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「黒影紳士」season6-1幕〜イエローローズの誓い〜「真夏の結晶華」🎩第六章 11舞雪華 12ありきたりな言葉

11舞雪華

「……なぁ、サダノブ……何か言ってみろよ。」
 黒影は呆然として、上を見上げ言った。
 氷で舞上げられたアザレアの白い華が……太陽に舞い上がり、降り注ぐ。
 訪れた静寂は……安らぎと共に深々と音を消し、ゆっくりと舞い降りる雪の様。
 砕けた氷の破片が輝いて見える。
 悲しくて……燃やし尽くすところだった花。
 ――蒼海 響が最後に見せた命の灯火は、その願いに相応しい……真実の「結晶華」だった。
「……はぃ?……今、探してるじゃないですかー!人使い荒いなぁー。」
 と、サダノブの声が黒影の耳に届く。
「……鼓膜は破れてないのか。」
 黒影は肩の力を抜いて、そう呟いた。
「はぁ?何ですって?!」
 次第にサダノブの声も鮮明に、氷の這う音も動き出す。
 今……何が……?
 黒影はサダノブを見た。
 未だ遺体は出て来ていない。
「……サダノブ……お前……。」
 ――守護の氷が……止めたのか。黒影は呟くとサダノブに大きめの声で返事をした。
「……否、何でも無い!」

「……いたっ!いましたよっ!」
 サダノブは手を払い乍ら言った。
 黒影は腕に鳳を乗せると、鷹匠の様に遠くへ飛ばす様に空へ帰した。
 コートに纏った炎も消え去り、佇む影が残る。
「……今のは……。」
 支配人は、恐る恐る黒影に近付きいった。
「……鳳凰ですよ。今の記憶……消す事も出来ます。他言無用を守ってくれるのであれば、残す事も出来る。……僕はまた、此処の景色を懐中時計に刻ませてやりたい。」
 黒影は微笑みそう答える。
「……そうですか。……記憶ならば如何様にも喋れませんねぇ。」
 と、支配人はその笑顔に肩を撫で下ろし笑った。
 何の危害も無いただの幻だったと、思えば良いと。元から不思議な……影だったのだから。
 白骨に成り果てた蒼海 響を見つけ、黒影は急いで風柳に連絡する。
「……えぇ、今見つかりました。立川 真江マークして下さい。僕が先に行ければ良いのですが……。」
 スマホを片手に歩き乍ら白雪の待っている、喫茶店へ向かう。
 ……また歩きスマホ……と、注意されると思って、サダノブと戻り乍らポケットに仕舞った。
入って直ぐ、黒影は目をキョトンとすると立ち止まる。
 いきなり止まるので、サダノブは黒影の背にぶつかった。
「先輩、何で何時もそう走り出したり止まったりが急何ですかっ!」
 サダノブが憤(むつく)れて言うが、黒影は振り向くと静かにするよう唇に人差し指を添えて見せ、小声で言った。
「……どうしようか?」
 と。
 サダノブが黒影の前を覗き込むと、詩集を開いたまま心地良さそうに眠る白雪がいた。
「……なんか、起こさないで上げたいですね。」
 サダノブはそう答える。
「……だよなぁ。……置き手紙して行くか。」
 と、黒影は悪戯な笑みを浮かべ言うのだ。

 ……白雪が起きた頃、サダノブの下手な犬の絵と、黒影の鳳凰の絵……其の下に、「二人で無傷に元気で戻ってくる。」と、書かれた紙が、詩集に挟まっている事であろう。
「二人共、怪我しないで元気に帰って来るのよ。」……そう、何時も言って二人を送り出す白雪の為に。

 ――――――――――――――
「おっ、やっと到着か。残念だが手はもぅ……。」
 サダノブと黒影が山中 春輝の入院先の病院へ到着すると、風柳が入った直ぐのロービーに座り待っていた様だ。
「すみません、待たせて。……残念です。……けど、変な話し天罰の様にも思えてしまう。」
 そんな珍しい不謹慎な事を黒影が口にするものだから、風柳は少し驚く。
「……何か、あったのか?」
 風柳のその言葉に、黒影はふっと笑い、
「……僕が迷うのはそんなにおかしい事ですか?……風柳さんなら、刑事だから口が裂けても言わない。でも、僕は探偵だから感想を述べただけです。勿論、本気でなんて思っていませんよ。言の葉と詩人なら言うじゃありませんか。……僕は死者の戯言を、ほんの少しだけ届けただけです。」
 と、答える。颯爽と夜の院内にカツカツと闇夜のコートを広げ音を響かせ歩く。
 静かにするでも無く……堂々と。
 迷っている……その言葉毎、その影に呑み込み乍ら。

「……本当に大丈夫か?無線は入ってるだろうか?」
 病室で横になる黒影に風柳は聞いた。
「……案外、僕並みに心配症なんですねぇ。だって警察じゃ、囮なんて直ぐは用意、無理でしょう?」
 と、黒影が言う。
 実は、立川 真江が山中 春輝を狙いに来るのを知って、空きの病室に山中 春輝を移動し、黒影が入れ替わって囮になっている。
 丁度、喫茶店を出てからホテルを後にしようとした時、出掛けていた涼子と穂に鉢合わせ、立川 真江をマークさせていたのだ。
 黒影が病院に到着して間も無く、二人から連絡が入り、やはり立川 真江が動き此方へ向かったとの発報があった。
「それはそうかも知れんが、もう少しは警察を信用したって良いじゃないか。お前だって分からん仲でもあるまいし。」
 と、風柳は溜め息を吐いて呆れて言う。
「……分かる仲だ、か、ら、信用行かないんですよ。書類、書類、手続き、手続き、許可、許可!」
 黒影は知らんぷりでそう言うと、布団を頭まで被り込み外方を向く。
「……あー、それなら俺も分かる気がしますねぇ。警察案件、普通の倍ですよ報告書。」
 と、サダノブも黒影の言いたい事がよく分かっているので、何方の肩を持つでもないが苦笑いするしかない。
「……二倍か。そりゃあ、ちと考えないとな。」
 風柳は、何時もの警察嫌いだけでは無いのだと、思わず天井を見上げて考える。
「だぁ〜かぁ〜らっ!立川 真江来ちゃうじゃないですかっ!其方の団体様(警察)はただでさえ目立つんだから、さっさと隠れて下さいよっ!……そ、れ、か、らっ!僕、疲れたんで本気で寝ますからっ!良いですね!……気付いて死んでたら、呪いますよ全員ひっくるめてっ!」
 黒影はそう散々な文句を言うだけ言って、本気で寝ようとし始める。
「頼れとは言ったが、流石に寝たら危ないだろう?……サダノブ、何で今日は黒影はこんなに不機嫌なんだ?」
 と、風柳は相変わらずの我儘にも拍車が掛かっている気がして、サダノブに聞いた。
「……そうですねぇ。強いて言えば遣る瀬無いっすかね、この事件。……色々苦手と戦ってるんでしょ。」
 と、サダノブは笑いながら言うと、風柳の背を軽く押し黒影はきっと不貞腐れたままなので、部屋を後にさせる。
 苦手な浮気調査に、鳳凰の務めで散々泣いて、寝不足……。何だかこのまま犯人が来ずに寝させて上げられたら良いと、サダノブも今日ばかりは思った。
 それでも、立川 真江はもう向かっている。
 黒影がその位置を把握していない訳はない。
 どうせ布団に潜り、スマホに涼子と穂から来る発信機からのデータを送らせて観ているに違いない。
 襟裏からの小型無線と、警察無線を聴き分け乍ら。
 結局……犯人が捕まるまでは、一睡たりとも惜しむだろう。どうでも良い、恨まれてばかりの駄目な奴の為だと分かっていても。
 命は常に一つ。どんな小さい大きいもない。何を知っても、何を思っても……平等で在らねばならない。
 その意志は……どんなに惑う事が在っても、黒影の根底にあり、覆る事は無い。
 鳳凰がそうさせるのでも無い。黒影がそうだから鳳凰が答えただけだ。罪人も……被害者も……被害者家族も、どの角度からも数知れない涙を見た答えがそれだったのだと、サダノブには思えてならない。
 警察の協力を辞めたのに、探偵社を設立しても協力する。
 何が違うのか……。唯一の違いは、警察は犯人だけの逮捕に力を注ぐから。
 人情や同情など要らない。……事件の後は話しもしたくないし、会いたくもない。
 そんな我儘も、本当は嘘だと少し一緒にいれば誰だって気付くんだ。
 嘘が下手だから吐かない。……その言葉は確かだろう。吐いても吐かなくても、そのうち分かるのだから。
 事件関係者のその後は確かに、話さないし会わない。
 だけど、毎日どんなに古い事件の情報も、関係者含め更新が有れば欠かさずに記録している。
 助けを必要とした時、何時でも走り出せる様にだ。
 二度と……同じ事が起こらない様に。悲しみは悲しみしか生まない……そんな口癖は、警察の協力の時代には出来なかった事の悔しさがきっと含まれていのだろう。
 ――――――――――

 ただ犯人を追い、捕まえる影……軈て疲れ果て……呆然と立ち尽くす中……耳に残ったのは、あの日……大量に聞いたサイレンの音だった。

 ……だから僕は……変わりたかった。

 探偵の黒影ならどう答えを出すか。この事件が進むにつれ、僕は正直悩んでいた。
 復讐は悲しみの連鎖の根底にある。其れを許す、許さないは正義の話しだ。……もう、必要がないと手放させる事が出来なければ、罪を償ってもきっと……何度でも殺せる期を伺い続ける。
 説得なんか、きっと無意味に違いない。説法などよっぽど無意味だ。犯人側の関係者は既に死んでいる。
 対し、被害者は片掌一つ。だから言の葉一枚だけでも、言わなきゃ許せない気がした。
 ……らしく無い。本当に。

 決めたんだ。
「真夏の結晶華」が教えてくれた。
 あの詩集から立川 真江は復讐を誓い、この期を密かに待っている。
 今も近くに息を……潜めて僕を山中 春輝だと思って狙っているんだ。
 僕は僕の答えを持って……伝えたい……。

 ――――――――――――――
「行けーーーぃっ!!」

 ……えっ?何だこの聞き覚えのある嗄れ声は?!
 黒影は立川 真江が今まさに黒影を襲いにきた足音がしたのに、それを遮る怒号に飛び起きた。
「ちょっと!こんな所にまで来て、一体何してるんですっ!?」
 何と、其処にはあの黒影を騙して誘拐しようとした親分がいるではないか。
「……何って、昼顔の涼子から黒影の旦那守っておくれって言われたんだ。何か拙かったか?」
 と、親分は黒影の睨みと勢いに、涼しい顔をして答える。
「あーもう!心配症がどんどん増えてるっ!犯人逃げちゃったでしょうがっ!!探して、探してっ!」
 黒影は思わず片手で顔を隠し嘆く。
「はぁ?先輩何っ!?」
 モニターで異変に気付いたサダノブは、眠りかけていた風柳の肩を叩き、慌てて廊下に出た次の瞬間に顔を青ざめ、黒影に言い放つ。
「遅いっ!……立川 真江が逃げたよ、逃げたっ!」
 と、黒影が走って来るのは良いが、明らかに柄の悪い連中を連れ足っている様にしか見えないので、二度見した。
「……ちょっ……ちょっと!……怖いって!来ないでって!!」
 サダノブは巻き込まれたく無くて、両手を出しあたふたする。
「一体…何の?………………。」
 風柳はサダノブの後方から出て来て、サダノブを見つけると、その視線の先に絶句した。
 組の連中を引き連れいるのか、逃げているかも分からない、黒影が突っ込んでくる勢いではないか。
「……はっ、外だ外!飛べ、勲っ!!」
 風柳は必死に頭を振り理解させると、とりあえずは黒影を何とかしてやらないとと、咄嗟に下の名で呼び言い窓を開けてやる。
「お兄ちゃん有難う!!サダノブ、下……下行けっ!」
 黒影は手にした帽子を慌てて被り、開け放たれた窓に足を掛けて踏み込み飛び出す。
 背に真っ赤に燃える翼を広げ、ふわりと振り返る。
「黒影!……振り返るなっ!迷いそうな時は前へ行けっ!こっちの威信など気にするなっ!」
 風柳が、組の連中を投げ飛ばしながら黒影に言った。
 サダノブを擦り抜かせて壁になってくれている。
「ふふっ……風柳さん、其奴ら敵では無いです!お手柔らかにっ!」
 そう、黒影が連中も風柳に出会すとは運が悪いなと、笑って言う。
風柳が片腕で首を絞めながら、黒影に手を上げ軽く振る。
 ……了解、か。
 黒影は確認出来ると、立川 真江を探すが上空からは黒くて夜の闇に紛れて見えない。
 如何したものかと旋回していると、真っ白な阿行と吽行(狛犬はこの二体一対で、阿吽の呼吸の語源である)がキャンキャンと可愛らしい声で鳴いている。
 ……サダノブか。
 黒影は旋回を止め急降下する。
「何方だっ!?」
 阿行と吽行が黒影の周りを周り走り出す。
 思ったより深い藪に飛び込んだらしい。
「参ったなぁ。此れじゃあ飛べもしないよっ!」
 真っ暗で木と木の間が狭く、仕方無しに黒影はロングコートをたくし上げ入って行く。
「阿行、吽行、臭いで分かるな。……先に言ってっ……周り込んで……はぁ……威嚇して待て。相手は能力者じない。……攻撃はしなくて良い。嗚呼……もうっ!僕のコートがっ!」
 夏の日差しに灼かれた葉が大事なロングコートに着いて、眉間に皺を寄せながら黒影は払い言う。
 それを見ていた阿行と吽行は、何故か口を半開きにして黒影を見上げて止まる。
「……何だ?その顔は………………あーーっ!?今、思いっきり馬鹿にしたよな。神経質か、潔癖症か!もうっ、何方でも良いから、行ってほらっ!早くっ!」
 少し考え気付いた黒影は、そう言って手をシッシッと払う。
 二匹揃って不思議そうな顔をすると、一つ吠えて先へと駆けて行く。
「……分かっているのかなぁ?」
 黒影は思わず二匹の進んだ方に走り乍ら、ぼんやりと口にした。
 阿行と吽行の脳の許容範囲は解るし、サダノブは忘れいると言っていたが、案外意識もあって内緒にしているのではないかと……そんな事を思っていた。

「きゃっ!!」
 短い小さな悲鳴と、グルグルと唸る音がする。
 ……出来した!其方かっ!!
 黒影は一目散にその音を辿った。

12 ありきたりな言葉

  阿行と吽行が一体と化した大きな、金眼を光らせた野犬が立川 真江の前に立ちはだかる。
「……ひっ……何、狼?!……こ、こっち来ないでっ!!」
 立川 真江が後退りし乍ら、野犬に怯えてそう言った。
 その足元は月明かりに照らされていた筈なのに、何故か真っ黒な闇に侵食され行く。

 ……背後からガサッ、ガサッと、何か真っ黒な人影が現るではないか。
「……何っ?!今度は化け物!?」

「化け物とは……こりゃあ足場の悪い、よっと……。」
 と、シルクハットを片手で押さえつけ、真っ黒なロングコートをバサりと広げる者がある。
 ……広がる闇は深淵の如く何処までも直下に飛来した。

 僕はもう…ただの影には戻らない……。
 ……今の僕の言葉で……。
「……あの、僕の言葉で申し訳ないが……似合わないよ。君の詩集を読む横顔が……好きだった。」
 黒影は帽子を下げ言った。

「……へっ?何を言っているの?冗談のつもり?」
 立川 真江は黒影の言葉を聴くと訝し気に言うと。また走り出そうとする。
「待って!待って下さい!……幻炎(げんえん)……十方位鳳連斬(じゅぽういほうれんざん)……解陣!」
 黒影はやっぱり駄目だとのではないかと思い乍らも、鳳凰の秘経の略経を読む。
 一気に広がった炎の陣は中央の鳳凰陣から、十方位に線状に伸びた炎は外枠の大きな円を作り上げて行く。
 これは幻炎と言って、幻の炎。
 しかし、立川 真江が本物の炎だと思って止まるには十分過ぎる。
「何なのよ、次から次へとっ!」
 立川 真江は恐怖で黒影に当たり叫ぶ事しか出来ない。
 ……陣の中に立つ黒影は炎を纏い、背にも炎の翼を持っていた。

 ……昔のままのただの影の黒影ならば、今何も聞かず影の中に、落とし呑み込めば良いだけだっただろう。
 鳳凰図が見えなければ、其れは闇の上の燃え盛る炎の中の悪魔の様だ。
 しかし、さっき黒影が言った如何にもありきたりな言葉に立川 真江は奇妙な違和感を感じた。
「……貴方……私の事を知っているの?」
 恐る恐る立川真江は、聞いた。
「……えぇ。調べさせてもらいました。……さっきの言葉は推測でも何でも無い。僕は聞いて来た。立川さんは、覚えていませんか。彼の言葉ですが……。」
 黒影はそんな事を言う。
 立川 真江は如何にもありきたりなその言葉に、絶句した。

 一言一句間違いのない、彼が言った事。
 幸せな特別何でも無い会話の中に、時々混ざっていた言葉。
 あまり良く無いとか、否定的な言葉が嫌いで似合わないの後に何処が好きと良い所を言う。
 気が小さくて……言葉にも変な拘りもあって。
 ……他になんか、そんな人……居なかったのに……。
 どうして……こんな時に……。

「……彼、そう言えば気付いてくれる筈だからと。僕に伝言を残して、今日掘り起こされました。今……貴女が流した涙は何処へ向かうべきが。山中 春輝では無い。……小野崎 裕武さんを悼むものであって欲しいと僕は思いますが。……筆名 蒼海 響……彼の詩、僕は嫌いじゃないですよ。そう、墓が出来たら伝えて貰えませんか。貴女が持っている筈のあの「真夏の結晶華」中巻の第一刷と、白いアザレアでも手向けに行けば良い。」
 黒影はそんな事を、泣き出した立川 真江に同情を見せる訳でも無く、淡々と言った。
「……サダノブ……月が……見えないなぁ。」
 黒影が空を見上げてそんな事を言うと、野犬は遠吠え姿をサダノブに戻した。
 黒影も己の影を我が身に引き戻す。
 月明かりが再びゆっくりと辺りを照らした。
 そこには月が出て来るのを知っていたかの様に、帽子に手を添え、見上げる者がいる。
 朧な青い闇夜にその姿、輪郭を、くっきりと浮かび上がらせた。
 のんびりと月を見上げ佇む紳士が其処にいるだけ。
 物想いにその紫水晶の様な瞳を輝かせながら、食い入る様月を見ている。
「……止め……ないの?」
 立川 真江は何にもしなさそうな黒影に、まだ気は抜けないが聞いた。
 「……もう、十分……十二分だと思いませんか。悲しみなんて。……広げたら……増えますよ。簡単に……。貴女にも……必ず。自分で自分を苦しめる為の懺悔を作った所で、何の意味があるんでしょうねぇ?彼はもう、貴女を責める事も許す事も何も出来ない。其れが死だ。そんな状態で……自分が愛する人の為に書いた詩を、事もあろうか読んで復讐に走るなど……。
 ……まあ、僕だったらそんなの、真っ平御免ですね。
 ……貴女はどう思います?立川 真江さん。
 彼……自分が自害した後に、その遺体を貴女が何処に埋められるか気付いていたんですよ。けれど其れを望んではいなかった様です。
 だって……堀りお越した時にしか、アザレアは舞い上がらない。タイトル……最後に付けたのでしょうね。……真夏のアザレアでも無い……「真夏の結晶華」と。
 舞い上がる白い華を……本当は貴女に見て欲しかったのではないかと、そう思えるのですよ。
 ……止めない方が良いなら止めないが、僕は全力でそれを阻止させてもらうよ。あんな馬鹿げた奴を守るのも、正直馬鹿馬鹿しい。……出来れば、そんな事に労力など注ぎたくもないのですがね。……さぁ、どうします?立川 真江さん……貴女の、答えが聞いたい。」
 黒影は最後の一言と共に振り向くと、ふっと微笑んだ。
 その温かい優しい微笑みに、立川 真江の恐怖は薄れ行く。
「未だ……こんなに、あの人の事を想うだけで涙が出るのに……。」
 立川 真江は自分の両手に溜まった涙を見た。
「……だから!……私はこんな自分も許せないし、あの人を死に追いやった山中も、全部許せないっ!……許せないのよ……。」
 立川 真江は黒影を見て、言い放つ。
「……今、貴女……どんな顔で、どんな声で僕に言ったか分かりますか?」
「……醜いとでも言いたいのでしょう?そんなのっ……」
「分かってませんよ。全然。自分の事を100%理解出来る人など、僕は出会った事がない。……醜いだなんて思いません。悲しさしか感じません。貴方……今、嘆いていた。悲しんでいた。素直に一つ前に発した、小野崎さんへの残る想いだけに戻す事は出来ませんか?」
 そう言い乍ら、黒影は指笛を吹く。
「……あれは?」
 青い月夜に揺らめく赤と神々しい光を纏う孔雀の尾の鳳凰が舞い上がる。
「……夢です。」
「……えっ?」
「……夢ですよ。」
 黒影は鳳の事を夢と言い張る。
「……悲しみは決して消す事は出来ない。けれど、その悲しみをあの夢が少しだけ遠くに持って行ってくれる。……そう思えたなら、貴方の答えは代わりはしませんか?」
 黒影はポケットに手を入れ、のんびりと再び美しい鳳凰が舞う夜空を見上げ、慈しむかの様に微笑み言った。
 聞いていたサダノブも、思わずその景色を見上げた。
 炎から飛び散る火の粉は、星の様に輝いては散り、軌跡を辿る。
 その存在は確かに見えど、強く優しく儚い……。
 確かに……夢と言われれば、鳳が何処かへ行ってしまったなら、そう思えるのかも知れなかった。
「……薄れるなんて……嫌よ。……あの人の事……忘れてしまうわ。」
 立川 真江もその夢の様な鳳凰を見上げたが、寂しそうにそう言った。
「……忘れる訳がない。どんな思い出になっても。だが、僕は思うのですよ。人は悲しくも、良かった事よりも辛かった記憶を、二度とそんな目に遭わない様にと覚えるものです。ならば、新しい今を……もっと、楽しく良い思い出で満たしてやれば良いのでは無いかと。……過ぎたから、悲しみだけ?ならば、その程度の愛ではなかったのですかっ!
 ……過ぎても、出逢って良かったと思えるならば、其れは貴女にとって、この先も必要な思い出で、僕はその程度など二度と言わない。貴女が其の思い出を貶めようが、大事にするかは誰が決めるんです!貴女しか他にいないじゃないですかっ!」
 黒影の声が澄んだ夜空に真っ直ぐ放たれる。
 迷いの無い問いを問うている。
 それが立川 真江にも分かる。
「……私しか……いない……。」
 その言葉に、黒影は立川 真江にバッと月明かりに光るロングコートを波打たせ振り返る。
 其の目は力強いのに、光る一線を瞳に煌めかせる。
「そう、其れが真実だっ!貴女だけが決める……否!二人で決める筈だった真実なのですよっ!……小野崎さんは、誰でもない、貴女に!……貴女に言ったんです!良い思い出にしたいっ!良い思い出にさせてくれって!貴女しか、この願いを叶えられる者など、この世の何処にも存在しないんです!
 ……最後の……願いを……叶えられるのはっ!!」

 ……何故だろう。
 この紳士風情の男は、何故……誰の為に泣いているのだろう。私達と、何も関係の無い……人なのに。
「……如何して、貴女が泣くの?泣きたいのは私なのよっ!?」
「……貴女だけが悲しい?冗談じゃない!山中 春輝を殺したらこんなもんじゃないっ!!僕や貴女が泣いた所で、人一人の命は戻っては来ないんですよっ!それは貴女がもう十分、分かっている筈だっ!……この悲しみを山中 春輝の何にもの遺族や関係者にも追わせ、そのまま貴女がのうのうと生きていられる程強いとは、僕には到底思えないっ!死ぬ気でやるって言うなら、僕や野犬にも怯えもせず屈せず立ち止まったりなどしないっ!…………本当にっ、似合わないんですよ!心を傷める程、弱くて優し過ぎる貴女にはっ!」
 黒影が涙を振り切る様に発した言葉。

 ……何故か、その時……涙が止まったの。
 似合わない……そう言ったこの赤の他人の紳士の姿が、あの人の姿に重なって見えて……。

「……そうね……私らしく無いわ。」
 溢れた言葉は……ずっとあの人を失ってから、言いたかった言葉の様に思えてならなかった。

「……如何すれば……良いの?」
 自首しょうだとか、そんな事もあまり考えられなかった。
 けれど、気が付いたら……この男に聞けば分かる気がした。
「……行きましょう。そして、生きましょう……今を。」
 そう言った男は軽く腕を出し私は……捕まった。
 その男は……

 真っ黒な影の様な紳士風情の男だった。
 其の後、私はその男が黒影と呼ばれている事を知った。
 その名の通り……そう思った。
 夏の日差しを見ると思い出す。
 あの人の墓前の前に……蝉の声と白いアザレア。

 ……私が白いアザレアを持っていくのに……
 ……影も無いのに……あの帽子を傾けて笑う紳士が見える気がした。
 ――――――――――――
「さぁーて、今年の夏は何しょっかなーっ。」
 黒影が両腕を思いっきり後ろに伸ばして、心地良さそうに言う。
「ハワイ!」
 サダノブが考え無しに提案した。
「忙しい、却下。」
「じゃ、プール!」
「似合わないから却下。」
「じゃあ……涼し気な鍾乳洞!」
「はぁ〜?」
 ……その言葉には黒影は足を止める。
「……何ですか、先輩!その気の抜けたはぁ〜?は。文句が無いんなら決定ですねっ!思い出、思い出作り〜♪」
 と、サダノブは陽気に万歳したままくるくる回るではないか。
「嫌だよっ!お、こ、と、わ、りぃーだっ!」
 と、黒影はツンとして言うのだ。
「何でですか?」
 ムスッとしてサダノブは聞いた。
「良いかっ!今回だってタダ働きみたいなものなのに、鍾乳洞なんか事件の臭いしかしないじゃないかっ。そんなの探偵の仕事じゃない。風柳さんの方だろ?」
 と、黒影が言っていると、
「何だ、呼んだか?」
 丁度風柳が冷たい珈琲缶を買って戻ってくる。
「なぁ〜に?」
 と、白雪も興味深そうに二人を覗き込み聞いた。
「聞いて下さいよ!先輩ったらね、鍾乳洞と言ったら探偵じゃ無くって、刑事だろって言うんですよ。」
 サダノブが答えると、
「そうか?探偵だろう?」
 と、風柳はちょっと聞き捨てならぬと言い始める。
「……否、刑事でしょう。」
「……探偵の方が多いんじゃないか?」
「いいや、断然刑事が多いっ!」
「探偵だよ。」
「刑事ですって!」
「何でそうお前は譲らないんだ。」
「はぁ?それは風柳さんだって……。」
 恐らくドラマでどっちが舞台が多いかの話しになっている。
「……行ってみたら分かるんじゃない?……黒影、私、行きたい。」
 白雪が下らない兄弟喧嘩に、にっこりして黒影の影の腕にしがみ付き、終止符を打つ。
「へ?本当に?」
 黒影は声を裏返し言った。
「本当よ。良いじゃない、偶には。」

「……………………ぅん。」

 嘘?あれ?まさかっ!!
 嫌だ、嫌だよ、こんな終わりっ!!
「いーやぁーだぁーーー!!」

 そんな黒影の絶叫が響いたか響かなかったかは……また、次のお話しである。
 良い夏の思い出を…………黒影紳士一同より。


―おわり―と、見せ掛けおまけがある。


…と、おまけに行かれる前に、この幕に素敵なプレゼント🎁を頂きましたので、皆様にご紹介致します。
詩人のkogomeyuki様から二作品のこの作品をイメージした詩を頂きました。
この小説にあるテーマの「祈り」から二詩頂いております。
作品の景色を思い浮かべてさせてくれる素晴らしい詩を有難う御座いました🎩🌹
xでは@kogomeyuki16
プロフ🔗 https://x.com/kogomeyuki16?s=21&t=OftoFeAPk7q6eF6dITFjyw

で恋愛詩を中心にご活躍されております。
紹介解説文迄、本当に悩んで書いて頂きました。
何度も何度も本幕を読み、作詞される姿に心、打たれました。
此方だけでは勿体無いですので、何時でも閲覧出来ます様、黒影紳士美術館にも芸術として飾らせて頂きます。
此の様な想いの籠ったプレゼントを…本当に有難う…有難う御座います💐✨
アザレア美しき舞う景色を再びご覧下さい…

kogomeyuki様による本作紹介文

泪澄 黒烏様の『黒影紳士シリーズ』最新作のワンシーンを恋愛詩にさせて頂きました。

有名小説家殺人未遂事件の背景に、詩人二人の切ない恋の物語…。

創作される方、特に詩を書かれる方は惹き込まれる作品かと思われます。
また、推理小説だけでなく、恋愛小説がお好きな方にもお勧めでございます。
kogomeyuki様による本作紹介文
泪澄 黒烏様の『黒影紳士シリーズ』最新作のワンシーンを恋愛詩にさせて頂きました。
作中で鍵になるのは、詩集『真夏の結晶華』それは、詩人二人の幸せの記憶…でも…。
切ない恋物語が潜む、有名小説家殺人未遂事件の謎を主人公『黒影』が解き明かして行く推理小説でございます。

では、おまけへどうぞ♪↓

🔸次の↓「黒影紳士」season6-1幕 第七章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。