「黒影紳士」season5-1幕〜世界戦線を打ち砕け!編〜🎩第三章 5小川 6崩された防犯
5小川
「5メートル前後の川だ。用水路、田畑脇も総て虱潰しに探せっ!急げっ!」
風柳が吼えると、一斉に能力者案件特殊係が散り散りに走り出す。
捜索範囲は監視カメラの破壊が広がった半径10キロ、直径20キロにも及ぶ広範囲になる。
黒影の夢を反映し、時間や日にち、場所までを指す時夢来本と懐中時計が示したのは、本日、夕方、場所の特定は川の広範囲だった為か、表記されていなかった。
地元県警の協力の元、細部までの地図を風柳ら能力者案件特殊係が足で探る。
黒影はあの真っ黒なスポーツカーの社用車で走り、サダノブのタブレットに入っている衛星画像で、風柳と無線連絡を取りつつ、違う場所を探す。
あの、真っ赤なスポーツカーの涼子と、サダノブと同じブラックのボディのバイクの穂も、黒影の車に無線を繋ぎ、連携を取りながら探した。
「涼子!俺はこのまま真っ直ぐ行く!そっち頼んだぞっ!」
と、すっかりエンジン音でワイルド化した黒影が、一人称を俺にして無線のボタンを押して一気にハンドルを切る。
「……あら、色男。……今日も最高だねぇ、黒影の旦那。」
と、涼子は艶っぽい声で、惚れ惚れとして無線で答える……その直後だ。
「ギャ――――――――――ッ!!」
その後響いたのは、サダノブの絶叫であった。
勿論、この無線の会話は、能力者案件特殊係も風柳も傍受している。
「黒影!何が起こっているんだ!?」
風柳が、何事かと聞いた。
サダノブはまるでジェットコースターのGに必死に抗い、無線ボタンを押し答える。
「横っ!車体を立てて暴走運転中!水路脇、ぶっ放してます――っ!」
と、サダノブは死にもの狂いだ。
風柳はその言葉に、
「随分元気じゃないか。こっちも負けてられんな。遅れを取るなっ!」
そう言って無線を切る。
「ふふっ……兄貴だからって手加減するかっ!勝負事となりゃ、本気で受けなきゃな!」
黒影はアクセル全開にし、更にスピードを上げて水路を通り抜けた。
「パトランプの使い方、どうかしてますよぉ〜。」
サダノブはフラフラしながらも、黒影が署長にちゃっかり貰ったパトランプの事を言う。
「いた――――――――っ!俺の勝ちだっ!前方に犯人及び被害者になる予知夢の二人を発見!間に合わなかったんだから、依頼料に葉っぱ付けろって、署長に言っておけ――――――!現地住所送る。これより臨戦体制に入る!」
と、黒影は無線ボタン片手に器用にハンドルを切っている。
犯人思しき男と城内 聡は水路を挟んで向き合っていた。
黒影は迷う事無く、水路のど真ん中狙いで車体をジャンプさせる。
見事、二人の間にピタリと真っ黒なスポーツカーが停まった。
「あーぁ、僕の車、どうしてくれるんだよぉ〜。これでもパーツに拘り抜いているんだが。」
車からギリギリドアを開け、出てくると黒影は誰にともなく苛々して言う。
二人はあまりの出来事に、目を見開き此方を見ている。
サダノブはそんな事も気にせず、停車に安心してエンジンを止めた。
黒影はふとサダノブを見る。
「ああ、ハットですよね。今日白雪さんがいないからか……。」
助手席の白雪に何時も預けているハットが無いの事に、黒影が違和感を感じるようなので、助手席に手を伸ばしハットを持って出ると、黒影に手渡す。
黒影はそれを受け取ると、ハットを被ってしっくりしたのか安堵の笑みを浮かべた。
犯人と城内 聡の間の浅い水路の中にいる、黒影とサダノブ。
犯人と見比べて、やはり被害者にならないように、城内 聡の方へ上がって行く。勿論、犯人を逮捕したいが、人命救助の方が大事だ。
「こっちへ来ては駄目だ。遠くへ逃げて!」
城内 聡は黒影とサダノブに言う。
「その必要はありません。城内さん……確か貴方は新しいエネルギー開発の研究をしていましたね。どうでしたか?振動による発電は?現在道路の下でも実験されています。こいつからは結構良いデータが取れましたかね?」
なんて、黒影は城内 聡と世間話を始めるのだ。
「取れましたが……彼は危険過ぎます。超振動つまり地震級の振動まで起こせるのですから。」
と、城内 聡は言うので、その言葉には黒影は少し緊張の色を隠せない。
微振動だけでも厄介なのに…超振動まで……。
「十方位鳳連斬(じゅっぽういほうおうれんざん)……解陣っ(かいじん)!!」
黒影はその言葉を聞いて即座に、鳳凰の力を使える陣を唱え警戒する。
襟裏の小型無線で伝えた。
「地震発生の恐れあり。こっちは最小限に留める!注意せよっ。規模、不明!」
と、叫んだ。
地震大国日本では、何度大地震が起きているだろうか。
その大地震と呼ばれるものも、超振動が起こすものの一つである。
其れらの振動から、城内 聡の力を借り発電も出来るなら、感電にも気を付けなければならない。
だから黒影がこれだけ警戒するのも当然の事なのだ。
この時、既に黒影は犯人の危険さに、近づいてはならない相手だと感じていた。
涼子と穗はその無線で、車とバイクを停車させ降りる。
せめての救いは開けている場所な事だが、城内 聡の後ろにはなだらかな傾斜の林があった。
振動を使った崖崩れや木を倒すなら、打って付けの位置だ。
黒影は指笛を吹き、鳳(ほう*鳳凰の雄)を呼ぶ。
「鳳、翼になってくれ。」
そう言うと、鳳は七色の鳴き声を上げながら翼に変わり、黒影の背に鳳凰の真っ赤に燃え盛る炎の翼に変わる。
黒影の漆黒のロングコートもバサバサとその炎の風に包まれて、波打つ。
しかし、この炎は幻炎(げんえん)と呼ばれる、見えるだけの熱くはないもので、黒影は平然と立っていた。
犯人は小さなカッターの刃だけを、片手にパラパラ出し、笑っている。
「城内さん、彼の能力範囲は?」
緊張しながらも黒影は恐る恐る聞いた。
「半径500m、直径1㎞……。」
城内 聡は静かに答えるのだ。
1km範囲ならば、振動による地震や、感電させる恐れがあると言う事だ。
黒影とサダノブは、既に犯人の能力範囲に入っている。
黒影はこの範囲から一人でも早く出す事を考えていた。
「サダノブ!先に1㎞先に社用車を移動しろっ!直ぐだ、何も見えなくても突っ走れっ!……風柳さん、社用車を1㎞ 外で停車する。
それ以内は危険区域につき、一般人侵入禁止及び能力者案件特殊係も必ず範囲外で待機!
たすか~る組みは1㎞外に犯人が出たら、1㎞を維持しながら追跡。泳がせてくれ。
今後感電により無線機が使えなくなる可能性あり。
以上!」
黒影は襟裏の小型無線機で、速やかに必要な指示を飛ばす。
「えっ!?先輩一人で大丈夫なんですか?しかも、あんなドライビングテクないですよ~。」
車に乗り込みながらもサダノブは黒影に不安そうに聞いた。
「僕の愛車が廃車になるんだよっ!意地でも1㎞かっ飛ばせ、いいなっ!
間に合わなかったら改造費込みで、給料から差っ引くからなっ!電気系統だ。
理数系じゃないお前は黙って向こうにいろっ!」
サダノブをあしらうように、黒影は手をしっしっとさせると早くと睨む。
サダノブは飛べないし、氷では太刀打ち出来ない。だが、黒影が死にそうになると、否が応でも守護だから、気絶して黒影の前に姿を現す。
もしも、黒影でも太刀打ち出来なかった時、城内 聡を狛犬の阿行と吽行を合体させた大きな野犬の姿になれば、連れて走ってくれるだろう。
黒影自身には翼がある。飛べば地震は回避出来、感電だけに気を付ければ良い。
「そりゃあ頭が痛くなりそうだ。じゃあ、なんかあったら見えるように飛んで下さいよ~。」
それでは出番がないと、サダノブはさっさとそう言うと、車に乗り込み走り出す。
「クロセルッ!」
黒影はクロセルを急いで呼ぶ。
「お早う御座います、主。」
真っ黒な翼に包まれたクロセルは、翼の開きと共に、ゆっくりと両手を宙に浮かばせ伸びをして目覚め、銀色の長い髪の毛を靡かせ、黒影に金の猫目の瞳を向けた。
「ああ、お早う、クロセル。悪いが、そこの人を空中に移動させてやってはくれないか。」
クロセルは黒影がちゃっかり飼いならした堕天使で、黒影には従順なので、素直に何も聞かずに黒影が指定した城内 聡を引っ張り、空中へ舞い上がる。
取り敢えず城内 超振動の地震で崖崩れに遭わない様に、空中にいてもらう。
直ぐにでも城内 聡にも犯人の能力有効範囲外に出て欲しいが、犯人について詳しいのは彼しかいない。
犯人は黒影達の行動を奇妙そうに見てはいたが、彼もまた能力者。
そこまでの驚きというものは無い。
犯人の手から、カッターの刃が投げられ、黒影を襲う。
たかがカッターの刃に、黒影が此処まで用心したのには意味がある。
犯人の能力が振動であると分かった今、強力な微振動を集中させ与えるだけで、電気鋸以上……それこそダイヤモンドカッターみたいな、切れ味をほこる事は黒影にも推測出来る。
もし、これに城内 聡の研究にあった電力、振動による電気まで纏わせていたならば、その速度は電気のスイッチを入れて点灯する時間程一瞬に移動する。
能力と物は使い用って事だ。
電力と振動……両方か。
それとも片方か……。
カッターの刃に纏わせたのは……どっちだ……。
黒影は静かに犯人の手から放たれたカッターの刃を、瞬きもせずに凝視した。
触れたら最後……腕なら速度や角度で簡単に深傷を負わせ、人体を通過させるかも知れない。
黒影は何を思ったか、ポケットに手をいれて鳳凰陣に立っている。
「そっちが振動ならば……こっちは、電磁界!(電波は電磁界の一種。)だ!」
黒影はコートのポケットにある、自身の姿を監視カメラから消す為に破壊したり、無線機破壊に使うコート自体に搭載された妨害電波を調整した。
黒影ら常に犯罪者から狙われる恐れがある為、ロングコートはただのコートでは無く、元からそのように黒影自身で何時も改造して作った無くてはならない物だ。
監視カメラにも映らない……それこそ、影しか残さないのが黒影なのである。
漆黒のロングコートをザッと翻し脱ぐと、十方位鳳連斬の内円陣の鳳凰陣に乗せた。
これで、もしある程度の電気を纏っていても、妨害電波の威力を鳳凰陣の力で上げようと言う魂胆だ。
犯人の手に、刺激作用……つまり、低周波(100kHzキロヘルツ以下)の強い電波を体内に浴びると電流が流れる。
この際にビリビリと感じるのが、その作用を使い、黒影は犯人を威嚇する。
そうすれば、最低でも黒影の事をあまり知らないであろう犯人は、黒影の事を電気系統の何かを使う能力者だと勘違いし、振動の方だけを使うと思ったからだ。
そうすれば、厄介とは言え、振動は物理的な攻撃で最低限可視化出来る。
十方位鳳連斬で連結された力によって範囲と威力も増し、円陣内は高周波(100kHzキロヘルツ以上の強力な電波)が発生している。
だが、十方位鳳連斬の円陣の更に中央、鳳凰を象った炎の円陣にいる者には、その被害は及ばない特性がある。
十方位鳳連斬とは、其のものが武器にはならない。
平和と平等の鳳凰の円陣なのだから、当然と言えば当然だ。
あくまでも黒影にとっては、護りの要塞とでも言えば良いだろうか。
使い方に寄っては、中央の鳳凰陣にサダノブの様な氷の武器を叩き混むと、其処から外円まで十方位に伸びた炎の線には「連」の文字の如く、ズラッと連結された大量の物理攻撃を放つ事が出来る。
十方位鳳連斬内は熱作用をお越し、高温の電子レンジの様になったが、総てのカッターの刃をバチバチと、黒影のいる鳳凰陣に届く前に弾く事に、なんとか成功したようだ。
今回のミッションは犯人を捕まえる事ではない。
この犯人の重要な情報を持ちうる城内 聡を此処から避難させる事にある。
「クロセル!一時サダノブのいる所まで撤退!」
黒影は犯人がカッターの刃を飛ばし、効かなかった事に次を考えている隙に、ロングコートをバッと取るとそう言い、クロセルと背後を気にしながら飛んだ。
犯人は去りゆくクロセルに向かって、今度は通電させた振動カッターの刃を投げた。
「クロセル――――っ!!」
一瞬焦り、黒影が振り向くと、クロセルの翼は固く何本かの刃をキーンと跳ね返したが、それでも微振動の威力に数枚の黒い羽根が、はらはらと後ろへ流れて行くではないか。
「主、問題はありません。早くっ!!」
その言葉を聞いて、黒影は己の妨害電波からは丈夫に作ってある小型無線機で、報告をする。
「確保不能と判断する。一時撤退っ!城内 聡は保護。繰り返す!たすか~る組以外は撤退準備を急げ!」
無線機で知らせながらも、黒影は視野に入って来た社用車を見ながら突っ込む。
「サダノブ――っ!エンジンを掛けて!後ろ開けろっ!」
大声で黒影はサダノブに聞こえるように叫んだ。
それを聞いたサダノブは慌ててエンジンを掛け、運転席と後部座席を開けてそこに乗る。
黒影は思いっ切り運転席に滑りながら入り込むと、
「封陣!」
と、十方位鳳連斬を閉じる。
十方位鳳連斬は使い方次第では便利だが、黒影の体力を著しく奪う。
それに、犯人に使われたら大変な事になるので、忘れない様に、封陣する。
クロセルは後部座席に城内 聡を乗せた。
「クロセル、眠っていたところを悪かったな。翼を休めておくと良い。今日も有難う。」
後部座席を確認すると、黒影はクロセルに微笑んだ。
「主がくれた平穏ですから。」
クロセルはそう言うと、また黒い翼を丸めて眠りへと消えて行った。
「あっ……あの、黒田さん?さっきのは……。それに黒田さんも。」
走り出した車内で城内 聡はやっとさっきまでの不思議な出来事が理解できたのか聞いてくる。
「ああ、あれは見なかった事にしておいて下さいよ。
少し白檀を炊きますが、さっきの部分だけ記憶から消えるので安心して下さい。体には無害です。……サダノブ、忘却の香炉を出してくれないか。」
ルームミラー越しに、黒影はサングラスを掛けたまま、ちらりとサダノブを見た。
「はいはい、分かりましたよ。」
サダノブは何時もの事なのでファスナーポケットから小さな獅子の乗った何も入っていない香炉を取り出す。
これに黒影が軽く火を中に揺らがすだけで、白檀の甘い香りが出てきて記憶を消すのだが……。
「ちょっとまっておくれ、黒田さん。
さっきのは鳳凰だろう?一研究者として、見てしまったからにはこの記憶、無くすには惜しいっ!
それに、さっきのデータがあれば、犯人の行動パターンもある程度わかるかも知れない。
誰にも言わないっ!消さないでくれっ!お願いだ!」
必死に城内 聡はそんな事を言い出して、黒影に向かって拝むのだ。
「ちょっと止めて下さいよ!僕はあんたの実験体になんかなる気はないんだ。これでも普通に生きているつもりですよ、失礼なっ!」
サングラス越しに城内 聡を睨んだので、結構な迫力だ。
「分かった、体には一切触れないし、無理な事は断ってもいい。だから記憶だけはっ!それに、犯人の事知りたいのでしょう?総てお話しするから、頼むっ!」
それでも城内 聡は負けじと黒影を説得する。
確かに、犯人に渡した情報は黒影も知りたいところだ。
「……仕方ないですね。研究発表不可ですよ。破ったら海外だろうが、追跡して記憶の総てを抹消する。今までの研究も総てだ。僕は約束を守らない人間には許さない。それでもいいんですね?口が滑ったら最後ですよ。」
黒影は脅し半分でそう言ったのだが、城内 聡と言う人間は自分が納得出来ればいいのか、満足そうな笑みを浮かべ、
「これからも仲良くして下さいね。オーナーさん。」
と、手を組みリラックスするのであった。
6崩された防犯
無事に城内 聡は黒影が経営するマンションに、再び戻り何時もの生活を取り戻している。
しかし、黒影と風柳それにサダノブには気掛かりな事があった。
それは近頃点々と増え始めた盗難事件の事だ。
これは黒影にとっては、案外嬉しいニュースなのだが、実際は思うところがあり、気が気ではない。
先日には夜中に店長一人だったコンビニエンスストアで、ATMが破壊されるという事件があった。
それだけではない。
宝石店も夜中に侵入され、宝石類を悉く奪われている。
このような窃盗事件が、既に今週に入って8件にも及んでいた。
勿論、取り逃がした犯人の仕業だろうとは考えている。
それは、どの防犯システムも外傷は少なく、ほぼ黒影のマンションで起きたような「振動」による破損だったからだ。
改めて城内 聡に確認すると、やはりそうだろうと言う。
あの日捕まえようと思えば捕まえられたのだが、黒影がそうしなかったのには理由がある。
それはあの時、「捕まえても無駄」なのが、良く分かっていたからだ。
どういう事かと言うと、振動若しくは大きな地震に耐え、更には電気系統を一切使えなくする空間で犯人を勾留しなくてはならないと言う、前代未聞の状態だったからだ。
それを製作するが為に、城内 聡の協力の下特殊な勾留所が税金で作られるのだから、黒影が気に入らなかったのも無理は無い。
しかし、今後このような能力者が増えたとなると、その予算は計り知れない。
特殊化していく能力者犯罪を思うと、再利用される……その考えは正しいのか、間違いなのかは分からない。
ただ、黒影が思うには例え能力があろうがなかろうが、それは人間だからこそする過ちなので、利用すると言う概念は物扱いにするようで違うとは思っている。
「もう、てんてこ舞いですよぉ~!」
サダノブが頭を搔きながら、手にしていた書類を宙にばら撒き、嘆く様に言った。
窃盗事件が増え、黒影の下に最新鋭の監視カメラ並びに新しい防犯システムの導入の相談が殺到したからだ。
従来ので良ければ、ビル1Fテナントの「たすか~る」で十分対応出来たが、今回の被害は従来品では回避出来ず、黒影に直接相談が来てしまうのだ。
黒影も今日はブラック珈琲を飲んで、流石に欠伸を隠せずにいる。
慌てて城内 聡に今回の犯人の被害範囲を確認し、新作の防犯システムの設計にここ数日眠れていないからだ。
それでも予知夢があれば、昔と違って時夢来があるので大丈夫だが、本人が動けないのでは本末転倒である。
「あいつに頼むか……。」
黒影はこのままでは誰か過労でいざという時に使えなくなると、溜め息を付くと言った。
「やった~!これで少しはゆっくり出来るっ!」
そのサダノブの言葉に黒影は眉を引きつかせた。
「あのなぁ~、サダノブは良いよ、代行がいて。僕の代行なんていやしないんだから、そんな明から様に喜ばれるとなぁ……。」
文句の一つや二つも言いたくなった黒影はそこで言葉を切って、サダノブに当たっても仕方ないと会議用チャットで大図書(グレータライブラリ※黒影紳士内の世界の一つ。黒影紳士がハードで世界はソフトと考えると簡単。元は同著者の著書「悪魔の所業相談所」から発生した世界である。)
に繋ぐ。
「あぁ、黒影。イギリスの歴史……ちょっと変わって此方の世界本の書き換えがやっと終わったところだよ。なかなかにやってくれるじゃないか。貴殿はまこと私を飽きさせないで楽しませてくれる。」
と、悪魔は長い爪を今日も流れる様に動かすと、微笑んで頬杖を付き美しい。
「それは手間を掛けさせた。手間ついでに悪いんだけどねぇ……その書き換えはもう終わったんだろう?日本に帰ってきたら突然、防犯システムを破る能力者が出てきてねぇ。ちっとも休めやしない。新作の防犯システムへの注文が殺到しているんだ。またフルフレックスで良いから事務を手伝ってくれないか。サダノブの思考能力が疲れ過ぎて、普段以上に役立たずになってしまうよ。」
黒影はそんな風に言って、サダノブに言いたかった文句を悪魔に愚痴でちゃっかり聞いて貰っている。
「うっわ……先輩、遠回しに陰口とか卑怯ぉ〜!」
口を尖らせて、サダノブは言う。
「何を言ってる?ちゃんとお前に聞こえるように話しているのだから、陰口じゃない!……それに、僕は日々の疲れの愚痴を聞いて貰っていたんだ。それとも何か?上司が愚痴るのもハラスメントか?僕は楽しく悪魔(日本届出名※山田 太郎←黒影が適当に命名)と久々に会話して、ストレスフリーを心掛けていただけだよ。」
と、黒影はあーだこうだと理由をつけて、ツンと外方を向く。
悪魔はそんな遣り取りを聞いて爆笑している。
「あははは……今日も実に仲が良いな。分かったよ、仲良しが喧嘩に発展する前に引き受けよう。書類はどうする?総て電子化してあるか?」
悪魔は承諾し、黒影はそれを聞いて安堵する。
「それは助かった。……それが、個人名義も来ていてね。今時どうかとも思うけれど、客は客だ。手間は掛かるがまだ紙の希望もあってね。」
黒影は信じられないと言う顔で答えた。
「そうか。私も元々は手書きで膨大な依頼書を管理していたから、造作もない事よ。久々で逆に新鮮だ。書類は取りに行けば良いのか、黒影?」
悪魔は黒影と会うまではPCすら使えなかったのだが、覚えるのはやはり時間軸が人間とは違うので、一瞬だった。
「あっ!いいよ、わざわざ出向いて貰わなくっても。こっちが、頼むんだ。僕がこれから行くから。」
黒影は悪魔が来ると言った途端に、両手を画面に見せ待てと慌てる。
「ん?黒影は一応依頼人で上司なのだから、繁忙期ならば此方から出向くのが礼節だと思うのだが……?黒影は紳士にして礼節を知らない訳ではあるまい。貴殿は実に仕事の出来る男だ。遠慮なら要らない。」
なんて、悪魔は言うのだ。
――……ちっ、ちが――うっ!!
こう心で叫んだのは黒影だけではない。サダノブもだ。
「あはは……そっ、そうか。それもそうだな。無粋な事を言ってすまなかった。ほ、ほら……今、仕事を終えたばかりだと聞いたからね。」
苦笑いをフリーズさせ、黒影は答えた。
サダノブはそれを聞いてがっくりと肩を落とす。
……紳士道への拘り……ぱないっす……先輩……と。
「そうか。部下を労わるとは、やはり黒影は出来る奴だ。実に気に入った。悪魔が自ら参上するに、相応しい器だ。では、今から参る。」
と、悪魔は漆黒のマントをバサっと翻し消えると、通信も途絶えた。
「先輩……仕事……増えましたね。」
サダノブが黒影に呆れながら言う。
「あははは……あははは。」
寝不足の黒影は放心状態で乾いた笑いをするしか無かった。
そして、通信切れを改めて確認すると、黒影はバッとサダノブを振り返って見ると叫んだ。
「サダノブ……しょ、書類を守死しろ――っ!!」
黒影に次いで、サダノブも必死で書類の上に覆い被さり言う。
「――了解ぃいい――っ!!」
書類の山を巻き上げ、大量の赤薔薇の花弁と共に事務所が大変な事になっている。
大惨事とは正にこの事――。
――悪魔が……来たのだ。
あ、の……大量に毎回薔薇の花を撒き散らし参上、退散するド派手キザな奴が……。
サダノブと黒影は必死に書類を押さえたが、時既に遅しであった。
「待たせたな、黒影。……と、サダノブ。」
と、漆黒のマントと蝙蝠の様な羽根をバサッと豪快にこれでもかと言う程の薔薇の花弁と広げ、悪魔が現れる……。
嵐の様な風は止まったが、事務所が……ぐっちゃぐちゃな有様だ。
黒影は吹き飛ばされたハットを被り直し、薔薇を払いながら、
「あははは……もう少しゆっくり来ても良かったのに。良いワインでもと選ぼうとしていたところだよ。……ちょ、ちょっと散らかっているけれど……どうぞ、掛けて。」
黒影は引き攣った笑顔で言った。
「ああ。潔癖症の黒影が書類の整理も追いつかない程とは……嘸かし、忙しかったんだなぁ。」
悪魔は珍しい事もあるものだと、周りを見渡す。
――……お前だよ――っ!!
と、再び黒影とサダノブの心のツッコミがシンクロしたのは言うまでも無い。
白雪は悪魔の姿を見ると、
「あら、いらっしゃい、悪魔さん♪まぁ……黒影、書類がこんなに……。疲れているのね。後で手伝って上げるわ。」
そう言うなり、キッチンで悪魔の好きな真っ赤な人生の濃い者が残したワインを探す。
悪魔の味覚は誰も知るよしは無かったが、特に悲惨さやロマンスを残したワインが美味いらしい。
黒影はそんなワインを悪魔との契約の為に、署長に言って現場から用がなくなったものを、こっそり分けて貰っている。
「これは?」
出てきた赤ワインを灯りに透かしながら悪魔が黒影に聞く。
「恋人に告白された翌日に殺された女の涙だよ。」
と、黒影も書類を応接セットのテーブルの脇に揃え、そう答えるとソファーに座りリラックスした。
「あぁ……このまま眠ってしまいそうだ。」
黒影は首を後ろに背凭れに委ねると、心地良さそうに伸ばして言う。
「……なぁ、悪魔……。」
「……なんだ?」
黒影はそのまま悪魔に話し掛けた。
時々、長い時を詰まらないと生き続けていた悪魔に、黒影は気を許して聞く時がある。
人生に惑う時……人が分からなくなった時……色々だ。
悪魔に気を許すのはおかしいかも知れないが、一戦本気で交えた相手とは、何故かその力が分かるからか安心する。
何より、多くの経験からなる知識は黒影を何時も満足させてくれた。
「総ての防犯システムが破られた。……悔しいと思う暇もなく、次をもう作っている。キリがないな……。犯罪も……。防犯も。……こんな目紛しい日々で、僕はまた自分が心無い人間になりそうで、少し……怖いよ。」
黒影は昔の自分を思い出して、戻りたくは無いと……そんな事を言った。
「……ちゃんと悔しいから、今……口にしたのだろう?意識しなくとも、同じ過去に帰りたくても……全く同じ過去なんて誰も行けやしないんだ。私でさえな。……似ていると思っても、全く違う。……それが生きて時の中に身を委ねている、という事だ。」
と、悪魔は微笑むとグラスの中身をクイッと飲み干す。
「なかなかの美味だ。人生の味わいは、生きている……新鮮な魂のうちに、幾らでも傷も干渉も喜びも……残しておくべきだな。」
……全く同じ過去なんて誰にも行けやしない……
……似ていると思っていても、全く違う……か。……
黒影は悪魔の言葉に、それもそうかと悪魔にワインの入ったグラスを差し出して、乾杯する。
「あっ、狡いっすよー、二人だけー。」
と、サダノブは空のグラスを出して、黒影の前に突き出す。
「おぃ、馬鹿犬。何処に上司に酒を注がす部活がいるんだよ。」
黒影はそう言ったが、クスッと少し笑うとワイン瓶を傾ける。
「あー、三人で昼間っからぁ〜。忙しいんだか、暇なんだかぁ〜?」
と、丁度三人で乾杯をした時、白雪が呆れて言った。
「これは、気合いを入れていたところです。」
そんな返事をすると、黒影は楽しそうに笑う。
サダノブもつられて笑い、悪魔はケトケトと笑いを堪えきれないようだ。
「んー、もうっ!そう言うのは、この散らかった書類と撒き散らした花弁を片付けてからにして下さいっ!良いですかぁ〜、今度ウチで花弁撒き散らしたら自分で片付けて行って下さいね……。この悪魔っ!」
なんて白雪が箒と塵取りを持って、黒影もサダノブも言えなかった事をはっきり言って、悪魔に悪魔なんて叱るものだから、余計にサダノブと黒影は笑い出す。
「悪魔に悪魔とは……レディ、それは悪魔にとって最高の褒め言葉です。」
悪魔は満足そうに白雪に手を翻し胸に当てお辞儀をするものだから、白雪と言ったら無機になって、
「じゃあ、言うわよ!屁理屈悪魔!堅物悪魔!時代錯誤悪魔!散らかし魔!」
白雪は腰に塵取りと箒を持ったまま両手を当て、仁王立ちをして散々言うと、最後には悪魔に塵取りと箒を押し付けて、
「飲んだらお片付け!依頼人が来たらびっくりされちゃうわ。サダノブも黒影もよ!」
と、三人を叱って事務所を出て言った。
「黒影、とんだ悪魔だな。」
悪魔が白雪の怒りっぷりを見て、思わずそう聞く様に言う。
「違うよ。アレはまだ小悪魔。噴火すると可愛い薔薇の棘も吹っ飛んでくるよ。」
なんて、黒影が答えて言うが楽しそうに笑う。だって、白雪が怒っても、可愛いものだと思っているから。
それより、黙って流れた方がよっぽど堪える。
「少々棘があるぐらいが丁度良い。」
と、悪魔が言うと、それを聞いたサダノブは、
「少々じゃないですよ!聞いてました、先輩の言葉?……正に吹っ飛んでくるんですよ。それでグサーッで、グハーッ!ですよ!」
と、胸に刺さった振りをして、かくんと死んだ様に見せた。
「お前、例えが酷いなぁ〜。」
黒影がワインを飲み、クスクスそれを見て笑う。
悪魔と人間二人……騙し騙される筈の相手が酒を酌み交わし、笑っていた。
きっと誰をも平等にしてしまう、鳳凰がいたからに違いない。
勿論この後、三人は白雪にこっぴどく注意されながらも、片付けに精を出したのであった。
🔸次の↓「黒影紳士」season5-1幕 第四章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。