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「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様3〜大人の壁、突破編〜🎩第四章 釣り

第四章 釣り

「なぁーんだ、小物ばっかりじゃないか。風柳さん、本星はぁ〜?」
 黒影は緊張感無く聞いた。
 風柳から近距離で逃げようなんて、刑事うん十年に早々勝てる犯人はいない。
 しかも、追跡者または参謀の黒影までいて、守護のサダノブまでついて、たかが6人……どうって事はない。
 一人頭、ノルマ二人……余裕過ぎる。
「ぜぇ〜んぶ、偽物だったよ。散歩にもならん。」
 と、風柳もまた黒影とサダノブが来たので安心した。
 良い緊張感と、良いリラックス……犯人逮捕には最適だ。
「ふぅ〜ん……。障害物邪魔でしょう?引き摺りだすよ。」
 と、黒影が言った次の瞬間、幻影守護帯がぐるりと建物や木の裏を、まるで犬のように確認し始めた。
 そして、工作員を見付けては、その真っ黒な帯状の影でぐるぐる巻きにし、身動きを封じる。
「よいしょぉおお――とっ!キャ――ッチあーんど、サダノブにリリ――スッ!!」
 と、黒影は幻影守護帯で動かせば良いものを、自分の力で幻影守護帯を両腕で引っ張り上げると、サダノブの方にぶん投げた。
「わっ、何!急にっ!?」
 サダノブは何事かと、ワタワタしていると黒影は満面の笑顔で、
「氷の海、早く作ってよぉ〜!全員海に閉じ込めるぞっ!」
 と、言って笑った。
「あー、そう言う事ね。……遊ぶんなら、早く言って下さいよっと……。」
 と、言いながらサダノブは地面に手を付き、冷気を流す。
 黒影から飛ばされてきた工作員達が地面に落下する寸前で、氷で軽く固めた。
「風柳さん……どう?僕の初の一本釣り♪」
 と、黒影は6人見事に氷で動けなくなった所で、風柳に聞いた。
「本物はこんなもんじゃない。もっと暴れるからなぁ〜。勲(黒影の本名は黒田 勲)の腕力じゃ持ち上がらないよ。」
 と、風柳は言いながらも、黒影に良くやったと帽子をポンと軽く押すと微笑んだ。
 風柳は鬼鹿毛に乗ったまま、上から工作員に弓矢で狙いを定め聞いた。
「……で?本物の露天商は今何処だ?素直に言わないと、幾らでも黒影の一本釣りの練習台にされるぞ。」
 と、微笑んだまま恐ろしい事を言う。
 工作員の内、露天商に扮していた男が慌てて、
「きょ、教会に行った筈だよ。何しにとかは俺たちは知らない。ただ、良く通っていた事しか分からないよ。」
 と、答えたのだ。
「……教会か……。行く理由なら知っている。お前達は偽証罪と公務執行妨害で逮捕。後で応援をよこす。素直に全部話せよ。」
 と、風柳は伝えた。
「風柳さん、何で露天商は教会に?」
 と、サダノブが聞く。
「そりゃあ、親代わりがいるからさ。」
 と、風柳は微笑んだ。
「僕もその教会……ちょっと調べたかったんですよ。」
 と、黒影も興味を持ったようだ。
「「ダブルイベント」の2件目、被害者シャレルの事を調べていたのですよ。一度結婚。元兵士との夫との間に、3人の子供がいたようです。飲酒癖が悪く、そちらは未婚のまま破局。更にスピタルフィールズで別の男性と同棲を始めた。その男性の金使いは知らないが、家賃の為に娼婦になっています。一件目、二件目ともに、結婚後です。」
 と、黒影は言った。
「結婚遍歴ぐちゃぐちゃですねー。」
 と、サダノブはそれを聞いて思わず言う。
「ああ、娼婦にとっての理想は寿退職みたいなものだろうからな。でも問題があると、また古巣の娼婦に戻り易い。
 しかし、寿退職するならそれなりに安定職の相手を探すだろうな。ある程度の地位や名誉のある者からしたら、また娼婦に戻られるなんて、たまったものじゃない。
 酒癖と、子供を置いてまでの娼婦へ出戻り。
 この時代が僕にはまだ見えていないようだ。娼婦が女達の駆け込み寺か、余りに多くて職業になってしまったのか……。」
 と、黒影は溜め息を吐いた。
「……それはこの時代に生きる女にしか分からない……。残念ですね、先輩。幾ら先輩でも、その真実は分かりっこないですから。……でも、現代でも変わらない。女の気持ちが分かる男なんて早々いないじゃないですか。有名ホストか、脳みそごと交換しないと。」
 と、サダノブは笑った。だって、黒影がどう転んでも、マダムキラーではあるが、有名ホストには成れそうにもない。
 想像しただけで……笑える。
「お前、失礼な奴だなぁー!今、想像しただろうっ!」
 黒影はサダノブの首を持って、ぐらんぐらん揺らす。
「きっ、気の所為、気の所為っ!考え過ぎですって!……でも、何で教会に?」
 と、サダノブはぐらんぐらんされながらも、半笑いで聞いた。
「結婚したなら教会に行くじゃないか。風柳さんは?」
 と、黒影は「育ての親」の言葉が気になり、風柳に聞いた。
「露天商と今、逃げているもう一人の警官、繋がったんだよ。戸籍上は認知されていなくて分からなかったが、古い知り合いをあたったら、兄弟らしい。露天商の方が兄だ。
 つまりは証言を兄弟ででっち上げたんだよ。だから話を聞こうと思ったら、工作員のご登場だ。
 工作員もどうせ金目当てだろうな。」
 と、風柳が肩を落として答える。
「大丈夫ですよ。……これから、大丈夫になるんだ。」
 そう、黒影はいつもの口癖を言って、歩き始めた。
 ――――――――――――――

「……美しいな。」
 思わず辿り着いた黒影は、その教会の美しさにそう言った。
 古いが、細部にまで行き渡るゴシック仕様のアーチ。
 差し込む光は瑞々しい青を照らし、ステンドグラスのマリアの姿を優しく引き立てていた。
 ……こんなに美しい場所で育ち、犯罪の片棒を担ぐ方が理解出来ない。
 黒影はコートを翻し、腰に隠した銀のサーベルをスッと抜いた。
 小さく十字を切り、
……この犯罪の糸が……切れます様に……。
 そう願って、また締まった。
「行きましょうか……。」
 サダノブが、鬼鹿毛とこまちゃんを待たせながら言った。
「あ、ああ。」
 黒影は、風柳と先を急ぐ。
 ……その時だ、一台の輝かしい馬車が教会に止まる。黒影は目を細めた。
 教会専用馬車だ。
「……これはダブルどころではない……犯人が捕まらない筈だよ!……。」
 黒影はその馬車を見た時、そう確かに言った。
 そして、教会へと走り出した。
「どう言う意味だ?!黒影!」
 風柳は聞きながらも、黒影と走る。
「これは大きな交換殺人なんですよっ!」
 と、黒影は叫んだ。
「先輩、また走って……待って下さいよー!」
 と、サダノブは二人を追い掛ける。
「お断りに決まっているだろーがっ!」(黒影)
「すまんな、先を急ぐらしい。」(風柳)
 と、二人は昭和の告白番組風ごっこのお約束は、ちゃんと答えて中へ入っていく。
「ダブル、お断りは流石に傷つくんですけどぉー。」
 と、サダノブは言いながら、やっと教会入って直ぐのゴシック建築のアーチの柱が、彼方此方にある広い廊下にいた二人に辿り着いた。
「どうしたんですか……二人で黙ってつっ立って。」
 と、サダノブが二人の背中に聞いた。
「サダノブ……柱に何人いる?殺気が多過ぎる……やばいぞ。」
 と、黒影は小声で固まった様に身動き一つせず、サダノブに聞いた。
「えっ……。あ、はい。今確認します。」
 サダノブは集中して、辺りを見渡す。異なる思考の数だけ……人がいる。
「先輩……柱の裏、殆どいます。マジでヤバィみたいですね。」
 その言葉に、黒影は己の影に手を翳し、あの真っ赤に燃えるフェニックスが中央で揺れ動く、影の盾をその手に吸い上げた。
 それをサダノブに渡す。
「とりあえず「鳳炎の盾(ほうえんのたて)」だ!……蒼炎……十方位鳳連斬……解陣っ!」
 黒影は、風柳とサダノブを壁の僅かな凹みに隠し、先に鳳凰陣を展開させた。
 ……何だってこんなに固まっているんだ?
 此処が拠点?なのか?
 ……そうだ、あの馬車。
 誰かを乗せに来たんだ。
 ……そいつが、逃げるまでの時間稼ぎ……。
「この人数にさっきの馬車……幹部級が此処にいる!戦おうとする奴はどうでも良い!肝心なのは逃げようとする奴だっ!」
 と、黒影は戦いにばかり注視するなと指示を出す。
「しかし、この柱程の人数だぞ!見分けるだけでも難しい。」
 と、風柳が黒影に無茶な話ではないかと言った。
「風柳さん……。僕とサダノブは警察じゃなくて探偵ですよ?その答えは……。」

「やってみなきゃ分からないじゃないか!」(サダノブと黒影)

「……が、真実へと導く答えだ。」
 と、黒影は付け足して、風柳ににっこり笑った。
「先ずはこちらも、安全地帯探しだ。サダノブ、鳳炎の盾を。出来上がったら、鳳凰陣に全員避難しますよぉ〜。」
 と、黒影は微笑んだ。
「りょ〜解っ!」
 サダノブは犬のようにジャンプし、滑り込み鳳凰陣へ入ると、黒影から預かった影の盾を中央に置いた。
 それを見て、十方位鳳連斬の全体に盾が並ぶ前に、黒影と風柳もその一枚の盾に、滑り込んだ。
「狭いっ!狭いっ!」
 サダノブは、一気に二人滑り込んで来たので、飛ばされる勢いでそう言った。
 まだ敵は隠れて、様子を伺っている。
 若しくはこの不思議な光景に身動き一つ出来ずに、見ていたのかも知れない。
 十方位鳳連斬に一気に盾が連なる。
 その次の瞬間、これが守備だと気付かれ、矢が雨の様に降ってくる。
「天井弱いですねー。雨漏りするんじゃないですか?」
 標的が見えないからか、数は少ないが時々矢が鳳凰陣に入ってくるので、サダノブは盾を持ちながら言う。
「あっ!僕のコートっ!」
 そのうちの一本が、黒影の開いたロングコートのヒラを突き刺した。
黒影は帽子を深々と被り、それを睨む様に凝視し、矢を抜き、片手でバキッと折る。
「えっ?何?……先輩どうしたんですか?!」
 唯ならぬ殺気に、サダノブは黒影を見て聞いた。
「……ああ……こりゃあプッツンだ。」
 と、風柳が微笑んで言う。
「え?今ので?」
 サダノブは増してゆく、黒影のどす黒い殺気に震える。
「勲は、昔からあのロングコートとシルクハットをやられると、見境なくキレてしまうんだよ。可愛いだろう?」
 と、弟馬鹿な風柳は呑気に言った。
「でも、敵前ですよ?!」
 と、サダノブは焦る。
「だからいーのさ。今日はラッキーだよ。俺達の出番が無いな。」
 と、風柳はご機嫌だった。
「幻影守護帯……発動!そいつら全員、引き摺り出してやる!大漁祭り開催中だっ!」
 黒影は幻影守護帯に敵が捕まると、シュルシュルと音が鳴り帯がピンと張るので、それを一本釣りの様に、宙を舞わせ引っ張る。
 それでも、流石の大漁祭り……黒影の腕も疲れてきた。
「サダノブ!風柳さんも手伝ってよ。……僕はまだまだ頭にきているんだっ!」
 と、黒影は言うなり、影の翼を床に移し飛ぶと、柱が連なる中へと突っ込んで行く。
「また毒矢にやられますよっ!」
 サダノブは心配して叫んだが、風柳はこう言った。
「あっちの心配なら要らないよ。俺達はこっちの心配。」
 と。
 サダノブは何の事かと思いながら、黒影を見上げた。
 黒影は銀のサーベルを取り刃を指でなぞるように、優しくスーッと刃に蒼い影を纏わせた。
 「幻影惨刺(げんえいざんし※影の無数の針を飛ばす)……乱舞斬り(らんぶぎり)……」
 地獄を這う様な低い声で黒影がゆっくり言った。
「ぇえー!嘘でしょう!危ないからっ!」
 と、サダノブがこれから起こる事を想定し、盾を掻き集める。
「どいつだぁああ――!僕のコートに風穴あけたのはぁああ――っ!!」
 と、黒影は鬼の形相で暴れ出すなり、影の棘をサーベルを振っては四方八方に飛ばす。
 ロングコートはバサバサと忙しなく、今日の舞いは荒々しいものとなっている。
 但し、当たりどころが悪いとやり過ぎなので、幻影惨刺は何時もより細く短いようだ。
 黒い無数の雨は、この街に降る涙の様に、白さを欠き始めた灰色の壁を砕いて行く……。
 蒼く輝く影の光を纏う、サーベルの切っ先を滑らせて行く。
 その大きな腕の反動に身体がつられ、漆黒のコートは優雅に追い付いては靡くを繰り返した。
 それは大袖を振って舞い上がる漆黒の天女の様に、あたり一面に棘を咲かせ、散らして行く。
「お前かっ!なぁ、お前かと聞いている!」
 その技の美しさとは対称的に、黒影は人影を見つけては自らの腕で引っ張り出し、誰かと半脅迫めいて、聞いてまわる。
「先輩、先輩のコートやった犯人は後!露天商探しでしょう?」
 と、サダノブが落ち着いた声で言う。
 黒影が頭に血が昇っている時は、その方が落ち着いて聞いてくれる。
「僕はなぁ!」
 と、サダノブにも突っ掛かりそうだったが、
「事件が先。」
 と、風柳が言ったので、黒影は仕方無く掴んでいた工作員を離し、
「なぁ、お前達の誰かだよな。あの切り裂きジャック「ダブルイベント」の日、目撃者として現れた「露天商」は。何も嘘、偽りが証言に無かったと言うのなら、その「露天商」に会わせろ。」
 と、黒影は聞いた。
 怯えきった工作員は震える指で、ある人物を指差す。
 そいつはこの古ぼけた灰色の壁を、此処までの騒ぎがあったにも関わらず、宗教画を壁に描いていた。
 まるでそこだけが、時を止めているみたいに……。
「君が例の目撃者だね。何故、今日は代理なんかをよこしたのかな?しかも、荒々しい代理を。」
 と、風柳は近づき聞いた。
 ある程度の警戒はしている。まありに落ち着くその姿は、妙な余裕さえ窺わせた。
「そう言えって言われたので……。」
 と、筆の運び一つ止めずに「露天商」はあっさり、偽証を白状した。
「言われたって……誰に?」
 彼は宗教画の中にある月を筆先で差した。
「月……?」
 風柳は何の事かと首を傾げる。
「ルナだよ、風柳さんっ!そいつは時間稼ぎだっ!導く者……ルナが逃げる!手分けして探す。風柳さんはそいつの梯子をぶんどって登って!
 そして、宗教画にぴったりの奴を呼んでやろう……クロセル!」
 と、黒影はクロセルを呼んだ。その姿は銀に輝く美しい長い髪、漆黒の黒衣に猫目がギラ付く。
 真っ黒に身を包んでいた翼をぶわっと広げると、伸びをした。
「主、おはよう御座います。久々に良く寝れました。」
 と、満足そうに微笑んだ。
 堕天使が微笑むなんて、と思うだろう?
 クロセルは安心して眠れる環境があれば幸せなのだ。
 黒影は鳳凰だから、平和と平等を愛し温かい。
 だから、懐いている。
「今期、初登場だからな。良く寝た分、この教会に大海嘯(※海嘯=河口に入る潮涙が河を逆流する現象「Wikipedia調2023/03/09現在」)おみまいしてくれないかな。歴史ある建造物だ。壊さないよーに。」
 と、黒影はクロセルに指令を出し、微笑んだ。
「待って!俺、飛べないですって!」
 と、サダノブは何が起こるか分かり焦っている。
 黒影はそんなサダノブを見て、無邪気な笑みを浮かべていた。
「あの七色っぽい龍が崖と共に現れ、ザッパーンするやつっすよねぇ〜――――――っ!!」
 と、言ってサダノブは巻き込まれたくなくて、猛ダッシュを始めた。
 クロセルは大量の水の球体を、頭上に掲げると投げる準備をする。
「だからぁ〜!ちょっと待ってぇ〜っ!」
 と、サダノブはクロセルに叫ぶと、クロセルはサダノブを見てニタリと笑い、
「我も主と同じ……。お、こ、と、わ、り。」
 と、言い慣れない昭和の告白番組ごっこを、黒影の見様見真似で覚えたらしい。
「ほらっ、逃げるな馬鹿犬っ!……それにギリ過ぎるんだよ。」
 と、黒影はサダノブの腕を掴み、掻っ攫い翼の影を大波にの上に揺らがせ、飛んだ。
「なんすか、この物語ぃーっ!羽根率高過ぎっ!風柳さんだって飛びたいですよねぇ!?」
 と、サダノブは風柳ならこの気持ちが分かるだろうと、ジタバタしながら言った。
「あ――すまん!俺も、麒麟になれば飛ぶって言うか、宙を跳ねれる。」
 と、風柳は気まずそうに梯子の上で、外方を向いた。
「ぅぉおお――!俺だけぇえ――っ!」
 と、サダノブは頭を抱える。
「五月蝿い、暴れると落ちるぞ!そんなの創世神に直談判すれば良いだろう?……それより、出番だポチ。底力みせてやれ。」
 と、黒影はにっこりと笑った。
 サダノブはそれを見上げ、
「こうなったら、ストレス発散だっ!くらえ!……フローズンボーラーストラ――イク!!」
 クロセルが作った大海嘯がバキバキと音を立てて、荒れた氷の大地と化して行く。
 巻き込まれた作業員は上半身だけ出して、氷で動けなくなった。
「ダッサ……今の、技名?」
 黒影が呆れてサダノブを降ろす。
「駄目ですか?」
「却下だよ、却下!」
 サダノブと黒影は、そんな話をしながら辺りを見渡した。
 「こう言う時に、ボスクラスが雑魚とお縄につくとは思えんな。」
 風柳が梯子から何とか降りて来て言う。
 確かにそう思うから、先程からサダノブも黒影も辺りを見渡しているのだが、それらしき人物は見えない。
「しまった!高みの見物かっ!」
 黒影はバサっとロングコートを翻し、外へ振り返った。
 日は落ち闇色に染まる。
 輝くのは小さな星々と月だけ……。
 なんら怯える事も無いその景色に、黒影は瞬きもせず凝視している。
「風柳さん、あの馬車は迎えに来たんじゃない!もう、乗っていたんだ、ルナはっ!」
 サダノブと風柳は、その黒影の言葉に一瞬顔を合わせると、走り出した。
 二人は馬に乗り、走り出した馬車を追う。
 黒影は闇の中、見えぬ影の翼を生やし飛んだ。
 その日の闇は底知れず深く、黒影の姿さえ飲み込んでしまいそうだった。
 誰よりも一目散に走る馬車にしがみ付いたのは、黒影だ。
 クロセルも翼があるだけ、馬よりは早く、黒影の後を追う。
「何故、あんなにも多くの人を誑かしたんだっ!あんたなら、正しい道に導く事だって出来ただろう!?」
 黒影はサテンの美しい、黒いフード付きのロングマントを羽織った、馬車に座る一人の女に言った。
「正しい……道ですか。それは他人から見た傲慢な道の事でしょう?貴方は貴方が正しいと思う方へ行くだけ。私は違う道を選んだだけ……。そんなに答えが欲しいのかしら?探偵さんは。」
 と、女は身を縮めてクスクス笑う。
「僕は真実が欲しいだけだ。正しさが質問として間違っていたならば、何故懺悔するべき場を穢したのか、聞かせて貰おうか。誰の命令でそんな事をしたかもね。」
 と、黒影は真実に目を赤く光らせ、聞く。
「魔物の様な赤い目……。そんなに真実に躍起になるのならば、一つだけ……一つだけならお答えしましょう。」
 と、また女はクスクス笑うのだ。
 馬車が石を踏んだのか、バランスを崩した時だった。
「あっ……!」
 黒影は落下しそうになる。
 気が付くと、女が腕を取って身を乗り出していた。
 ……助けて……くれたのか?……
 そう思った矢先の事だ。
 女の口元がニタリと月の切っ先の様に、端を細め上げた。
「……もう、会えないかしら……。」
 そう言いながら、一本ずつ指を離し、黒影を落とす瞬間に風でその素顔を現す。
「ぅぁあー――っ!」
 流石の黒影も、それには絶叫した。
 落とされる恐怖と、月明かりに浮かんだ黒影を見詰めた、大きな単眼。
「主――っ!」
 後方を飛んでいたクロセルが、馬車から離れた黒影を慌てて抱き止めた。
 馬車のスピードは変わらず、離されてしまう。
 クロセルはどんな時も、黒影の命を優先するのでその場に着地した。
「先輩、大丈夫ですかっ!?」
 一部始終を見ていたサダノブは馬から降りて、黒影を心配そうに見た。
「あっ、うん。大丈夫だ。突然だったから、少し取り乱しただくだ。」
 と、黒影は茫然としながら答える。
「何かあったのか?」
 黒影が取り乱すなんて珍しいと、風柳はそう聞いた。
「……多分、奇形の一種だろうか。単眼の女だった。驚くなんて失礼な事をした。」
 と、黒影は言う。
「まぁ、あの状況じゃあなぁ。」
 と、風柳も見た事が無いわけでも無いので、そう言って返す。
 黒影が小さい頃、一緒に出掛けて、初めて奇形の人と出会した時怯えてしまい、よくよく説明をして理解させたのを覚えている。
 だから怖いだとか偏見は無いのだろうが、こんな月夜では驚いても仕方ない。
「……でも、見付けるなら簡単だ。……まだ追える。」
 と、黒影はコートの土を払いながら、立ち上がると目を赤く光らせ笑った。
 例え逃げられても、鼻が効くのが探偵だ。
 ……単眼のルナ……。
 あの一つ目が月って事か……。
 闇夜に消えて行った月は、まるで月蝕の様に黒影の心を蝕み攫って行った。

 ……その真実……逃しはしない……。

 ――――――――――――――

「ただいま……。」
 黒影は帰るなり、白雪の腰の上を持ち上げ、くるんと一回りさせて、ただいまのキスをする。
 白雪のパニエ入りの白いドレスがふんわりと広がり、花の様だ。
「お帰りなさい、ご機嫌ね。」
 と、白雪は黒影に言って、にっこり笑う。
「ねぇ、白雪?」
 珈琲を作っている白雪に、黒影は声を掛けた。
「んー?なぁに?」
 白雪は不思議そうに顔を向ける。
「何か欲しいものとか無いの?」
 と、黒影は聞いた。
 イギリスに到着してから、黙ってはいるがきっと心配も掛け過ぎたし、デートらしいデートもしていない。
 何時もならとっくに怒ってもおかしくはないのに、怒らないから逆に気に掛けてしまうのだ。
「やっぱり大成功だったわ♪……穂さんと涼子さんにもお土産ねっ♪」
 と、白雪は言う。
「えっ?……どういう事?」
 そう、黒影は前に置かれた珈琲を飲み、聞いた。
「先輩、まんまとやられましたねー。どうせ、二人が先輩が気を遣うまで、我慢した方が良いってアドバイスしたんですよ。ちゃっかり、自分達も何か貰うつもりで。……事件の事なら分かるのに……何でこう……。」
 と、サダノブは何でこう他の事には疎いのかと、笑い始める。
 黒影はツンとして横を見た。
 風柳は新聞を見て、また単語の……単語の?
「ちょっと、風柳さんっ!肩、震えてますよねっ!笑っているんでしょう?!」
 と、黒影は新聞を取り上げると、風柳は涙目で笑いを堪えていた。
「二人共、僕を馬鹿にしてっ!」
 と、黒影は腕を組んで座り直す。
「じゃあ、天才の黒影なら教えてくれるだろう?今日言っていた、交換殺人って意味。」
 と、風柳はお茶を啜って落ち着くと、聞いた。
「ああ、あれはね……。」
 黒影は徐に話し始める。

🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 三幕 第五章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。