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そして、好きなぬか漬けを今年また始めた

バーテンダーから料理人に転身しようと入った日本料理屋には、先代の女将さんが作ったという年代物のぬか床があって、その朝晩の手入れとぬか漬けを漬けるのが入ってすぐから与えられた私の大事な仕事だった。

バーテンダーというのは皆ことごとく手荒れがひどい。
グラスを一切の油分も指の跡も残さないよう強い洗剤と熱いお湯で洗い上げるからどんどん手の脂が落ちていくし、氷を手で持ちアイスピックで丸く削ったりもするからもちろんハンドクリームなど厳禁、そうするとちょっと空気が乾燥してくればすぐに割れる切れるで、挙句その手で果物を絞ってカクテルを作るという、見えないところでは大変痛い職業。
一度ひどくなってしまうと営業後のケアや週に1度の休みくらいではなかなか治すことができなくて、手荒れが原因で業界を離れて行く人もいるほどの実は深刻な問題。

私も御多分に洩れず手荒れはひどかったものの、料理なら肉魚と素材自体に脂気があるし油も使うから辛さは前より感じなくなって、ただし当のぬか床だけが鬼門だった。
大きな琺瑯のタンクに肘まですっぽり入るほどの量があり、1日の最後にそれを底まで混ぜるとまだバリア機能の回復しない手に塩がしみて、手首の上まで毎日真っ赤に腫れた。

見かねた親方が手袋をつけていいと言ってくれてしばらくやってみたら、私は痛くなくなったけど今度はぬかの発酵が少し停滞したようになって香りも色も変わってきてしまい、ついには俺がやると唯一任されていたぬか床仕事はおやじさんに引き上げられてしまった。
ぬか床というのは雑菌が入れば床自体が悪くなるしカビも生えやすいから、余計な菌が入らないように手袋をした方が尚良さそうなものだけどそれはなぜだかうまく行かず、おやじさんが朝晩かき混ぜ始めるとすぐに匂いも色も元の調子を取り戻し「ほらみろ、ワシは天才や」と鼻高々で、おやじさんの機嫌のいい日も多くなった。

私の手もそれから20年近くかかって今では少し丈夫に以前より荒れにくくなり今日も料理の仕事を続けている。そして、好きなぬか漬けを今年また始めた。
無理は続かない、辛いなら時には休むこともあっていい、好きなままでいられる工夫が大切なんじゃないかと思います。

[ぬか漬けの作り方]の動画をYouTubeに投稿しています。合わせて見てもらえたら嬉しいです。


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