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「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様1〜大人の壁、突破編〜🎩第三章 ケーキ

第三章 ケーキ

「……同情して、自分は悪く無いと思いたいから、他の人ではなく私ばっかり、断っても……断っても。しかもあの女、ワザとらしくミントティーを作ったのよ?!避妊に使えるミントを!あら、御免なさいって。許せないと思った。……そんな時よ。子供売りに出会ったのは。捨てられた可哀想な子だから買ってくれないか。……「余っているんだって」。……不思議よね、なんて理不尽なものかしら。」
 と、犯人は言う。
「……元から理不尽にこの世は出来ている。けして平等などではない。……サダノブ、本当かなぁ?」
 黒影はだから何だとつまらなそうに言うでは無いか。

 ……この世は理不尽で出来ている。けして平等等では無い……だからこそ、人は平和や平等を願ってやまないのだ……

 いつか鳳凰である黒影が、言った言葉。
 ……その願いを一心に受ける事を辞めた黒影。
 ……何がこの短期間であったのだろうと、サダノブは気に掛かってはいた。
「……サダノブ?敵前だぞ!」
 黒影は集中していないサダノブに、言った。
「……あっ、嘘は付いていないです!」
 サダノブは、ついツラツラと自白する犯人に、気を緩めていた。
 ……犯人確保の時が一番危険だと黒影に言われていたのに。
 気を引き締めて直して、集中した。
「分かった。その子供売りの特徴、通り名でも何でも良い……知っている名前は?」
と、黒影は聞いた。
「……それは……言えないし、分からない。」
 と、犯人は答える。
「分からないなら理解出来るが、言えないとはどう言う事だ。脅されているのか?」
 と、黒影は再度詳しい答えを求めた。
「言ったら殺される……。服装だけしか……フード付きのボロボロの引きずる様な黒いマント。……その中に……」
 そこまで犯人が話した時だ。
 霧の中から一瞬何かが光る。
「伏せろ!」
 何かが光ると共に、聞き覚えのある音がビュンとしたので、黒影は咄嗟に叫んだ。
 しかし犯人は事態が分からず辺りを見てしまう。
「早く、伏せてっ!」
 黒影は犯人を突き飛ばそうと、手を精一杯のばす。
 サダノブにはその瞬間が、危機回避を感じてスローモーションに見えている。
「先輩――っ!」
 黒影が犯人を庇った腕に、弓が刺さって行く。
 黒影は犯人を包む様に連れ去り、地面に叩きつけられ、数度回転し止まった。
「サダノブ!追うなっ!」
 二、三歩走り出した時、そう黒影が叫んだ。
 ……そうだ、刑事じゃない。探偵なら調べてまた追い込めば良いんだ。……けど……。
 サダノブは複雑な気持ちだったが、拳をギュッと握り締め止まる。
 ……そうだ。今は……目の前の犯人の逮捕。情報を少しでも……。
「分かってますよっ!分かってますけどっ!」
 ……今は何の力も無い。それがこんなに……悔しい事だったなんて。
「……っ!」
 黒影は歯を食い縛り、弓を折った。
「サダノブ……毒だ……。」
 それを聞いた瞬間、黒影も勿論だが、サダノブの顔も青褪めた。
「先輩……もしかして?」
 サダノブは恐る恐る聞いた。
「……ああ。多分致死量だ。……ふぅ――、何叫ぶ?」
黒影は冷や汗をポタポタ落としながら、苦笑いして聞いた。
「……それは……先輩の今、一番言いたい言葉で良いんじゃないですか?」
 と、サダノブは顔を引きつけながらも答える。
「……ふぅ――(深呼吸)ふぅ――。ちくしょぉおお――――!!白雪の珈琲ぃーが、飲めないだろがぁあああ――――――!!」
 最後の「ぁあああ」はほぼ悲鳴だか何だか分からない叫びだった。
 その叫びは深い闇に響いて行く。
 それでも叫びたくなるのも当然だ。弓を抜いたのだから。
 サダノブはそれがいたたまれず、耳を塞いだが酷い叫びに聞こえてしまう。
 黒影はコートを急いで脱ぎ、シャツの袖を負傷していない手で掴み破る。
 口を使って素早く傷の上をそのシャツで締めて、傷口の毒を吸っては吐き捨てるを繰り返した。
「なっ、何の騒ぎ?」
 依頼人が中から、先程の叫びで家を飛び出して来たようだ。
「僕は……親愛なる切り裂きジャックと呼ばれています。犯人……ご友人のようだ。でも、今ご友人は狙われている。このまま去りますが……後日、話を聞かせて貰います。」
 と、黒影は息も絶え絶えに言う。
「サダノブ……犯人も連れて行く。」
 黒影はそう次の指示を出したが、黒影が一人で歩けるかも分からない。
「僕は貴方を許しはしない。……一時的に非難するだけだ。大人しく付いてきてもらえますね?」
 サダノブが不安そうな顔をするので、黒影はしっかりと低い声で睨み、犯人に言った。
「あの……切り裂きジャック様、救急車は?」
 と、依頼人が心配する。
「……僕は本当はそんな名ではない。「黒影」と呼んで下さい。救急車では居場所が知られてしまう。お気遣いなく。」
 そう言うと黒影は負傷しているにも関わらず、地面の己の影を見て、翼が生えたのを確認して、羽音とロングコートをバサバサッと鳴らし、屋根の上から上へ飛ぶ様に走り抜ける。
 ……夜が明ける前に……戻らなくてはっ!
 そう、霧に包まれ身を隠して。

「あーあー、また無茶してぇー。じゃあ、行きましょうか。本人がああ言ってるんで、大丈夫っすよ。多分後日、連絡しますのでその時は宜しくお願いします。じゃ、お騒がせしました。」
 と、サダノブは事務的な事だけ依頼人に伝え、転がったウィスキーグラスを拾って、犯人と歩いて店へ戻る。
「割れなかったなぁ……グラス。ジンクスも継続……か。」
 と、グラスを見て思わず呟く様に言った。
 ――――――――――――――――――――

「あっ!お帰りなさい、黒影♪」
 と、白雪はいつもの様に黒影に抱き付いたのだが、何時もの「ただいま」の言葉とキスがない。
 不思議に思って顔を覗き込むと、青白く酷い汗だ。
「黒影?!……何処かやられたの!?傷、早く見せて。」
 と、いつも怪我ばかりなので、救急箱でもないかと聞きに行こうと離れようとした。
 だけど、黒影が何故か手を離してはくれない。
「処置はした。……こっ、珈琲……飲みたい……。」
 そう言うなり、気が抜けたのかバタンと突っ伏して倒れてしまった。
「え?ちょっと、サダノブいないから運べないわよ!珈琲飲むのか、倒れるのかどっちかにしてっ!」
 と、白雪は言ったが、困った人だと思いながら、女店主に何人かで運べないか聞きに行く。
すると、何だかんだと皆んな集まってきて、店の常連の男性客が数人で運んでくれた。
「……何か……この部屋……。」
 辺りを見渡す。ド派手な色の天蓋付きベッドに寝ている、黒影を見ると何だか笑えてきてしまう。
「似合わないね……。……でも、案外皆んな優しかったなぁ。……黒影の周りには優しい人ばっかり。何処に行っても変わらないね。」
 ……そう、微笑み話しかけながら、汗を拭いてはタオルを濯いでを繰り返していた。
「……起きたら珈琲、作ってあげるからね……。」
 どうせ、聞こえてないのよ。馬鹿みたい……。と、止まらない汗にいつもより深傷だと気付いて、泣きそうになる。
 話しかけていないと……いなくなりそうで、怖い……。
「……ぅー、飲むぅ……。」
 多分無意識なのに黒影がモゾモゾしてそう言うから、白雪は思わず笑ってしまっう。
「ふふっ……夢に出る程、珈琲飲みたいだなんて……寝ながら笑わせないでよ。」
 ……いつも、そう。……泣きたくなったら直ぐ笑わせてくれる。……やっぱり、貴方と出逢えて良かった。
 そぉーと頬にキスしてあげようと白雪が、黒影の顔に近付いた時だ。
「……先ぱーぃ!大丈夫っすかぁあ――っ!?」
 と、サダノブが息を切らして勢いよくドアを開けて入ってくる。
「あっ……。白雪さん来てるんだった。しっ、失礼しましたー!」
 と、何時ものタイミングの悪さは相変わらずで、サダノブは見なかった事にしてUターンダッシュをまたしようとしている。
「サダノブ、良いわよっ!……それより、黒影変だわ。汗が全然止まらないの。……何があったか、正直に言いなさいっ!」
 と、椅子を指差して座って説明する様に言う。
「えー、でも先輩怒ると思うしぃー。」
 と、サダノブはショボンとしてどうしようか天井を見た。
「じゃあ、私が怒った方が多いかしらん?それとも、穂さんに怒ってもらいたい?」
 と、白雪は氷点下の笑顔で聞いた。
 サダノブは仕方無く経緯を話す。
「えっ!なぁに?……致死量の毒!?……ちょっと、サダノブ!何で一緒にいてそうなるのよ!元とはいえ、守護でしょう?!もう、二人まとめて大馬鹿よっ!」
 ……と、白雪はそう叱ったが、目に涙を浮かべている。
「……すみません。」
 サダノブがボソッと言った。
「……嘘よ。仕方なかったって……分かってるから。……サダノブ?」
 黒影を見たまま、白雪が行った。
「はい……。」
 サダノブはまだ怒られるんじゃないかと、覚悟していたが違った。
「何時も黒影を守ってくれて有難う。この人……あんまり素直に言わないだろうから。代わりに言っておこうと思って。次あったら、そいつコテンパンにしてやってよ!私の分まで……。それとも、私も現役気分で現場に付いて行こうかしらん?私の影も……まだ、健在よ。」
 と、白雪はサダノブに振り向くと、真剣な顔つきで言った。
 白雪の使う「懺悔」。恐ろしくも悲しい黒田の影一族の力。
 影から思念を呼び出し、心から懺悔するまでその思念が纏わりつく。攻撃でも痛くもないのに、その恐怖に根を上げ投降した者は数知れない。
 だけど、それを使わずに溜めてしまえば、その悲しみも苦しみも白雪一人で抑える事になる。
黒影が鳳凰の時は浄化させ、制御させていたもの。
「……あのぉ……白雪さんは大丈夫なんですか?」
 サダノブは心配になって聞いた。
「だって、折角先輩が思念を多少浄化出来るようになったのに。……何だって辞めるなんて……。」
 と、サダノブは未だ黒影が鳳凰から授かった全てを何故捨てたのか理解出来ずに、聞いた。
「私は元に戻っただけよ。無理に浄化させたところで無念には変わりない。だから、黒影に鳳凰の事、相談された時も良いよって答えた。サダノブだって、別に狛犬じゃなくても、ちゃんと守りたいものは、守ってこれたでしょう?誰だって本当は、何も持っていなくたって強くなれるじゃない。」
 白雪はそう答えて微笑む。
「……白雪さんは強いから……。俺はまだ分からない。」
 サダノブはそう言うと、部屋を出て行く。
「黒影……?……一番最初に、どうしてサダノブに相談しなかったの?サダノブ、また地下に引き篭もっちゃうよ。」
 と、白雪は黒影に話しかけて、鼻をツンと指で軽く突いた。
「……ある……影……に。」
 黒影は急に魘される様にそう言うのだ。
「影に?」
 白雪はその時気付いた。黒影が何をしたのか。何故一人でイギリスに来たのかも。
 ――――――――――――――――――

 サダノブは下に降りて、ジンを頼み独り飲み始めていた。
 白雪が慌てて階段を降り、
「サダノブっ!聞いてっ!」
 と、サダノブに話しかけたが、
「今、何が出来るか馬鹿な頭で考えてるんですよー。すみませんけど……話し相手する気分じゃあ……。」
 と、サダノブは軽く遇らう。
「サダノブ!聞きなさいっ!上司の妻命令ですっ!」
 と、白雪はサダノブのグラスを取り上げる。
「えっ、ちょっと勘弁して下さいよぉ〜。」
 と、サダノブは仕方無く白雪の方を向いた。
「影の中に鳳凰の力を閉じ込めただけよっ!在るの、まだ!」
 と、白雪が言うのだ。
「それ……どういう事ですか?」
 影の事がイマイチ分からないサダノブは聞いた。
 元々黒田一族は災害、戦争等の大事に動物達の絶滅や食糧難にならないよう、影に閉じ込める役目を担う一族だ。
 鳳凰自体も鳥の長なので、閉じ込める事は可能だが、力だけとは理解に苦しむ。
「封印しただけって事!黒影は切り裂きジャクと対峙したくて鳳凰の力を使うのを辞めたのよ。だって相手は能力者じゃない。行き過ぎて殺さないように、影だけで戦える様にしたのよ。さっきサダノブを心配して言っていたわよ!ちゃんと、影にあるって!」
 と白雪が説明する。
「えっ……じゃあ。辞めたって……使わないだけって事?!」
 と、サダノブは驚く。態々それだけの為に……。
「……やっぱり分かりませんよ!死にそうになってまで、鳳凰の技一つ出しもしない。そんなの、守れって言われたって無理です!俺には思考読みしかないんです。影があるからまだそんな余裕な事言っていられるんだっ!」
 と、サダノブは白雪からジンを取り戻し一気に飲み干した。
「サダノブの大馬鹿犬っ!狛犬になる前から黒影に付いて周って、守ろうって決めたんでしょう?!何よ、力一つでブレるなんて、黒影が聞いたら悲しむわっ!」
 白雪は頭にきてそう言って黒影の元に戻って行く。
「……お代わり。」
 サダノブは追加を頼んで、ボーっとジンを飲んだ。
 ……何にも無かったよなぁ、あの時……。
 黒影が何もなくても戦っていた日々を、何故か微笑んで懐かしそうに言ったのを思い出す。
 ……何もなくても……楽しかった……。
 そうだ。確かにそう続けて笑ったんだ。
 まさか……そんな前から持て余した力に悩んでいたのか?
 俺は今……確かに自分以外に頼ろうとしている。
 自分を頼れなくなる……それに、先輩はとっくに気付いていたんだ!
 ……自分の中にある力を信じろって……
 そう、言いたいんだ。
 巻き込まれた訳でも何でもない。
 俺はなんてちっぽけな事で苛ついていたんだ。

 ……そうだ……先輩が休んでるなら、俺が動く番だった。
 ……そりゃあ、歳関係なく弱音も出るよ。

「ご馳走様。俺、仕事しないと。」
 そう女店長に言うと、サダノブはニカッと笑った。

 ――――――――――――――――――――

「とりあえず、依頼もあったんで、話してもらって良いですか。」
 サダノブは調査報告書を作成する。
 ボランティアとは言っていたが、状況が変わった。追加依頼も黒影だったら視野に入れて、ここは詳しく聞いておく筈だ。
「何て呼べば?」
「リーナ。」
 犯人が答える。
「リーナさんね。俺はさっき貴方を助けた人の部下で事務やっているサダノブです。こんな所だから緊張するかも知れないけど、気楽に困ったら何でも言って。あっ、でも逃亡は無しね。」
 と、サダノブは相変わらず緊張感の欠片も無いが、調書を取り始めた。
「さっき聞けなかった、ガキ売ってるキモ男の特徴聞いていい?」
 と、サダノブが言うと、リーナは少し辺りを見て不安がる。
 それを見てサダノブが溜め息を吐いて、
「今、死ぬの怖い?殺されそうなのって怖い?……小さ過ぎる頃なんて覚えちゃいないけど、あんな赤ん坊でも怖さを感じる事ぐらいあったと思うよ。助けた時は笑ってたし。そんな気持ちも分からなくて、母親になろうとかマジで思っていたの?俺、そっちの方が怖いよ。」
 と、サダノブは言った。此れでも、黒影が本気で怒って言ったら、ぐうの音も出ない程の正論で叩きのめされるので、まだ優しい方だ。
「今は……少し怖い。さっきはもっと。……ただ腹が立って、毎日憎んで恨んで……色々見えなくて。その子供売りを見た時、可哀想でも無く、その男に会えた私は何てラッキーなんだって思いました。やっと理不尽から解放されて、復讐する機会まで与えられたって。今思えば、もうその時には生き物にも見えていなかったのかも知れません。
 あの男は、マントの下に整ったスーツと帽子。多分良い所の爵位のある方に見受けられました。「ヘンズリー」と呼ばれいたと思います。」
 と、リーナは話し始めた。
「「ヘンズリー」か。……何か、何処にでもいそうだ。でも、そんな爵位のある人が子供売りとか態々しなくても良いよね?その子達、何処から連れて来られたの?」
 と、サダノブは聞く。
「そんなの、分かりきっている。……サダノブ、まだまだだな。」
 と、黒影が部屋に入って来てサダノブに代われと肩をポンポンと軽く叩く。
「僕の妻も同席して良いかな、リーナ。まだ病み上がりで心配らしい。君も売春宿の一室に男二人と話すより、少しは気が楽だろう?」
 と、黒影は言った。
「あっ、さっきは有難う御座いました。どうされたかと。……同席でも構いません。」
 と、リーナは答える。白雪は入ってくるなり、リーナの目の前にツカツカと行き言った。
「貴方、女としてなんて恥ずべき事をしてしまったの!どうして他の人に相談しなかったのよ。貴方は貴方を理解してくれると思った人といるべきだったわ!依頼人だって苦渋の決断だったかも知れない。貴方といつかそんな深い話しも出来る様にと……そう思って焼いていたケーキだったかも知れないじゃない!何て早とちりで……馬鹿な事をっ。何て愚かで……悲しい事でしょうっ!」
 そう、怒鳴り嘆いたのに……最後にはリーナの頭を抱きしめて髪を撫でながら泣いていた。
 リーナは堰を切ったように涙を流す。声を上げ、嗚咽も隠す事無く、ただ白雪にしがみつく子供の様に。
 ずっと……その悲しみを理解してくれる人を探していたのかも知れない。
 黒影は何だか見ているも辛く目を背けたくなる。
 とは言え、何も許さず静観せねば、同じ様な犯罪が起きてしまう。
 ほんの少しだけ……白雪が鸞(らん。息子)を孕った時に、白雪が、不安そうな顔で黒影に話した頃を思い出していた。
 その時、人生で初めて守るべき者の大きさに、無謀な生き方はもうしまいと、思う事が出来た。
 白雪は小柄なので、難産になるかも知れないと聞いた時、何度も大丈夫だと言う事しか出来なかった。……そんな自分の無力さを思い出す。
 これだけは黒影にも更生させる言葉も、罪を心から償わせる言葉も無く、白雪に話したのだ。
 ……この今流すリーナの涙が命を蘇らせる訳ではない。
 しかし、弔うこの涙が、少しでも失われた命達に届きます様にと、今日を生きている僕らには願う事しか出来ないだろう。
「もう、話しても大丈夫ですか?」
 と、黒影がリーナが落ち着いた頃、温かい紅茶を入れ、白雪とリーナに差し出した。白雪は心配そうにまだリーナと手を取り合っている。
 黒影は少しリラックスした笑顔を見せ、
「僕は殺人を許さないと言ったんだよ。何も女の敵になるとは言っていないし、恐ろしくて言えやしないよ。さぁ、白雪も僕の隣に戻ってきてはくれないか?これじゃあ、聞き辛くて仕方無い。」
と、言った。
「仕方無いわねぇ……。私の旦那さん、ちょっと神経質で不安症なのよ。」
 と、リーナに白雪は言ってウインクすると、黒影の隣にちょこんと座る。
「お帰り。」
「ただいま。」
 黒影は白雪が戻って来た事に安心して、ホッと肩を撫で下ろし、サダノブの書いた調書を見ながら話し始めた。
「この「ヘンズリー」って、男は偽名だ。因みに、「子供が余ってる」と聞いたと言っていましたが、あの子達は娼婦がおろした子供達だと僕は思っているんですよ。彼、医者かも知れませんね。知りたいのはね……この子供一人幾らです?捨て値だったんじゃないんですか?」
 と、黒影は聞いた。
「……えっ、はい。5000円程度です。私が買っても買わなくても何れ死ぬ運命にあると言っていました。そう言えば、可哀想だと思って買う人が出てくる、セールストークだと思いますが……。」
 と、リーナは言う。
「此処みたいな場所にいると、そう言った情報も良く入るんですが、その売っていた人物に似た男の話を僕は聞きました。酷い話だとは思っていたのですがね。その時は、ここの常連客が言うには、3000円だったらしいですよ。どちらにしても命の対価にもならない。死ぬのは管理しないからです。本当に爵位があるならば、それが悪趣味だとしても、管理費ぐらいどうって事はないんです。見た目に反してあまり裕福ではないのでしょうね。
 でね……何故貴方には値を釣り上げたか……失礼で申し訳ない事を承知で、事件解決の為に聴きます。リーナさん、その男に子供が出来ない事をお話になりませんでしたか?」
 と、黒影は申し訳なさそうに聴いた。
 リーナは紅茶を一口のんで、一呼吸おくと、
「ええ……言いました。そうしたら「何に使うんだい?」って聞いてきたのです。まるで、その時の私の復讐心を知っているかの様に……。」
 と、答える。黒影はそれを聞くなり身を乗り出して、
「では、復讐の事は?話しましたか、どうですか。」
 と、聞くのだ。白雪は顔が近いと、一つ咳払いをする。
 黒影はそれを聞いて慌てて座り直した。
「ええ、きっとまた買うだろうと思って、話しました。あっちも人に言えぬ様な仕事をしているのです。だから、言わないのならまた買いに来ると言って、話しました。」
 と、リーナが言うと、黒影は、
「そうだ。……白雪、珈琲飲みたいよ。」
 と、急に思い出したかのように、白雪に言った。
「えっ?今、飲みたいの?」
 と、白雪は呆れて聞く。
「うん、いま直ぐ飲みたい。……ずっと飲みたかったんだ。」
 と、黒影はキョトンとした顔で、何で今がおかしいのかと逆に聞きたそうな様子である。
「もう、仕方無いわねぇー。今、作ってくるから。あんまり、失礼な事聞いちゃ駄目よ!分かった?」
 と、白雪は釘を刺して出て行く。
「はぁ〜い♪」
 と、黒影はにこにこで返して、普通に喜んでいる。
「せっ、先輩!今、あの「黒影」の威厳も、日本一のセキュリティ開発者の威厳も、あの業界No.1の探偵社のやり手社長の威厳もぜぇーんぶ、無い返事と顔してますけどっ!今、深刻な話ししてましたよね、ねっ?」
 と、サダノブがへらーっと笑うのを止めるように言う。
「何でぇ〜?だって、これからまた仕事じゃん。だ、か、らぁー、その前に気合い珈琲いるじゃん。今、何より重要なのらそれだからね!」
 と、黒影は言うのだ。
「えっ、まだ病み上がりで?」
 と、サダノブはもう仕事で出掛けるのかと呆れている。
「そうだよ。ねぇ、リーナさん……やっぱり子供売りなんかは夜にこっそり売るものでしょう?その男の出没する場所……知っていますね?毎日買っていたのだから。後、子供が泣かないようにだとか、あの殺し方も考えて教えたの……その男だ。」
 と、黒影はリーナに聞く。
「はい。復讐の事を話したら、じゃあ、一緒に考えて上げるよって。泣かないように大きめの飴玉を口に入れとけば良いって。窒息死したらそれまでだけど、上手くいったら次の日まで生きているから、共犯にするには丁度良いって。深夜12時を回る頃からこの道の先の橋の麓に座っています。」
 と、リーナは話してくれた。
「成る程!僕の警邏にも気付いているのか。僕は屋根から屋根へだから橋の麓は良い隠れ家だ。……と、言う事はぁ〜……それを知っているのは、この辺りの娼婦や客しかいない。どちらから僕の話を聞いたか、どうやって聞き出したか。やはり、おろした時と考えるのが自然なようだ。……後、復讐出来てませんよ。」
 と、黒影はリーナに軽く笑って最後の言葉を言う。
「えっ……。」
 リーナはそれは驚く。毎日毎日、それは憎らしくコツコツ復讐したのだから。
「そんな男の話し、よく鵜呑みにしましたねぇ。
 僕だったら一回試してから実行するよ。
 その男、元から貴方を殺人鬼にしたかっただけです。復讐の手伝いなんて、そんな端金で誰が請け負います?
 僕が救出した子ね、飴玉がつっかえて死ぬ寸前でした。
 それも早めに行ったから間に合ったんです。
 僕の子も昔は良く色んな物を口にしたがる時期がありましてねぇ……。
 吐き出させる方法、覚えておいて良かったですよ。
 他の子は、多分焼かれる以前に、貴方に全員殺されています。
 その飴玉でね。
 幾ら入れた時は大丈夫でも、溶けていけばどんな子供にだってサイズがぴったりになりますから。
 鼻だって詰まっても自分で何にも出来ないんですよ?
全員、見事に子供のいない貴方だからこそ、その知識のなさに窒息死させられたのです。
 復讐の道具になんかなりたくないと、最後の命の抵抗だったかも知れません。
 皮肉ですね。あの子供達にまで、貴方……嫌われるなんて。
 命は親のものでもないし、誰のものでもない。産まれた瞬間から、その者だけの物なのですよ。
 貴方も……そうだった筈だ。
 これから長い時間がある。
 最後まで、貴方が忘れた命の記憶……思い出して下さい。」
 黒影はそう言うと、影を自分の背後に伸ばす。
「僕でもこのくらいは作れるんですよ。」
 と、その背後に広がった影をリーナに見せた。
 サダノブはこれを言う為に、そしてこれを見せる為に白雪に、あの時珈琲を作らせに言ったのだと気付く。
「どうですか……。気分は。」
 黒影はそう言って悪魔の様にニヒルに笑う。
 その背後には……リーナが殺した七体の赤ん坊の影が蠢いていた。
「せっ、先輩……それは懺悔じゃ……。」
 白雪の「懺悔」にそっくりな死人の思念を模った影。
「妻が出来る事は僕にも出来るだろう?白雪の思念を浄化する時に、拾った。」
 と、黒影は答えた。
「先輩、まだ鳳凰になって浄化を?」
 と、サダノブが聞くと、
「ああ、あれは僕の仕事だからたまにな。白雪は良いと言ったが、僕がそれでは気になってしまうからね。
 ……それにしても、皆んな窒息死だから、可哀想に泣く事も出来ないだろう?だからね、プレゼントしようと思って。欲しかったんだろう?……僕の影は悪党が言うに、刑務所まで付いてくるらしいんだ。僕も何故だか分からんが。じゃ、君に確かにプレゼントしたよ。」
 黒影の影が消えると、リーナの影に七体の子供の影がくっついて見える。
「先輩、これ!」
 サダノブは恐れて言ったのだが、黒影はにっこり笑って、
「成功したなっ、サダノブっ!」
 と、無邪気に喜び微笑むのだ。

🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 1幕 第四章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。