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黒影紳士 ZERO 01:00 〜双炎の陣〜第一章 零


大変お待たせ致しました。2巻始まります。

第一巻により世界時間軸が0時になりました。
ですので第二巻の一幕は一時となりますね。
早くお会いしたかった。
また会えて光栄です。

此の物語は連載と言って、同著者別書の「世界」と黒影紳士内では読んでいる書とリンクしています。
では…行形ですが、参りましょうか。…こほんっ…

連載発動‼️

🔗「コバルトブルー・リフレクション」
葵と紫が今回は「黒影紳士」に登場します。
始めに読んでおきたい方は以下のリンクから⏬


⚠️此の物語は、ミステリーと言う特性上、悲惨な事件や血の描写があります。R15想定でお読み下さい。

お食事時には相応しく無い描写が今幕に限り含まれます。描写前に注意⚠️が御座いますので、不快に思われる様でしたら、一度お食事を止めてお読み頂くか、飛ばすなどして下さい。
読んでからの気分を害された等のクレームは一切責任を負いませんし、受け付けません。

第一章 零



私は、黒田 勲と言う主人公を書いていた。
彼は聡明で美しい…私の、夢であり影である。
私が孤独に苦しむ日も側にいた影。
私は虚しい女だったかも知れない。
誰もいない部屋。
ただ、私の友達だった影。
母が教えてくれた、掌を使い影を動かして遊ぶだけ。
其の影は何にでも成れた。
鳥にも、ウサギにも、人にも。
まともに動けなかった私の唯一の暇つぶし。
其の暇つぶしに夢中になれば、暇つぶしどころか影は月明かりに映えた。
夜になると、月に手を伸ばす。
月明かりだけが…私の手を包んでくれた光。
人の温もりも、生きる楽しさも何もかもが薄れそうになっても、其の柔らかな月明かりがあれば、誰かを羨む事も無く、見捨てた人間を恨む事も無く、心……穏やかにいられる気がしたのだ。

「黒影……」

私は光に包まれた掌の影を見て、そう呟いていた。
私が書いていた筈の物語。
私が愛した私の全てであった影。
其れすら……神は私から奪うと言うのだろうか。
ほんの少し絶望的な人生に、書くと言う事が出来たのだ。
そんな風に、多くを望む方が烏滸がましいのだ。
そう、烏滸がましいに決まっている。
人は次から次へと、欲を探し生きるもの。
だから私は良いのだ。
叶わない夢がある。
其れは、欲に進み過ぎず美しく死ねるではないか。
このまま……死んだ様に眠り、軈て真っ暗な影に今日も抱かれ眠れる。
多くを望まなければ、私は幸せだ。
私の事を諦めた人間だと、嘲笑いたければそうすれば良い。
残念ながら、此の孤独な部屋にそんな嘲笑(わら)い声も届きはしないのだよ。
届いたならば、私は泣いて歓迎する。
誰も……私に関与出来ない。
此の母が好みで飾った、お人形の様な白い部屋で。
硝子越しに私を見る誰かは、まるでショーウィンドウの中を覗いては去る人。
私は硝子ケースの中、今日も放置されたベッドに横たわるだけの人形になって行く。
未だ元気だった頃、同じクラスの女の子が良く私の髪を触り、こう言った。
「まるでお人形さんみたいね。お洋服も、リボンも」
と。
 そうねと無表情で返し、髪を触るなと言うようにバサッと取り上げて冷たい目で睨む。
私になんか……関わっても、またあの部屋に帰るだけ。次に学校に来る日なんて分からない。
きっと皆んな、忘れる。

どんなに仲が良いふりをしても、此の私に生きる存在と言う物は無い。
存在を否定された者が……私だった。
幽霊の様に生き、影の様に在るのに意識しなければ見えない。
だから、私はこの世で一番、影を愛していた。
私にそっくりの、其の存在に。

其の頃テレビを付けると、真っ黒な人がいた。
其れは影の様に。
其れが紳士と呼ばれる人達だと知って、私は夢中になった。
とても綺麗な振る舞いに、心は気高く品格を持っていた。
……憧れの人は、もういない。
英国紳士が今はもう絶滅危惧種だと知った日のショックは今でも言い表せない。

私は大人になっても、其の姿を追い求めていた。
シルクハットを見付ければ買い、タキシードが無いからゴシックの黒い服に身を包み、部屋も黒ばかり。

何者かの記憶イメージ


バンドが好きになって妻と出会った時、妻が同じ真っ黒のフリルのきいた高級なロングコートを着ていた。
アルバイトをして、如何しても手に入れたかった、美しいラインの漆黒のロングコート。
まさか、同じコートを同じ女が選んで着ているとは。
趣味が似ていた。
妻は僕が王子でも無く、紳士である事を好んでくれた。
僕はそれから…理想の自分でいられた。

ーーー

我が名は……黒影。

夢を叶えし影である。
闇に生き、呼吸を吹き返した亡霊である。

「あっ…熱い…し、なんか……重い……」
 サダノブは目を開けた。
 ……が、真っ暗である。
「誰かー!誰かいませんかぁーー!」
 そう叫ぶと、クスクスと聞き慣れた笑い声がする。
「先輩!?此処、何処ですか?!何にも見えないし、身動き取れないんですよ。影?……まさか影の中ですか?」
 と、サダノブは聞いているであろう黒影に問うのだが、更に笑い声が増すだけだ。
「あっ!狭っ!何か圧迫して来ましたよ!潰れちゃう……。此れ、何かの攻撃受けているんじゃ……」
 そう、不安に駆られて能力者の仕業とまで言い出す。
 すると、黒影の笑い声と共に、
「前回、番外編ではよくも此の僕を足蹴にしてくれたな……。心底謝罪すれば出してやる」
 と、黒影は言って笑うのだ。
「はぁ?……じゃあ、やっぱり影の中ですか?」
 そう聞いたが、黒影は笑うだけで答えてはくれない。
 其れどころか次第に圧迫感が増した様にも思えた。
「わっ、分かりました!分かったからぁ〜。もうどんな理由があっても二度としません!あの時だって、先に謝りましたよ!仕方無くですって」
 と、サダノブは言い訳をし謝罪するのだが黒影は……、
「ふんっ!理由なんて如何でも良い。結果論、僕を足蹴にするしか考え導き出せなかったサダノブが無能なだけだ。あの時の謝罪は己の無能さに言ったのだろう?今、僕が謝れと言っているのは僕のプライドを傷付け、尚且つ……僕の大事なロングコートに靴の跡迄付ける損害を起こし、尤も肝心なのは……この僕が倒れていると言う、ただでさえ醜態を晒してしまった事態に、其れを助けて然るべき役割を持っているにも関わらずお前はせずに、更にお前に足蹴にされた事を周知されたこの屈辱と怨み……何と晴らそうか」
 などと、思いっきり前回から根に持っていたと言うのだ。
「幾ら根に持つタイプだからって、前回からどれだけ経っていると思っているんです?もう、分かりましたよぉ〜。俺が全面的に悪かったです!すみませんでした!だから許して〜!出して〜!」
 と、サダノブが情けない声で言うので、
「仕方ない……。分かれば良いんだ。分かれば」
 と、黒影は答えると、サダノブの見えない背後から、ファスナーの様な物が開く音がした。
 ジージーと、暫く其の音が鳴ると、光が入って来たと安堵した頃、
「わぁ!」
 と、サダノブは背後の支えを失い転がる。
 すると、青い空……白く輝く雲の中に、ニヒルな笑みでサダノブを見下した様な目で、満足そうに眺める黒影が仁王立ちしていた。
 少し会えなかっただけなのに、とても懐かしい気がして、怒る気もスーッと引いて行く。
 守るべき者を前に、無事である事に安心しきってしまう。
「先輩……?俺等……確か全員、鎮魂歌(レクイエム)に入って眠った筈じゃありませんでした?何で俺だけ違うんです?其れに、何ですか……これは?」
 サダノブからは未だ閉じ込められていた物の全体図が見えていない。
 大きなファスナー付きのゴブラン織の布の箱か何かに見えていた。
「椅子だ。題して「人間椅子の刑」だ」
 と、黒影は答えニターッと口角を上げた。
「まさかっ!」
 サダノブは直ぐ様立ち上がり、己が閉じ込められていた物を前に回って確認する。
「椅子……?!」
 サダノブは思わずそう言葉を発したが、其れと同時にある事に気付いた。
「じゃあ、椅子に座って圧迫していたのって……!」
 黒影を見て言うと、
「ああ、僕だよ。光栄に思え。……其れともまた閉じ込められたいのか?今度は影でも構わないがな」
 と、黒影は帽子の先を下ろし、無邪気に笑う。
 そして、笑いが収まると……、
「気は済んだ。ただ、実際の安楽椅子で可能か如何か、試したかっただけだ。……また会えて嬉しいよ。無事で何よりだ」
 と、結局は実験したかっただけだと言うのだ。
 きっと先に目覚めて暇だったから、悪戯したかっただけなのだと、サダノブには安易に想像が付いた。

真面目そうな顔をして座っているが、実は遊んでいる黒影


 それでも、二度目の目覚めが黒影にとっても、白雪や風柳にとっても穏やかなものであった事に、肩を撫で下ろした。

「然し、ゾンビっぽい登場っすねぇー。もうちょい、格好良いの、無かったんすか?」
サダノブが、鎮魂歌(レクイエム)と言う棺桶型の記憶媒体から黒影が出て其の儘、蓋の開いた棺桶を見て思わず言った。
「仕方無いだろう?此れしか無かったのだから。もっと、ダークヒーロー寄りが良かったか?」
 と、黒影はやはり紳士ではあるので、身なりを気にして埃を払う。
「ミステリーなら其れで良いんじゃないか?」
 風柳が暢気に鎮魂歌の蓋を退けてやり乍ら、笑って言った。
「えっと……何年、ミステリー詐欺やっているんですか、俺等?大カテゴリーの探偵枠って何時出来るんでしょうね?」
 サダノブが呆れて溜め息を吐く。
「あっ!黒影〜♪」
 白雪は、黒影の姿を見るなり飛び付いて喜んでいる。
 黒影も妻の無事な姿に思わず笑みを溢した。
 これで全員無事にメインキャスト復活?かと思われた時だった。
 皆が鎮魂歌に眠った時には無かった、もう一つの棺桶があり、ギィ……と、音を立てて蓋がゆっくり開こうとしていた。
「誰だ?悪魔か?」
 黒影は、悪魔でも紛れて寝ていたのかと思た様だ。
 サダノブは、黒影のご機嫌取りに自ら先に動き、開きつつある蓋を覗き込む。
「嗚呼!駄目だ!……未だ駄目!ややこしくなりますから!」
 と、中を確認するなり言う。
「サダノブ、一体何です?早く退いてくれませんか」
 中から……黒影の声がするが、言葉が何か……変。
「勲さんですよ、先輩!同じ此の世界にいられたら、何方が黒影先輩か、読者様が混乱しますって!如何します?」
 サダノブはそう慌てて言うと蓋を閉め直し、上に座り押さえている。
「サダノブ何を!……声がしたと言う事は黒影もいるんですよね?サダノブを影で八つ裂きにしても構わないですよねっ!」
 勲(黒影の過去である)は明から様に怒っている様だ。
「サダノブ、気にするな。勲さんの影とは僕も戦いたくは無い。それに約20年前だよ?若いんだから見分けぐらいつくさ。読者様だって、話し方で見分けるだろう?」
 と、黒影はサダノブに何を焦っているのかと涼しい顔をする。
「はぁ?自分が童顔だって事、忘れてませんか?見分けなんて付きませんよ。勲さんだって切れれば言葉ぐらい荒れるんですから」
 サダノブはそう言って、思わず己の口を両手で塞いだ。
「はぁ?は、こっちの台詞だよ!」
 黒影は烈火の如くサダノブを睨み付けた。
(黒影)「誰が童顔だって!?」
(勲)「誰が童顔だと!?」
 ……怒りと……声が……被った。
 サダノブは震え上がり、仔犬の様に風柳の背後に隠れる。
(風柳)「サダノブが悪い」
(白雪)「謝った方が良いわね」

「何でそんな事気にするんですかー、もぅ!すみませんでした!」
 サダノブがやけになって謝罪する。
「分かれば良いんだ」
 勲がそう言い乍ら、前髪を気にしつつ棺桶から出て来た。

 さて……此れで読者様も皆んなが帰って来て安心……。其れは如何だろうか?だって、「黒影紳士」だよ?

 二人言葉遣い以外の違いに気付いていましたか?
 答えは、勲さんはタイが赤なんですよ。黒影が青系。気付いていた方はかなりマニア。
 そんな見分け方のご紹介をしていると……。
「あの……」
 サダノブが風柳の後ろから出て来て、小さく手を挙げる。
「何だ?」
 黒影が聞いた。
「因みに、今って誰が書いてます?色々再確認したいんですけど。タイトルのZEROって何です?エピソード……」
 サダノブが何かを言おうとして、
「危ないよ!ギリだって!お前、何を目出度い再開直後にしでかそうとしているんだよ」
 黒影が掻き消す様に慌てて止め、
「それはぁ〜黒影紳士の時間軸の0時に正常に戻ったから、0時から始まったんだよ。そう言う事。……今回の幕文字も、時刻表記にしてある」
 と、続けた。
「で?誰が書いているんです?」
 そのサダノブの疑問には勲がこう答えた。
「season1を書いた頃の創世神だ。別名を「黒影紳士の書」と呼び、その物でもある。彼女は病で書けなかった日の方が多いからね。今は沢山書いていたいそうだ。一応、全てに目を通したらしいが、若干違う様に感じるかも知れないね。彼女は、形容詞に拘りが多かったから時々気難しい文章に変わるかも知れない」
 と。
「……ずっと一緒にいた所為か、僕には何も変わらない気がするんだけどなぁ」
 黒影はぼんやりと想起し考える。
 創世神の約20年前と言われても…………どっ……童顔。
 とは、流石に言えなかった。
「然し、何故……一緒に登場するだけでまどろっこしい勲さんを此の現在の「黒影紳士」の世界に、僕と一緒に登場させたんだ?僕はてっきり鸞(※らん。黒影の息子)がメインの話になると思っていたよ」
 と、黒影がご尤もな事を言う。
 何か……意味はある。
 其れが初めましての皆さん、「黒影紳士」のミステリーなるところである。
 此の物語はシリーズで一話一話で大体完結する。
 ……が、全部を読んで初めて分かる巨大な謎がある。
 読めば解くでも無く、分かる様にはなってはいるが、前回season7-5幕になるが、其処迄が大きな一括りの謎になっていた。
 ZEROでも勿論大きな謎はあるに違いない。
 ミステリーとは神秘的と言う意味である。今回は何色の魅惑に取り憑かれるのか楽しみにしていて欲しい。

 勲は先ず、黒影に「景星鳳凰」と言う、世界(同著者別書の事)を繋ぐ鳳凰の秘技で、心配だったので恋人の寄子を「黒影紳士」の世界に呼んで貰おうとした。
 ところが、黒影の探偵事務所のある風柳邸には、最先端機器があり、近くの物を過去に戻してしまう寄子は呼べない。
 黒影が税金対策に買った同敷地内のタワマンも、古くなっては価値が下がってしまう。
 此処で既に、寄子と勲の恋愛話は進みそうに無いな。がっかりだ。
 じゃあ……そうだ。何時も通りに、リビングに集まりのんびりお茶でも……と、黒影は提案したのだが、勲は寄子が心配なのか、落ち着きなくタワマンの空室のゲストルームで早々眠ると一人出て行った。
「やっぱり心配だよな……。何時か、寄子さんの体質を治してやりたいな」
 黒影は白雪に淹れて貰った珈琲を口に含み飲むと言った。
「先輩?」
 サダノブが、黒影の顔をジッと見て言うのだ。
「何だよ」
 黒影は怪訝そうな顔をして言った。
「いや……唇とか、切れてます?」
 サダノブがそう言った。
 其の瞬間、黒影は席をバッと立ち上がり、
「白雪、すまん!」
 そう言って、二口目に口に含んでいた珈琲を床に吹く様に吐き出した。

コートの裏初公開。裾に行くにつれ、もっと大量に隠しポケットがある。
それにしても、此の夫婦は何でこんなに可愛いんだ。


白雪は其の行動に見覚えがあり、慌てて黒影のコートの裏を本人に見せる様に広げた。
 黒影はコート裏にある小さなポケットから、幾つかの小瓶を取り出し中の液体を飲み干した。
「如何したんです?」
 サダノブがそう聞いた時には風柳は、
「毒か?!」
 と、気付いていた様だ。
 黒影は黙って数回頷いた。白雪が毒を淹れる訳が無い。
 それでは此の毒は何処で混入したのだろうか?
 風柳邸周辺には、セキュリティグッズ店「たすかーる」の最新の監視カメラがある。
「サダノブ、監視カメラを」
 黒影は咳混んで言った。
「此れは……」
 黒影はサダノブがタブレットPC画面に出した監視カメラを見て、眉を顰めた。
「僕等以外に、誰もいませんね」
 サダノブが言った。
「ああ……もっと時間を巻き戻してくれ……」
 黒影はそう言ったが、待ち切れないのか自分で操作し始める。
 動体視力の良い黒影は倍速にして隅々まで見る様に瞳孔を小さく振るわせ瞬きもせずに見ていた。
「先輩、目が悪くなりますよ」
「ああ……」
 そう言い乍らも夢中になる様に、止めようとはしない。
 更にはサーモグラフィーでの表示まで同時にチェックをし始めた。(ああ……残念乍ら、眼鏡フェチの読者様。今回はあのキャピキャピ眼鏡をすっかり黒影は帰ったばかりで忘れている様だ)
「……能力者でも無いのか。前回迄巻き戻したが、誰かが潜伏していた訳では無さそうだな……」
 そう、画面の中の映像を止めて言った。
 見詰めているのは画面其の儘に。まるで時が止まり動かなくなった様に窺える。
「先輩?……大丈夫ですか?」
 急に動きを止めた黒影を心配してサダノブが聞いた。
「あ?……ああ。問題は…………在るな」
 少し低い真剣な声で黒影が答える。
「問題?」
 白雪が不思議そうに目を丸くして黒影を見ている。
 其の顔を見ても、黒影は食い入る様に視線を止めて見詰めるのだ。
「何よ、照れちゃうじゃない」
 白雪はそう言って両手を頬に当てて、視線を逸らす。
「あっ、御免。……考え事をしてしまった」
 黒影はそう言うと、風柳をチラッと見る。
 何時もと変わらず、平和そうな幸せ顔でお茶を啜り、新聞を読んでいた。
 何時もと変わらない。
 何一つ変わらない筈なのに。
 誰も疑えない。
 信じているじゃないか。
 こんなに愛した者達に囲まれた幸せを……疑うなんて……。
 馬鹿げている。
 そうだ、最も馬鹿げた推論だ。

 ……内部犯だなんて……。

 僕は此の時……既に誰が犯人か分かっていた。
 だって……まぁ良い。
 僕は其れでも、犯人を信じると心に誓った。
 仲間を信じない程……腐っちゃいないよ。
 何か理由があるんだ。
 僕は其の理由を解くだけで良い。
 何時もと変わらないじゃないか。
 洞察力と観察力を駆使して、「真実」だけを見詰めて探せば良いのだ。

 そう思う方が楽なのか?とも、己に問うた。
 然し……違うとはっきり言おう。
 僕は……僕でいたいだけだ。猜疑心で真実を見失う者には成りたくはない。
 其れだけだ。
「先輩……?」
 サダノブが心配そうな顔をして見ている。
「否……何でも無い。今は保留と言う事にしておく」
 僕はそう答えた。
 サダノブはきっと気付いている。
 思考を読まずとも……。
 こんな時……如何して遠い下を眺めてしまうのだろう。
 前を見ろ!
 そう言い聞かせて、また行く先を作って行くのだ。
 此の……能力者犯罪に唯一長けた探偵社を、守る為に……。
 誰も手本の無い道を行くのだ。
 だからこそ、意味がある。
 誰もやらない事の穴には大金が行き交う。
 何時だって商売はそんなもんだろう?
 潜り込んだ影は……生優しいだけでは、存続出来ない。
「真実」と同じだ。
「人生」と同じだ。
 厳しく辛い果てに喜びがある。
 そう思えばこそ、命を狙われる事も危険を伴う事も、至極当然であり、悲観するに至らない。

 そう思い、視線を再び上げた時だった。
 事務所に一本の電話が掛かって来た。
「サダノブ……」

 黒影は何時もの様に戦う事務員のサダノブに、電話に出る様にと、呼んだ。
「今、出ます」
 サダノブが受話器を取ると同時に、黒影はワイシャツの襟の下にある小型ワイヤレス無線機のスイッチを入れる。
 電話の主は、
「あの……私、東海林 紫(とうかいりん ゆかり)です。以前は神波(かんなみ)でした」
 と、以前世界対戦を防いだ時に会った筈だが、其の時よりも明らかに気落ちした小さな声で名乗った。
「サダノブ、代われ」
 黒影は落ちた声で言った。
「えっ?あっ……でも未だ……」
 サダノブは何の案件かも聞いていないのに不自然に思ったのか、少し困惑気味である。
「警視総監、神波 諭(かんなみ さとる)氏の娘さんだよ。以前は急な防衛戦の協力でまともに話しはしなかったが、失礼の無い様に、社長の僕が出るのが当然だ。……声からも察するに混み入った話しの様でもあるからね」
 と、黒影はサダノブの手からゆっくり受話器を剥がす様に取り上げ、代わる。
「はい、夢探偵社代表の黒影です。先日はご協力頂き、本当に助かりました。旦那様も、其の後お代わり無いですか?」
 黒影は一先ず、先日の御礼と何かあるとしたら、紫か夫の東海林 葵(とうかいりん あおい)の話しだと思った。
 紫の夫、葵はかなり頭の良い男で、紫の総指揮を支える補佐官として其の頭脳を開花させている。
 夫婦で解決した難事件の数々の話しは、勿論黒影の耳にも入っている。
 そして、これは公には出されていない情報……所謂、トップシークレットではあるが、黒影は先の戦いで葵がサイコパスである事も承知していた。
 だからこそ、夫の事も気に掛かけているのだ。
「其れが……夫の葵の事で少し……」
 と、紫が言った時、黒影はハッとした顔をするなり、メモを出した。
「分かりました。お話は盗聴の危険もありますから、此方でお伺いします。お時間は取れますかね?」
 黒影はそう言うなり、紫と探偵社で話を聞く算段をした。

 ――――――――
 紫が一人で探偵社を訪れたのは、翌日の朝方だった。
 出来るだけ早く、話しがしたかったであろう事は分かる。
 黒塗りの専属の車が敷地内に入って来るのを防犯カメラで確認するなり、黒影はコートをバサりと大きく広げ後ろに飛ばす様に回すと、慣れた仕草で袖を宙で通し、次の瞬間にはシルクハットに手を掛けていた。
 何年も変わらない……染み込んだ仕草。
 もう見なくても、走り出す準備は……何時でも、何も考えずとも出来るのだ。
 他の人生を考えた事もある。
 けれど、探偵をしているだけで、沢山の他の人生を見聞きする事が出来る。
 時には其の結果も……見えなくて良いのに、見えてしまう。
 ご遺体が語る物も少なくは無い。
 そんな事案では無い事だけを祈って、僕は外へと出た。
 強い日差しが車の硝子から照り返して来る。
 目眩しをくらい、思わず腕で目を塞いだ。
 ドアが開く音がする。
 ゆっくりと瞼を開くと、紫が立っていた。
「お久しぶりです」
 笑顔でそうは言っても、やはりキャリアの風格はあり、立ち姿もスラリと美しい。
 見た目はそうでも……犯人を追うとなれば、此のハイヒールも後頭部に投げ付ける武器になるのだから恐ろしや。
 僕は、紫のハイヒールを見るなり、ゾッとして小さく身震いをした。
「如何ぞ……中へ」
 黒影はそう言って、エスコートしようとしたのだが…
「いいえ、ちょっと中では……車内でも宜しいですか?」
 と、紫は言うのだ。
 相当混み入った話しだと窺える。
「分かりました。事務員一人は大丈夫ですかね?」
 黒影が聞く。
「ええ……サダノブさんですよね。だったらまぁ…」
 と、渋々ながらに紫は承諾した。
 態々「コバルトブルー・リフレクション」の世界から来た紫は、最前線で捜査する長として君臨する指揮官……通称「女帝」……。
 事件が解決出来ず頼るなんて珍しい。
 何故ならば、夫になった葵は指揮官補佐ではあるが、頭脳明晰な実力派。
 サイコパスの頭脳と競り合う気は無い。
 二人からすれば、能力者対応にしか強みが無い「夢探偵社」に、一体何の用があると言うのだろう。
 黒影は不審に感じ乍らも、小型無線でサダノブを呼んだ。

 ――――――
 サダノブは助手席でタブレットに記録する。
 黒影は後部座席の紫の隣で、良く話を聞く事にした。
「貴方が僕を頼って来るなんて……ちょっと意外でしたよ」
 黒影はそう、先ず感想を述べると、
「其れにしても……。我が社のセキュリティは国内トップだ。この車も敷地内に入っていますから、安全は安全ですが、信用して頂けませんでしたかね?」
 と、続け……車内の無線を見て、ドライブレコーダーをじっと見詰める。
「ドライブレコーダーは切ってあります。確認して頂いても構いません。だから、壊さないで頂けます?無線機も特に異常の無い普通の物です。急な事件が入ったら大変ですから、切ってはいません。其方も、調べて頂いて構いません」
 と、紫は言うのだ。
「手間が省けます。未だ案件を聞いていない。お言葉に甘えて調べさせてもらいます。……サダノブ、ドライブレコーダーの画像を。僕は無線機だ」
 黒影はそう言うなり、コートのヒラの裏の隠しポケットからプラスドライバーを取り出すと、堂々と無線機の蓋を開け、アンティークルーペでしっかりと変な箇所は無いか確認し、また蓋を閉じた。
 丁度その頃、サダノブもチェックを終えて、
「確かにオフになっています。このまま表示して案件を聞いていますから、大丈夫です」
 と、黒影に知らせる。
 黒影が省けると言った「手間」は、黒影の存在が残る様な物があれば、破壊しておかなければならないからだ。
 其の手間が省けたと言う意味である。
「では、話をお伺いします」
 散々調べ尽くした黒影は、安心してリラックスして座り直すと言った。
「実は……夫の……葵の警邏を暫く頼みたいのです」
 と、紫が言うので……黒影は思わず不思議そうに顔を覗き込んだ。
「それならば……警視庁で十分事、足りますよね?」
 黒影は当然、そう聞く。
「其れが……有らぬ容疑を掛けられています。けれど警察のVIPみたいなものですから、今は捕まる等も無く、事件が落ち着く迄、身を隠していなければなりません。其の間に真犯人が見付かれば容疑は晴れます」
 と、言うではないか。
「そんなっ……「コバルトブルー・リフレクション」の世界の主人公が疑われる何て、如何かしているよ!主人公が犯人何て在る訳………………ああ、「黒影紳士」の著者ならば何でも遣り兼ねないが、幾ら何でも人気が落ちる。其れは無いよ……」
 黒影は嘲笑うかの様にそう言った。
「勿論、私だって其れは流石に無いと思っていますし、何よりも夫を信じています!……でも……」
 紫が相談しに来たと言う事は、事がもっと深刻なのだと、黒影はその言葉を濁した部分に、申し訳なさを感じた。
「……ああ、失礼しました。勿論、簡単な話しでは無いから、僕にこうして遥々異世界から会いにいらしたのは分かっています」
 と、謝罪の意を顔に出してから、最後に優しそうに……朗らかに微笑む。
 ……大丈夫にするよ……
 そんな声が紫の心にも届いた気がした。
「葵には今……幼児虐待の容疑が掛けられています。更には自宅付近の小動物殺傷30匹まで……」
 紫は俯き、暗い面持ちで言うのだ。
「まさかっ!……そんな筈は……。何故……?!……何故、あの葵さんが疑われているのです?」
 とても信じられず、黒影は夢でも見ているのかと思う程であった。
「……其れが……葵が現場勤務で、更には単独した行動した時や、通勤時間に合わせたかの様に、小動物が殺されているのです。勿論、移動は此の車を使っていますが、運転手は雇っていますから、証人にはなりません。
 幼児虐待に至っては14年程前の事件で、被害者は余りの苦痛に記憶を忘れていたが思い出したと……。実験台の様にされた日々と、其れを行った者が……確かに葵だと言い張るのです。……現在22歳の女性が訴え出ています。確かに私と葵が出逢う前で……出逢う前の葵を私は知りません。……知りませんが、サイコパスと言う事実と動物の死。アリバイも無い。葵は自分にそんな素質があるのを知っていて、出来るだけ人と関わりを持ち、犯罪を起こす様なサイコパスにならない様、己を律して生きて来たんです!……そんな筈……そんな筈が無いのよっ!」
 紫は悔しさに膝に置いていた手を握り振るわせていた。
「……そうですね。彼に限っては……僕もそんな筈はないと思います。警察が疑って、真犯人を見付けられそうも無い……。否、探そうとしない……が、正しいか。キャリアのポストは何時も奪い合いですからね。……分かりました。警邏及び、裏取り捜査から始めて見ましょう。真犯人は、ある程度絞れます。……「真実」は時に残酷な物です。然し、全てをお伝えすると約束します。それでも良いですね?」
 黒影は紫が「夢探偵社」に入らなかった理由に気付いた。
「……其れと、僕の妻を……気に掛けて下さって感謝しています」
 と、告げた。女性が聞いて心地良い事件な訳は無い。
 思わず眉間に皺を寄せるか、不快な顔を露わにするだろう。
「良かった。感謝したいのは此方の方です。今夜……葵を此の車で此方に向かわせます。如何ぞ……宜しくお願いします」
 紫はそう言って何度も頭を下げた。
「構いませんよ。知った仲ではないですか。以前は僕等も助けて頂いた。お互い様です。……其れにしても、やはり指揮官は忙しいですね。今夜も小動物の殺傷が無いか、心配ですが……。此の発信機を車に付けて来て下さい」
 黒影は小さな発信機を紫に手渡した。
「こんな小さな……」
 紫はテープの端切れにしか見えない其れを見て、驚いている。
「今の探偵グッツはどんどん小型化しています。ペン先のキャップに盗聴器やカメラがあるのが当たり前なご時世です。勝つには此のくらいしておかないとね。これで「黒影紳士」世界に入り動き出したら、街中の監視カメラをジャックして到着迄を監視します。到着してからは、監視カメラのあるゲストルームで生活してもらいますが、言って下されば好きな所にも出掛けられますし、不自由は無いと思います。多少は気にすれば不快に思われると想定出来ますので、先にお伝え下さい。食事は基本的に此方で用意します。……其れで、宜しいですか?」
 と、黒影は警邏に当たって必要な話しを伝える。
「ええ、十分です!……私も同行したいのですが、早く真犯人を上げたいのです。ご理解頂き、助かります」
 紫はそう言うと、少しだけ安心したのか小さな笑みを見せた。
 此処暫く笑っていなかったのだろう。

 ……普通の日々……普通の平和こそ……一番脆く壊れ易い。
 だから……其れを守る者が必要なのかも知れない。
 小さな歪(ひず)みが、大きな歪みに成ってしまう前に……。 

※連載中。更新日は不定期です。
現在、執筆中です✒️🎩

🔶第二章 青空のリフレクションを読む

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。