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「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様1〜大人の壁、突破編〜🎩第五章 弓矢

第五章 弓矢

「あー、コンビニよりかは少ないけど、近場で便利ですよねぇー。」
 と、サダノブは話す。
「違うっ!いつまで下らん話をしている!敵だよ、敵っ!」
 と、黒影は言った。
「何!?先輩が話し出したんでしょう?」
 と、言いながらも、サダノブは警戒し始める。
「僕から見て2時の方角。射程距離凡そ700m。……待っていても詰められる。頭に気を付けて先ず橋を上がり、こちらから突っ込むぞ。僕が飛んで引きつける。その間に上がってこい!」
 黒影はこのまま下では不利だと上に行く選択をする。
 立ち上がり、地面を蹴って霧に翼の影を落として飛んだ。
 サダノブの盾の影が途切れてしまわぬ様に、一定の距離を保ち飛び回る。
 下でサダノブが上がって来るのが見えた。
 黒影が飛んだ事で、弓を飛ばす相手が確認出来た。
「サダノブ!見えたっ!このまま行く!……お前は僕の影を追えっ!」
 地上と空から二手に分かれて追い詰めていく。
 弓では片方しか狙えない。
 黒影は体を回転させながら、見えない翼に当たらぬ様に避けて突っ込む。
 黒影の方が厄介なのは一目瞭然で、狙いを絞って矢を打って来た。
 盾が何本も弓を呑み込んで行く。
 黒影がとうとう弓を飛ばした犯人の前に舞い降りる。
 一瞬、敵と黒影の間の直線上の時が止まったかの様だ。
 黒影は迷う事無く間合いを詰めて走り出す。
 遅れを取れば近距離の強い速度の弓が身に刺さるだろう。
 一本交わせば、敵の懐に入れる。
 敵は矢を打たない。一番近くで確実に当てる気だ。
 勝負は一瞬……。
 盾を持ち飛び出した黒影は、盾の裏にサーベルを隠し持った。目の前がスローモーションに見えた。
 盾から覗く僅かな額に、矢先の焦点が見え弓が引かれて行く。
 限界に引かれた弓の弦を見て、黒影が盾を上げた。
 ……ビュン!……
 と、大きな音が耳に聞こえた瞬間、時が早く動きだす。
 脳が危機回避させる為にスローモーションに見え、音も遮断されていただけだ。
 それが戻ったと言う事は危機回避出来たから、ロックが外れたのである。
 黒影はワザとこの危機回避が脳で行われる瞬間を待っていたのだ。
 そのスローモーションの時間ならば、弓を引くタイミングを確実に見逃さない。
 これは特殊な能力では無く、人間にある自己防衛本能が成せるワザだ。
 サーベルをシャラッと盾から出し、その先で弓を引っ掛かけ黒影は後ろに飛ばした。
 敵はそれで諦めると思われたが、直に矢を強く握り、黒影に突き刺そうとする。
 黒影はフワッと後方に飛んだ。
 尚も矢を振り翳して襲って来る男を交わしながら、サーベルの横で叩き下ろす様に弓を避ける。
「……くっ……。」
 長くやり合う内に、サーベルを持つ基本姿勢が崩れ掛かってきた。
 ……このまま肩を突くか、どうする?!
 そう、黒影が思った時だった、
「てめぇ――っ!先輩に何してくれてんじゃーいっ!」
 と、追いついたサダノブが二人の攻防をまるで無視して、助走を付けて跳んだと思うと、犯人の男の顔面に回し蹴りを喰らわせ、一発K.Oにする。
「だから、何なんだそのヤンキーみたいな言葉は。」
 と、黒影はサダノブに言いながらも、倒れた犯人を診ている。
「……軽い脳震盪か……。これでは直ぐに聞き出せない。」
 と、黒影は少しガッカリする。
「すみませーん。」
 と、サダノブは耳を垂らした犬みたいにショボくれる。
「良いよ。正直、決闘だとかは慣れていない。腕がパンパンだよ。もう少し鍛錬せねばな。」
 と、黒影は言った。
「そいつ……やっぱ、連れて帰るんですか?」
 と、サダノブが聞く。
「殺されては何も情報が得れない。……やむを得ないな。」
 と、黒影は言った。
 ――――――――――――――
 二人で肩を持ち、ズルズル犯人を持ち帰る。
「黒影、お帰りなさい♪」
 白雪が笑顔で待っていた。
「えっ、あ……。」
 黒影は少ししどろもどろしている。
 思わず犯人を落とした。
「あっ!先輩……ちゃんと持って下さいよっ!」
 サダノブがそう言ったが、何も聞こえていないし、フリーズしている。
 サダノブはやれやれと、女店主に事情を話す。
 部屋が空くまでソファーに横にさせておくように言われ、サダノブはそうした。
 白雪が珈琲を持って、
「黒影?適当な席に座らせてもらえば良かったのに。態々、珈琲待っていたの?」
 と、白雪が不思議そうに聞いて、黒影の前の空席のテーブルに珈琲を置いた。
「あっ、そっか!お帰りなさいのハグねっ!素直に言えば良いのに」
 と、白雪は黒影に何時もの様に飛びつく。
 白雪はお帰りなさいとただいまの何時ものキスをしようと思うのに、黒影は目を泳がせて帽子の先を下ろし、顔を見えなくする。
「ん?どうかしたの?」
 と、白雪は流石に不思議がって聞く。
「白雪さん、ほら耳。……格好が何時もと違うから、先輩照れちゃったんですよ。」
 と、サダノブがジンを飲みながら、笑って教える。
「えー、幾ら何でもそこまでシャイじゃ……。」
 と、言いかけて今度は白雪がドン引き氷点下になった。
 ……耳……赤い……。
「ちょっ、ちょっとお洋服乾かしているから借りただけじゃない!そりゃあズルズル引き摺って、色も派手かもしれないけれど。なぁーに、皆んなが色々お化粧も髪型もしてくれたのに、文句あるの?!ケバいなら言えば良いじゃないっ!」
 と、白雪は言って黒影の顔を覗き込む。
「あ……えっと、……違くて。……きっ、綺麗……だ。」
 と、辿々しく言うと、白雪に軽くキスをして、慌てて部屋に上がって行く。
「んふふっ……やっぱりイメチェンは、マンネリ夫婦に効果あったでしょう?」
 と、女店主は微笑んで白雪に言った。
「本当……。可愛いもの好きだから、興味ないと思っていたのに……。」
 と、白雪は不思議そうに言って、黒影の使っている部屋を見上げた。
「そもそも、先輩は白雪さんには過剰反応起こす様に出来ているんですよっ。」
 と、サダノブは笑った。
「……ん……まぁ、確かに……。……それより、珈琲……どうするのかしらん?折角持ってきたのにぃ〜。仕方ないわね、持っていくわ……。」
 と、白雪は長いドレスの裾を気を付けながら、ゆっくり上がって行く。
「……あらまぁ……。二人目、出来ちゃうかもねぇ〜。」
 と、女店主がボソッと言った。
「えっ?何で?」
 と、サダノブは聞く。
「そりゃ、お隣さんが元気だから。」
 と、女店主は笑った。
 サダノブは、それには流石に苦笑いするしかない。
 ――――――――――――――――――

「黒影ー?珈琲、持ってきたわよー。」
 と、白雪が部屋の前で言う。
 黒影は慌てて部屋から出てきて、
「あっ、下で飲むよ。有難う。」
 と、言って白雪から珈琲を珍しく取ると、下に降りようとする。
「ちょっと、置いてもいないのに、取るなんてお行儀が悪いわぁー。」
 と、白雪が言う。何時もならそんな事しないのに……。
「あっ、ごめん。気を付けるよ。」
 と、言って振り向いた一瞬、顔が真っ赤である。
「黒影?ストップ!何隠してるの?顔が真っ赤じゃない。熱でもあるの?」
 と、白雪が聞く。
「えーと、あーと……。熱は、無いよ。少し部屋を温かくし過ぎただけ。だからね、下でゆっくりしようと思って……。」
 と、黒影の嘘下手は今に始まった事ではないが、何時もにまして酷い。
「温かくするような気温じゃ無いわね。」
 と、白雪が言って、部屋に勝手に入る。
「……黒影?!ちょっとっ!」
 白雪は黒影が何で赤面していたか分かって、逃げるように下へ降りる黒影を追いかけた。
「で?いつ引っ越すのかしらん?」
 と、黒影が珈琲を飲んで落ち着くと、白雪が氷点下の笑顔で聞いた。
「う〜む……今回の依頼もどうなるか分からないからねぇ。この時代にセキュリティグッズの開発も材料無くて難しいし。珈琲だって白雪が持って来てくれたから良かったものの……基本、現地調達だからねぇ。」
 と、黒影は苦笑いする。
「……って事は、暫くここなの?!」
 と、白雪が聞く。
「うっ、うん。……引っ越し先決まるまでは……。一応、匿ってもらっているんだし、ねっ。」
 と、黒影は気まずそうに言う。
「んーもうっ!黒影の馬鹿っ!」
 白雪がそう言うと、黒影はがくんと頭を下げて凹んだ。
 ……黒影の馬鹿っ!……黒影の馬鹿っ!……黒影の馬鹿っ!……
 黒影の頭の中に白雪の一撃がぐるぐる回っていた。
 白雪は女店主の所へ言って何か飲みたい気分の様だ。
「さぁ〜だぁ〜のぉ〜ぶぅ〜。」
 テーブルに頭を付けて落ち込んだ黒影が、サダノブを呼んでいる。
「はいはい、ウィスキーでしょう?一杯付き合ってでしょう?先輩、落ち込み過ぎなんですよぉ。こんな喧嘩にもならない可愛い事で……。」
 と、サダノブが黒影のテーブルに来て、目の前に座って言った。
「僕は何で此処にいるんだっけ?」(黒影)
「夢の切り裂きジャック逮捕でしょう?」(サダノブ)
「近付いているのかなぁ?」(黒影)
「んー……多分。……ほら、此処にいたら情報入るし。」(サダノブ)
「何時迄いるの?」(黒影)
「えっ?そりゃあ良い仕事来るまで?」(サダノブ)
「……此処にいて、いい仕事来る?」(黒影)
「そりゃ、「親愛なる切り裂きジャック様」には来るでしょう?ほら……元気だして下さいよぉ。ねっ。」(サダノブ)
「う……ん……」(黒影)
「あれ?寝てるよっ……。そりゃあ、あんだけ働きゃ疲れるか。あ……ラズナー忘れてるし。まぁ、1日ぐらいお灸すえときますか。」
 サダノブはそう言って背伸びした。
 ……さて、さっきの脳震盪起こしていた弓矢の犯人も、そらそろ大丈夫かな。
 そう思って、横にしたソファーへ行ってみる。
「えっ……。」
 口から血が垂れていた。
 回し蹴りの時、やり過ぎただろうかとサダノブは不安になる。
 ……どうしよう。先輩疲れてるし……そうだ。
「白雪さん。さっき回し蹴りして、脳震盪起こさせて連れてきた犯人、何か口から血が出てて。回し蹴りの時に切ったんなら良いんですけど、打ち所が悪かったらいけないと思って……ちょっと観て貰えませんか?」
 と、サダノブは何時も皆んなの看病をしてくれる白雪ならと、話しかけた。
「そんなの、黒影に頼めば良いでしょう?」
 と、白雪はツンとしてカクテルを飲んでいる。
「先輩、あれで凄い疲れていたみたいで……。話の途中で眠ってしまったんですよ。ほら、あの弓矢の毒だって相当汗掻いていたから、それだけで怠い筈なのに。
 ……悩んでたんですよ、白雪さんに会いたいのに会える状況じゃないから。早く良い仕事見つけるって……無理しちゃってたんですよ。」
 と、サダノブは黒影はきっと不器用で言わないと思い、代わりに伝える。
「……別に六畳二間の頃から一緒なんだから、今更気にしなくて良いのに……。私の事、甘やかせるのが趣味だから、そうなるのよ。……良いわ、観てあげる。」
 と、少しぼんやり言うと、最後には微笑んで言った。
「良かった。助かります。」
 サダノブは嬉しくて笑顔で言った。
 やっぱり先輩の事、一番分かっている人で、結局優しい。
 皆んなの世話好きで……先輩にはお似合いだ。
 そう思えるから、二人を見ているとホッとするし、いつか自分も穂さんと、そんな二人になれたら良いと思う。
 結婚する前も、してからも、何も変わらず接してくれる事が有難いとさえ思えていた。
「サダノブ……ちょっと……。」
 白雪がサダノブを深刻そうな声で呼んだので、少し早足で白雪と犯人のいるソファーへ行く。
「回し蹴り以外に頭を打ったりした?」
 と、白雪はサダノブに聞いた。
「いいえ。」
 と、サダノブは答える。
「やっぱり、黒影起こして。大事な事なの。」
 と、白雪が言うのだ。
「大事な……事?もしかして……。」
 サダノブはまさかと、心拍数が上がるのを感じた。
 ……俺、鉄の掟……破ってしまったのか?
 もしかして……打ち所が悪くて……死んでしまったんじゃ……。俺……殺人……を?
「サダノブっ!早く、黒影をっ!」
 目の覚める様な強い声で、白雪が言った。
 サダノブは頭が真っ白になりながらも、黒影の肩を揺さぶる。
「先輩っ!起きて下さい!……あっ!そうだ。……先輩!事件ですって!」
 と、サダノブは「事件」の言葉には、どんなに眠っていても反応するのを思い出して、言った。
「事件!?……何処だっ!場所はっ!?」
 黒影はガバッと起きるなり、そう言う。
 長年の条件反射というものは恐ろしいものだ。
 「真後ろ!連れ帰った男が様子が変です!」
 黒影はそれを聞いて、バッと後ろを振り向き、横たわる犯人を観ている白雪を見た。
「サダノブ、部屋から調査用バッグを急ぎで!」
 そう言うと、黒影は白雪の元へ走る。
「どうした?」
 白雪の顔を見ると、じっと犯人を見つめ何も言わない。……言いたくはないのだ。
「大丈夫だ。まだ決めつけるのは早い。」
 黒影は心臓、脈、呼吸を確かめる。
「……死んではいる。……が、サダノブの所為ではなさそうだ。心配は要らない……細かい死因は僕が観る。」
 と、黒影は言って白雪の頭を撫でた。
 サダノブが息を切らして鞄を持って来た。
「サダノブも、安心して大丈夫そうだ。死因は脳震盪の所為では無い。毒だ。矢に塗ってあった毒と同じかも知れない。」
 黒影は調査用鞄から毒物反応を調べるキットを取り出して、犯人の口から唾液を採取し、反応を見た。
「……蛇……か。」
 黒影は手袋をして、犯人の手を開かせたり、ポケットを探る。
「……これだ。」
 二匹の蛇が絡んだ紋章の入った小瓶がソファーの間から出てきた。
「先輩……まさか、そいつ。」
 サダノブはその小瓶を見ながら言った。
「ああ、自殺だ。……情報を言わされるぐらいなら、死んだ方がマシ。……それだけ、完璧に人を服従させる何かを持っている。この……蛇の長はな。
 僕らが思っているよりも、相手は強かなようだ。
 これから弓矢に気を付けなければならん。コイツが死んだ事が分かれば、追っ手が此処に襲撃に来る。明日、此処を出よう。これ以上迷惑を掛けられない。」
 と、黒影は言う。
「……でも、他に行く当てなんてぇ……。」
 そう、白雪が言った時だった。

「ちょいと待ちな。」
 聞き慣れた声がする。
 その声のする方へ黒影が振り向くと、真っ赤な女郎の様に長い着物を手繰り寄せ、普段に増してド派手な涼子(※りょうこ。夢探偵社のビジネスパートナー。セキュリティ専門店の女店主で元大泥棒)と、その横ににっこりと顔を引き攣らせる穂がいる。
「あたいらがいれば、ここのセキュリティは「たすかーる」(店名)に任せなっ!……それよりぃ……何だい、黒影の旦那。そんなに女が欲しけりゃ、あたいがいるのに。連れないねぇ……。」
 と、涼子は黒影の胸をツンツンと押して言った。
「……否、そう言うつもりじゃ無くて成り行きで……。」
 と、黒影が説明しようとすると、
「ちょっと!何でこんな何処までのこのこついて来て!しっ、しかも何なの?そっ、その格好は!?」
 と、白雪は言った。
「んー?黒影の旦那が良い店にいるって調べがついてから、新調した女郎の型のお着物だよ。日本の華も負けてられないからねぇ……。ほら黒影の旦那、どの部屋でしっぽりしたい?」
 と、涼子は黒影の腕を両手で掴みしおらしく言う。
「ああ、二階だ。頼むよ。」
 と、黒影は答える。白雪は耳を疑った。
「黒影ー!?いっ、今なんて?!」
 白雪は目が回りそうだ。
 ……嘘……これはきっと夢だわ……。
「ん?白雪、なんか勘違いしてない?……涼子さんと穂さんに、あんまりにこの時代何も無いから、この時代でも使えそうな物を電報で頼んで置いたんだよ。」
 と、黒影は白雪に言った。
「なぁーんだ。それ早く言ってよ。」
 と、白雪は肩を撫で下ろす。
「別にあたいは黒影の旦那なら、何時でも火遊びしたいけれどねぇ〜。」
 と、涼子はくすくす笑って2階に行く。
「この魔女!」
 涼子は白雪を揶揄うと反応が可愛いから遊んで言うのに、白雪は相変わらずそれに気付いていない。
 涼子の愛する人は「ろくでなし」と涼子が呼ぶ、優しかった今はいない旦那一人だけ。
「サダノブさぁ〜ん、素敵な皆様に囲まれてなにしていらしたのかしら?この店ごと爆破して良いですかっ!」
 穂がサダノブに言った。
「ばっ、爆破はほら……泊まる所無くなっちゃうから。先輩に誓っても俺、何もしてません!だから信じてっ!」
 と、サダノブは穂を拝み奉る。
「うーん……黒影さんが言うなら信じますけど、私以外を見たらその女、半殺しにしますから!」
 と、穂は腕まくりをした。
「あ……うん、穂さんしか見えてない。他は景色。……それより、ご遺体が出ちゃって……。自殺なんだけど……。」
 と、サダノブが穂にそんな話をしている場合では無いと言う。
「そんなのテムズ川にでも放り投げれば良いじゃないですかっ!それより、私の話聞いていましたか?」
 と、穂は聞く。
「聞いていました。はい。あっ、あの……会いたかった。来てくれて……嬉しいよ。」
 と、サダノブが言った瞬間、穫は何時もの調子に戻る。
「やっだぁー、サダノブさんったら。そう言う事なら早く言って下さい。私……頭ごなしに怒るなんて。大人気ない……。」
 と、穂は急にしおらしくなる。
「穂さんのたまに子供っぽいところも好きだよ。」
 と、サダノブはデレデレして言っている。
 そこまで黙っていた白雪が、とうとう痺れを切らして言う。
「皆んな、ご遺体の事、放ったらかし過ぎです!」
 と、一喝する。

 ――――――――――――――
 白雪は何を叫んでいるんだ?
「ん〜黒影の旦那ぁ……あたいといるのに、他の女の話はだ〜め♪良い声……聞こえるねぇ、この部屋。」
 と、涼子は笑って言った。
「それは良いんです!今度防音考えますよ。で?ネットも使えないのに、どうするんですか?」
 と、黒影は涼子に仕事の話をする。
「もうだいぶこの店の周辺に仕掛けておいたよ。」
 と、仕事の早い涼子は答える。
「この店に?」
 黒影は聞いた。
「そう、名付けててJapanese Ninja作戦っ!」
 と、涼子が大ききな鈴付きの扇子を、シャランと広げて言った。
「えっ?何?……今、忍者って聞こえましたけど?」
 と、黒影は気のせいかと確かめる。
「この店の周りに玉砂利引いたんだけど、踏むと鳴るよ。
 後ね、各窓一周ぐるっと、入ると木札がカランカランって知らせる。因みにその下も撒菱だらけ。
 出入り口だけ気を付ければいい。……で、あたいの部屋は?何処でも空きがあればいいし、勿論黒影の旦那と一緒でも構わないよ。」
 と、涼子はしなって黒影にくっ付いてくる。
「相手、弓矢ですよ!大丈夫かなぁ……。涼子さんは今案内するから。」
 と、黒影は涼子を追い出す。
「はぁ……疲れたぁ……。」
 頼りにはなるが、仕事の交渉中に痺れ薬を飲まされたり、散々な目に合っているので、仕事の話も警戒していないと、何をされるか分かったものではない。

「涼子さぁーん、毒矢の対策を……。」
 と、涼子の部屋に改めて行くと、模様替えを始めている。
「どうだい?黒影の旦那!お女郎みたいだろう?完璧?」
 と、畳の小上がりに悠々と座り、長いキセルを持ち、トントンと箱に落として、また吸った。
「確かに部屋とはあっているけど、涼子さん……何に成りたいの?」
 と、黒影は興味薄に聞く。
「そりゃあ……決まっているだろう?この店を頂く程のNo.1さ。日本の着物女は物珍しいだろうからねぇ。」
 と、涼子は言うのだ。
「だっ!駄目だって!それだけはっ!……良いですね、お客取ったら、本気で怒りますからっ!」
 と、黒影は言ってバタンと部屋を締めて慌てている。
「どうしたの?黒影……。」
 白雪が聞いた。
「風柳さん!……かっ、風柳さんに手紙を!」
 と、黒影は涼子に片想い中(?)かも知れない兄の風柳に慌てて手紙を書いた。
「……でも刑事だから、難しいかなぁ……。」
 書き終え、黒影は頭を抱える。
「ねぇ?これって、涼子さん試して居るんじゃないの?本当に、守ってくれるか。」
「えっ……。」
 白雪がそう言うと、何だかそんな気もしてきた。
「当たりです。涼子さん、素直じゃないんだからぁ……。そう言うところはお茶目ですよね。私は花魁のお付きついでに、一緒の部屋で見張ってますよ。黒猫の「先生」と。」
 と、穂が言うのだ。
「お女郎って本人は言ってますけどね。」
 と、黒影は冷めた目つきで言う。
「見た目も花魁じゃないですか。……待っているんですよ。」
 と、穂は微笑んだ。
「えっ?じゃあサダノブは?」
 と、黒影は穂に聞く。
「それは……まだまだ黒影さんの元で修行してもらわないと……。たまには一緒に飲みましょうね。」
 そう言って、和かにあの「花魁」の部屋へ戻って行くようだ。
「なあ、サダノブ……」
 ふと、黒影が言った。
「絶対、あの部屋に日本酒あるなっ!きっとあの様子じゃ、穂さんも和服美人に変わっているに違いない。……良かったなっ!」
 と、笑顔で笑う。
「先輩、今回慰安旅行じゃないんですよ。」
 と、サダノブが注意する。
「あんな部屋今日は無理だ。意地でも乗り込むぞっ!」
 と、黒影は心に決めたらしい。
「えー、魔女の部屋ぁ……。」
 と、白雪は久々に涼子の事を「魔女」と呼ぶ。
「和と洋に囲まれて飲む酒は絶品だろうなぁ〜。きっと気の利くあの魔女なら、白雪には毒林檎ならぬ「シャンパン」を隠し持っているに違いない。」
 と、黒影は白雪の好きな物を、結局優しい涼子ならば、ちゃんと持ってきていると、言った。
「甘いケーキ付きかもね。」
 と、黒影は白雪に微笑んだ。
「仕方無いわね……でも、ご遺体届け出してからよ。」
 と白雪は釘を刺す。
「はぁーい。サダノブ、とっとと警察だ。回し蹴りは……内緒にしておこう。」
 と、黒影は言った。
「二匹の蛇の紋章……謎の弓矢の集団……人を操る話術……。何でしょうね……正体。」
 サダノブは1日を振り返り、黒影に聞いた。
「お前……馬鹿か?タイトル思い出せよ。……僕はそう……本物の切り裂きジャックだと思う。
 それもメデューサの様な奴さ。人の心を凍らせるね……。」
 と、黒影は言って微笑んだが、直ぐにご遺体を見詰め、真剣な目になる。
 その言葉も……切り裂いたナイフも……凶器。
「イギリスでは降霊祭といって、亡くなった霊を降臨させ話を聞くという、日本でいうイタコの様なものがある。それは夜な夜な行われるが、占いの様な感覚に近い。
 その一つの集団に、このメデューサが紛れても可笑しくはないんた。夜集まるのなんか、目立ちもしない。……だから、余計に厄介なんだよ。
 もし集団説が立証できたならば、模倣犯では無く、同じ思想の集団で、模倣犯の犯人から共通点が出るかも知れない。
 地道に一つずつ仮説も、問題も決していかねば辿り着けまい。
 当面は引っ越しを考えて働くのみだな。」
 と、黒影は今は切り裂きジャックを追っている場合ではないと言った。
「夢は遠いから……価値がある。」
 黒影はそう言って微笑んだ。

 ……親愛なる切り裂きジャック様……

 ……困っておいでだと噂にききました。
 ……私は夫を亡くしパレスも広く殺風景な景色の中、日々を過ごしています。
 ……もし、そちらが宜しければパレスをお使い下さい。
 ……誰にも使われないより、きっとそれが良いと思いまして、お手紙差し上げました。
 ……気に入らなければ断って頂いても構いません。
 もう、使用人もおりませんので、なんのお構いも出来ませんが。
 ……一度、お手隙の時がありましたら、是非下見だけでもお越し下さい。

 ラズリーは裁判で今の現状と、避妊のススメを訴えた。
 裁判で女性の中絶や避妊に触れるのは、女性や裁判への冒涜とまで言われたが、話題にはなった。
 彼はまだ自分の事が鼠に見えるが、それでも訴え続けた。
 刑務所でもずっとそれについて書き綴っているそうだ。

 依頼人宅に最後の赤ん坊を救助した後に、依頼人の元へ悲しい報告に行く。足取りも重いが、これも仕事だ。一部始終を聞くと、声も出せぬ程、驚いていた。友人からそこまで嫌われていたなんて、知りたくも無かっただろう。オーブンを見詰め、暫く黙っていた。
「美味しいケーキには罪はないのよ。」
 そう言って、無理に笑った笑顔に涙が伝う。
 その後、出産の際に母子共に死んでしまうと、苦渋の決断だっと話した。いつか話そうと思っていたのに、他愛ないおやつの時間に癒され、少しずつ辛さを忘れられたらと……そんな風に思ったようだ。
 依頼人は何故か三件分の支払いがしたいと言った。
 何故と聞くと、またすれ違ってしまった子供の為にと。
 一件は自分が頼んだ分、2件は救助され子供の将来に少しでも使えるようにと。
 依頼人は流産してから2度と子供は諦めたのだと、薄く笑った。
 だから使う予定が無くなったものなら、使われた方がいいわ。……そう言って僕らにミントティーを淹れてくれた。
 あのミントティーは……自分が諦める為に飲んでいた、慰めのミントティーだったのだ。

 あの有難い手紙が届いたのは、事件の事務処理も終わった、矢先の事だった。
 これは罠かも知れない。
 しかし、罠だとしても立ち止まる暇はないようだ。
 この夜霧に、悲しい犯罪を見続けさせられる訳にはいかない。
 いつか霧は晴れるのだ。
 如何に悲しく分厚い涙の霧でも。
 それが……「真実」と言う名の霧である限り。

 ――1幕取り敢えずおわりーー
で、す、が……やっぱり未だ未だ黒影紳士は続いちゃいま~す(^^♪🎩

🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 ニ幕 第一章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。