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「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様2〜大人の壁、突破編〜🎩第一章 偽愛 

※前回の粗筋、解説付き
引越しの下見が大火事に? そこに日本に一人残された刑事が、遅れて登場!
謎の組織と切り裂きジャックの史実+フィクションバトル!
新技Wで華麗にキメろ!
銀のサーベルを持った黒馬の主人公に会えるのは、親愛なる〜だけ♪
君もジャックロロジスト(切り裂きジャック研究家)になって、黒影と握手!w
今回もギリ攻めて走り抜けるぞー♪
今回はあるんだぜ! 行くぞぉー…解陣っ!

1 偽愛

  その鐘鳴りし 霧深く
 彼は再び影を落として闇に舞う
 今宵 賛美も無き涙の為

 なんて、下世話なタイトルだって?
 勘違いしないでおくれよ。
 彼が斬るのは人ではない。
 十字架だよ。
 彼の名は黒田 勲(くろだ いさお)通称「黒影(くろかげ)」。
 探偵だが不運な事に、切り裂きジャックと間違えられ、今は訳あって売春宿の2階に住んでいる。
 売春婦の警邏が宿代代わりなので、彼女達を安心させてくれる存在として、「親愛なる切り裂きジャック様」と、親しみを込めて呼ばれるようになった。

 ――――前回までの簡単なおさらい――――――――

 最初は独りでイギリスへ来たのだが、黒影を探しに来たサダノブ(本名、佐田 博信)と、妻の白雪(しらゆき)。
 更にはビジネスパートナーのセキュリティ専門店、店主の涼子(りょうこ)や、その従業員でサダノブの婚約者の穂(みのる)までも、黒影の元にやって来たのだ。
 後、来ていないのは黒影の腹違いの刑事の兄、風柳 時次(かぜやなぎ ときじ。※旧姓に戻っている)ぐらいである。
 すっかり大所帯になり、此れでは宿の女店主にも迷惑かと思われた時、一通の手紙が届いたのだ。
 黒影が困っていると噂に聞いて、是非使わなくなったパレスを使ってくれと言う、未亡人からの有難い知らせだ。
 先の犯人逮捕により、二匹の蛇のエンブレムを掲げる、謎の毒矢で狙ってくる集団に遭遇。黒影が毒矢に打たれ、規模、首謀者共に不明。乳児殺害の犯人リーナと、乳児売買の犯人の医師ラズナーと、謎の集団が関係していると判明。犯人は自白を恐れてその毒を飲み死亡。
 黒影達は、毒矢から身を守る為、何処かへ身を隠さねばと思っていた。
 そこに未亡人からのあの手紙だ。
 有難い話だが、タイミングの良さに黒影は、何かの罠ではないかと思っている。
 ――――――――――――――――――――――――

「殺人鬼が……愛……ね。」
 黒影は本を読みながら、毎日妻の白雪が愛情込めて作ってくれる珈琲を片手に言った。
「何ですか、それ?」
 サダノブが何を読んでいるのかと、気になって聞く。
「ああ、涼子さんに持って来てもらった、切り裂きジャックに関する資料だよ。」
 と、黒影は答えた。
「あー!時代設定違うのに、何で持って来ちゃうんですかー!」
 と、サダノブはいった。
「過去最速800文字弱で設定無視って、どういう事?!守る気あります、ねぇ?」
 と、サダノブはぶうぶう続けた。
「しかしなぁ……一度読んでいる。記憶にあるのだから仕方無い。おさらいしているんだよ。どうせ僕は予知夢能力者でもある。未来の本を少し読んで確認するも、これから予知夢で見るも変わりはない。
 それにスコットランドヤードと、コネも無いからなぁ。使える物は何でも使わないと、切り裂きジャックを取り逃してしまうよ。」
 と、黒影は言って、本から大事な部分だけを、サイドテーブルの上の便箋に筆で書き入れた。
「やはり、サダノブ。模倣犯、若しくは小さな集団説はあり得る。」
 黒影は言った。
「えっ?本当ですか?」
 サダノブは聞いた。
「ほら……これが殺害現場の地図だ。ホワイトチャペルST(ストリート)と、ホワイトチャペルロード周辺に固まっているのだが、2箇所……妙に離れている。しかも、その近くに駅も無い。最重要容疑者に、他の箇所は関連性のある建物に近い。
 しかし、この2件だけが、おかしい。
 地理の分からない所で殺しはしないものだ。逃亡に困るからな。」
 そう言って黒影は2箇所の疑問をもった殺害現場に、印を付けた。
 「エリザベスとメアリーの死は一連の物と何か違和感がある。」
 と、黒影は言う。
「この事件はシンプルに考えなければならない。憶測が憶測を呼び過ぎる。この地帯は貧しい地帯なんだ。我が切り裂きジャックなどと声明文さえなければ、今頃事件にもなっていなかった。」
 と、黒影はサダノブに話した。
「……そう言えば、さっきの殺人鬼と愛がどうたらって何ですか?」
 と、サダノブが聞く。
「切り裂きジャックと思われる人物が亡くなった後に発見された、本物かどうかも分からない手記が残されているんだが、そこには愛を拒まれ殺害したとある。」
黒影は記憶に残っている一節を話し出す。
 「……誰もが知っている俺の名前を教えよう。そうすれば、歴史が語ってくれるだろう。
 愛が、生まれつき温和な男をどれほど変えてしまう力があるかということを。……切り裂きジャックと名乗る人物が残した言葉だ。(『切り裂きジャックの日記』シャーリー•ハリンソン構成/1994より抜粋)」
 と。……サダノブはその話を聞いて、
「詩人ですねぇー。なんかイメージ変わるなぁ。」
 と、サダノブは言う。
「ああ、そうだ。愛や憎愛、心の痛み……まるで詩人だ。その詩人と、犯行動機の繋がりが妙に薄い気がするんだよ。もしもその手記を書いた者が、リッパロロジスト(切り裂きジャック研究科)や犯罪者狂者ならば、美化して書くかもな。愛に破れて、歴史に残すなんて、僕なら黒歴史晒すのと同じで、絶対に嫌だけどなぁ〜。」
 と、黒影は自分と比較して考えながら言った。
「ふられましたー、の歴史ですもんね。……確かに、俺も後世に残ったら、ただの赤っ恥かも。」
 と、サダノブは黒影と同じ意見だ。
「だよなぁ……。」
「ですねぇー。」
 黒影は最近、午前中は切り裂きジャックに関する、本や資料を読み漁り、午後から就寝する。
 店のオープン少し前の斜陽に目覚め、警邏の仕事をしながら、新聞社を周った。
 隠れる事をやめ、逆に営業に使う根端である。
 ……そして、何より切り裂きジャックについて各新聞社が持っている、脅迫文や声明文を洗いざらいに、聞き出す寸法だ。
「まだ……腫れていますね……。」
 コートの腕のあたりが、余り余裕が無いように見える。
 サダノブは、毒矢にやられた黒影の傷を気にする。
「仕方無い。直ぐにヘビ抗毒素(血清)を、逃げ帰る時に打ったから大丈夫だ。」
 と、黒影は本を閉じて言った。
「えっ、自分で注射を?……痛そう……。」
 と、サダノブは苦虫を噛んだ様な顔で言う。
「解毒剤は何時も、持ち歩いている。このコートの裏にな。」
 と、笑って黒影はコートの裾をひらつかせた。
 ロングコートの裏には、黒影が縫い付けた沢山のポケットがあって、必要なものが全部入っている。
 調査鞄が持てなくても、最小限の調査道具一式を、重くはなるが格納出来るのだ。
淡々と黒影が話しているが、毒矢を受けて以来、無理は出来ず此れでも安静にしている方である。
「新聞社にも此方から行っているんでしょう?もう身を隠さなくて良いんだし、病院っ!」
 と、サダノブは本を取り上げて言った。
「冗談じゃない!その間に切り裂きジャックが逃げてしまう!」(※蛇に噛まれたら直ぐ病院へ行きましょうby著者)
 と、黒影は言うのだ。
「また恋してる。」
 と、サダノブは口を尖らせて言った。
「……そうかもな。……だってただの殺人鬼が、人々の噂により次第に、まるでドラマチックな物語の様だと思わないか?どんな人物で、どう言う思想か……逮捕にプロファイルを使うのは結構だが、根拠に乏しいイメージでしかない。僕が追いかけるのは霧の様なイメージを払ってからじゃないと、無理だ。……視界が悪いと奴を見失わない様にと、つい見てしまうし、無駄に追いかけてたくなる。……でも、それは辞めたんだ。」
 と、黒影は言う。
「辞めた?でも、今も俄然追いかけようとしているじゃありませんか?」
 と、サダノブが聞いた。すると黒影はこう答えたのだ。
「同じ追い掛けるでも、全く違うよ。僕は恋に恋して、奴を狩りたくて仕方無い。後ろからその霧の中に消える瞬間を、撃ち抜きたくてウズウズしている。しかし、それでは死んでしまうから、このサーベルを投げるがな。」
 と銀のサーベルに軽く手を置いた。

 ……この犯罪の糸を断ち切ると心に誓ったのだ……
 ……あの無惨なご遺体に、僕はコート一枚掛けてやる事も出来なかった……
 生きていれば、そんな事……造作も無いのに。
 ……僕に出来るのは……犯人を捕まえる事だけ……。

「切り裂きジャックが愛に歪んでしまったのは、本当の様だが、それはあくまできっかけだ。このドラマを美しくする為のお飾りだよ。」
 と、黒影は珈琲を口に運びながら言う。
「飾りの愛……?」
 サダノブは、椅子に座りながら聞く。
「……ああ、お飾りさ。だって僕にはただの憎き殺人鬼にしか見えていない。……まっ、憎愛かも知れんがな。」
 と、黒影は笑った。
「……なら、良いですけど。あまり熱中していないで、休んで下さいよ。……それより先輩?」
 サダノブがある部屋を見て言った。
「ん?何だ?」
 黒影はサダノブの視線の先にある、涼子と穂の部屋を見上げる。
「涼子さんがどうかしたのか?それとも、穂さんか?」
 と、何処か不安そうなサダノブに聞く。
「昨日だったか、知らない男が3人ぐらい入って行くの見たんですよ。先輩が涼子さんに、客取ったら怒るって怒鳴っていたの知っていたから、誰かなぁーって。涼子さんは先輩を裏切ったりはしない。不審人物なら涼子さんが笑顔で入れたりしないんだ。だから余計気になって。」
 と、サダノブは答えるのだ。
「馬鹿犬、早く言えよっ!涼子さんが、裏切らないのはビジネスだけだ!プライベートは別っ!風柳さん(※涼子に恋をしているかも知れない腹違いの兄。旧姓に戻っている)が知ったら、ショックで寝込むよ!」
 と、黒影は慌てて階段を上がって行く。
「あ〜ら、黒影の旦那、元気になって良かったじゃないか。」
 と、長いキセルを吹かした、まるで花魁の真っ赤な着物を着た涼子が、小上がりでのんびり迎えた。
「涼子さんっ!……そっ、その横の人達何ですかっ!?客は取るなと、僕……言いましたよねっ!」
 と、黒影は叱る。
「あの……黒影さん。それが……。」
 隣にいる穂が、お茶を飲みながら何か言いたそうだ。
「……何?穂さん?……一緒にいるなら止めてくれないと……。」
 と、黒影は言う。
「全く、直ぐ勘違いするんだから。黒影の旦那は一体、何を想像したのだか……。」
 と、涼子はクスクス笑った。そして盃を一人の男に差し出し、酒を注がせた。
「何?どう言う事、涼子さん?」
 涼子があんまりにのんびりしているので、此れでは揶揄わられるだけだと、穂の方に黒影は向く。
「確かにお金は頂いているんですけど、断っても是非にと。多分、涼子さんが東洋の女神か何かに見えているらしくて……。涼子さんたら、散々我儘言って、聞いて貰っているんですよ。お酒だってほら……自分で注ぎもしない。」
 と、穂が言うのだ。
「えーっと……じゃ、その……何も?」
 と、黒影は拍子抜けして聞く。
 着いて来たサダノブも聞いている。
「ええ、全く何も。精々手を握るぐらいですね。」
 と、穂は答えるのだ。
「なぁーんだ、心配して損したぁー。」
 と、サダノブが肩を撫で下ろす。
「ちょっと!何だと思っていたんですか、サダノブさん!知っていたならこの状況何とかして下さいっ!私、昨日から全然眠れてないんですから。」
 と、穂は寝不足だからか、サダノブに少し八つ当たりをする。
「えーっ、どうにかって言われても……ねぇ、先輩?」
 と、サダノブは困って黒影に振る。
「ほら、店も昼は営業していないんだ。さっさとお帰り願おう。女神は消えはしないんだ。また来れば良いだろう。さぁ、散った散った!」
 と、黒影は男達を遇らう。
 男達はこの辺の警邏をしている黒影の言う事に、渋々退散して行く。
「全く……涼子さん。暇つぶしにしてもタチが悪い……。」
 と、黒猫の「先生」を撫でる涼子に黒影が言った。
「黒影の旦那。あたしゃ言ったよ、ちゃあんと。この店を頂くって。この涼子に目をつけられて、頂戴出来なかったものは何もないよ。」
 と、涼子は笑った。……そう、元大泥棒の涼子は狙った獲物は必ず頂く。黒影の説得で自首してもらわなければ、今もきっと……。
「涼子さん……」
「ん?何だい?黒影の旦那」
 黒影は涼子の小上がりの横に軽く座る。
「僕にも一杯くれないか。」
 黒影はぼんやりそう言った。
「……黒影の旦那のは、あたいが注いであげる。」
「……有難う、涼子さん。」
 何も言わず、まるでそこだけ二人が花見でものんびりしながら、一杯引っ掛けている様な……そんな景色にサダノブには見えた。
 お似合いなのに……心中しようとまで言った仲だったのに……似過ぎているから駄目なんだ。と黒影は笑って言った。
 勿論、現在妻の白雪一筋な人だから、その気は全然ないのだろうけど……。
 弱るとつい頼りたくなる。それでつい安心してしまう。そんな関係を、一体何と呼ぶのだろう。
 きっと白雪と出逢わなくても、黒影と涼子の距離は変わらないと分かるのだ。
 今、何も弱音を吐かずとも、黒影の弱音に涼子が耳を澄まして聞いているのが、サダノブにも穂にも分かる。
「……涼子さん?」
「んー?何だい……黒影の旦那……。」
 黒影はチビチビと日本酒を飲みながら話し掛ける。
「僕の為にだろう?……情けなくなるから辞めて下さいよ。風柳さんだって喜ばない。」
 と、黒影は言ったけれど、盃片手に薄く微笑む。
「あら?……やっぱり黒影の旦那にはバレちまうね……。話相手をしてもらっていただけ。ほら……あたいの周りの男は皆んな忙しいからねぇ。困った時はお互い様……。黒影の旦那が潰れちまったら、ウチの店も潰れる。……そう言う仲だったろう?……今度、夢が叶ったら新作の設計図一枚で構わないよ。……夢を追い掛ける男は見ているだけで楽しい……それだけ……。」
 と、涼子も微笑んでクイッと、一気に飲んだ。
 そして……、
「この盃……早く割りたいねぇ……。」
 と、言った。
 夢を見つけ出し、出陣する時は……
「必ず……その時は来る。僕は……嘘を付かない。……ご馳走様。」
 黒影はそう言って、残りの酒を飲み干すと、そっと盃を置き、黒猫の「先生」を軽く撫でると、黒いロングコートをバサっと翻し、部屋を後にした。
「引っ越し先は何処が良いかな?ロンドン支部を作っても良いが、日本に戻った時の管理に困るよ。」
 と、黒影は悩み出す。
 サダノブは、
「本気で事務所立ち上げるんですか?」
 と、驚いて聞く。
「ああ、今涼子さんが言っていただろう?きっとあっという間に、取り巻きから全財産くすねるだろうさ。」
 と、黒影は笑った。
「えっ?今の会話、そう言う事?」
「ああ、他に何て聞こえるんだよ。」
 と、サダノブの驚きに、黒影が何か?と言いたそうに答えた。
「あの……じゃあ、手紙が来ていた未亡人からのパレスへの招待は断るんですか?」
 と、サダノブは聞く。
「……そんな訳ないだろう?罠なら飛び込まなくては、先に進めない。飛んで火に入る夏の虫にでもなるさ。……怖い怖いと、お化け屋敷に入らないで、中をずっと知らないよりマシだろう?」
 と、黒影は笑った。
「先輩、怖いの嫌いじゃありませんでしたっけ?」
 と、サダノブは思い出して聞く。
「偽物が苦手なんだ。ご遺体は平気だけど。」
 と、黒影は答える。
「変わってますねぇー?」
「そうでもないよ。」
 そう言って、お互いに出掛ける支度をして、一階のフロアに集まる。
「はい、お出掛け前の珈琲。サダノブは緑茶ね。」
 と、白雪はイギリスでも、変わらない様に日本の現代から持ってきた飲み物を淹れてくれる。
 何処にいても、どんな時代でも大丈夫だなんて、大見得を切っていたが、結局いつも通りの何かが数個は無いと、落ち着きもしない自分に、黒影は少し情けなさを通り越して、笑いたくもなる。
「今日は何処に行くの?」
 白雪が黒影の隣に座って聞いた。
「ああ、手紙があったパレスの下見にね。あまり期待しない方が良いよ。」
 と、黒影は苦笑いをする。
「そうなの?……折角、お引越し出来ると思ったのに。」
 と、白雪は言う。
「あんまり広過ぎても狙われているんだ。防犯が厄介になる。程よい所を探しておくよ。」
 と、黒影は白雪の髪を優しく撫でる。
「変わらないのね……」
 白雪が頬杖を付いて目を閉じて言った。
「ん?何の事?」
 黒影が聞いた。
「昔から、髪を撫でて安心させようとするの。でも、私……もう大人なのよ?」
 と、白雪は目を閉じたまま、微笑む。
 マスカラのラメが光を受けて、キラキラ輝いている。
「じゃあ、大人扱いはどうしたら良いの?」
 と、黒影は聞いてみる。
「……別にぃ……。変わらなくて良いけれど。……そうね、貴方の好きな髪色にしているんだから、たまには褒めてよ。それとも、違う色が良い?」
 と、白雪は薄く目を開いて聞いた。
「……そのままが良いかな。……ずっと……そのままでいて欲しい。」
 と、黒影は微笑む。
「馬鹿ね……夢見たいな事言って。お婆ちゃんになったら無理よ。」
 と、白雪は言った。
「お婆ちゃんになっても、白雪は白雪だろう?僕にとっては守るべき愛する人に変わりない。昔も、今も、これからも……。……少し心配?」
 と、黒影は白雪の笑顔が見れないので、そうかなぁと聞いてみた。
「……そうね。鸞(※息子)も大きくなったし、私も体が鈍る前に、現役に戻ろうかしらん?……お邪魔?」
 と、白雪は改めてサダノブと黒影に向き直し言った。
「……僕は昔から一緒だったから気にしないけれど、サダノブは?」
 と、黒影はサダノブに聞いた。
「今回は相手がまだ良く見えないからなぁ……。もう少し分かってからなら。焦らなくても、少しずつまた現場に慣れれば良いですよ。……ちゃんと、今度は狛犬の時以上に、先輩守るんで、心配入りません。」
 と、サダノブは微笑んで白雪に言った。二人でいても、黒影があれだけの深手を負ったのだから、心配するのも無理は無い。
 ……その上、今度は罠に掛かりに行くなんて……。
「そう……よね。……信じて待たなきゃ。今までだってちゃんと帰ってきたんだもの。見知らぬ地で、少し慣れないだけだわ、きっと。……気にしないで。」
 と、白雪は無理に笑った。
「分かった。……気にしておく。」
 そう言って微笑むと、黒影はまた白雪の髪を撫でて、
「行くぞ、サダノブっ!」
 と、言って漆黒のコートを翻し、店を出る。
「あっ!また急にっ!」
 と、サダノブは緑茶を慌てて飲み干して、走って追いかけて行った。
 ――――――――――――――

「……あれが……日本から来た影の鳥……。」
 その男は牛肉のスープに小匙一杯の灰色の粉を混ぜて、美味そうに飲みながら言った。
「ねぇ……少し、お控えになれば?」
 隣で心配そうに女が言う。
「特に悪い事をしている訳じゃないさ。これを飲むと調子が良いんだよ。」
 と、男は微笑む。
 だが、匙を持つ手が僅かに、痙攣を起こしているように見えた。
「ああ、少し量が多かったかなぁ。……けれど、あの鳥を迎えるには丁度良いくらいだ。」
 と、男は笑った。
「さぁ、君は彼らを歓迎してあげたまえ。僕は大事な仕事があるんだ。また、会いにくるからね。」
 そう言うと男は女にキスをし、その場から出て行った。
 その当時、貴族の間で砒素が流行っていた。
 それは砒素を口から摂取する事で、興奮状態になった事から、男性機能を高める効果があると思われていたからだ。
 当時は薬局、薬剤師からも入手可能なものであった。

 ――――――――――――――――――
「……此処かぁ。怪しい匂いしかしないな。」
 黒影はまた弓で狙われてはいないかと、館の上を見上げた。
「上も広い……少し、上空を見てくるよ。」
 そう言うと、黒影は美しい芝を蹴り、漆黒のロングコートをバサバサッと広げ飛んだ。
 黒影を見上げても翼などない。
 あるのは黒影の影に生えた翼のみが、青芝の上を移動する。
 影使いの一族……その中でも、黒影だけが使える技だ。
 ノアの方舟の様な役割を担ってきた影一族の中で、鳥類を統治する者だから、出来るのだ。
 サダノブには見慣れた景色でも、他から見れば人が飛んでいるのだ。
 サダノブは辺りに人気はいないかと、様子を見ていた。
 何の殺気も感じられない、穏やかな日差しが包む庭。左右対称美が美しく洗練されている。
 そこでサダノブは少し疑問を持った。
 もう誰も雇ってはいない、未亡人一人が……はたして、こんな広大な土地や庭の管理をどうしていたのか?
 未亡人になったのは最近の事なのだろうかと。
 暫くすると、黒影が旋回してゆっくりと降りて来た。
「……誰もいないようだ。」
 と、拍子抜けしたのか、首を傾げる。
「先輩……綺麗過ぎません?此処。」
 と、サダノブが言う。
「……そうだな。貸す代わりに手入れでも押し付けられるんじゃないのか?……先ずは話を聞かない限りは何とも言えんな。」
 と、黒影は言って笑った。
 入らない限り……何も起こらない。
 だが、それではヒント0のまま。
「案外、手紙を寄越した裏にいる人物は、頭が良くてゲーム好きの様だ。……チェスぐらいなら僕でもお相手になるのだがなぁ……。殺人ゲームは嫌いだ。」
 黒影はそんな事を言いながら、重厚だがヴィクトリア朝時代に流行した、柔らかなパステルカラーの建物の扉をノックする。
 建物自体も色味から見ても、古くは無く最近建てられた様に窺えた。
 最近買って、直ぐに夫を失った未亡人か……。
 それだけでも、調べたくはなるが、聴いて不可解な点が無ければそれだけの事。
 黒影は未亡人が出てくるなり、
「こんにちは。初めまして。……僕は「親愛なる切り裂きジャック」と呼ばれているただの探偵です。……貴方が手紙を?」
 と、黒影は帽子を取り挨拶をする。
「ええ、その手紙は私が確かに出しました。初めまして。さぁ、どうぞ中へ……。」
 と、彼女は黒影の手を取った。
 奇策……なのかも知れないが、黒影はこの時違和感を少し感じる。
「……僕の本名は黒田 勲(くろだ いさお)……「黒影」と日本では呼ばれていました。そちらの方が慣れているので気楽に呼んで下さい。……で、こっちが佐田 博信(さだ ひろのぶ)。「サダノブ」と呼んで下さい。ウチの事務員兼調査員です。」
 黒影は一歩入るなり、止まって自己紹介と、サダノブも紹介した。
 サダノブはニコッと笑い、ぺこりとお辞儀する。
「私はクラウディア。クラウディーでいいわ。」
 と、クラウディーは言った。
「ではクラウディー。こう言う職業柄なので、事件と関わる物件を事務所にする訳にはいかない。念の為、僕を知った経緯と、手紙を出すに至るまでの経緯を軽く、お聞かせ頂きたい。それまでは申し訳ないが、此処から一歩も奥へは入る訳にはいきません。」
 と、黒影はきっぱり言うのだ。
「えー、折角広くて良いところなのにぃー。」
 と、サダノブは日本語で言う。
「寝首をかかれるよりマシだろっ!」
 と、黒影も日本語でサダノブに返した。
 するとクスッとクラウディーが笑う。
 何故笑っているのかと、黒影もサダノブも思わず顔を見合わせた。
「あら、御免なさい。主人、日本人でしたの。だから私も少しなら分かりますのよ。」
 と、クラウディーは言うのだ。
「それは……知らずに失礼しました。」
 と、黒影はしまったと額に手を当てる。
「構いませんわ。過ぎた事ですもの。……それに、探偵さんなら心配して当然の事。私、新聞を読んだのです。それで、空飛ぶ探偵がいるなんて……ゾクゾクしましたわっ!すっかり「親愛なる切り裂きジャック」様のファンになりまして、色々調べてやっと居場所を見つけたのです。
 主人はその頃も持病を持っていましたが、最後に私と宝探しをするみたいに、童心に戻って貴方を一緒に探していたのです。もう戻らない……夢の様な時間。だから、主人が亡くなって貴方が困っていると知った時、まるで主人が貴方の力になるように言っている気がしたのです。
 何の裏付けも無い、根拠のない夢話し……ですわね。」
 と、クラウディーは言うのだ。
「先輩……ただの、夫婦でミーハーなだけっすねぇ……。」
 と、サダノブが黒影に小声で言った。
「だから空なんて飛べやしませんよ。此方の新聞は直ぐに大袈裟に書く。このロングコートが広がって、霧の中でそう見えたんですっ!裁判でもはっきり言いましたよ。
 ……僕は今流行りのゴシックホラーや、ジキルとハイド博士じゃないんだ。現物ですっ!一緒にしないで頂きたい。」
 と、黒影はこの時代の流行りの騒ぎに巻き込まれたくは無いと、不服そうにそう言った。
「……でも、きちんと経緯は話しました。だからせめて紅茶でも頂きながら、ゆっくり見て行って下さい。」
 と、クラウディーは奥に行く様勧めるが、黒影は腕を組み動かない。
「先輩!どんだけ頑固なんですか?親切に言ってくれているのに、良い加減失礼ですよっ!」
 と、サダノブは黒影の袖を引っ張ろうとするが、意地でも動かない。
「……分かった。経緯に信憑性があろうがなかろうが、信じよう。悪魔の証明は出来ないからな。ただ、一つだけ答えて欲しい。僕らが此処にくる間に、一人の男とすれ違った。
 身なりは紳士的だが紳士ではない男だ。失礼だが、彼はクラウディーの新しい彼かな?日本じゃないんだ、特に夫を失って直ぐに他に誰を愛そうが構わないし、興味も無い。これからお世話になるのなら、挨拶ぐらいしておかないとね。」
 と、黒影は言うのだ。
「あの方は、ただの保険屋ですよ。主人は持病だったと言いましたでしょう?ですから、私が困らぬ様に、以前から保険に入っていたのです。暫く、形式的な調査や書類でまた来るとは言っていましたけれど、何も問題はありません。」
 と、クラウディーは答える。
「因みに旦那さんの死因と持病は?」
 と、黒影は聞いた。
「心不全です。心臓が生まれつき悪かったとかで……。」
 と、クラウディーが答えた時、黒影はサダノブの服の背中を引っ張る。
「そうだ、午後の依頼が入っていた。折角のところ申し訳無いのですが、下見は後日。今日のところは挨拶だけで帰らせて頂きます。」
 と、黒影は言い出したのだ。

🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 ニ幕 第ニ章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。