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コバルトブルー・リフレクション📷第五章 読書タイム

第五章 読書タイム

「さぁ、お楽しみの読書の時間にしましょうか……。」
 葵はそう言うと小さなサイドテーブルを勝手に移動させ、私のソファーの横に置く。
「ちょっと、何勝手に模様替えしてるのよ!私の部屋でしょう?」
 と、私は勝手に触るなと怒ったのだが、
「気分転換ですよ。殺風景ならせめて使い易く。……動線が悪いんですよ、この部屋。無駄に遠回りしたり……使い易くなりますから、騙されたと思って試してみて下さいよ。」
 と、葵は言いながら、サイドテーブルにランプを置いて、ココアを作ってそこに置いた。
「……試すだけよ……。」
 と、私は彼の物語を読み始める。葵は、暫くするとあのクマのぬいぐるみと、膝掛けを持って集中している私の腕の下にぬいぐるみをサッと置いて、膝掛けも掛けた。一瞬止まったが、案外しっくりくるのでそのまま読み進める。明るい楽しい物語だった。……これを書く人が自殺?とても考えられない。時々可笑しくてクスッと笑ったり、感動して泣きそうな時もある。彼の中で、この主人公は生きているから喜怒哀楽があるそうだ。もう、楽しい時間は終わってしまう……残り半分が近付いてくる頃、私の後ろから温かい風が吹いて、きっと彼だと気付いた私は慌てて栞をタップして挟み、振り返る。……そうだ、念写?するんだっけ……。彼……気分を害さないかしら?スマホを片手に、床に落ちた紙切れを静かに撮った。葵もそれに気付いてソファーから立ち上がり、私の様子を伺っているらしい。やっぱり……あった……メモ。

 ……少しずつ色が変わっていく
 その色は優しく……君の事を想うのに
 何故に僕は謎を前に立ち止まるのだろうか
 己に書かなくてはならないのは
 それを断つ言葉でなくてはならないのに

「……その謎、解きに行きましょうよ。」
 葵がそんな言葉を言った。彼は姿を現し、葵をジーッと見ている。
「君は……主人公ではないのに、話せるんだね。」
 彼はそんな事を言った。彼の物語の中では自由に彼と話せるのは、彼から話す以外は主人公と相場が決まっている。
「確かに主人公ではないが、優劣がないのです。視点の問題で固定されているだけですから。」
 と、葵はもう読み終えただけあって、彼の言う意味が分かるようだ。
「成る程……そういう嗜好か。カメラ視点が彼女だから主人公に見えるが、主人公は被写体である。しかし君は控えめで、彼女は常に存在する。W主演ってわけだね。」
 と、彼は納得出来ると微笑んだ。……なんて優しい笑顔で笑うのだろう……。物語の話が、彼をそうしているのだ。
「……彼女さん……気掛かりではないんですか?」
 と、葵は聞いた。彼から笑顔は消え……俯いている。
「……気掛かりじゃないわけでは……。しかし、あの人は生きねばならない。……だから、早く……忘れて欲しい……。」
 そう言うと、床に血の涙が落ちて床が点々と赤く滲んで、静かな部屋にその落ちる音だけが響いた。それには彼自身が少し驚いているようで……赤い涙をどうするべきか顔を塞ごうにも塞げない両手が、行き先を無くし戸惑って止まる。
「……もう、人として泣く事さえ……出来なかったのか……。」
 彼はそう絶望に打ちひしがれた、苦しそうな声で搾り出す様に言った。
「……明日、彼女さんに会いに行こうと思っているんですよ。貴方は何か……大事な事を忘れている気がする。貴方自身……もう気付き始めているんじゃないんですか?……貴方の探偵は決して謎を前に立ち止まらないし、貴方はそれを許さなかった。……自分自身にも、そうだった。『涙を流すのは後でいい……何故ならば涙は事件を霧の様に見えなくするからだ……』貴方は確信的にそう思っている。主人公以上に……。貴方自身が作る謎を貴方が解く時、挫けないように。走り書きのプロットしかなかった。酷い時には登場人物名だけだ。メモ程度の……貴方が挑んでいたのは自分自身だから。」
 と、葵は彼に言うのだ。この部屋の彼の方の自殺案件の事をあまり話はしなかったのに……。何時の間にかそんなに調べていたなんて……。
「紫さんが葵君の素性を調べている時……ですね。」
 彼は私にそう教えてくれた。もう、その顔には赤い涙は消え、優しい彼の笑顔に戻っている。
「……葵君……でしたか?……僕は立ち止まるのを止める事にしました。行きましょう……現実は小説より奇なりだ。……君にその言葉を言われたからには、僕はまた歩き出さねばなさない。……では、明日の事情聴取……楽しみにしているよ。」
 そう彼の言葉ははっきりと、力強く……まるで彼の書いた物語の主人公のようだったのに、何かを懐かしむ様な……儚い瞳で微笑み消えたのだ。あの温かな優しい風と共に……。

「彼は……少しナイーブなんですよ。」
 と、彼が去った後、葵はそう言った。
「ああ……あれは、設定じゃなかったのね。」
 と、私はクスッと笑う。
 ……彼女の事を想って、走るのを止めた探偵の魂は……また再び走り出そうとしている。
 死んでもなお……彼に安らぎは訪れないのだろうか。この事件が解決した時……彼に真の安らぎが訪れるよう、私は願わずにはいられなかった。
「ココア、温め直しますね。」
 葵がふとそう言ってもう冷めてしまったココアのカップを持って行く。私もキッチンに行き無言で珈琲を作る。買ってきた訳でもなく、初めて自分で作りたいと思った。粗目の珈琲用砂糖の入った……彼が愛した、彼女の珈琲。私はそれが出来上がると、テーブルセットに置いた。
「花を手向けるのと同じよ……。温め直しはしないから。」
 私はそう言った。何も見えやしない。……なのに、何故か彼はまだ何処かでずっと物語を書いている気がした。この部屋に現れたのは、ここに素っ気ない程飾りもない、ただ大きいガラステーブルがあったからだって気付いてしまった。
 ……書きに……来ていたのね。それでも良い。私は……今……貴方の物語が書きたい。その忘れ去られた記憶を、この事件を解決して……。
「今日から、あの席……彼の為の席だから、葵も座っちゃ駄目よ。」
 と、私はその席を見ながら、葵に背を向け震える声で言った。私の声が震えていたのは怖かったからなんかじゃないの。貴方がその珈琲を飲みながら、悩みながら書いている横顔が見えてしまったから。壁に視線を飛ばして考えたと想うと、ふと微笑みまたテーブルに視線を落とす。夢中になって……書いている。私はその夜……彼の席の横にテーブルライトを置く。一晩中……その灯りを消す事は無かった。

「紫先輩……彼、成仏したら泣きます?」
 葵が庁舎でそんな事を言った。
「そりゃあ、少しは……ね。」
 と、私は泣かない方が無理だろうと思って答える。
「あっ……。」
 私は急に出会ったその景色に吸い込まれるようだった。庁舎の反対側のビルにリフレクションを見付けたからだ。
「葵っ!葵っ!」
 私は葵の肩を叩き、気付かせる。葵はビルの屋上に昨晩の雨が残り、空を屋上の床が映すその姿を見て、窓側に走りだす。
「えっ……うっそ。無理なんですけど……。」
 実は軽度の高所恐怖症の私は窓側には近付かない様にしている。何故だか柵があればどの高さも大丈夫なのだが、柵が無いと不安で蹲み込まないと端までは行けない。庁舎の硝子はピカピカで、まるであっても無いような錯覚がするから苦手だ。窓際族になれば一日も経たずに音を上げるに決まっている。
「紫先ぱーいっ!綺麗ですよっ!ほらっ、こっち来て下さいよ!」
 と、葵ははしゃいで大声で言う。……えっ!無理無理無理っ!……
「こらっ!上官を呼び付けるとは何事だっ!……葵が来なさいっ!」
 と、そう葵を叱りつけたのは仲さんだった。
「仲さぁ〜ん……。」
 今、仲さんは私には最早、神様に見えている。仲さんとは現場研修から知った仲なので、勿論……私が軽度高所恐怖症だと言う事も知っている。葵はまた走って戻ってくるなり、
「失礼致しましたっ!……仲さん、おはよう御座います!本日も宜しくお願いします!」
 と、敬礼をする。
「俺は良いんだよ、俺は。……それより二人共、ちょっと……。」
 と、仲さんは私と葵を手招いた。空き部屋に連れて行くと、
「なぁ、いくらなんでも展開が早過ぎやしないか?」
 と、呆れた顔で私と葵に言った。
「何がですか?」
 と、葵は不思議そうに聞いたが、私も何の話しか分からない。
「同じ匂いがする。……入浴剤っ!」
 と、仲さんはどうやら勘違いをしているらしい。
「一言、言ってくれれば……。親父さんに申し訳が立たんよ。」
 と、仲さんは私に言った。
「仲さん……それは違くて……。今、家政婦お試しって言うか……。」
 と、私が説明していた時だ。
「今は家政婦お試し期間ですけど!僕、紫先輩を他の無能キャリアに渡す気ないんで。」
 と、言うではないか。
「えっ……あの……聞いてない……。」
 私は何を言い出すのかと混乱してきた。
「……だから、今言っています!」
 と、葵は私に言った。仲さんは、そんな私達のやりとりを見て豪快に笑い出す。
「……そうか、そうか……。期待の新人は「女帝」目当てか。大学ではとんでもないIQを叩き出したそうじゃないか。所謂病的な天才。サイコパス。……その高過ぎるIQ故か、猟奇的犯罪者となる者も多いが、環境によっては良心的な天才として社会で暮らす者もいる。葵を心配したご両親が、警視総監に相談して、本庁へ来た。……「女帝」を守る為に、誰かを殺さないでいられるなら、それでも構わないがな。……但し、紫さんや周囲に何かあった時は、ノンキャリアだろうが、俺はお前を許さない。……それだけは覚えておけ。」
 と、仲さんは本気で遣り合うのかと思う程の、長年の気迫で言った。
「……関係ないです。サイコパスとか、そういうの。僕は気付いたら勉強で遊んでいただけですから。……他は興味無かっただけです。」
 と、葵は静かに言った。
「……他に興味ないのだけは良くないな。紫さんに興味を持つのも良いが、一点に興味があると周りを見失う。まぁ、これから、色んな戦友、仲間を作れば良い。悪に転じない方法は独りで抱え込まない事だ。」
 と、仲さんは葵に忠告する。葵はてっきり落ち込んでいるかと思ったが、また何時もの笑顔になって、
「じゃあ、仲さんっ!刑事になってからの一番の友達になって下さいっ。仲さんなら、他より経験値が断然上だ。こういう仕事は頭脳も大事だけれど、慣れがいざと言う時の判断力の早さを決める。僕にはまだそれが足りない。……それに、仲さんは警視総監とも戦友。紫先輩を狙うなら、絶対に欲しい駒だ。」
 と、葵は笑顔で無茶苦茶な事を言っているのだが、仲さんは、
「ああ、ああ……分かったよ。自己分析の上、必要としてくれたならこの老耄もまだまだだ。でもそんなに素直に「駒」と言われると、怒る気も失せて清々しいな。正直なところは評価するが、他にはそんな言い方は気をつけろよ。」
 と、微笑みながら快諾した。……何で、怒らないんだろう……私は仲さんを見て不思議に思っていた。……あっ、それよりっ!
「ちょっと、二人で話し勝手に進めているけど、葵、さっきのは何?!アンタそんなつもりで家に転がり込んで来たわけ?……何が家政婦お試し期間よっ!二度と来るなっ!」
 と、私は怒り散らす。私の気持ちなんて……どうでも良かったんじゃない。葵だって……他と変わらない。私をお飾りにしたいだけ。
「……えっ、でも……違うから……。」
 と、葵はごにょごにょ言い出す。
「何が違うのよっ!」
 私はまだ怒りが収まらない。そりゃあ、同じ部屋にいるのだから多少の下心ぐらいはあっても仕方ないと思っていたけれど、初めからそのつもりしかないなんて頭に来るじゃない。
「……あの……バスの中で会った時から、忘れられなくて。紫さんが、あっ先輩があの日病院に行っていたの、気付いてしまって。乗ってきた場所に、手提げのビニール袋、透けた角ばった薄い紙の袋……見上げたらクリニックの名前があったから。それに何故か真新しい高いヒールの靴。なのに、警察手帳、写真を見せる時に上から見えてしまって……。ある程度役職のある刑事さんだって気付いたんです。単純に写真を喜んで貰えたのが嬉しくて……試しに受けてみたら、国家試験受かったんで……。サイコパスだなんて言われても、僕は写真しか取り柄ないんですよ。」
 と、葵は苦笑いした。
「はぁ?今……何ヶ所か自然に自慢入っていたわよね?どんだけ人の事、観察していたのよ、気持ち悪い。」
 と、私は寒がって見せると、
「……ですよねー。気持ち悪いですよ。ちょっと集中するぐらいでそれだけの情報量が入ってくるこの頭は。だから両親は警視総監に相談したんです。檀家さんなんですよ、それで。ある意味、いつ猟奇殺人者になるか分からないような人間……監視させておいた方が楽ですから。」
 と、葵は珍しく哀しそうに言った。……何時も、笑っている筈なのに。
「あの……分かった。知らなくて、ごめん。……何か、そう……十人十色よねっ。葵の色が飛び抜けて見えたのは、リフレクションだからよ、きっと。コバルトブルーのリフレクション。」
 と、私は笑った。仲さんは、
「何だか分からんが、良かった、良かった……。」
 と、部屋を出て行く。
「……そうよ……私、確か……。」

 あの日……あのコバルトブルーのリフレクションに……恋をした……。

「信じてもらえて良かった。……今晩の夕食は何が良いですかね……。あっ、それより紫先輩の愛しの彼を彼女に会わせてあげないと……。」
 葵は今日の予定を何時もの笑顔で話している。分かっているようで、あまり内容が入って来ない。……その笑顔が戻ってきた事に、何故か感謝したくなる。その笑顔で……言葉が聞こえない……。
「……先輩!……紫先輩!」
 葵が私の顔を覗き込んで心配そうな顔をする。……そんなに、長く呆然としていたのだろうか。
「えっ、ああごめん。……少しボーっとしちゃって。」
 と、気付いた私は慌てて言った。
「お薬の副作用ですかねぇ?……今度、調整してもらいましょう。」
 と、葵は言って微笑む。
「まさか、付いてくる気じゃないでしょうねぇ?」
 と、私は怪しんで言った。
「ええ、そのつもりですよ。一階に喫茶店あるんで、そこで待っているんで大丈夫です。」
 と、葵は何時の間にちゃっかり調べていたのだか、そう言ってにっこり笑う。
「アンタの方が、よっぽどタチの悪いストーカーよっ!」
 そう言って私は葵と部屋を出た。

 ……そう、もう一人の彼を助けたいから……

🔸次の↓コバルトブルー・リフレクション 第六章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。