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season7-1 黒影紳士 〜「白心願華」〜逃亡せし君🎩第四章 7白心願華hakusinganka 8揚羽

第七章 白心願華

 黒影は単騎突っ込み流れる銃弾を避けて、時に舞い上がり旋回して幻の火の粉の雨をカジノの部屋に降らした。
 流れ去る銃弾を見ると、違和感を感じる。
「……これはっ!?」
 ビリヤード台の下にある木箱から、銃弾が切れては補充し、時には違う形状の銃に持ち変える者もいるが……その銃を見た事が無いのだ。
 違法の改造銃にしては当たりが的確で暴発も見られない。
 ……ただの銃ではないっ!
「うっ!?」
 黒影は腕を押された感覚に、飛び回り乍ら、己の二の腕を見る。
 持って行かれた……肉片が。
 表面だけでは無いので、後から血がじわりと滲み、痛みは遅れてやってくる。
 ……未だだ。激痛では無い。耐えられる。
 然し、不思議なのは銃弾に持って行かれた跡だ。
 漫画じゃないんだ。普通はもっと……周りまで吹っ飛ぶ。
 ただの擦りでは無く、着弾しているのだから。
 良く見ると、歯形の様な不気味な跡があり、黒影ははっと気付いた。
「何だって?!冗談じゃないよ、早く消毒しないとっ!」
 と、黒影はこんな最中に騒ぎ始めたのだ。
 そう……あの、潔癖症を発症したのだ。
 この銃弾が放たれた先にいた恐らく能力者らし男を睨むと、其奴は牙の様な歯を見せ笑った。
 噛み付く何かの能力ではないかとは思ったが、まさかこの銃が能力を銃弾に反映させてた物だとは、傷口を見るまで気付く訳も無い。
 詰まり、噛まれ食い千切られたも同然で、黒影は眉間に皺を寄せて嘆いたのである。
 そんな事ならば、余計にこの銃弾一つ迂闊に擦れば大変な事になりそうだ。
 大きく避ければ避ける程、早く判断せねばならず目が回りそうだ。
 それでも……夏輝ちゃんを探さなくてはっ!

 真っ赤な炎揺らぐ瞳で、逃げ惑い乍らも辺りを見渡す。
 やはり……予測していた場所にいた。
「……そこまでた、黒影。人質の意味ぐらい、分かるだろう?」
 夏輝の脇腹にサバイバルナイフを突き付けて、一人の男が言った。
 その男は日本語を話すが、色白で髪や瞳等の色素全体が薄く、所々青白く血管すら透けている様に見えた。
「正義崩壊域の住人か?」
 黒影は日の当たらない場所に生きていたのではないかと、そう聞いた。
「そうだ。その武器も我々が元から持っていたものだ。能力を飛ばせる便利さは、やはり此方の世界でも良く売れる。」
 そう言って、其奴は黒影の腕をみて嘲笑った。
「子供が必要な理由は聞いた。だが、この世界の規律には反している事ぐらい理解できるな?……必要なはずなのに、何故璃ちゃんを殺害した?この世界では殺人は重罪だ。君等がどんな正当な理由を持ってしてでも、それは揺るがない。」
 黒影は男を睨み言う。
「璃?……ああ、この餓鬼と一緒にいた奴か。あれは関係ない。そもそもこの姉妹は何れ翼を持つ。我々には其れが分かる。ただ、無闇に子供であれば誰でも良いと言う訳ではない。誤解をしているようだから、先にお伝えしよう……次期、この世界の創世神よ。我は我は最小限、必要な物を得ているだけだ。この子は選ばれた子だから連れて行く。殺人?そんな乱暴に扱う気も無いが。」
 と、男は答えるでは無いか。
 確かに……必要な筈が殺してしまえば本末転倒。
 ……では璃が死亡した瞬間……何が起きたのだろうか。
 直ぐ近くにいた鸞は激痛を訴えた。
 あんなに近くにいたのだから、同じ範囲内で同じ事が起こったと考えるのが自然だ。
 ……何か……見落としている。
 正義崩壊域の住人の本質と……あの殺人事件。
 単なる文化の違いでは許されない。それを理解出来ない者に如何理解させるかさえ、困難にも思える。
 大袈裟に言ってしまえば、食人が当たり前の村があったとして、そこにしか住んだ事の無い人にある日突然、人は食べてはいけませんと取り上げる様なものだからだ。
 常識とは……時に、こんなにも脆い物である。
 ……だが、だから諦める訳にはいかない。
 理解出来ないから、他の世界で自由にして良い理由にはならない。

 ……其れに、気付いてしまったんだよ……夏輝ちゃん。
 ……君がもし……何れ本当に翼が持てたのならば、その時……間違って欲しく無い。
 悲しみと言う翼に包まれ……犯罪に堕ちて欲しく無い。
「……夏輝ちゃん。」
 黒影は夏輝を呼んだ。
「えっ?」
 突然に呼ばれた夏輝は勿論、何の事か分からない。

「……璃ちゃん……殺したの……君だね。」

 黒影は長い睫毛を下ろし、目を細め床を見た。
 夏輝は動揺した顔を見せたが、何も答えられない。
「分からない……よな。意識無かったんだ。
 僕は今まで沢山の能力者が起こした犯罪を見て来た。能力を持った瞬時に、其れを起こした能力者自体が気付かなかった例は多々ある。落ち着いて聞いて……。其の能力だけれどね。全く関係ない物を持つ訳ではない。その一人一人が望んだり、不安にする物から守る為に現れる事もある。夏輝ちゃんは、璃ちゃんが見つからなくなって怒られると思った。……嫌な事だね。だから、原因ごと……そう、思ってしまった。」
 黒影はゆっくり話した。
 夏輝の様子を見乍ら。
 夏輝は其れを聞き終えると、俯き小声で何か話し始めた。
「……違う……。璃が何時も私より目立って。何でも卒無くこなして……。羨ましいとは思ったけど……。消えてしまえば良いとも確かに思ったけど、違う!違うのよっ!だって……璃が居なくなってから、あんなに不安で……。本当に消えてしまう様な気がして、私……私は……。私が居なくなれば良いって!」
「……えっ?!」
 黒影は夏輝が最後に放った言葉に、我が耳を疑った。
 つい、攻撃的な感情を思い浮かべてしまったが、逆だったからだ。
 夏輝は消極的な……自らの気持ちを制御出来ない。
 まだこんなにも若いのに、希死念慮に悩まされているなんて、つい哀れに思えてしまうではないか。
 その一瞬……黒影が憐れんでしまった表情が奇しくも夏輝の目に止まってしまう。
「如何して?……ねぇ、如何して皆んなその顔で私を見るの?何で……その優しそうなのに、悲しそうな目で、皆んな私を見るの!」
 感情を夏輝は幼いなりに知ろうとはしていたのだ。
 大人や周囲の表情を余りに気にするのは、自信の無さや彼女なりに気を遣い生きて来たのだと思う。
 だから……同情などしてはいけなかった。そんなに、気を遣わなくても良いと、微笑んでやるだけで良かったのかも知れない。
 哀れみの表情が、きっと夏輝を不安にさせてしまうものだと、もっと早くに気付いてやれたなら……彼女は自分自身を責めずにいられたのかも知れないのだ。
「うぅ……っ!」
 重く身体中を一瞬に走り抜ける痛みは、……ずっと理解されずに増幅させ続けた夏輝の心の痛みにも思えた。
「……夏……輝……ちゃん……。」
 黒影は激痛に顔を顰め状態を蹲らせ乍らも、一歩ずつ夏輝の元へ向かう。
「……大丈夫だ。……大丈夫に……なる。」
 自分に言っているのか、夏輝に言っているのか痛みで意識さえ薄れ行く。
 それでも、未だ間に合う事が……在るのならば。
 少年院にもならない、罪には問われないが……今、この能力の使い方を教えられる者がいて、璃を殺してしまった後悔を別の形にして残し変える事が出来たならば、夏輝は能力犯罪者に成る事は無い。
 こんなにも……事件となれば考えるのに、何故に大切な我が子には其れが出来なかったのか、僕の後悔はこの先も止む事の無い雨の様に変わらない。
 後……もう少し……後……一歩で、未来を変えれるかも知れない……。
 そう思うのに……何故に……その一歩を踏み出す事が、こんなにも遠いのだろうか。
 倒れ掛けた視線の先に、夏輝の泣きそうな顔が見える。

 サダノブはふわりと漆黒のロングコートが広がり流れ落ちる様を見て、走り出す。
「先輩!先輩――っ!」
 ……見たく無い!崩れ落ちる先輩なんて……見たく無いっ!
 何時も横柄なぐらい我儘で、優しく笑うあの人が倒れる姿など……見たく無い!
「敵前で倒れるなって、俺に言ったじゃないですか!」

 サダノブは鳳凰陣に氷の矢を拳で叩き込み、全体に連動させ辺り一面、お構いなしに飛ばすと、鳳凰陣から出てしまえば自らの攻撃も受けてしまうかも知れないと言うのに、黒影目掛けて銃弾と氷の弓が飛び交う中、突っ切るではないか。
「全部、退けって言ってんだろがーーっ!」
 そう叫ぶと同時に両腕に氷の盾を作り出す。
 それでも、間に合わないのは分かっていた。
 何時も待てと言われれば、何の心配も無くそこに居れば良かった。
 行くぞと言われてついて行けば、どんな事件でも何とかなった。
 甘えていたんだ……いつの間にか。
 近頃、黒影が何と無く鸞の父親らしく大人になったものだと、時々感じたりはしていた。
 ……でも違ったんだ。
 それは自分が頼り過ぎて、指示してくれる安心感にかまけて、こんなにも近くに何時もいたのに、こんなにも共に戦って来たと言うのに……黒影の孤独に気付いてやれなかったからだと思い知った。
 完璧過ぎて……尊敬し続けて……信じて来た。
 けれど、同じ事を自分が思われたら如何だったろうか。
 黒影は其れを一度も重いなどとは言わなかった。
 理想のままで在り続けてくれた。
 其れがどんなに大変だったか……想像にも及ばない。
 何故……独りで決断していた事にも気付けなかったんだ。
 守りたい……先輩の為じゃない。
 俺が俺自信を、この先ずっと……後悔しない様に。
 守るって何なのか……一番大事な事を、教えてくれた人だから。

 もう直ぐなんだ……何時も後一歩……。
 如何して先輩は……そんなに早く……駆け抜けてしまうんだ。

「……後……少し……。僅かな……時間を……切に願うならば……。その命は……きっと、価値ある時間と変わる……。……紅蓮……ダグマリア……。」
 瞼を下ろし切る寸前、黒影は口にした。
 それは危機的状況で時がゆっくりと流れ、目の前に真っ白な花弁舞う景色が見えたからである。
 もう駄目だと思った時、想うのは白い……愛しい人の待つ姿。
 柔らかで優しい……白雪の笑顔。
 曇らせたくは無い……。帰りたい……。

 無数の白い木蓮の花弁の中に、一際白さを放つ大きな未だ花弁に成っていない、一輪の木蓮が舞い降りたのが黒影の目に止まる。
 痛みに震える手で、吸い込まれる様にその一輪の木蓮に手を伸ばしていた。
 掌に咲いた……一輪の命が、後一歩を……埋めてくれたのかも知れない。
 床に倒れる寸前に、紅蓮マグダリアの剣を突き立てた。
「未だだ……未だ……。生きようとするならば、未だ……成さねばならない事がある。」
 ふらつき乍らも、黒影は黒いその姿を上に上げて行く。
 そして、後一歩を踏み出し夏輝に掌の木蓮を見せる。
「大丈夫にすると言った。不安になるようなら、この花を見ていると言い。」
 切りかかろうとした犯人の腕を、影を伸ばし巻き付かせ止めて言った。
 夏輝は食い入る様に、その花を見詰め、瞳を白く輝かせている。
 黒影はその姿に、思わず痛みを忘れて優しい笑みを溢した。
 夏輝には木蓮に集中していて、きっとその笑みは見えなかっただろう。
 そんな風に……自分では気付けなくても、いつの間にか誰かが見守っているかも知れない。
 そんな大人も……いたかも知れないじゃないか。

 ……鸞。

 君が返してくれた願いは、いつの日か僕が君に願った事だよ。……如何か無事で……健康な子に……。
 ……如何か無事で……また会えます様に……。
 上手く形としては伝えられなかった。
 けれど、伝わったから返してくれたのだと思っても良いだろうか。
 そして、君から受け取った願いを……今度は未来へ繋げたいと想うのだ。

「先輩!良かったぁ〜。今、痛み消しますから。」
 サダノブが息を切らして、黒影の前に滑り込んで来たと思うと、額に手を翳し脳の異常箇所を探し始める。
「僕も未だ未だ……見守られているようだな。」
 黒影は痛みが和らいで来るとクスッと笑い言った。
「え?何の事です?……ほら、分かり辛くなりますから動かない!」
 サダノブは不思議そうに答えると、集中したいのか眉間に皺を寄せ目を閉じた。
 その間も、氷の盾に弾丸が数発めり込んでいる。
 夏輝は不安がり花から目を逸らし辺りを見渡した。
 黒影もちらりと盾を横目に見て、強度を心配する。
 めり込んだ銃弾から響くアスタリスクは次第に深く氷に影を刻んで行く。
「サダノブ、もう限界だ。僕は行く。」
 黒影は未だ痛みが海馬に残り、慢性的な鈍痛を感じていたが、盾の損傷から鑑み、そう言って盾から飛び出し舞い上がった。
 マグダリアの花弁を纏った朱雀剣を黒影は後方に一度降ると逆に勢い良く宙を斬る様に、花弁毎剣を舞あげる。
 白き花弁は紅蓮マグダリアの朱雀剣から離れると同時に、何と真っ黒な鸞の使う、黒揚羽の影と姿を変えたのだ。
「――鸞……。」
 黒影はその幻想的な景色に、言葉を見失いそうになる。

8 揚羽

 明らかに鸞の使用する薬師蝶である事は分かるが、一体なんの効能が鱗粉に混ぜられているかは分からない。
 毒であろう事しか想像出来ない。
 黒影は椅子に括られたままの夏輝の縄を解いた。
 夏輝が立ち上がり、不安そうに蝶を眺めていたので、黒影は夏輝を引き寄せ頭を撫で、
「……大丈夫だ。安心して良いんだ。」
 と、言う。
 夏輝からは黒影の肋骨程の高さしか見えない。
「あの……。」
「……ん?」
 夏輝が少し恥ずかしがり乍らも黒影を呼ぶ。
「……此れ、お返しします。もう、怖く無い。」
 夏輝は初めて守られると言う安心感を感じていた。
 温かくて……優しい……。
 ……だから、安心するから……もう、此れは要らないわ。
 黒影に少しだけ頭を寄せて、そっと目を閉じて一輪の木蓮を黒影の手に返した。
「有難う。此れがきっと、この先を変えてくれる……。」
 黒影は受け取った木蓮を見てそんな事を言った。
 鸞の薬師蝶が敵に次々と付着する。
 黒影とサダノブは注意深く、その効果を見届ける。
「……あれは……。」
「……痺れ蝶ですねっ!」
 黒影の後に、サダノブも気付き歓喜した。
 暫くではあるが、痺れの作用で銃口を向けても外す。……否、立っているのもやっとだろう。
 銃を持った集団相手には持ってこいだ。
 とは言え、勿論後で風柳から警察側へ報告義務はある。
 鸞は影を蝶にし、毒薬をその鱗粉につけ飛ばす。黒影の影は成長するまで単独犯向きだったが、薬師蝶はそんな影の黒田一族の弱点を補っている様にも思える。
 鸞は未だ気付いていないんだ。自分がどれだけ、これから必要とされるかを。
 言ってやれたらそんな簡単な事は無い。
 けれど、鸞が必要とされたい理由はきっと違う。技じゃなくて、一人の人としてだ。
 それはさ……、もっと一緒に探偵しなきゃ、分からないよ。頼れる仲間は重ねる日々の中で、その大切さに気付くのだから。
 漆黒の蝶が光を透かし、美しく舞う。
 戦い明け暮れた日々……掌には白い華もある。
「鸞は芸術点だけは高いな……。」
 黒影はそんな事を言った。
 戦いの中に「怒」「悲」「優」を持ち合わせた、阿修羅だからこんなにも違うのかと景色に魅入っていた。
「……じゃあ、俺は風柳さんに序でに此奴等、しょっ引いてもらうように……」
 サダノブは後は能力用に改造せれた武器を押収して調べれば終わりかと、黒影に背を向け出入り口を見て、一歩歩き出した時である。

 ……まただ。また一歩が……狂わせて行く……。
……何故……後一歩が……合わないんだ。

「サ……」
 サダノブは小さく呼ぶ黒影の奇妙な声に振向いた。
 足元に蹲り、ズボンの裾を持ち動けずにいる。
「先輩?……嘘だろ?!」
 サダノブは一瞬で何が起こったか分かり、血の毛が引いて行くのを感じ乍ら、姿勢を落とした。
「先輩、此れ何です?」
 背中に突き刺さった1メートルを超える長さの槍の様な物。
「は……はっ……。これ……絶対に抜くな。……矢スリングショットだ。」
 床には倒れたく無いのか、サダノブが座ると、目を閉じて息を切らしたまま、必死に膝に頭を乗せて黒影は答える。
「……こんな時にも潔癖症って!……まぁ、先輩らしいですけど、何ですその矢スリングなんちゃらって?」
 と、サダノブはおそらくこの武器を放った犯人を睨んだまま、黒影に聞く。
「釣りだよ。……大型の……魚引き上げる……。はっ……先が抜けない様に抜く方角に逆らって開いている。だから抜くな……。床、嫌だ。」
 と、黒影は言ったが、冷や汗を滲ませ、出血からか顔色も青白く、悪寒から小さく震えていた。
「……床に転がりたく無いのは分かりましたけど!このままって訳にも……今、涼子さんと風柳さんに伝えますから。大人しくしていて下さい!」
 サダノブは黒影を担ぐとカジノの長椅子に背中が当たらぬ様にうつ伏せに黒影を横にし、犯人へ向かおうとした。
「あんの野朗!よくもっ!」
 勢いよく踏み出そうとするのに、足を何かに取られズッコケた。
「……だせぇ……サダノブ。床……顔面じゃないか。」
 黒影はサダノブの方に顔だけ向け、乾いた薄い笑いを小さく浮かべる。
「先輩、未だ痛みだって完璧に取れてないじゃないですか!」
 サダノブは黒影が未だ犯人とやり合う気だと、足元に伸びて止めた物が影だと気付いて言った。
「だから、早く取れば良い。お前の仕事は僕を逃す事でも、犯人を逃してやる事でも無い。僕は彼奴に言いたい事がある。肩、貸せ。」
「はん?何で肩借りるのに、そんなエベレスト級上からしか言えないのかなぁ。休んでろって言ってんすよ!」
 サダノブも流石に無茶しようとする黒影に言った。
「……社長に暴言。金一封分マイナス。」
 黒影はそう言うと、勝手にサダノブの腕を引っ張り、ずるずる平気で上がって借りる。
「え?社長ディスるの、減俸制!?」
「うん、今決めた。サダノブは事務のくせに、普段の言葉が相変わらずヤンキーだ。よって、社員教育の一貫。」
 黒影はそんな風に言って、笑うが肩を借りて歩けと、瞼すら開けずに話している。

「……サダノブ……夏輝ちゃんをもっと離して。」
 黒影は俯いたまま、サダノブから離れ言った。
 犯人の真正面で止まる。
 止まると、背中からの鮮血が床に溜まって行く。
 黒影の影は前方の犯人へと伸び、動きや距離は見ずとも、影で測っている。
 手にした紅蓮マグダリアの木蓮は剣に巻き付いて、いつでも斬り掛かれる間合いには入った。
 ……が、きっと黒影は斬らない。
 鳳凰や朱雀の魂は……其れを許しはしないだろう。
 近距離攻撃を避ける為だとは、サダノブにも理解できる。
「……先輩……。」
 何かしようとしたサダノブを黒影は掌を見せ、制止した。
「……ギリギリだから良いのだよ。サダノブが入ってしまえば、成立のしない話しをする。」
サダノブは何の事かは分からないが、
「心配して待つ、鸞や白雪さんの事、もう少し考えて下さいよ、大人なんだし!風柳さんが来るまで大人しくして下さい!」
 と、今は勿論黒影に無茶をさせない様にするのだ。
「大人しく?……はあ?誰に言っている。じゃあ、僕も言わせてもらうがな!白雪や鸞が待っているからと、力量を発揮出来ない事を二人は喜ぶのか?!……こんな物!!」
 黒影が突如、己の背に刺さった矢スリングショットを引き抜いてしまったのだ。
「ぎゃーー!!……うっそ、何やってんすか!小説じゃなきゃ色々モザイク入る所だったじゃないですか?!先輩がさっき抜くなって言ったでしょう?!」
 サダノブはもう何が何だか分からず、軽いパニック状態で、黒影のから散った肉塊を拾うべきか、拾わないべきか狼狽える。
「……くっ……く、く……狼狽えるなよ。」
 黒影は深く帽子を被ってはいるが、肩を小さく揺らし怪しく笑うのだ。
 そして、次の瞬間に痛みも全て吹っ切った様な速度で、朱雀剣改紅蓮マグダリアを振り上げ、痺れ蝶を受けた犯人に斬り掛かるでは無いか。
「何故っ!」
 犯人は慌てて、先程まで夏輝を捉えていた椅子の後ろから、もう一本の矢スリングショットを取り出し、横にし剣を引く。
「生を賭けている者が、こんな事如きで諦める訳ない。ならば、期を伺っている。……この、武器を置いてでも生き延びりゃあ良いんだ、君は!だったら何時を待っている……捕まる寸前だよ!兄貴にこんなの、喰らわせらんないだろっ!」
 黒影が鬼の形相で、紅蓮マグダリアをギリギリ鳴らして、犯人ごと後方に吹き飛ばした。

 ……そうか、風柳さんに……。
 意地で突っ込んで行ったのは、逮捕に周る筈の風柳さんか、警察関係者が同じ怪我を負わないように。
 先に持ってるだけの手の内を犯人から出させたかったんだ。
「この武器……如何した?」
 黒影は吹き飛ばされた犯人が、それでも向かってくる姿を目に焼き付け言った。
「サダノブ、夏輝ちゃんを連れて避難しろ!此処は僕一人で十分だ。片付いたら一報入れる。既にほぼ壊滅している。……行け!」
 黒影は犯人の前に立ちはだかる。
 真っ黒な姿に、一瞬チラッと帽子とロングコートの立襟から、真っ赤な瞳を覗かせ、後ろにいたサダノブに言った。
「でも……。」
 しかし、その大きな存在感の背中とは裏腹に、抉られた傷が痛々しい。傷口だって、未だ塞がる訳も無く、次から次へと血が滲んで溢れては黒いコートに染み込んで行くではないか。
「……でも?」
 黒影は冷たい口調でそう言った。
 有無を言わさず……。そのくらい……分かってるよ。
 勝手で……我儘で……なのに、分かるから。
 護らなきゃいけないと分かっているのに、こんな時如何したら良いのか、毎回悩むんだ。
 先輩は放っておけと答えるだろう。俺は俺の答えを探さなきゃいけない。
 ……こんな時さ……鸞や白雪さんの気持ちが少しだけ分かるよ。願うしか出来ねぇんだよ。
 近くにいても……信じるしか出来ねぇ時があるんだ。

 サダノブは夏輝が不安にならないように手を繋いでカジノの外へ出た。
 黒影は其れを見届けて深く一度頷いた。
 夏輝から戻って来た掌の木蓮を一瞥する。
 ……夏輝が歩む未来はきっと甘いものではない。能力者として生き、人として生きる事を忘れてしまうかも知れない。
 それでも……僕に出来る事は、ただ真っ直ぐに生きる事しか無いのだと思う。
 少しずつ、痺れ蝶の効能が薄れた連中が、銃を持つのを諦め、矢スリングショットに持ち替えた。
「この鳳凰一匹、矢鴨にするなら其れで十分だ。……か。甘い……甘いよ。僕の影を忘れてはいまいか?」
 黒影と似た炎や水、雷の様な光を纏ったもの……凡ゆる能力を纏った槍の様な矢スリングショットが飛んで来た。
「……効くかっ!そんなもの!……幻影斬刺……発動!」
 尖らせた針状の影を黒影は、舞う様に一回転すると、辺りに一面に散らした。
 漆黒の雨はカジノ全体の招かざる客の動きを止めたが、勿論死なない程度の大きさで完璧にとはいかない。
 然し、薬師蝶が溶け始めた鈍い動きには十二分に効果はある。
 それよりも、厄介だったのは……更に避けれずに刺さった何本かの矢スリングショットだった。
 痛みと言うものは、本来大きな方に傾き感じる。
 一箇所の大きな怪我があれば、小さな怪我を感じ辛くなるのだ。
 そしてもう一つ痛みを感じ辛くする方法がある。
 ……そう、アドレナリン。脳内麻薬とも言われる程だ。アスリート等が常に興奮状態になる事で、慢性的な肉体疲労の極限を超える結果を出すが、その代わり……気付いた時には完治に時間が掛かったり、困難な怪我まで見落とすリスクがある。
 ……極限に至り、人間は何を思うのだろう。
 ……生きたいと言う願いに、何を……思うだろう。

「……我々は生存の為に此処へ来た!この世界の者が能力に対し、無頓着だからこうやって活用方法を教えて、要らない親もいない子供の能力者を探しているだけだ!……何方も問題無く、潤っているではないか。……この世界を次世代統べる者ならば、何が有益かぐらい分かるだろう?!……我々は間違っていない!ただ、生きたいと成す事に間違い等ない!……現に「真実」でさえ、我々を受け入れた!……黒影……、後は……黒影さえ……。理解しようとしないのは、現実を見ようとしないのは、黒影……貴様の方だっ!……見ろ、現創世神でさえ、我々に何もしない!邪魔なのは貴様だ、黒影!」
 夏輝を誘拐した犯人は、ふらつき乍も黒影に激る恨みの籠った瞳で睨みつけ、言うのだ。
 その瞳は一瞬でさえ逸らす事も無く、真っ直ぐに正しいと信じている。
「……じゃあ言おう。何方かが生きていればなぁ。」
 黒影は無慈悲にも取れる行動に出る。
 己がボロボロになってでも、相手がもう戦う気はないとしても、朱雀剣を振り上げたのだ。
 ……正しい。……正し過ぎて……反吐が出る……。
 僕は神では無い……正義でも無い……黒影と言う、ただの探偵だよ。
 まるで剣戟の様に、倒れ掛けの二人は身を守っては、離れ攻撃を仕掛けを繰り返す。
 金属から火花が散り、朱雀剣から火の粉が散り、二人の周りを真っ白な木蓮が包んだ。
「何故だ!何故引かない、黒影っ!」
 犯人の言葉に黒影はこう返した。
「……間違っていない、即ち正しいとは限らないからだ!利益の為に、多少の犠牲ならば許されると思っているならば、それは傲りで傲慢である!総て親が居ない子供だけの様に君は今言ったが、翼を将来的に持つ者を例外にし、勝手な理屈をほざいているじゃ無いか!悲しむ者の上に、自由や生きる事があるなんて、僕は認めない!その他大勢が何だ!神々が何だ!……僕は僕の人生を全うする為だけに生き、僕の意思で其れを許せない!」
 鳳凰の羽が赤く輝き、大き過ぎるダメージに散って行く。
 命と命を擦り減らし乍ら、それでも答えを探す二人がいた。

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(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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