見出し画像

「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様3〜大人の壁、突破編〜🎩第三章 繋がり


第三章 繋がり

 半月後、急ピッチで作られていたビルが出来上がる。
 外見はビルだが、中はフロントがあり、名残のシャンデリアをそのまま使い、一階では安心して会話や酒も飲める。

 二階からは、広いとは言えないが、その代わりに部屋数とベッドを増やし、鍵も掛けられる様にした。
 ロビーで軽食も出来る。男女浴室は広めで、衛生的に生活出来るように考えた。

「……やっと出来たか……。」

 黒影は腕を組み、満足そうに言った。
 既に泊まる所がある人ではなく、今日泊まる場所がない娼婦や家族の為の場所で、無料で利用出来る。
 ロビーは自由に宿がある人でも、自由に入れる様にセキュリティを強化している。

「でかい投資だな。」
 と、思わず風柳が言った。
 日本に戻った時に、黒影はイギリスの古いお金を買い漁っておいたのだ。
 「まだまだ満たない……小さな投資です。この街に僕は救われたのだから、このくらいはね。……それに考えてみて下さいよ。この、宣伝効果、投資以上ですよっ!」
 と、黒影は気分良さそうに笑った。
「先輩、やっぱり鬼経営者。」
 と、サダノブが苦笑いしたが、
「違うわよ。だって今はまだお仕事受けれる体じゃないもの。この街が良くなるまでの、本当のお礼よ。」
 と、サダノブにこっそり白雪は言った。
「やっぱ……先輩に着いて来て、俺、良かったっす!」
 と、それを聞いたサダノブが感激して、黒影に言う。
「何だ、ポチは此処に住みたいのか?」
 と、黒影は何も知らず存ぜぬであった。
 ――――――――――――――

 ロビーでのんびりと黒影はイギリスの硬水の紅茶を飲みながら、ある事を考えていた。
 憂鬱に新聞を開く。切り裂きジャックと思われるカノニカル•ファイブ(canonical five)含む、ホワイトチャペル殺人事件は11件。そしてその後も……。
 日本でも毎日事件はキリが無い。
 だから、例え事件がまだ在っても、何時か区切りを付けて日本に帰らなければいけない時が来る。
 特に凶悪で卑劣なこの11件を解明するまではと、心に誓ってイギリスへ来た。
 警官二人が考えたとするには、大胆な犯行でスムーズ過ぎる。やはり……切り裂きジャックは違う所で、犯罪の糸を引いているだけだ。
 けして、自ら手を汚さない……それが、懸命だと知っている。
 何処かで必ず繋がっているのだ。
 それを見つけ、断たなければ意味が無い。

 ……では違うアプローチで共通点を探してみるか……。
 被害者一人一人の調査報告書に目を通す。(著者も目を通しているぞ)
 一環して本物の切り裂きジャックは、善と悪の相殺により、殺害を正当化させ、人を動かす話術に長けている。

 では、動かされる犯人にも、ある程度の共通点があるに違いない。
 そして、殺される被害者にも、何かまだ見えていない共通点があるのだ。
 相殺……まるで、法の番人……だな。
「あっ!あの目っ!」
 黒影はふと、思い出し急に言った。
「なっ、何ですかっ!」
 目の前にいたサダノブが驚いている。
「シャレルの顔に切り刻まれた目の下の、逆Vの意味だよ。目の上に其れを重ねるんだ。」
 黒影はフロントから紙とペンを慌てて借りた。
 「見たまえ……これは、
 フリーメイソンやイルミナティでも使用される、彼らのシンボルであるプロビデンスの目だ。
ピラミッドの頂点に立ち、下界の人間を見下ろしている神の目を表している。エプロンと言い、彼らの思想の一部として、差別的に感じるかも知れないが、犯人がそっちに気を逸らしているだけだ。(※選民思想と、現実民族は全く関係がありません。)
本当に犯人が主張したかったのは、これだ!
ここを支配しているのは我々、つまり警察だと言う事だ。
 治安悪化、機能しない警察、風辺りも強く、移民デモとの衝突、挙句にホワイトチャペル殺人事件だ。
 故意に移民デモを起こし、事件を有耶無耶にする意図があったかも知れない。
 注目は三角ではない事だ。下が無いだろう?ヒエラルキー、第二位の者が手を下した事を意味する。」
 と、黒影は絵を見せて言った。
「ヒエラルキーの第二位が警察?……一体なんで?」
 と、サダノブは聞く。
「僕らは敵視していたから気付き辛かったんだよ。もし、このイーストエンドの街を良くしようとするならば、何がいる?
 1、絶対的なリーダー
 2、治安部隊に変わる警察の信頼回復
 3、デモに繋がる紛争の融和、貧困の回復。
 切り裂きジャックは死の犠牲と引き換えにこれらを謳っているとしよう。賛同する者は少なくはないぞ。
 ……風柳さんが、警察内を嗅ぎ回ってる事を知られたら、非常に拙いっ!
 ……そう言えばまだ姿が見えないけど……。」
 と、黒影はそろそろ帰ってきても良い頃だと、懐中時計を見て心配した。
「白雪、ちょっとスコットランドヤードに、風柳さんの様子見て来るよ。もし、入れ違いで帰ってきたら、白梟で教えて。」
 と、黒影は白雪に頼んだ。
白雪も影の黒田一族に入ってから、白梟に変化する様になった。元から黒影の近くで戦っていたのたわから、影響は受けても仕方なかったのだが、五神獣が既に揃っていたので、サポートになる役割りの動物に成ったと思われる。
 白梟は智慧を授け、黒影にとっては事業安定もあり有難い存在だ。
 今は未だ白梟に成り立てなので、黒影としか会話のコンタクトは取れないが、何れは玄武の曾祖父さんみたいに、頭に響かせ会話が出来るようになるらしい。
「……それにしても、風柳さんが何処に行ったかですよねぇー。」
 と、サダノブは肝心な事を聞く。
「風柳さんなら、僕の捕まえた犯人の相棒を追っている筈だ。スコットランドヤードに聞けば、少しは情報を得れる筈だよ。」
 と、黒影は言うなり、外に出て馬番のジョニーに一声掛け、黒馬の「鬼鹿毛(おにしげ)」に、サダノブは真っ白な狛犬の様な「狛ちゃん」に乗り、出掛けた。
 ――――――――――――――――
「すみません、兄が何時もお世話になっております。兄の風柳に話があるのですが、今どの辺にいますかね?」
 と、スコットランドヤードへ着くと、黒影は中に入り適当な近場を通りがかった警官に聞いた。
「ああ、弟さんの……有名な探偵さん何だってね。この間はびっくりしたよ。まさか僕らの中にねぇ……。不服に思う奴もいるかも知れないが、僕はそれで良かったと思っているんだよ。そう言う膿は早い内に出しておいた方がいい。
 何か言われても、気にするんじゃないよ。
 流石に、兄さんの居所は名探偵でも捜索不能かい?……ははっ、冗談だよ。
 ……えっと、確か今は、ダブルイベントの最初の被害者、エルザの家族や目撃者の露天商を調べに出た筈だよ。
 伝言だったら伝えておくかい?」
 と、その警官は、気さくに答えてくれた。
「良いえ、お手数はお掛けしません。それに勘違いや僻まれる事には、職業柄慣れてしまった。
 その露天商とは何処で約束しているかは、分かりますかね?」
 と、黒影が聞くと、
「ああ、確か目撃現場のバーナー•ストリートだよ。」
 と、答えてくれる。
「分かりました。助かりました。……行ってみます。有難う御座います。」
 黒影は帽子の先を下げ、例を言うとまた鬼鹿毛に跨り、サダノブとバーナー・ストリートへと向かった。
 ――――――――――

「私なんかで良いの?」
 エルザは不安そうに聞いた。
「ああ、勿論だよ。」
 彼は優しい微笑みで答え、エルザの心を安堵させる。
 ずっと娼婦で生活し、それが当たり前になっていたエルザに、彼は普通の暮らし方やエルザの知らない事を、沢山教えてくれた。
 エルザはすっかり彼に心を奪われていたけれど、娼婦なんかが……と、叶わぬ夢なのだと、彼が姿を消すまで胸を痛めて笑顔で手を振る。
 何度心が痛く感じようとも、エルザにとってそれは幸せだった。
 船の修理工をしていた彼は、急ぎの点検や修理が入れば、なかなかエルザの元に現れない。
 今日はもう……そう思っても、エルザは他に客を取るのをやめた。
 どんなにお腹が空いても、宿も借りれず凍えそうな日も。
 そして、ある霧の深い雨の日……
 夜なのに街は何処か、薄白く何もかもを見えなくしてしまいそうだった。
 エルザは傘を持ったまま、小道の脇に座り凍えている。
「……エルザ?」
 その姿を見て、彼はエルザをこのままにしておく理由が無くなった。
 彼はエルザと結婚し、彼がいつかエルザに話した様な、普通だが幸せな暮らしを、共に歩もうと思っていたのだ。
 そんな二人の幸せに、黒煙がかった霧が靄の様に漂ったのは、二人が結婚した二年後の事であった。
 二人の間には新しい命が誕生している。
 彼は急な長旅の船の管理を任され、愛しい妻のエルザとその産まれたばかりの息子を、一緒に連れて行った。
 船は絢爛豪華で、エルザも彼もその旅に満足している。
 あの……地獄の瞬間を、その時誰も想像出来はしなかった。
 大きな爆発音がして、客は皆んな震え柱等にしがみ付く。
 悲鳴や鳴き声が一斉に彼の耳に届いた。
 その中に、エルザと息子の悲鳴と鳴き声も混ざっていたが、彼はそれを気にも止めはしない。
 爆破の原因が位置、大きさ、音、周囲の故障を見るからにボイラーの爆破だと気付いたからだ。
 彼は不安がっていた、妻のエルザと小さな息子を無視して、船長室に乗客を避難させる様に言うと、ボイラー室に走った。
 彼がボイラー室に走って行く姿を見つけたエルザは、我が子を大事に抱え、彼と運命を共にすると心に誓い、後を追ったのだ。
「エルザっ!なんでこんな所にっ!?早く避難するんだっ!」
 彼は勿論、そう言った。
「私は貴方に救われたのです。出逢えなければ、今の幸せも無く、貴方を失えば私はまた娼婦に戻らなくてはならない。貴方を裏切りたくは無いのです。だから、どうか一緒に……いさせて下さい。私は貴方が動くまで、此処を動きません!」
 と、エルザは言うではないか。
「……分かった。直すから。もし、修復が不可能と判断した時は、急いで避難するから。いーね。」
 と、彼はエルザに念を押して言った。
「ええ、十分です。」
 エルザがそう言ってホッとした瞬間だった。
 船が揺れ、その直後……二回目の爆発音がしたのだ。

 ……えっ……。

 今、話していた筈の貴方の体が赤黒くなり、エルザの足に転がり止まった。
「貴方!……ねぇ、しっかりして!」
 ……何も返事は無かった。
 そして、手の中では、それを知っているかの様に、泣きじゃくる我が子。
 よく見ると、片足の一部が露出してだらりと、力無く下がっている。
 エルザは彼の姿をマジマジと見て、涙を流すと走り出した。
 ……せめて、貴方が残してくれたこの子は、私が守らなくてはっ!
 貴方を裏切る私を……どうか……許して下さいっ!

 振り切る様に、只管走り命からがら、エルザと子供は生き延びた。しかし、修理、管理ミスを大々的に、彼が死んだ事を良い事に、船が沈む大事故となった責任だとマスコミも船の管理会社も言った。
「エルザの誕生日に、この子をちゃんと迎えてあげよう。」
 と、子供の認知は彼はしていなかった。
 この状況ならば、例え生きていても……無理だったに違いない。
 そして、エルザはその子を女手一人で育てるのは、難しいと、教会の前に泣く泣くそっと置き、また娼婦の道へと戻ったのだ。
 下宿に泊まり、縫い物、掃除婦をし、夜は娼婦。
 我が子と夫を同時に失った悲しみが、エルザをアルコール漬けにするなど容易い事だった。
 娼婦になり、エルザは二度目の妊娠をする。
 今度こそ……自分で育てたい……そんな気持ちにさせた。
 必死にアルコールからも逃げようとしながら、エルザはその男の子を守ろうとした。
 しかし、誰が子持ちの娼婦を抱きたいと思うの?
 エルザは仕方無く、噂に聞いていたあの、留置場へ足を運ぶ。出来るだけアルコールを飲んで、痛みも悲しみも忘れられるようにしてから。
 その屈辱的な努力もあってか、エルザの子は大きくなった。
 それでも、いつもエルザを見る目は虚で、きっと娼婦をする母親なんて見たくは無かったのだと、エルザにも分かっていたのだ。
 けれど、そうでもしないと……食べていけない。
 そんなある日、突然エルザの大切な子が姿を消した。
 エルザは絶望したがその日も酒を大量に飲み、留置場に連れて行かれた。
……何時もの警官に打ちひしがれている時、ふと目を開けると良く見た後ろ姿が見える。
 ……知らないうちにエルザの子は警察官になっていた。
 しかし、エルザを助けるでも無く、流し目で睨むと、何も見なかった様に消えて行ってしまった。
「……あの……あの子は……。」
 エルザは大嫌いな警官に聞く。
「母親嫌いの変わり者だよ。」
 と、言って手錠に繋がる両手をガッと吊し上げた。
 血が顔に滴って……何も見えない。
 ……貴方だけは……側にいて欲しかった……。
 醜い自分……愛されない自分……。
 エルザは狂った様に酒に興じ、毎日我を見失う様になった。

 ―――――――――――――――――――
「やあ……こんな所にいたんだな。……綺麗な絵だ。一枚くれないか。」
 と、夜間巡回をしていた警察官が、絵画を売る露天商の前に座り、声を掛けた。
「いっ、直ぐ片付けます!」
 と、罰金か警告でもされるのではないかと、露天商の男は敷いていた布ごと丸めて、店終いをしようとする。
「俺は、絵が欲しいと言ったんだ。何故仕舞う?」
 露天商は逃げ出そうと、歩き出した足を引き摺り、その言葉に振り向く。
「足……悪いんだろう?僕らの母はエルザ。覚えているか兄さん。君は教会へ。俺は何とか母さんの金を少しずつ、くすねて警官にまでなった。兄さんを助ける為にね。教会から来ているんだろう?兄さんはエルザ母さんを許せるのかい?」
 と、警察官は聞いた。
「許せるも何も……幼すぎて覚えていない。気付いた頃から足はこうだし、当たり前の様に教会にいた。何を知っているかは分からないが、知り尽くして辛い時は人を頼った方が良い。何か思い詰めた顔をしている。……絵を買ってくれるなら、良い人に合わせてあげるよ。聡明で寛大な人だ。直ぐに問題は解決する。どうかな?教会の懺悔室にいるんだ、その人は。俺の恩師でもある。是非、会ってはくれないか。」
 と、露天商の男はクスクス不気味に笑い言うのだ。
「懺悔室の中に?」
「ああ、そうさ。」
 ――――――――――――――――――

「俺は母を許せないのです。見て見ぬフリをずっとしてきた。兄さんの事も、俺の事も忘れて、危ない快楽に興じて酒に溺れ……もう、耐えられないんだっ!俺を育てる為ならば、何故今も続けているのか、理解出来ない。父が死んだらまた娼婦……それしか考えちゃいないんだ。娼婦なんか……無ければ……。」
 真っ黒な懺悔室の箱の中……蝋燭が一本だけ灯り揺れている。兄から紹介された警官は想いのたけを話す。
「……許さなくても……良いのですよ。」
 その声はまるで、脳まで響くようだった。
 抑揚もなく、控えめであるのに、何か大きな意味があるのかとさえ思える。
「それはね……快楽に溺れた、人間の果ての姿。
 悪魔にそっくりだと思わないか。もう何の理由もないのに、その行為を止める事も出来ない。……そうなってしまうとね……治すのはとても難しいのだよ。今ごろ、痛みすら喜びを感じているだろう。最早救いは……人間に戻すしかないよ。」
 と、中の者は言うのだ。黒い壁から一つの眼だけが、此方を覗いている。
「……貴方は神父様?それとも、エクソシストか何かですか?」
 と、警官は聞いた。
「それは簡単に言えないよ。しかし、導く者……ルナと呼んでくれれば良い。」
 と、ルナは言う。
「ルナは女神じゃ……。」
「さぁ……両性具有のルナかもしれんぞ。」
 と、ルナは乾いた笑いをして答える。
「……じゃあ、人間に戻すって……どうやってやれば良いんです?」
 と、警官が聞くと、
「一度、人間としての死を迎えるのだよ。その時、強力な欲も失われる」
 と、ルナは言う。
「しっ、しかしそれではっ!間違っても俺はこの街を守る警察官だっ。そんな思想、持ち合わせいない!」
 と、警官は不機嫌気味に言った。
「じゃあ、君は……この街を守る為に、何が必要で、何が要らないか理解しているのかい?その欲に埋もれた、なんの役にも立たない運命を、僕が人々を支える礎に変えてやろう。君は何処かで望んでいる筈だ。誇り高く理想の母親を。だから、そうする方法を教えても良い。力も貸そう。
 君は何にも考えなくて良い。安心したまえ、我が同胞よ。」
 その目は薄く、微笑んでいる様にも見えた。
 ニヤニヤと笑っているのか、優しく笑っているのか、口元が見えずに分からない。
 しかし、警官はルナの話を聞きたくなったのだ。
 ――――――――――――――――――――

「君が目撃者の露天商か……。俺はスコットランドヤードの風柳だ。今日は仕事中に、協力してもらって悪いね。」
 と、風柳は絵を広げて売っていた露天商に手を差し伸べ、朗らかに挨拶をして微笑んだ。
「ああ、どうも。協力になるか分からないが待っていたよ。役に立つと良いんだけど……。」
 と、露天商はスッと立ち上がり、風柳の手を握り、握手を交わした。

 ……ん?話と違うな。

 風柳はその時、小さな違和感を覚えた。
 どんな小さな情報でも確認しておかないと、後で黒影に根掘り葉掘り聞かれた時、答えられないでは警察はまた使えないと悪態をつかれてしまう。
 合気道も柔道も少林寺拳法も弓道も極めた風柳にとって、握手さえも身体の状態を見逃しはしない。
 強くなったのは黒影との昔の約束。体の弱い黒影は知で、風柳は黒影に足りない力を補い、何人も逮捕してきた。
 調べた情報によると、この露天商は幼い頃、父親の修理ミスによって起きた、客船のボイラー爆発の際に、片足に治らない怪我を負った筈なのだ。
 なのに、身体のどこを庇う筋力の動きも見せずに立ち上がり、握手した。
 幾ら教会に預けられたとは言え、治療した医師が覚えていたのだ。
「いやぁ〜実に困っていましてね。今回、余りにも証言がみ、ご、と、にバラバラですから。背が低い、モーニングを着ていた、山高帽だった……とか。唯一、現場を目撃した貴方の証言が重要なんだ。……資料によると、犯人が被害者の喉を切った後、腹部を切開しようとした時に目撃したとか。勿論逃げますよね?どうでしたか?後退り?ゆっくり?隠れながら?……それとも一思いにダッシュしましたか?」
 と、風柳は微笑んだまま、表情一つ変えない。
 微笑みのポーカーフェイスだ。
「そりゃあ、最初はびっくりして気付かれない様に、後退りしたよ。それから、距離を少しおいてダッシュした。命からがら逃げてきましたよ。だから、犯人がどんなだったか覚えていなくて……。」
 と、露天商は言う。その時、風柳の白虎の目が鋭くなった。
 その瞳は微かに瞳孔が広く黒くなり、周りが金色を帯びている。
「……そうでしたか。散々な目に遭いましたね。ご遺体の状態なのですがね、貴方が発見し止めてくれたお陰で最小限に留められました。首に6インチの切り傷。切り裂きジャックはガッツリ行くんですが、もしかしたら貴方の不審な気配に、向こうも気付いていたのかも知れませんね。
 死因は左頚動脈と気管の切断。切創が右下の顎下までです。ほぼ首周りのみ。それ以外の外傷なしです。……いやぁ〜、仏さんが少しでも綺麗で良かったぁー……
 なぁーんてことは、死んじまったら関係ないから、俺は言いませんがね。顔見知りだから、それ以上出来なかっただけだ。偽の目撃者をこーんなにぎょうさん集めて……弟(黒影)の言葉を借りるなら、「気に入らないなぁ〜。」ってやつかな。聞いてないでさっさと出てきてもらおうか!陰湿な恥ずかしがり屋さん共っ!
 日本警察でぶっちぎりの馬鹿力、風柳とお手合わせ願おうかっ!」
 風柳は白月の美しい円陣を足元に広げた。
 目を閉じて耳を澄ます。
 研ぎ澄まされた意識の中に、1、2、3、4、5、6……6人の殺気が小さく揺れているのを感じる。

「白虎月暈(びゃっこげつうん)!」

 風柳がそう唱えると、白月の陣から、白光する閃光が高く上がった。
 そこに複数の薄い白銀の円形の輪の刃……彎月白円刃(わんげつはくえんば)が、高速で回っている。

「白虎彎月(びゃっこわんげつ)!」

 更に風柳が唱えると、白銀の弓当てが腕から胸に形成され、その手に長弓が出現した。
風の音に耳を傾け、目を開けた瞬間、彎月白円刃(わんげつはくえんば※白銀の輪の刃)を弓で打つ。

 しかし、相手は風柳を囲って隠れている。
 障害物が邪魔で腕を狙うのが難しい。
 かと言って他を狙えば、鋭い彎月白円刃が他の部位に当たって、その鋭い牙で犯人に、重症を負わせてしまうかも知れない。
 あくまでも、犯人関係者や工作員を捕まえる……それが刑事の成すべき事で、裁くのは違う。

 ……ビュン!…………ビュン!…………

 と、恐らく犯人達が放つ弓の矢の音がしなり、風柳の耳に聞こえる。
 その中の一本が、風柳の髪を数本攫って過ぎて行った。
 このままでは……ある程度の強行手段を取らなければ、自分の命が危うい……そう思われた時だった。

「……風柳さぁーんっ!!」

 黒馬(鬼栗毛※おにかげ)に乗った黒影が、影の盾を手に大ジャンプして、風柳に向かってくる。
「交代!タッチ交代だってばっ!」
 と、黒影は訳の分からない事を言っている。
 風柳がはぁ?とキョトンとしていると、風柳を馬に乗せた瞬間、黒影は鬼鹿毛の上に立つと、バサっとコートを鳴らして、風柳のいた場所へ舞い降りた。
 風柳は馬に乗った瞬間に、黒影が何を考えているのか気付く。
「良いタイミングだよ。」
 と、風柳は鬼鹿毛を走らせ、外周を廻る。
 馬は高いので、隠れている工作員の位置が多少見える。
 風柳は気配を読みながら、接近して馬に跨ったまま、白銀の矢を放った。
 流鏑馬だ。流石にこれには的が絞れず、工作員側も矢を放つのを控えているようだ。
「サダノブ!風柳さんを援護だっ!」
 と、黒影は到着したサダノブに言った。
 サダノブは周囲の思考を読み、人数を確かめる。
 騒つく思考が6つ……6人が潜んでいるのが分かる。
 そして、そいつ等を風柳さんは逮捕したいのも読める。
 ならば、やるべき事はただ一つ。

「蒼炎(そうえん※影に特化した青い炎)……十方位鳳連斬(じゅうぽういほうれんざん)……解陣!」
 黒影は地面に手を付き、鳳凰の影に特化した陣を広げた。

 この美しい陣は、中央の鳳凰を模った鳳凰陣、更にそこから、十方位と言う吉方位に伸びた線、そして外円で一対である。
 略して鳳凰陣と呼ぶが、本来は中央鳳凰陣に技を叩き込む事で、全体的に連結し技を連続して出せる。
 使い方によっては最強の陣だが、特にこれだけで何か攻撃が出来る訳ではない。
 黒影は中央鳳凰に幻影守護代(げんえいしゅごたい※黒影自身の影を伸ばし、帯状にし、対象を捕えるもの)を放つ。
 すると、悍ましい事に、漆黒のシュルシュル唸る蛇の様に、鳳凰陣で数を増やした、幻影守護帯が一斉に生まれ出て犯人を探す。
 矢を受けても、それは影……。
 キィーンと音を鳴らすだけで、びくともしない。
「僕、一本釣りやってみたかったんですよぉ〜♪サダノブは海作りで、風柳さんの後援、いーねー!」
 と、黒影は笑いながら言った。


🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 三幕 第四章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

この記事が参加している募集

#スキしてみて

528,964件

#読書感想文

191,797件

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。