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「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様3〜大人の壁、突破編〜🎩第一章 雨霧

45分差の切り裂きジャック最大の連続事件「ダブルイベント」に挑む!
☆今回の見所…一本釣り。黒影御乱心。フローズンローラーストライク!サーダーイーツ。大海嘯

今回もあるぞー!美しき蒼の影技、幻影惨刺乱舞斬りで舞い上がれ!
行くぞー!解陣っ!!

第一章 


なんて不躾なタイトルかなんて、もう野暮な事は言わないよな?
 僕は十字しかきらない。
 それに切り裂きジャックでも無い。
「親愛なる切り裂きジャック様」と呼ばれる事もあるが、日本から、このイギリスに到着した時、丁度切り裂きジャックの最後の事件直後に出会し、容疑を掛けられただけだよ。
 この「親愛なる」は、僕がパパラッチから逃げているところを宿に匿われ、宿代代わりにその近辺の夜の警邏をし、女達に感謝されたからだ。
 悪いジョークにもなりゃしない。
 僕は黒田 勲(くろだ いさお)……通称「黒影」と呼ばれる、ただの探偵だ。
 黒田一族は昔から影使いの一族で、ノアの方舟の様に影の中に、動物を避難させ絶滅を防いで来た。
 僕は中でも鳥類の影らしく、鳥類の長である鳳凰の魂を宿している。
 青い影の炎と赤い鳳凰の炎を持つが、基本的には青い炎しか必要無い。
 鳳凰の守護の狛犬になった、黒田一族でも無い佐田 博信(さだ ひろのぶ)略してサダノブにとっては、鳳凰の力は必要なので、その時の為だけに一応使える様にはしておいた。
 サダノブは探偵社設立直後からの親友で、今は探偵社の事務員もしている。

 ……僕は……確か……刺されて……。
 そうだ。砒素売買に関わっていたクラウディア(またはクラウディー)に、娼婦や売買宿が立ち並ぶ、貧困地地区イーストエンドの自警団の巡回の際、再会したんだった。
 ……霧の中、ショールを被っていてしゃがみ込んだところを、急病人と間違え近付き、脇腹を刺された。
 こうやって意識があるのだから、生きてはいるみたいだ。
 それにしても……まだ体が付いてこないのか、起き上がれないし、目も開かない。
 僕はずっと瞼に白い光がぼけて見えていたので、ああ…また病院か、と思う。
 毎度過ぎて、見慣れた景色だ。
 逆にここから目を開ける方が怖いよ。
 このまま狸寝入りをきめこむか…申し訳なさそうな面で、謝罪するか……。
「気にしておく」
 とは言ったよ。
 心配する最愛の妻、白雪(しらゆき)には。
 今回も心配を掛けて……何度目かも分からない。
 だから、どう機嫌を直して貰おうかと、こうして目を開ける前に考えるのだ。
「……黒影?」
「……えっ?」
 ……あっ……。目が……開いてしまった。
 ――――――――
 つい、返事をして目覚めた黒影の目を見ながら、
「ねぇ、いつから狸寝入りしていたのかしらん?」
 と、白雪は氷点下の笑顔で迎えた。
 黒影の嘘を白雪が見抜けなかった事はない。
 ただでさえ嘘が苦手で下手で嫌いな黒影だから。
 泳いだ目が、聞かずとも全てを物語る。
「……それは……ほら、時計が見えなかったから分からない。」
 と、黒影は苦笑した。
「そうね。それは当然だわ。……お帰りなさい、」
 と、怒ったかと思ったが、改めて綺麗な笑顔で出迎えてくれたのだ。
「……心配ばかり掛けて……すまない。」
 黒影は俯いて、そう言うと上半身を起こそうとする。
 傷が横腹だったので、つい顔が歪む。
「素直に言ってよ。……ほら……。」
 と、白雪は黒影を支えて起こすのを、手伝ってくれた。
「有難う……。……後何回、御免なさいと有難うを白雪に言うんだろな。」
 黒影は思わずそんな事を言って微笑む。
「そんなの……一生に決まっているじゃない。」
 と、白雪は言う。
「……それも、そうか……。」

 ……結局、何か言い訳の理由を考えたところで意味も無い。
 共に生きると誓ったならば、格好付けただけ見苦しい。
 素直でいれば……それで良い。

「珈琲飲みたい。……まさか、病院には無いか。」
 と、黒影は言った。
「ねぇ、貴方が一番にそう言うって、誰だって分かるわよ。病院に運ばれたって聞いて、一番に珈琲作って水筒に入れて来たの。だからね……黒影……?」
「なぁに?」
 白雪が何か言いたそうなので、黒影は聞く。
「……即死だけはしないでね。後、私が来るまでに死んだら、仏壇にだって珈琲置いて上げないし……それに……。」
 と、白雪は俯いてふわふわのパニエ入りのスカートの上をギュッと握っていた。
「……死なないよ、僕は。君がもう良いよって言うまでは。おいで。」
 と、黒影は腕を広げ、微笑む。
 白雪は飛び付く様に、その腕の中で泣いている。
 黒影は白雪が落ち着くまで、呆然と外の景色に目をやり、白雪の頭を優しく撫でていた。
「……白雪さん、先輩どうですか?」
 サダノブが部屋に入ろうとして、またタイミングがヤバかったと、慌ててUターンしようとして、ツルツルの病院の床で滑る。
「お前、そこまでタイミング悪いと、最早確信犯だなっ。」
 と、黒影は見事にすっ転んだサダノブに、大爆笑する。
「笑い過ぎて、腹に響くよ。」
 と、言いながら。
「ふふっ、本当。サダノブのバァ〜カ♪」
 と、白雪は黒影の腕の中で俯いているものの、可笑しくて肩を振るわせた。
 お陰で元気になったのが、散々黒影の袖で涙を拭かれたが、白雪は顔を上げると何時もの笑顔になっている。
「……サダノブ、有難うな。」
 黒影はボソッと言った。
「えっ?何がですか?」
 サダノブは頭を掻きながら、立ち上がり聞いた。
「……何でもないよ。」
 黒影はそう言って、白雪を見て何時もの様に微笑むだけだ。
転けたら……感謝?……サダノブは意味が分からず頭を掻いていたが、
「あっ!皆んなに知らせないと……。どうします?」
 サダノブも馬鹿なりに気を遣って、もう少し夫婦で話す事もあるだろうと、一応黒影に聞いた。
「ああ、構わないよ。」
 黒影はのんびり白雪が水筒から出してくれた珈琲を、一口飲み長い息を吐いた。
「あっ、あのぉ……。」
「何だ?」
 サダノブが部屋を出ようとして振り向き言ったので、黒影は聞く。
「言えなかったから……。お疲れ様でした。」
「ああ……そうか。長い夜になってしまった。お疲れ様。……それと、クラウディーの事だが、彼女の事はもう良い。」
 そう、黒影が言うではないか。
「否、でも……先輩、毒盛られて刺されているんですよ!」
 と、サダノブはそれは甘過ぎると反発した。
「仕事とは生きる為に必要な事だ。彼女は亡くなった旦那さんとの思い出の家を燃やし、僕の所為で職を失った。……恨まれるのは分かっていたよ。
 彼女……きっと娼婦になったんだよ。あわよくば娼婦を警邏する僕と出くわすその日を待って。
 此処の刑務所はどうなんだろうなぁ〜?どっちが生活出来るのだろう?」
 と、黒影は言う。
「でも、それじゃあんまりに……。」
 と、サダノブは言葉を詰まらせる。
「あんまりに……は、どっちに言っているんだ?彼女はそもそも、巻き込まれたんだ。運命ごと。選ぶ選択肢なんて無かった。これからどう生きるかは、彼女が決める事だし、僕は訴える気はない。どちらにせよ茨の道しか無い者を咎めるのは、性に合わん。精々、関係者を洗い出して終わりだ。」
 と、黒影は話した。
「じぁあ、せ、め、て!……関係者ぐらいは言ってもらいましょうね!」
 と、サダノブは黒影の甘さに、少し苛立っている様だ。
「……関係者を言ったら……殺される。やはり、保護する意味でも刑務所に入ってもらわないとならないな……。」
 黒影はサダノブが去ると、目を細めて小さくそう呟いた。
 真っ黒な珈琲の中に己の顔が揺れている。
 止めるとしたら……何時だったのだろう。
 何度でも機会はあった筈なのに。
 降ろした長い睫毛から、見える瞳は何処までも悲しい蒼だった。
「黒影?……大丈夫よ!だって、貴方は私の世界一の探偵なのだから。選ぶ道が無くても、きっと何時もの様に、洞察力と観察力が道を作るわ。病み上がりで、ナイーブがちょっと過ぎるのよ。頭が回ってるきたら、全て上手くいくわ。」
 と、白雪はにっこり笑って、黒影の細い視界に入り込む。
「……そうだな。しっかり休んだら、思いっきり調べに調べ尽くしてやるっ!」
 と、黒影は笑った。
「……何だ、もうすっかり元気じゃないか。」
 と、黒影の笑い声を聞いて、風柳(かぜやなぎ※黒影の腹違いの兄)がそう言った。涼子、穂も病室に来る。
「急に大人数だなぁ〜。大家族みたいだ。」
 と、黒影は微笑んだ。
「幸せ者なんですよ。」
 と、サダノブが言いながら戻ってくる。
「……で?黒影の旦那。参謀が怪我ばかりとはらしく無いねぇ。……指示は?」
 と、涼子(りょうこ※ビジネスパートナーのセキュリティ専門店「たすかーる」の女店長。元大泥棒)が聞いた。
「……そうだなぁ。僕がこの時代で何とか有り合わせで作った無線機がある。あれをもう少し増やしてくれないか。此処にいる人数分。風柳さんは警察内部からだ。現場から記念にとショールを持ち出した馬鹿がいる。そいつが何れかの犯行に関わりがあるか調べて欲しい。身内は調べない……その盲点をついてきている可能性がある。サダノブは……穂さんと、今は休暇を楽しむ事。穂(みのる※「たすかーる」従業員。サダノブの婚約者)さん、サダノブ勝手に血の気多いから、休暇残業しないように、よ〜く見張り、頼みますよ。」
 と、黒影は其々に指示を出す。
 助け合いが当たり前の仲間。
 だから誰も嫌な顔一つしない。

 相手が団体様だったら此方もそれなりに…。
 けれど、まだその時では無い。
 最後の一手は追い込んでから…。
 ――――――――――――――――

 霧雨が降っている。
 街は灰色の雲に覆われ、この街の悲しみをより一層深めて行くように見えた。
 黒影を匿ってくれていた宿はかなり上宿の方で、その日寝る為だけの宿や、家族で一日の雨風を凌ぐ為に、たった一つのベッドで眠る事もある。
 仕事を掛け持ちしでも人口が過密になり、労働条件は劣悪で、働きながら娼婦をする者もいた。
 娼婦なら儲かる訳では無い。その日の食いぶちを安価で稼ぎ、宿代も無ければ追い出され、また声を掛ける。
 そんな街だ。
こんな日はつい、病院にいても考えてしまう。
 今頃、雨に濡れても客を探し、娼婦達は今日も彷徨っているのだろう。
 サダノブと黒影の代わりに穂さんが組んで夜の街を巡回してくれている。
 黒影は二人なら大丈夫かとウトウトと、久しぶりに夜に眠った。
 ――――――――――――――――

「……あっ!あの女っ!」
 サダノブがクラウディーを見つけて走り出した。
「ちょと、サダノブさんっ!駄目です!黒影さんに怒られますよっ!」
 穂はサダノブが急に走り出したものだから、サダノブが追っているのがクラウディーだと直ぐに気付き声を掛ける。
 黒影が一応と渡してくれた影の盾しか無いのに、どうしようと言うのだろう。
「おぃ!クラウディー!」
 サダノブはクラウディーに追い付き腕を掴み上げた。
「……なっ、何よ!恨み言でも言いたいのかしら!」
 クラウディーは出会った頃とまるで別人で、物凄い剣幕でサダノブを睨み付けた。
「良いから、着いてこいよ!」
 と、サダノブは手を離さず引っ張りズカズカと歩いていく。
クラウディーは何度か抵抗するも、力が強くて結局引き摺られる。
「何!?離しなさいよっ!私、お客さんとらないと。今日泊まる所も無いんだからっ!営業妨害よ……それとも、あんたが買ってくれるわけ?!」
 と、クラウディーは言う。
「別に買っても良いよ……。なら、問題ないよなっ!」
 と、サダノブが言った。
「えぇ!?……サダノブさん、幾ら何でもよく私の前でっ!」
 勿論サダノブの婚約者の穂は、その言葉を聞いてサダノブに回し蹴りを飛ばす。
「あっ、危ないでしょう?穂さん。……買うのは時間ですよ。」
と、サダノブには慣れた、穂の何時もの嫉妬焼きなので、軽く腕で止めて穂に言った。
 穂も流石に愛するサダノブには、本気の回し蹴りは飛ばせなくて、跳ね返されても全く気にしていない。
「えっ……時間?」
 穂は、何の事か聞いた。
「そう、時間。話、色々聞きたいから。……それに、話聞くにも危ないらしいから、警察行こうよ。」
 と、サダノブがクラウディーに提案すると、クラウディーは必死に頭を横に振って、逃げようと必死に手を引っ込めようとした。
 サダノブは不思議そうにクラウディーを見る。
「ねぇ、そんなにイギリスの刑務所って扱い悪いの?」
 と、サダノブは異常に嫌がるクラウディに聞いた。
クラウディは頭を縦に振る。
「へぇ……そうなんだ。じゃあ、何処で話、聞けば良いかなぁー?……そうだ、黒影先輩に謝ってよ、ちゃんと!……先輩、訴えないって。」
 と、サダノブはクラウディーに話す。
「え?……どうして……。」
 クラウディーはそんな筈は無いと思いそう言った。
「クラウディーの人生を台無しにしたとでも思っているんでしょ。刺されたって毒盛られたって、気に掛けるんだよ、あの人は。」
 と、サダノブは言った。
 クラウディーは下を向き、素直に歩く事にした。
 自分のしでかしてしまった事を、今更申し訳ないと思ったから。娼婦に成り下がってしまった自分は色んな事を諦めた。
夫が死去し、娼婦になりたくないから、言われるままに砒素の取引きを始めた。黒影さえいなければ……こんな筈じゃなかった。それは八つ当たりでしか無いけれど……本当は。

「ねぇ、貴方……見てよ。空飛ぶ探偵ですって。夢があって素敵じゃない?」
 と、クラウディーは車椅子を押した。
 夫はどれどれと膝に置かれた新聞を広げる。
「ぁはは……本当だ。そんな影に見えなくもない。…………探しに行こうか。」
「えっ?」
 クラウディーはその時、夫が自分の死期が近い事に、気付いているのだと思った。
「いるかしら?」
 そう、笑ったけれど夫はクラウディーの頬を、いつも泣いて慰める時のように、手を伸ばして撫でた。
 夫が見せる優しい笑顔に、このままでずっと居られたら……そう思ってしまう。
 けれど、現実は……きっとそんなに甘くない。
 でも、夢を探すみたいに、空を見上げて彼方此方に遠出をした。
 最後のデートみたいに、出会った頃を思い出して、はしゃいだ。
 過ぎゆく鳥も、空も美しい……。
 いつか貴方とそれが見れなくなると想う悲しみからも、「親愛なる切り裂きジャック様」のお陰で考えなくて済んだ。
「今頃、彼はあの雲に隠れているに違いない。」
 そう、夫は大きな鳥の形をした雲を指差した。
他愛も無い、愛しい時間……。

 ……ねぇ、貴方……いつか、私は貴方を裏切るのに……。

 とっくに貴方の保険も尽きて、貴方の事業も分からない私は、貴方がそれだけは駄目だと言った密入を始めた。
 私が堕ちたのは……全部私の所為。
 「どうして貴方が見た、あの鳥の様に自由に価値を見出せなかったのだろう。」

 「…………それはね、鳥を見ていたのは旦那さんだけで、貴方が旦那さんの死を不安に想い、旦那さんの顔色をずっと見ていたからですよ。」
 ふと、黒影に再会した時、クラウディーは疑問を口にしていた。
 その前の話など何もしていないのに、黒影はそう言ったのだ。
「どうします?また僕を刺しますか?サダノブには身の安全の為に、警察へ連れて行く様に行ったのですよ。ねぇ、何か知っていますね?……警察官に不信感でもあるのでしょう?」
 そう聞いてもクラウディーは何も返さない。
「僕はありますよ、不信感。……サダノブ、幾ら警察が無理だからって、病院は無いだろう?カーテンを引いたとは言え、窓も広い。あの団体様がいたら断然不利だぞ。」
と、黒影は言って、サダノブを見た。
「あのぉ……黒影さん。……いいえ、今は「親愛なる切り裂きジャック様」と呼ばせて下さい。……謝罪になるか分かりませんが、私の知っている……」
「ちょっ、ちょっと待った――っ!!」
 クラウディーが話す途中で、黒影が唐突に昭和の告白番組ごっこのお約束を言い出すでは無いか。
「はぁ?先輩、真面目な話をしていたじゃないですか。」
 と、サダノブは言ったが、クラウディーは大人しく、
「あっ、はい。では待ちます。」
 と、答えるではないか。
「へぇ?何で――っ!そこはお断りが相場でしょう?シリーズの雰囲気読んでよぉ〜っ!」
 と、サダノブががっかりする。
「合ってるんだよ、これで!サダノブじゃあるまいし、僕はお断りされないのっ!」
 と、黒影はサダノブに静かにするように、唇に人差し指を当てた。
「ねぇ……クラウディー。蛇の小瓶を持っているね?絶望しても当然だ。けれど、全部を話し死なれたところで、僕はそれを謝罪だとも受け取らないし、最後は素晴らしかったなんて言わない。……生きている以外に、素晴らしいもの等、この世にたった一つも無いんだ。断つことを望まず……それだけで、絶望は変わる。」
 黒影はクラウディーに掌を差し出した。
 クラウディーは暫くその手を見つめ、黒影を見るとポケットの中から小瓶を出した。
「希望が見えないのは……死にたかったからかも知れませんね。」
 と、クラウディーは悲しげに微笑む。
「希望が遠すぎるならば、せめて切望に帰れば良い。輝いていなくとも、心一つで願えるじゃないか。」
 と、黒影は優しく笑った。
「私……あんなに酷い事をしてしまったのに……御免なさい。」
 と、クラウディーは頭を下げた。
「はい、分かりました。じゃあ、あの保険屋に扮した男から話してもらえますか。話した後は、見知った売春宿を紹介するよ。そこのセキュリティは、今の時代じゃ入らないぐらい最新だ。安心して良い。」
 と、黒影は話す。
 本当はそんな仕事を辞めろと言いたいが、一人救ったところで他に差し伸べられた手を見捨てる事になる。
 人一人には、助けられる数が決まっている。
 大きな社会問題に首を突っ込む気もない。
 与えられた場所から逃げるのも、与えられた場所で必死に生きるのも、同じ自由意思だ。
 自由に成りたいと思っても成れない……そんな風に見えるだろう。
 何時、動くか動かないかは、本人だけが決められる。
「……ホスティー•マクノートン。彼は、組織の中でも砒素売買を主にしていました。彼と売買を始めたのは、夫が無くなる少し前。そして、黒影さんが来た時、マクノートンは五人目のアニーを殺して、私に心臓を見せたのです。
だから私はそれからも取引を続けました。小瓶は自白を強要されたら楽に死ねるから飲めと。さもなくは娼婦に成り、アニーの様な姿になるだろうって。」
 と、クラウディーは話し始めた。
「その組織はどんなものですか?」
 と、黒影は更に聞く。サダノブはじっとクラウディーを見ている。
 今度こそ、嘘がないか思考を読んでいるようだ。
「それが……行った事はないのです。マクノートンから少し話は聞きました。何でも叶えてくれる、魔法の頭をもった気に入らない奴がボスなのだと。ボスは決して誰も会った事が無い。だから賢いんだって。この辺りのギャングの犯行なんて小さなものだ。もっと広い視野でこのホワイトチャペルの街を見下ろしていると話していましたわ。」
 と、クラウディーは答える。
「ボスはホワイトチャペルをチェス台に、駒を動かすだけか。……まるで神様とでも言うつもりか?……感情を感じられ無いな。マクノートンはどうやら唯一、ボスを知っているようだな。……で、会わないのならば指示は何を使って?」
 と、黒影は聞き出せるだけ聞く。
「……ただのノートみたいな罫線のある紙切れでしたわ。」
 と、クラウディーは答えた。
「……それだ。繋がった。切り裂きジャックらしき者の手記は存在しない。本物は前の切り取られた頁を使った。その切り取った頁に、駒を進めるシナリオがあった。僕は既にボスが分かった。だが、先に捕らえておくべきは、既に手を血で汚した実行犯だ。それは後日、マクノートンに直接聞きに行こう。クラウディー、色々有難う。サダノブ、悪いけれど、穂さんと、涼子さんで、彼女を宿まで送ってやってくれ。」
 と、黒影は十分な状況提供に、和かにわらって送らせる。
「じゃあ、先輩は大人しくしていて下さいね。」
 と、直ぐ単独でも乗り込み兼ねない黒影を、サダノブは心配して言った。
「大人しくしていたいのだが、今日はちょっとした予定があるんだ。」
 と、黒影は言う。
「えっ?スケジュールには無いじゃ無いですか。」
 と、サダノブは不思議そうに聞いた。
 ――――――――――――――

「ああ、知り合いの探偵社の祝いに行かねばならん。創世神からの直々の要請だ。」
 と、黒影は言った。
「……怪我また開きません?何処までですか?」
 と、サダノブは聞く。
「……日本だよ。」
 と、黒影は笑って答えた。
「えー?!まさかその状態でまた飛ぶんですか?!」
 と、サダノブは呆れた顔して言う。
「まさか……。病み上がりだぞ。特別許可が降りている。鳳凰の奥義を使い、世界経由で行く。」
 と、黒影は言うのだ。
「さっ、僕は祝いの席に相応しい服装に着替えるから、サダノブは丁重にクラウディーを頼んだよ。」
 と、黒影は二人を追い出し、ワインレッドのシャツに燕尾服、帽子には太めのワインレッドのリボンを付ける。
 黒い燕尾服の胸元にも差し色のワインレッドのハンカチーフを遊ばせた。
バサっと何時もの黒いロングコートを羽織り、帽子を被る。
「……こんなものかなぁ〜。」
 黒影は廊下の長椅子に座っていた、白雪と風柳に、
「ねぇ、知り合いのお祝いなんだけど……どうかなぁ?」
 と、聞いてみる。
「あら……似合うじゃない。」
 と、白雪は笑う。
「何時もよりかは華やかで良いんじゃないか?」
 と、風柳も言った。
 黒影は少しホッと息を吐き、
「ねぇ、此方の煙草をお土産にしたいのだけど……買ってきてもらって良いかな?……銘柄はえっとぉ……「アンバーリーフ」と「バイオリン」頼んで良い?」
 と、黒影はイギリスでも人気の手巻き煙草にした。アンバーリーフにバイオリンを少し入れ巻くと、また味の変わる煙草だ。
「良いわよ。あんまり長居しちゃ駄目よ。傷がちゃんと塞がるまでは……。あと、飲みすぎない事。」
 と、白雪は言う。
「うん。軽く挨拶したら戻ってくる。」
 ……と、思う。と、続けたかったが創世神の事だから、どうなるかもさっぱり分からないまま、黒影は心配かけまいと、そう言った。
 そして祝いと言えば……花束。花束と言えばアイツしか居ない。
「景星鳳凰 (けいせいほうおう)……「グレータライブラリー(大図書館)」……世界解放!」
鳳凰の鳳(ほう)が黒影の肩にバサバサと飛んで止まり、目の前に光り輝く、人が通れる程の長方形を作りあげる。
この技は、鳳凰の奥義の一つ。
(※元は聖人や賢人がこの世に現れる前兆を意味するが、この場合は主人公や物語がこの世に現れる前兆を作ったという事。)
 黒影は鳳を撫でながら微笑む。
「さぁ……行こうか。……本当に便利な移動手段だ。」
 と、言いながら、黒影は光に包まれて行った。
 抜けると、巨大な世界に関する膨大な書物を貯蔵した、美しいアンティークの図書館が現れる。
 此処を管理しているのは、「悪魔の所業相談所」から転職した悪魔だ。
 黒影とは昔こそ、闘った仲ではあるが、今や事務が忙しい時のヘルプのアルバイトまでしてくれている。
 グリーンの磨き抜かれた石のカウンターに黒影は凭れ、金色のベルを鳴らす。
 すると、真っ黒なマントに包まれた人型が現れ、黒影とカウンター越しに、着地する手前で薔薇の花弁を撒き散らしながら、マントを広げ登場する。
 人を誘惑すると言うだけあり、肌は透き通り美しい美貌の持ち主だ。
「……相変わらず、登場が派手だなぁ……。」
 と、黒影は笑った。
「今日は貴殿、随分洒落た服じゃないか。」
 と、悪魔は黒影を見て言う。
「ああ、ちょっと知り合いのお祝いにね。……でさっ、その何時もばら撒いている薔薇だけど、プレゼントにしたいんだよ。少し分けてくれないかな?」
 と、黒影は直ぐ本題に入る。悪魔は話が早いビジネスが好みのようだから。
「実に貴殿は面白い。悪魔から何か貰おうなんて。」
 と、悪魔はケトケト笑う。
「今、イギリスにいるのだけど、娼婦のワインでどう?」
 と、黒影は悪魔の大好きなワインで交換しようと、提案する。
「娼婦の人生の味かぁ……確かにいいな。よし、それで交渉成立だ。」
 と、悪魔は長い爪を流麗に動かし、言った。
「おいおい、交渉って。……相談所は辞めたのだろう?」
 と、黒影は笑った。
「……そうだったな。どうも、昔の癖が治らない。薔薇だな。棘のない最高に美しいものを厳選しよう。」
 そう言うなり、マントに包まれ消えて行く。
 ライブラリーに靴音が響く。
 その音は黒影の横で止まった。
 ほんの一瞬だけど……悪魔には永遠……。
 黒影は横を向いて、悪魔の手にしていた薔薇を見た。
「これは美しい……。有難う。助かるよ。」
 と、黒影は態々ブーケにまでしてくれた事に、感激する。
「黒影?」
「ん?」
 ライブラリーを出ようとすると、悪魔が呼ぶので、黒影は振り返る。
「その帽子にも薔薇を出してやろう。」
 そう言って、器用に指を鳴らす。
 黒影は帽子を外し見てみると、サテンのリボンの上に薔薇が着いていた。
「ちょっと派手じゃないかな?」
 と、黒影は心配になるが、
「黒影は黒い服を好むから、たまにはこのくらい遊んだほうが良い。」
 そう言って、悪魔はケトケト笑う。
「……そうか?……まぁ良い。有難う。」
 そう言って、黒影はその帽子を被り、再び景星鳳凰を潜り、病院へと戻った。
「……スコッチウイスキーと、花、後は煙草か。」
 と、黒影は手土産を確認している。

🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 三幕 第二章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。