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黒影紳士 season6-2幕 「暑中の残花」〜蒼氷斬刺〜🎩第二章 3 花火 4 焼かれた肖像

3 花火

「……贅沢ですね。良い専攻花火を、鳳凰の炎で点けて貰うなんて。」
 サダノブは小声で言った。
「……あぁ、そうかもな。」
 そう答えた黒影の瞳に、小さな金の華が映り揺れている。
 玉(だま)は最後まで大きくなって、少し縮むがそう簡単には落ちない様だ。
 これから咲こうとする蕾から、大輪の華になり、また静けさへと帰って行く。
 走り続ける時間の中で春夏秋冬(ひととき)の止まった夏に、華を愛でて止まりけり
 ――――――――――――――――

 其の後、病院での治療から帰ってきた被害者、桐谷 清佳(きりたに さやか)が、風柳と共に、黒影と白雪の部屋を訪問する。
 風柳の軽く呼ぶ声に、
「……あっ、はい。今開けます。」
 と、黒影はやや急ぎ足で二人を出迎えた。
「……中へどうぞ。」
 風柳では無く、桐谷 清佳を気にして、丁寧に奥の席へ案内する。
 白雪は、きっと大事なお話があるのだろうと、お茶を淹れて出す。
「今日は如何やら、散々だった様ですね。然し命に別状が無くて良かったです。……今は、何処か気分悪いとかありませんか?……有りましたら気兼ね無く言って下さいね。」
 黒影は桐谷 清佳の体調を気にし乍らも、そう言って微笑んだ。
「……其れでだ、黒影。此方の桐谷 清佳さんだが、やはり何者かに狙われている様だ。ご本人立っての希望だか、警邏を(けいら)付けて欲しいそうだ。」
 と、風柳は桐谷 清佳さんの代わりに、言った。
「……確か、桐谷 清佳さんは、味覚障害は合っても、会話は可能では?」
 黒影は何故に本人が離さないのかと不思議がり、風柳に聞いた。
「あっ、あの……すみません。何時話せば良いのかと。……何時もお料理の段取り、説明する順番が予め決まっていたので。自分の事を話すのは、苦手なのです。
 ……其れに……此れを……。」
 桐谷 清佳が急に話し出したので、黒影も些か驚いたものの、一定の何時も通う生徒さんとしか話さないのなら、そんな事もあるだろうと、納得する。
「……此れは……。」
 桐谷 清佳が木目のテーブルに沿わせ、ススッと黒影の前に出したものは、一見夏のポストカードがちょっとした便りに伺えた。
 ――――――――――――
 加工された向日葵と青い空……その上に、夏の想い出らしい詩が書かれている。

君が花火でウタふから
僕は途轍もなく悲しくなった
何故に今日描きたかった物を
違う人で夢見たのだろう

同じ花火を見ていた筈の君と

このまま
きっと僕はまた無口に慣れて行くだろう

軈て表紙を静かに閉じ歩き出す
何年か後の
古びた図書館

この手に取る花火は
咲くか
散るか
知る由もない

 ――――――――
「随分と洒落た便りじゃないですか?」
 黒影は其れを見て言ったが、宛先や宛名がある筈の表を見て手を止め、その笑顔を消す。
「おやおや……匿名希望さんからのお便りでしたか。」
 黒影は、また詩を読み乍ら珈琲を口にした。
「まさか、脅迫?挑戦状?……んーって程は怖く無いけれど、何だか気持ち悪いわねぇ。」
 白雪は、今日は椅子では無いので、幸せそうに黒影に距離を詰めて座ると、腕を両手でしっかり持ち、頭をそっと乗せ幸せそうだ。
 そんな、体勢のままぐっと黒影の便りの前に身を乗り出し、覗き込み言った。
「まぁ……確かに、誰か分からない辺りは不気味だよなぁ。何か、この「花火」と聞いて、差出人に思い当たる節でもあるのですか?黒影は桐谷 清佳に聞いてみる。
「ほら、白雪……珈琲溢してしまうよ。」
 と、本当は近過ぎを照れ隠し、そう言って白雪の頭をそっと撫でて、少しズレてもらう。
「……えぇ、少しは……。毎年、自宅兼教室にしている場所な前に川がありまして……。二階のバルコニーから、花火が川にも映り綺麗なものですから、お友達と軽いパーティをし乍眺めるのが通例でした。
 しかし、今年は私が味覚障害で塞ぎ込んでいたのもありますし、此れでは軽いパーティに出していたお料理も出せないと、仕方なく断念しました。
 その花火でウタう……何ですけど、毎年一番綺麗に撮れた写真に、簡単な短い詩を書いていたのです。今年は、花火だけは見て撮れたので、記念にと。
 誰かに宛てたものではなく、空想のもし……友人達が何時もの様にいたら、もっと賑やかだったら気分も晴れたのかな?と、純粋に思ったまでを書いたのですが、何かこのお便りをくれた誰かは、其れを勘違いしている気がして。
 この良く分からないお便りを貰ってからです。……大袈裟か如何かも分かりませんが、誰かに付けられている気がしたり、今日みたいに危ない目に遭ったり。
 先程、この刑事さんに聞きましたら、だったら探偵の方が良いって……其れで……。」
 と、桐谷 清佳が言うでは無いか。
 それを聞いた途端、黒影は片眉をひくひくと引き攣らせ、風柳をジロッと見た。
「まさか、風柳さん……まだ鍾乳洞には刑事だの探偵だのの、馬鹿げた話しを引き摺っているのではないでしょうねっ!」
 黒影は何故に警察ならば、無料で助けられるものを、態々民間の然もそこそこ値の張る、黒影の「夢探偵社」に回してきたのかと、憤る。
 そもそもたかが料理教室の講師が、「夢探偵社」の高い依頼料を支払える訳が無い。
 其れを知っていながら、何の茶番かと黒影は其れも含み言っている訳だ。
 能力者に特化した能力者しか居ない、特殊な探偵社……其れが「夢探偵社」。他が出来る案件等他がすれば良い。
 そう黒影が思っているのが、風柳にも筒抜けに聞こえて来る様では無いか。
「……そうは言ってもだなぁ、黒影。桐谷 清佳さんの証言だけではストーカーとも断言し難い。便りはこれ一通に、追われている気配だけ。実害がバス中だけ。あれも誰かが入れたとも分からない限りは、自殺未遂や誤飲で処理される。……それに、黒影……良い話が……。」
 と、風柳は黒影を手招く。
「……何です?一体?」
 そう言い乍らも、黒影は風柳に耳を貸した。
「婚約前のデリケートな時期なのだよ、桐谷 清佳さんは。……しかもだな、ただの婚約じゃないぞ。あの旅行会社の蘇我乃グループの御曹司と、婚約が決まっているんだ。邪魔者を見つけたら報酬もきっと弾むし、今後国内の移動先だって快適になる。其れにだ、旅行好きのクライアントに営業に行くにも良いに決まってる。……如何だ?此れなら流石の黒影も文句あるまい。最優良物件をこっち(警察)に呼んで、手を遍くより黒影に渡した方が良かっただろう?」
 風柳はそう言うと、ちゃっかりと笑う。
「ふーむ。確かに。そう言う事ならば、此方で警邏しても構わない。最強の盾が選び放題だから。し、か、し、だ。」
 黒影は一度納得したかに思われたが、今度は桐谷 清佳にも、風柳にもはっきりと聞こえる様に言う。
「……残念乍ら、僕はそんなシンデレラストーリーを信用出来ない。何か裏があったのでは無いか?そう考えてしまうが、不愉快に思わないでくれ給え。これは、探偵としてこれより桐谷 清佳さんの警邏に当たるのであれば、良い情報、悪い情報を満遍なく知って置く必要がある。いざ、知りませんでしたと、此方も無駄死にしたい訳ではないからね。お互いが安心と安全を提供するが、此方は危険を伴う。出来るだけそのシンデレラストーリーの残念な、現実も聞かねばならん。
 ……其れにだ、言わせて頂くがまだ婚約者如きに過ぎない。僕は契約と言う物をきちっとしておきたい主義でねぇ。……詰まる所の、桐谷 清佳さんの婚約予定のその彼が、担保でないと契約として僕は受け入れられない。……如何です?彼は桐谷 清佳さんを本当に大切なフィアンセとして考えているのか、証拠提示して頂きたい。……こう言った場合、彼の女関係のゴタゴタが原因な場合もある。
 今の僕の言葉、その愛が確かならば何ら気にせず彼に伝えられますね?ウチは普通の「探偵社」では無い。調べて頂ければ直ぐに分かるでしょう。……そうですね、軽い手付金でも先にお願いしますと、お伝え下さい。
 其れだけで構いませんよ。」
 黒影の契約に対する厳しさは相変わらずだが、最後にはそう言うとにっこりと、あの冷めた営業スマイルをするのだ。
「……相変わらず手厳しいなぁ、黒影。」
 と、風柳さえ呆れて白雪が淹れてくれた番茶を啜る。
「言ったでしょう?探偵は慈善事業じゃないんです。」
 さらりと当然と言わんばかりに、黒影はそう言うと涼しい顔でまた珈琲を飲み始めた。
「……では、少し失礼して……。」
 と、スマホ片手に桐谷 清佳が部屋を出ようとする。
 黒影は其れを見て、
「風柳さん、契約までは警察が護衛してくれますよね?」
 と、黒影は微笑んだ。
「……本当に、契約の事となると鬼だなお前は。」
 風柳さえ、そんな悪態を吐きながらも仕方無しに、桐谷 清佳の後を追い掛けた。
「……花火……か。」
 黒影は便りにあった詩を何となく見詰め、ぼんやりと言った。
「……何だか切ないわね、この詩……。」
 白雪が綺麗なポストカードなのに、花火を中心にすれ違う心情を書いた詩に、そんな感想を述べる。
「……でも、諦めて歩き出そうとはしていた。後半の

軈て表紙を静かに閉じ歩き出す
何年か後の
古びた図書館

 は、想い出のアルバムを閉じて新しい恋を探し始めた様にも窺える。花火と、婚約の知らせが、其の気持ちを引き戻してしまったのだろうか。」
 そんな事も踏まえつつ、黒影は白雪と今日の花火の話をしていた。
 小さな線香花火ですら、一緒に見た想い出は、二人を微笑ませるには十分である。
 このポストカードの差出人も、最初はそんな些細な事が幸せだったと思えていたのだろう。
 黒影はサダノブが別室で居ないので自分のスマホを座卓に上げて見ていた。
 その間にも、無駄無く、先程のポストカードの表裏をスクリーンショットで撮り、保存する。
 その直後、通知が来たので黒影は通知内容を確認した。
「……中々に、良いクライアントだ。」
 黒影は、ニタりと銀行口座に多額の手付金が入った事を確認して笑うと、満足そうに珈琲を飲み切った。
「……交渉……成立だなっ。」
 黒影がそう言うと、白雪はにっこりして、黒影の鞄から予備機のタブレットを出して、黒影の前に置く。
 暫くしないうちに、依頼人となった桐谷 清佳と、風柳がやはり戻って来る。
「お手数をお掛けしました。……後は此方を軽く読んで、同意の上、サインをお願いします。」
 黒影は先程と打って変わり、ご機嫌そうな笑顔。
 それを見た風柳は呆れはしたが、何時もの事かとも思うのである。
「……黒影、サインは良いが……。早速、明日から問題があってな。」
 と、風柳が桐谷 清佳のサイン中に言うのだ。
「……問題?この僕にそんな物は関係ありませんね。」
 如何せ大した事はあるまいと、黒影は話しを其方除けで、桐谷 清佳がサインを終えたのを確認して、
「如何も有難う御座います。「夢探偵社」の総力を上げて警邏……否、其れ以上の成果を出しますので、ご安心下さい。」
 と、桐谷 清佳に微笑む。
 その先程と打って変わり、安心出来る優しい微笑みに桐谷 清佳は肩を撫で下ろす。
 ふと思い出した如何でも良い事のように、黒影は風柳に、
「で?その問題とは?」
 と、序での様に聞いた。
「場所だよ、場所!」
 風柳がそんな風に言うので、黒影は眉間に皺を寄せて、更に聞く。
「風柳さん、主語がありませんよ。ホウ、レン、ソウ(報告、連絡、相談)でしょう?」
 そう言って黒影は呆れた。刑事たるものが、ホウ、レン、ソウも適当だなんて。確かに呆れて良い。
 常時職場で良く使う、職業柄なのだから。
「明日のツアースケジュールだ。此れを見てみなさい。」
 と、風柳は論ずるより見るが早いと、黒影の座卓の前に珈琲のお代わりを避けて、明日のスケジュール表を開いて置いた。
 如何やら二種類ある。
「此方の薄赤色の紙が我々B班で、その薄黄色の紙が桐谷 清佳さんを含むA班だ。」
 と、風柳は説明を加えた。
「……これは、僕らがパン作り体験を希望したから、先。桐谷 清佳さんは鍾乳洞を見るのを希望したから先って事ですか?……そうか、この人数だと入場制限や、材料や調理場の確保に班に分ける事が必要だって事ですね。
 ガイドの人の部屋……風柳さん、知っていますか?」
 と、黒影は問題点は分かったものの、驚きもせずに風柳にガイドの部屋を聞いた。
「ああ、分かるが……。」
 風柳が部屋番号と部屋の名を教えると、黒影は帽子を取り颯爽と部屋を後にする。
「如何かしらねん?」
 白雪が、黒影を想って言った。
「如何だろうねぇ。」
 風柳も戻って来るのを楽しみにしている。
「どうぞ、当てもあるのよ。」
 と、白雪は暢気に桐谷 清佳に茶菓子を勧めた。

 暫くすると廊下を大股でドカドカと怒りを隠さず歩き、近付いて来る音がする。
「あーぁ。」
 白雪はそう言って、旅行バックに入れて来た黒影の大好きな粗目の珈琲砂糖瓶を取り出し、黒影に作り置いた珈琲に淹れて混ぜる。
「……だろうなぁ。」
 と、風柳もその結果は想定していたのか、そう呟く。
「……あんの、頑固頭の堅物女っ!なぁ〜にが規則、規則だっ!こっちはクライアントの命が掛かっているんだぞ!規則が法か?!分からず屋がっ!」
 扉を開けた途端に、黒影は思いの丈を吐き出して、息を切らして激怒して帰ってきた。
「大方、金に物言わせて何とかして貰おうと思ったんだろう?黒影はそう言う悪い癖があるからなぁ。偶には普通の探偵らしくて良いじゃないか。」
 と、風柳には黒影がまた賄賂を渡して何とかして貰おうとしていた事になんか、とうに気付き笑い乍ら言った。
「この僕が?!……今更普通の探偵?……業界No.1の「夢探偵社」がっ?!その辺の何処にでもある探偵社と一緒にしないで頂きたいなっ!……だから、素人は話が通じなくて嫌いだっ!」
 黒影は悪態を吐きたいだけ吐き、不機嫌に座る。
「今日は、サダノブも居ないから、止める人がいなくて大変だわぁ。ねぇ、我儘な仕事熱心な、私の探偵さん♪」
 そう、言って白雪は如何にもご機嫌を取って、愛情たっぷり珈琲をにっこりと黒影の手に渡す。
「……そんな、あんな犬(サダノブ)いなくたって……。」
 と言い乍らも、無意識に珈琲の入ったカップ&ソーサーを手に取り、苛立ちで乾いた喉を潤した。
 ふと、真っ黒に揺れる珈琲に視線を落とす。
 一つゆったりとした息を吐くと、
「どんな不利な状況下でも、必ず任務は遂行する。完璧なまでに。……其れもまた……「夢探偵社」のプライドだ。……やはり問題ない。同時に全て解決しよう。
 他でもない「夢探偵社」に依頼して、桐谷 清佳さんはラッキーですよ。」
 黒影はそう言うと、仄かに優しく笑う。
 無理難題……そんな物、今までだって幾つもあった。
 けれど、其れを恐れる必要はない。
 逆だ……。
 恐れるならば、立ち向かいに走るのだ。
 其れが僕らのやり方じゃないか。

4焼かれた肖像

 依頼人桐谷 清佳は、軽く話すと安心したのか、部屋へ戻ると言う。
 黒影は年の為にと、黒影がキャンセルした部屋がまだ空室であったので、其処を急遽借りて移動する様に指導した。
 隣は風柳、反対の隣はサダノブと、警邏するにはもってこいの部屋の並びである。
 サダノブと風柳には声を掛けて、交代で起きて貰う事となった。
 ――――――その日の夜の事。

 黒影は予知夢の画廊の中を歩いている。
 白と黒のチェス柄の大理石に、黒影の歩く様が、そのロングコートの揺らぎまで逆さまに映り、ふわりふわりと描き出す。
 中庭の美しい優しい光が、その姿を奇跡の様に照らし行く。
 悪夢の炎に包まれていたこの夢も、今は静寂包む黒影の懐かしき想い出。
 中庭の噴水の水音に、其れに釣られてやって来る小鳥の囀り。響くは黒影の底の硬い靴音だけだった。
 日の直接当たらない、中央の開けたホールに、金のイーゼルに飾らせた一枚の絵。
 其処に、今も尚、焼け焦げた跡の様に、殺意があるか、殺害、死亡事件があれば、黒い煤の影の様に……その現場が浮かび上がる。
 未来を変える事は困難である。
 しかし、可能性はゼロでは無い。其れを知った上で見るからには、其の運命から目を逸らしはしない。
 如何なる小さな情報でも凝視すると、黒影は己に誓っている。
 未だ生きている限り、其の命から決して……目を背けはしない。
 その夜、焼き出された現場は異様な物だった。
 どんなに、目を凝らそうと……はっきり浮かんで来ないシルエット。
 何かの棺の様な形……だが、如何やら中途半端に透き通っている。
 だから、棺の中に眠らせる技、レクイエム(鎮魂歌)とは別物である事は認識出来た。
 被害者は棺の様な形の何かの中に閉じ込められている。
 何で死亡したかが特定出来ない。
 恐らく、辺りの景色の形状からするに、此れから行くであろう、鍾乳洞だと言う事は分かるが、多少開けた場所と言うだけで、断定に苦しむ。
 そして、この半透明の棺の形状は、鍾乳洞の物ではない事から、犯人は能力者である可能性が浮上した。
 死亡原因は断定出来ないものの、他に凶器も何も描かれていない事から、その能力により死亡したのではないかと推測出来る。
 桐谷 清佳が「夢探偵社」を選んだのは、本当にラッキーだった様だ。
 だが、この半透明の棺にいる人物の輪郭がはっきりしない為、桐谷 清佳とは断定し難い。
 中途半端な半透明の為、被害者がぼんやりと霞んで、特徴が見えない。
 しかし乍ら、狙われているかも知れないと言う観点からすれな、注意した方が良さそうだ。
 犯人は短髪の男。髪はストレートに近いだろうか。
 額縁の飾りの縮尺から見て、黒影よりやや身長があり、異様なぐらいに痩せ痩けて見えた。
 背中は痩せ過ぎの所為か前のめりに少し曲がり、変形している。薄いパーカーの様な物に、細めのズボンを着ている。

 予知夢の影絵から得れた情報は……以上である。
 黒影はこの絵に軽く手を触れ、黙祷を捧げた。
 目覚めれば……運命は動き始める。
 その覚悟を持って……現実へ帰ろう。
 ――――――――――――――

「……う……ん……。」
 白雪は魘されている黒影を見て心配し、桶に水、タオルを借りて来て、顔から首筋に伝う汗を拭ってやる。
 予知夢を見慣れた筈の黒影が、微熱を出すのも久しいと、少し不安そうに見詰めている。
 当の本人は、誰が被害者か分からず悩んでいるだけではあったが、そんな考えが夢の外まで伝わる訳もない。
 外回りも大きく、直に冷房が当たるのを嫌う黒影なので、少し窓を開き、冷房の風を散らす。
「……あ、お早う、白雪。」
 黒影は考えたまま起きたので、頭を掻き乍ら目覚める。
「ふふっ…酷い寝癖よ。サダノブの事、笑えないわ。」
 と、白雪はクスッと笑うと珈琲を淹れ始めた。
「否、予知夢を見たが、イマイチはっきりしなくてね。」
 黒影はそう言うと、鏡に走る様に寄り正座すると、隠してあった美しい織物の布を捲り上げ、備え付けの櫛で髪を整えた。
「このタイ……如何だろう?」
 黒影は旅行鞄から取り出した三本のタイをシャツに合わせ見せる。
 余り普段からシルクハットにロングコートと、変わらない出立ちの黒影にとって、シルクハットの飾りを変えたり、タイを変えるのが唯一のお洒落とも言えよう。
 しかし、白雪には大差なく見えてしまうので、シルクハットのリボンの色とタイの色が同系色であれば、其れで良しと思っている。
「そうねぇ……普段は瞳の色が紫掛かったブルーだから、やっぱり青系統が良いんじゃないかしらん?」
 と、白雪は黒影の為に珈琲を作っていたので、黒影を見ずに答えた。
「青系統?」
 黒影は思わず手にしていた三本のタイを見詰める。
 だって、三本共青系統だったのだから。
 鳳凰の力か、真実の目が開かない限りは、瞳は真っ赤にはならない。
 だから、当然黒影も青数本持ってきたのだが、その答えには参ってしまう。
「……先輩〜!!お早う御座いま〜す!もう、俺眠くて眠くて。「たすかーる」に警邏の外注出しましょうよぉ〜。」
 サダノブが雪崩れる様に入ってくるなり、畳をゾンビの様に張って、黒影の広がるロングコートの先を摘み言った。
「引っ張るなよ!風柳さんと交代だったのだから、そんなにキツくも無かっただろう?……それより、サダノブ……このタイ、今日何れが良いと思う?」
 黒影は摘まれたロングコートの先を、ひょいとひっぱり振り向くと、サダノブに三本のタイを見せた。
 一つはフリルが効いた光沢のあるブルー。一つは装飾ピンで止めるタイプのジャケットに差し込むタイプの、ふんわりとした生地のタイプの淡いブルー。残りの一つは、ロングタイのネクタイにしても、リボンにしても良い幅のブルーだ。
「何れでも良いじゃないっすかぁ〜?あれでしょう?紳士はレディより目立たなきゃ良いって、先輩が紳士のスーツが地味色な意味、教えてくれたじゃないですか?」
 と、サダノブはそう言えばと思い出して言う。
「それは、レディを引き立てるって意味だよ。少しぐらい拘りがワンポイントある方が小洒落感はあるんだがなぁ。」
 黒影がそう言い始めると、益々拘り話しが先に進まない気がして、サダノブは適当にシンプルなリボンでもネクタイでもいけるタイを指差し、
「はいっ、今日はこれ!……後は明日、明後日で良いでしょう?……全く、神経質なんですからっ。それより今日の予定です、予定っ!」
 サダノブは昨夜黒影が見たA班とB班の時間スケジュール如何する気かと、バンッと座卓に並べる。
「まさか、この紙切れを持ち歩くんじゃないだろうな?僕はさっさとスキャンしたぞ。サダノブも今の内にスキャンしろ。」
 と、黒影は持ち歩くには破損し易い紙は早くデータ化すべきだと、サダノブにそう言った。
「其れは分かっていますよ。その前に……です。こんなに予定も場所も違うのに、どうやって依頼人を警邏するんです?流石に無理ですよ。素直に外注しましょうって。」
 と、サダノブは言うのだ。
「サダノブ、お前今……無理って言ったか?無駄に外注はしないと言っただろう?可能だから無理では無い。固定観念で決めつけ過ぎだぞ。……良いか……僕らB班のスケジュールから見てみれば簡単だと分かる。」
 黒影は、B班のスケジュールをサダノブと黒影の間に、分かり易く置き直す。
「……良いかぁ〜サダノブ。美味いカリッカリのバリッバリで中ふっくら〜なパンはだねぇ、生地を寝かす時間が長いんだよ。一次発酵、二次発酵とね。」
 黒影はジャケットの裏から、ボールペンをさっと取り出すと、サダノブにも分かり易いように、チェック印をスケジュールに書き込み乍ら、更に話し続ける。
「……最初に材料を混ぜて軽い準備を終えたら、一次発酵の待ち時間がある。
 ☑️一次発酵……二時間。
 この二時間が有れば、A班と合流する事が可能だ。
 此処から車で約15分。余裕だ。
 僕は昨夜予知夢を見た。ターゲットは依頼人か如何かは不明。加害者も残念乍ら、慎重に癖のある猫背、薄手のパーカーしか情報を得れなかった。
 つまり、この二時間から移動時間30分を差し引き、一時間半の猶予がある。
 出来るだけ、予知夢に見た場所を特定しておきたい所だな。暗かったり、地形が似ている事から、場所の特定はかなり困難だと思われる。立体地図を作り乍ら廻るつもりだ。」
 と、黒影は言うのだ。
「えっ?……立体地図は何とかなるとしても、勝手に合流って……また我儘な。ガイドさんにまた叱られますよ。」
 サダノブは、黒影が散々ガイドさんを困らせた挙げ句に怒らせた話を、風柳から既に聞いていたので、再度あまり無茶な予定は立てない方が良いのでは?と、黒影に言っている。
「其れは、ツアーを使うから団体行動を乱すなと、まるで学校みたいにチクチク言うのだろう?僕は自分の社用車を利用して移動し、態々チケットを別に買って入場する。つまりは、別の客だ。其の別の客にまでとやかく言えはしないよ。」
 などと、黒影はあの手この手でガイドさんを困らせたいらしい。……だが、依頼人の事を思えばこそ、仕方ないのかも知れないと、サダノブは何か言いたくはなったが、溜め息一つで抑えた。
「……そうだ。スケジュールの話に戻すぞ。
 其の後、軽く作業に戻り、更に、
 ☑️二次発酵……一時間
 がある。つまり、移動時間を抜かすと、30分間、まだ空きがある。これ迄には、場所を確実に特定しておきたいところだな。
 更に戻って軽作業の後、また一時間の待ちがある。
 ☑️膨らむまで待つ……一時間。
 もし、何かあっても、其の後に
 ☑️オーブン焼き時間……30分
 と、蓋を外して
 ☑️更にオーブン焼き時間……30分がある。
 何かトラブルが発生した場合でも、この2回の30分を上手く利用すれば、依頼人の安全を確保し、連れ帰る事も可能だ。如何だ、余裕だろう?」
 と、黒影は言うのだから、サダノブは驚く。
「ちょっと待って下さいよー。この最後のドタバタ30分は何ですか?こんな時に依頼人が狙われたりしたら、如何するんです?」
 サダノブはあり得ない作戦だと、珍しく抗議する。
 誰が如何見ても後半が滅茶苦茶な作戦に思える。
「ちょっと待たないよーって、言ってるじゃないかぁ。最悪、何かあった場合は、我々も二手に分かれる。僕が思うに犯人は何らかの能力者であるが、予知夢の影絵だけでは特定出来なかった。……出来るだけ、纏まって行動したいが、此処だけは、如何しても時間が短く手薄になる。
 待機組と戦闘要員の二手に別れる事を最悪の自体としては考えているよ。そうだ……僕が本気で鳳凰か朱雀の翼で飛ぶのと、社用車をパトランプ付きで、かっ飛ばすのと……何方が早いんだろう?今度実験しておかないとなぁ。然し、僕が二人いる訳でもあるまいし……ドライビングの方を録画しておくか。」
 などと、黒影は呑気な事を言い出すではないか。
「否、今……先輩、さらりと何らかの能力者って、怖い事言いませんでしたか、ねぇ?ドラックレースする訳じゃないんだし、その実験も程々にして下さいよぉ。大体ねぇ……先輩のドライビングはまともに計測しても無駄ですぅ。道路から道路へ近いからってぶっ飛ぶ人、普通いませんからね!ショートカットも甚だしいんです!全く……妻子もいるっていうのに、あの命知らずのドライビング!本当に、ほんとーにっ!何とかして下さいよ。読者様だって、「これ、悪影響だわっ、子供に読ませられないっ!」何て、言い出したら如何するんですかっ!」
 サダノブは、☑️箇所を見るだけでも、あのスピード狂のドライビングに、こんなに付き合わされたら、溜まった物ではないと、物申す。
「だから、何時もドライビングシーンの最後に※道路は、道路交通法を遵守し、安心安全を心掛けて運転しましょうって、注意喚起をきちんと表示しているじゃないか。」
 と、黒影はあくまでも自分は関係ないと言う。
 そして、そんな物知るかと言わんばかりに、態とらしくゆったりと珈琲を飲んで見せた。
「何も情報が無いんだ……今から焦っても何にもならん。情報が入ったら、急いで頭と身体を動かす!其れ迄は、サダノブも休んでおけ。」
 と、怒るかと思いきや黒影は微笑んだ。
「お疲れ様……。」
 その一言を言ってやりたかったから。
「じゃあ……少し横になりますよ。……お疲れ様でーす。」
 と、サダノブもまさか休ませようと思っていたなんて気が付かず、少しバツが悪そうにそう言うと、座布団を折り、枕にして畳の上で、ごろんと寝ようとしだすではないか。
「おいっ、せめて布団ぐらい敷けよ。」
 と、黒影は笑い乍らもせめて掛け布団ぐらいはと、押し入れから引っ張り出して、放り投げる様に掛けてやる。

 ……優しく無い様に見せて……案外、優しいんだよなぁ。
 まだしっかり眠りに入っていなかったサダノブは、ボフッと雑に掛かった、掛け布団を丸め込んだ。
 出逢ってから、ずっと変わらない黒影の優しさは何なのだろうと、そんな事を考えたまま分からずに眠りに就いた。

🔸次の↓「黒影紳士」season6-2幕 第三章へ↓(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)


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