に夏の謎大連鎖ヒント付き。 花火を感じたくなったら、いつでも読んでくれよ。 さぁ〜今回もバンバンいちゃおう🎵 解陣っ‼️

1 出立

「えっ…あれ、本気だったの?」
 黒影はダイニングテーブルに珈琲カップをソーサーに置き、聞いた。
「本気よ。」
「本気ですよ。」
 白雪、サダノブが次々と答える。
 黒影の目に入っているのは、「夏には納涼!絶景のライトアップ鍾乳洞で快適な旅を!!」
 の、パンフレットがある。
「じょ、冗談じゃないよ、僕はツアーなんて絶対に嫌だっ!」
 ……と、勿論、潔癖症で団体行動が嫌いな黒影は当然言うのだ。
「そんなに無機に反対しなくても……ねぇ?」
 白雪がサダノブに、何とか行かせる事は出来ないかと、視線を送る。サダノブはパンフレットをパラパラと再確認し、
「先輩っ!此れ、此れならどうです?」
 と、自信あり気に言うではないか。
 黒影は興味も失せた、うんざりな顔だが、仕方無く珈琲カップを取りサダノブが見せてきた頁をちらりと見やる。
「こっ!これはっ!」
 その何時に無い黒影の食い付きに、白雪が少し驚いて隣の席で優雅にロイヤルミルクティーを慌てて置き、黒影を見た。
 黒影がパンフレットを手に持ってまで、凝視している。
「どうしたんだ?珍しい……。」
 と、風柳(黒影の腹違いの兄)が気になり、身を乗り出す。
「……パンですよ、パン……。」
 黒影の答えはたったそれだけ。
「パン?……って、食べるパンか?」
 いまいちパンフレットも見えない風柳は余計に分からなくなって聞く。
「えぇ、その食べるパンですよ。」
 と、言った後、黒影は何かうっとりと遠くに視線を飛ばして微笑むではないか。
「そっか…黒影、最近ゆっくりパンも作れないわねぇ。」
 白雪がポンッと軽く手を叩き、気付き言う。
「……そう、そう……此れならゆ〜くりパン作りも出来ちゃいますよ。」
 と、すかさずサダノブも応戦する。
 黒影の目には、先程の鍾乳洞ツアーにパン作り体験がプラスされた、ツアーが組まれている。
「……黒影はそんなにパンが好きだったか?」
 記憶に無い風柳が首を傾げ聞くのだ。
「あら……風柳さんだって食べた事あるじゃない。外側カリカリで中ふっくらの。美味しいって、言っていたじゃない。最近は忙しくてあんまり作ってくれないわよねぇ〜。久々に食べたいなぁ〜焼き立てのパン。」
 白雪は後ろに手を組み、肩をふりふり揺らして黒影を覗き込んでいる。
「……で、でもツアー何て、鍾乳洞なんて、事件しか無いじゃないか。」
 と、黒影は深々とシルクハットを態々深く被って答えた。
「そんなの、行ってみなきゃ分からないじゃない。事件に怯える探偵なんて、聞いた事がないわっ。」
 白雪は折角おねだりしたのに、隠れてしまい憤れて言った。
 それを聞くと、流石の黒影もばつが悪いのか、そろりと帽子を上げて行く。
「ほらね、回避不可能ですよ。もう、申し込んじゃいますからねぇー。」
 と、サダノブはるんるんで事務所の方へ行き、連絡をしようとしている。
「ちょっ、ちょっと……。」
 黒影はサダノブに手を伸ばし止めようとしたが、
「社訓!やってみなきゃあ分からない!……先輩が決めたんですよ、これ。それに、ちょっと待った〜は、俺の台詞なんで。取らないで下さい。」
 サダノブは受話器片手にそう涼しい顔で言うなり、相手と繋がったのか予約を取り始めた。
「……それを言われたら……。」
 黒影が手を伸ばしたまま、かくんとダイニングテーブルの上に上体を流す。
「それを言われたら、行くしかないわねっ♪」
 と、満面の笑顔で白雪は黒影に言い、ロイヤルミルクティーを口に運ぶ。
「はぁーっ、何てこった!」
 と、呆れ乍らも、何処となく他三人が微笑んで見るので、それ以上の悪態は言えなそうだと、黙って珈琲を口に入れた。

 ――――――――――――

「無理だっ!やっぱり無理だっ!」
 黒影は観光バスを見上げ言った。
 シルクハットに夏だと言うのに、薄くなった生地とは言え、漆黒のロングコート。
 乗り込む前から、当然先に座っている人の視線が黒影に注がれる。
「えっ?今更怖気づかなくても。席、窓側にしましたから。ほら……。」
 と、サダノブが黒影の背を押す。
「いーやーだっ!僕は車で現地へ行く。そうする!」
 そう言い放つと、事件を追う時ぐらいの速さで消え去るのだ。
「あ〜ぁ、また出た、先輩の我儘。」
 サダノブは此処まで団体行動が苦手な人は、滅多にいないと頭に手を置き溜め息を吐く。
「どうせ、また先回りしてるわ。私達はのんびり車窓の景色でも見乍ら行きましょう。」
 白雪はサダノブと、余りの速い逃げっぷりに口をぽかんと開けた風柳に言った。
「……そ、其れもそうだな。」
 風柳は黒影にそんな弱点もあったのかと、苦笑いをして白雪とサダノブ同様、バスに乗り込んだ。
「仕方無いわねぇ……景色の写真だけでも後で見せて上げようかしらん。」
 と、白雪はどうせ猛スピードで悪態を吐いて社用車を乗り回すであろう黒影を想像して、そう言うとスマホをポシェットから取り出すのであった。

 ――――――――
「なーんで、この俺が、この俺がだぞ?あんなトロい乗り物に、しかも団体様で乗らなきゃ行けないだ!今日は思いっきり飛ばしてやる!」
 と、黒光りするボディのスポーツカーのエンジンを掛けるなり、ただでさえ人が変わって一人称が「俺」になるのに、悪態を吐いてパトランプを始めから出し、キュルキュルとタイヤから煙が出るほど空ぶかしし、出発した。
 ――――――――――――

「良い景色なのに……。」
 見え始めた山々に、白雪が少し寂しそうに呟く。
 旅の時ぐらい……もう少し一緒に居られると思ったのに……。
そんな顔をサダノブも見ていて、少しだけ可哀想だと思た頃だった。
 パトカーのサイレン音が聞こえて、思わず席を立ち、後ろを振り向く。
「このエンジン音……。」
 白雪の顔がパァーっと明るくなる。そして、慌てて窓を開けた。身を乗り出したい気分だがアテンダントさんに注意されてしまうので、そーっと後ろを見た。
 緊急車両と見做され、バスは安全地帯に停車する。
 黒影は開いた窓をサングラス越しにちらりと一瞥し、白雪を確認し、助手席のウィンドウを開けると、ハンドル片手に少し身を助手席側に寄せた。
「この埋め合わせは着いてからするよっ!お先に!」
 黒影は白雪に聞こえる様に、大きい声でスピードを落として言い放つ。
「安全運転よー!良い!?」
 と、白雪は黒影の車の排気音で掻き消されない様に、頬に手を当て叫んだ。
 気付いたのか、手を上げヒラヒラと数回見せたが、またウィンドウを閉め、道路に吸い付きそうな轟音を立て、キリッと前を向くと、先へあっという間に消えた。
「はぁ〜ん、もう行っちゃった。」
 白雪は少しがっかりし乍らも、運転で人が変わった様になっても、黒影はやっぱり黒影で……気に掛けてくれた事が嬉しくて、前を向き直し微笑んだ。

そんな黒影からのお願い※読者の皆様は真似をせず、道路交通法を守り、正しい運転を心掛けましょう。
 ――――――――――

「……此処か……。」
 一足先に旅館に着いた黒影が、パンフレットにもあった旅館の佇まいを見上げた。
 思ったよりかは大きいが、大概飯が不味いのではないかと、不安が過らずにはいられない。
 ……ツアーなんて、低価格ギリギリで組むものだからな。
 そう思って、一つ溜め息を吐いて中へと向かう。
「ふぅ〜ん。」
 案外ロービーは開かれた空間が取ってあり、赤い絨毯と深い色合いの木目調の壁、上には大きな螺旋を象った和紙の風合いの柔らかい照明が、隙間から天井へと優しい模様を散らす。
 ロビーで待っているかと思いきや、黒影は一目散にフロントへと向かう。
「……あの、今日空きって有りますか?」
 と、聞くのだ。係の者は宿帳をパラパラと捲る。
「一室で宜しいですか?」
 係の者がそう言うと、
「広さは?出来れば広い方が良い。」
 と、黒影は勝手に部屋を予約する。
「そうですねぇ、此方の部屋でしたら……二名様用ですので、多少広いかと…。」
 係のものが言い、ー月蝶の間ーを指差した。
「あぁ、出来れば二人で宿泊したかったんだ。其処で良い。」
 と、黒影は決める。
 それを聞いた係の者は後ろから部屋番号の書かれたアクリルの長細い出持ちがキーホルダーから鍵に繋がれている、如何にも旧式の鍵を取り出し、黒影の前に置いた。
 セキュリティに五月蝿い黒影は勿論、片眉を数回ひくつかせたが、旅館だから少し古けりゃあこんなものか。……と、自制心で抑えた。
 言われた先の廊下を歩けば、床には赤い絨毯のサイドに石が敷き詰められ、部屋毎の前には和モダンの大きめな行燈風の柔らかな光の中に部屋番号と部屋の名が浮かび上がる。
「108号室……月蝶の間……此処か。」
 黒影は確認して部屋へ入る。案外畳みも真新しく入れ替えてあり、こざっぱりとした印象だ。
 黒影は先ず蝶と月を格子の間に模る障子を開き、窓を開け放つ。スマホから、白雪に簡単に「月蝶の間にいる。」と、打ち、送信するとポケットに閉まった。
 何時もサダノブがいるか、帰っても誰かいる。
 蝉の声以外、何の人の声も気配すらない。……窓際の下に腰を下ろして片膝をついて、だらりと視線だけを空に移した。
 生暖かいが少しだけ風が吹いている。
 タイを緩め、茫然と見上げた空は、何処までも深い深海の様に青く呑み込まれそうに思う。
 しかし、それは恐怖等も無く、何処か居心地の良ささえ感じさせられた。
 リーンッ……リーンッ……と、優しい音が耳に届く。
 黒影が軒下を見れば、懐かしい蝶の絵柄の風鈴が掛けられていた。
「……手作りか……意外と、拘っているんだな。」
 ぼんやりと、風鈴を見上げ言う。
 手製の風鈴の音は五月蝿く感じず、優しく澄んだ音色をしていた。
 軽く汗ばんだ肌も、ゆっくり静かな風に乾かされて行く様だ。
 ……案外、来て良かったかもな……
 白雪と始めに暮らしていた小さな六畳二間のアパートを思い出していた。
 何も無いが幸せを作って行った遠い日の記憶は、当時なら大変だった筈だが、今となるとそれも良い思い出となっている。
 きっと其処に今、妻になり変わらず大事にしている白雪が見えるからかも知れない。

 ――――――――――――――
「あん、もう……聞いて、風柳さん!……黒影ったら勝手に部屋借りちゃったわよ。どうせ、団体様で飯なんか食えるかっ!って部屋に持ってきて欲しいだけなのよ。……あの人ったらっ……風柳さん、お兄さんなんでしょう?ちゃんと言って、黒影に。」
 と、スマホに届いたメールを見た白雪は身近にいた風柳に、小さな八つ当たりをする。
「……そんな事を言われても……。……そもそも黒影の我儘は今に始まった事じゃないって、白雪が一番知っているだろう?」
 結局何時も弟には甘い風柳は、自分の所為では無く、黒影の元の性格だから直らないと言い張る。
「……そんな事無いでしょう?風柳さんが甘やかし過ぎも一理あると思うなぁ〜俺は。」
 と、それを聞いていたサダノブは一つ後ろの席から頭をひょいと出して言った。
「何だ、二人共……俺の所為なのか?」
 風柳が思わずそう言うと、サダノブと白雪はうんうんと言いた気に大きく頷くのだ。
「……そんな事……。」
 風柳がそんな事は無いだろうと、反論しようとした時であった。
「――キャァアアア――!!」
 断末魔の様な甲高い声が車内に響き渡る。
「……ど、如何した?!」
 風柳はバッと席を立ち、声のした方へと顔を向けた。
 そのまま、何処だ何だと、通路をキョロキョロ見乍ら進む。
 気付くと、前の方の席で座ったまま通路側へ仰け反り口に両手を当てて、目を強く瞑っている30前後に窺える、長い黒髪を緩く束ねた女がいた。
 風柳は刑事の直感で分かる。
 ……この反応は意識不明か、既に死んだ者を見た時。
 風柳は急いで、
「警察です、前ちょっと失礼。」
 と、その女を優しく退かすと、窓に頭をつけて眠っている様にも窺える女を見つける。
「……彼女は、貴女のお知り合いですか?」
 風柳が振り返り退かした女を見ると小さく震えたまま、数度頷いた。
「何か時病とか聞いていませんかね?」
 と、聞き乍らも風柳は窓際の女の手首を持ち、脈を確認。肺の動きも見ていた。
 耳を口元に近付けたが呼吸音も空気も感じない。
「アテンダントさん!AEDを!」
 心配そうに近付いて見ていたアテンダントに風柳はしっかりしろと言わんばかりの、はっきりとした声で言った。
「あっ、はい。」
 混乱していたアテンダントもそのどっしりとした声に安心したのか、言われるままに行動にでる。
 バスは路肩へ停車する。
 数度に分けAEDの電気ショックが横たわらせた、もう動かない様にも見受けられた女の身体をガクンと浮かせる。
 サダノブは既にハイウェイ電話へ走り、救急車を呼びに走った。白雪はこの事を黒影へ知らせるメールを作り送信した。
 黒影からは――安否確認確認後、詳細を頼む――と返事が来る。

 ――――――――――――
「ほらなぁ〜鍾乳洞と言えば事件。と、刑事。」
 そう呟き、木目の強いテーブルに冷茶を作り、小さな温泉饅頭を口に放り投げるのであった。

2 急病人

「先ぱぁーいっ!」
 サダノブが黒影を見るなり呆れて言った。
「嗚呼、白雪。待っていたよ。」
 黒影は明から様にサダノブを無視し、だらけた上体を起こし座り直すと、白雪に手招き笑顔を見せる。
「……この部屋、広いなぁ……。」
 風柳が部屋を見乍ら、木製の背凭れに座布団を敷き、座り言った。
「あぁ、やっぱり。こう言うツアーだと小さな部屋だろうと、取り直して良かったですよ。ねぇ、白雪。」
 と、黒影は風柳の話しにそう言って、白雪が珈琲を淹れ出してくれたのを見て微笑む。
「いきなり部屋をキャンセルなんて、アテンダントさんもびっくりしていたよ。」
 白雪は少し注意する気で、小言を言うだけだった。
 旅気分なら案外、如何でも良い。何時も旅先では好き放題……でも、帰ったらそんな我儘も言っていられそうにない人だから。
 我儘をするのも、きっと特別な事。
「あら……タイが……。」
 と、白雪は緩めたシャツとタイを見て、こっちを見てと軽くタイを持ち引き寄せる。
「……茫然と天然の風に当たっていたから……。」
 と、何時も考えてばかりの黒影が、口から零す。
「それだけリラックス出来たなら良かったわね。」
 白雪はにっこり微笑んだ。
「……嗚呼、だから暑いんだっ!何時か先輩、熱中症になりますからね!エアコン、エアコンっ!」
 サダノブは年がら年中、黒いロングコートとハットの黒影に呆れ乍ら、エアコンのリモコンを操作し出す。
「少し経ってから窓を閉めてくれよ。……折角の音色が台無しだ。」
 窓の外の風鈴がチリチリーンと、その言葉に答える様に、追って鳴る。
「夏の風情がぁ……。」
 風柳が呟く。
 夕暮れに蜻蛉が煌めき飛ぶ、蝉時雨。

 ――――――――
「で?さっきのバスの騒ぎは?……助かったから、緊急連絡も無かったのでしょう?」
 と、黒影は座卓に身を乗り出し風柳に聞いた。
 その隣に白雪はちょこんと座り、また始まったわと黒影の手前に珈琲入りのカップ&ソーサーを出すと、自分用のミルクティーを知らぬ存ぜぬで、飲み始めるのである。
「其れがな、毒物反応が出た。」
 風柳は確かに「毒」と言った。
「……そんな、今時……カンタレラじゃあるまいし。直ぐに足が付きますよ。」
 と、黒影は馬鹿馬鹿しいと珈琲を口にする。
「其れが……被害者なぁ、味覚障害だった。」
 風柳がそう言うと、黒影はおやとカップをソーサーに置いた。
「じゃあ盛れる毒の種類は一気に広がったわけだ。最悪、家庭内である物でも大丈夫。農薬の類いか、洗剤の類い。……如何です?」
 黒影がそう聞くと、風柳はご尤もと言いた気に深く二回頷く。
「……濃度の濃い農薬だよ。ホームセンターでも何処でも手に入る。」
 頷いた後、そう続けた。
「先輩がいれば、そのコートの裏、解毒剤がたんまりあるんですから、被害者も長く苦しまなくて済んだんですよ。」
 と、サダノブは先にさっさと到着し、寛いでいた黒影を流し目の白い目で見る。
「僕の所為じゃないだろう?……それより、その人は?」
 黒影は後の事が気になる。
「幸い救急も早く来て、病院で処置して休んでるわ。もう少ししたら、このお宿にも来る筈でしょうけど。」
 と、白雪が答えた。
「……そうか。……で、サダノブ……その人は?」
 黒影は木製の座卓に爪の先でコツコツと二回、軽く良い音を立てる。タブレットを出して、情報を教えろと言う意味だ。
「先輩、ちゃんと口で言わないと、その昔からの悪い癖、何時迄も直りませんよー。」
 サダノブはそう言い乍ら肌身離さず大事にしているタブレットをランニングシャッツと、ティーシャツの間から取り出すではないか。
「おいっ、幾ら何でも汗まみれは触りたくないのだが。」
 と、黒影は片方だけ眉毛を引きつかせ、言った。
「バスの中は快適温度だから大丈夫ですよ。流石に夏までライダースジャケットを着る訳にはいきませんよ。先輩の我慢比べじゃあるまいし。」
 サダノブはそんな事を言うのだ。
「我慢比べなんかじゃないよ。僕は此れで丁度良いんだ。」
 と、黒影は少しムスッとし乍らも、なかなか見せようとしないサダノブの手からタブレットを奪い取り、カタカタと最近のデータを読み始める。

 ◎桐谷 清佳(きりたに さやか)25歳。女性。職業 元料理教室講師。

 ◎……隣の席にいたのが、友人 原岡 友理(はらおか ゆり)26歳。女性。職業 ネイリスト。

 二人は高校時代からの級友。……今回は味覚障害になって落ち込んでいた、料理教室講師の桐谷 清佳を、ネイリストの原岡 友理が、元気になって貰おうとパン作り体験の付いたこのツアーへ誘った。
 桐谷 清佳は料理教室講師を辞め、原岡 友理と同じネイルサロンで働く準備を進めていた。
 二人共独身……彼もいない。収入も……まあまあ同じぐらい。妬みや僻みは無さそうだな。……過去の同級生時代は問題ないのか?」
 黒影は読みながら頭に入れ、サダノブに聞いた。
「全く。同じ男を好きになるも無いし、喧嘩も数える小さな物しかないと、二人共口を揃えて言うんですよ。」
 黒影は其れを聞くと、一瞬天井の和紙造りの照明を見上げて考える。
「あんまりに、美し過ぎる想い出に聞こえるがな。25.6歳かぁ……多少は想い出も美しくしたいよなぁ。」
 と、黒影は言う。
「先輩、お爺ちゃんみたいな事言ってないで、ちゃんと考えて下さいよ。」
 サダノブがぼんやり天井を見上げたままの黒影に言った。
「お爺ちゃんではないよ、流石に。失礼だなっ!相当嫌な事があれば人間関係の断捨離すれば良いだけの年頃だから、そこそこ気の合う友人だったのだろうな。……そう考えると、毒を盛った人物は今、何処かが問題となる。飲み物から目を離した時。……例えばサービスエリアに途中休憩で降りたりすると、車中は極端に人が減った筈。バスの運行も休憩もパンフレットに書かれているのだから、内部も外部も可能。……本人が帰って来たら、その辺を詳しく聞く必要がありそうだ。……か、ぜ、や、な、ぎ、さ、ん、が、ねっ!」
 と、黒影はビシッとお茶をのんびり飲んでいた風柳を指差し、言った。
「なっ、指差しは失礼だって、黒影が何時も怒るじゃないか。何だ、急に。」
 風柳はまるで犯人にされた様な気分で驚き、お茶を慌てて座卓に置き注意する。
「だって、それは警察の仕事ですよね?何時迄、民間の僕の頭を借りているんですかっ!僕は、久々の旅をエンジョイする予定なのですから、風柳さんと言えども邪魔はさせませんよぉ〜。僕は探偵だ。正式依頼が無い限りは強力しません!……ほぅ〜ら、言ったじゃないですかぁ〜。鍾乳洞なんて、刑事ドラマが多いに決まってるって。……僕の勝ちでしたね♪」
 と、黒影は言い終えるとにんまりと笑って見せた。
 ミステリ、サスペンスドラマで鍾乳洞が舞台ならば、警察が定番か……将又(はたまた)探偵が定番かの前回、後半から続いていた小さ過ぎる論争も、此れで黒影の勝ちの様である。
「鍾乳洞はまだじゃないか。……彼れは……バスツアー毒殺殺人ミスであって、鍾乳洞では無いっ!」
 風柳も何故か此れに関しては負けたく無いのか、難癖をつけたがる。
「別に何方だって良いわぁ〜。」
 と、白雪が頬杖を付いて言うと、小さな溜め息を吐く。
 黒影は其れを一瞥し、ハッと気付く。
「風柳さん……。今、殺人未遂って言いました?過失では無く。」
 黒影は風柳の方へ身を乗り出し、険しい顔で聞くのだ。
「あ、ああ……言ったよ。全部飲んでいたら死んでいた。しかし、それまでに身体に不調が顕著に現れたから、友人の原岡 友理が気付いた。お喋りしていたら調子がおかしいと言い出して、窓に頭を付けて眠っていたらしい。息苦しさを感じて飲み物を飲んだが、更に軽痙攣を起こして直ぐ、意識不明になり怖くなって騒いだそうだ。持つべきものは怖がりな友人……かもなぁ。」
 と、風柳は答える。
「じゃあ、また殺しに来ますね。しくじったのだから。」
 黒影はそう言ったのに、何故なニヒルに笑うのであった。

 ――――――――その日の夜、黒影は人知れずこっそりと夏の夜風吹く外へと、闇の中そろりと向かったのである。

 真っ暗闇の中……そっと、香りの良い桐で出来た、筆箱より少し長めの木箱の蓋を丁寧に開ける。
 中には薄紫の美しい手隙和紙が風でひらりひらりと、小さく浮いては戻る。
 スマホで白雪に、
 ――きっと皆んな飲み始めて詰まらないだろうから、裏の空き駐車場においで🎩――
 と、トレードマークのシルクハット入りのメールを送信した。
 其れから数分で白雪は黒影を見つける。
真っ黒な闇の中でも夏の夜空は星が細やかに煌めき、ほんのり紺をさした様な広がりを見せた。
 だから、漆黒其の物である、黒影の色は……その夜空の下にいても尚も、影を落としているかの様である。
 何よりも深い影こそ、何時も白雪が探す者……。
 白雪はサテンの太めのリボンが可愛いらしい、白のロリータパンプスをパタパタ鳴らし、黒影の元へ走る。
「そんなに急がなくても、逃げやしないよ。……ほら、おいで。」
 と、黒影は振り向き、顔の肌色が見えると、其処には優しい穏やかな笑顔が見えた。
「急に居なくなるから、敵襲じゃないか!とか、また誘拐され掛かってるんじゃ無いか!って、風柳さんもサダノブも酔っ払い乍ら滅茶苦茶な事、言ってたわよ。」
 そう伝え乍らも、白雪は黒影の横へ行き、手に持っている桐の箱を見詰めた。
 黒影はコートの裏に手を入れたかと思うと、後方にバサッと、流す様に揺蕩わせ広げ、閉じる前に座る。
 白雪も其れを見て、黒影に寄り添う様に座った。
「なぁに……此れ。随分大切そう。」
 白雪は丁寧に広げられて行く和紙とその手先を見詰める。
「大切だよ。白雪と見ようと思っていたから。」
 そう言った黒影の広げた和紙の中にあったのは……
「……線香花火?」
 白雪は少し驚いて黒影の横顔を見ると、その反応が嬉しかったのか微かに微笑み幸せそうな、笑みを浮かべるのだ。
「そう。ただの線香花火じゃないんだ。職人さんが一つ一つ紙を寄って作った手作り。……地味だと思った?騙されたと思って見てご覧。……酔っ払いには勿体無い代物だよ。」
 黒影はそう言うと、一本取り出して、指を見詰め人差し指と中指を揃えて、スッと宙を切る。
 指先に鳳凰の火が小さく揺らめき、線香花火の先に着火する。
 最初は細かく無数の小さな葉脈が生まれ、軈て華開き……そのどの先も繊細に光る。
 二人は火種を落とさぬよう息を潜め夏の夜風が当たらぬ様、隙間なく寄り添い静かに、その一つの光を観ている。
 静かさに呼吸と、小さなチリチリと言う音、長くも短くも感じた。
 時を忘れるぐらい、もう落ちるかなと思っても其の華の先の繊細に枝分かれした黄金色の輝きは、残った。
 スッと落ちた後も、目の奥にまだ余韻が残っている気がする。
「きゃーーっ!!幽霊だと思ったら先輩だった〜ぁはは♪先輩、何でこんな所でいじけているんです?」
 酔っ払って陽気になったサダノブが千鳥足で黒影を見つけ走ってくる。
「嗚呼、見つかっちゃたよ!」
 黒影は思わず良い風情が台無しになる未来が見え、額に手を乗せ痛そうな顔をした。
「何それ?線香花火?……俺も、俺もっ!」
 サダノブは黒影から線香花火の桐箱を見せて貰おうと、手を伸ばしたが、黒影は箱毎お腹と足に挟んで隠してしまう。
「酔っ払いには勿体ないから駄目ーっ!これ一本千円もするんだぞ。サダノブが点けたら、乱暴だから一瞬で火種が落ちちゃうよっ!」
 と、黒影は言うのだ。
「えっ、一本千円?!」
 サダノブは線香花火を黒影が隠した訳は分かったが、何故にそんな驚く、程高い線香花火を買って持っているのかが謎だ。
「ふふん、あの幽霊ホテル(前回行ったホテル)からの暑中お見舞いに、ほんの御礼と頂いたものだよ。」
 と、黒影がサダノブに持っている経緯を話した。
「そんなに普通と違うんですか……。」
 サダノブは黒影の手先をマジマジと見詰める。
「ぜーんぜん、違うわよ。ねぇ、黒影?」
 白雪が答えて、黒影にもそうでしょう?と言いた気に聞いた。
「あぁ、最後まで火花の先まで細かく別れていて綺麗だよ。」
 黒影はそんな風にサダノブに答える。
「静かにするんでっ!俺も一本持ちたいですよー。」
 と、サダノブは言い乍ら、既に落ち着き無く地団駄を踏んでいた。
「全然静かじゃないじゃないか。風を起こすなっ!……仕方ない……一本ずつ持つか。」
 サダノブは其れを聞いて、待ってましたと上機嫌で黒影と白雪の前に蹲み込み、風を塞いで囲もうとした。
 黒影は各々の手に前後花火を手渡すと、鳳凰の炎で点火する。


🔸次の↓「黒影紳士」season6-2幕 第二章へ↓(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)



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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。