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魔法少女の系譜、その124~『王家の紋章』は、悪役令嬢ものか?~


 今回も、前回に続き、『王家の紋章』を取り上げます。

 『王家の紋章』の主人公(ヒロイン)は、キャロルということになっています。けれども、この作品は、キャロルとアイシスとの、ダブルヒロイン制ではないかと、私は思っています。キャロルがメインヒロインで、アイシスがサブヒロインですね。
 「メインヒロインとサブヒロインとで、一人の男性を巡って争う」という構図は、創作物語では、たいへんよくあるパターンですね。個人による創作物語が生まれる前、口承文芸の時代から、このパターンはありました。

 昔からよくあって、今でもよく使われているのは、面白いからですね。面白くないものが、長い年月を生き延びるはずがありません(^^)

 アイシスのほうは、昭和五十年代前半(一九七〇年代後半)の感覚で見ても、「魔女っ子」でした。古代エジプトの魔術の達人ですからね。
 キャロルのほうは、現代日本の感覚で見れば、「考古学に詳しい普通の人」かも知れません。でも、古代エジプト人から見れば、「未来の知識を持つ、魔法使いのような少女」でしょう。
 キャロルは、古代エジプトと現代とを何度も往来するので、タイムスリップするたびに、「魔法少女(魔女っ子)」と「普通の人」とを往来することになります。
 メインヒロインがこういう人なので、私は、『王家の紋章』を、「魔法少女ものと、そうでない作品との、中間に当たる作品」と言いました。

 このキャロルのあり方には、既視感がありますね? そう、昭和五十一年(一九七六年)以前の「魔女っ子」たちによくあったあり方を、逆転させた形です。
 例えば、『魔女っ子メグちゃん』のメグとノン、『魔法使いチャッピー』のチャッピー、『魔法使いサリー』のサリーなどは、「魔法の国」から来た魔女っ子(魔法少女)でした。魔法の国では、全員が魔法を使えるので、メグもノンもチャッピーもサリーも、「普通の人」です。現代日本に来た時だけ、「魔女っ子」扱いになります。

 ヒロインが山奥の「忍者の里?」から来た『さるとびエッちゃん』や、飛騨の山奥の超能力者の村から来たヒロインの『超少女明日香』も、これの亜種と言えます。
 エッちゃんは、普通の人里では、不可思議な忍術を使う「魔女っ子」ですが、故郷の山奥の村では、「普通の人」なのでしょう。明日香は、普通の人里では、「超能力少女」ですが、故郷の飛騨の村では、全員が超能力を使えるため、「普通の人」です。

 ヒロインが、地球に来た宇宙人というパターンも、これまでの魔法少女ものには、いくつかありますね。『コメットさん』、『好き!すき!!魔女先生』、『ウルトラマンA【エース】』、『暁はただ銀色』などのヒロインが、地球に来た宇宙人でした。
 宇宙人ヒロインの場合も、ヒロインは、故郷の星では、「普通の人」です。宇宙人ゆえの超能力を持つために、地球に来ると、魔法少女(魔女っ子)になります。

 これらの魔女っ子ヒロインたちは、「よそから、『普通の現代社会』に来た人」ですね。異世界から来た異類です。異類ゆえに、魔法の力を持ちます。
 キャロルの場合は、「普通の現代社会から、よそへ行った人」ですね。異世界へ行って、自分が異類になりました。普通の現代社会では、「普通の人」ですが、それゆえに、古代エジプトという異世界へ行けば、「未来の知識を使える人」になります。
 一九七〇年代には、キャロルのような「逆転魔法少女(異世界から来るのではなくて、異世界へ行く少女)」は、珍しい存在でした。


 ここまで書けば、気づいた方もいらっしゃるでしょう。
 『王家の紋章』は、二〇一〇年代以降に流行っている「異世界転生もの」に似ています。現代日本に生きていた主人公―男性のことも、女性のこともありますね―が、中世ヨーロッパ風RPG的異世界へ生まれ変わって、現代日本の知識で無双する、というあれですね。
 小説投稿サイト「小説家になろう」で流行ったために、「なろう」系と呼ばれることがあります。

 時間的には、『王家の紋章』のほうが、ずっと先です。ですから、正確には、二〇一〇年代以降の「異世界転生もの」のほうが、『王家の紋章』に似ていると言うべきですね。
 この点で、『王家の紋章』は、ものすごく時代に先駆けた作品です。

 二〇一〇年代には、「中世ヨーロッパ風RPG的異世界」というものが、少なくとも、若い世代には、共通認識として、ありました。だから、そういう異世界へ転生するという小説が、成り立ちました。
 一九七〇年代には、そんなものは、ありません。ファミコンさえ、発売される前ですからね。アーケードにインベーダーゲームが登場することすら、『王家の紋章』の連載が始まった二年後―昭和五十三年(一九七八年)―です。
 つまり、コンピュータゲームというものが、まだ、存在しない世界です。異世界を出すなら、「中世ヨーロッパ風RPG的異世界」以外の異世界を、登場させなければなりませんでした。
 『王家の紋章』の場合は、異世界として、古代エジプトが選ばれました。

 二〇一〇年代以降の「異世界転生もの」では、多くの場合、主人公は、異世界へ行ったら、行ったきりです。「転生」なので、こちらの世界では、死んでしまっているのが、普通です。
 『王家の紋章』では、キャロルは、普通に生きたままタイムスリップします。最初の一度を含め、何度かは、アイシスの魔術によるものでしたが、後になると、原因のわからないタイムスリップが増えます。
 「生きたままタイムスリップ」という手法を使ったことで、キャロルは、古代エジプトと現代とを往復することが、可能です。キャロルの意に反して、ですが。これが、作品にスリルを与えています。


 日本の娯楽作品の中では、同じように、「主人公が過去へタイムスリップして、現代日本の知識で無双する」ものが、『王家の紋章』より早く、現われていました。
 NHK少年ドラマシリーズの『夕ばえ作戦』ですね。『魔法少女の系譜』シリーズでも、取り上げましたよね。
 現代日本の男子中学生が、江戸時代の日本へタイムスリップして、活躍する話です。昭和四十九年(一九七四年)に、テレビで放映されました。原作の小説は、なんと、昭和三十九年(一九六四年)に連載が始まり、昭和四十二年(一九六七年)に、単行本化されました。

 以前にも書きましたが、『夕ばえ作戦』こそが、二〇一〇年代以降の「異世界転生もの」の元祖と言えるでしょう。原作の小説を書いた光瀬龍さんは、五十年ほども、時代に先駆けたわけです。SF作家の面目躍如ですね(^^)

 『夕ばえ作戦』のテレビ放映は、『王家の紋章』の連載が始まる二年前です。時間的に近いので、ひょっとしたら、『王家の紋章』は、直接、『夕ばえ作戦』の影響を受けて、生まれたのかも知れませんね。確証は、ありません。

 なお、『王家の紋章』の単行本が初めて出た昭和五十二年(一九七七年)には、NHK少年ドラマシリーズで、もう一つ、タイムトラベルものの作品が放映されています。『幕末未来人』です。
 『幕末未来人』は、現代日本の男子高校生が、動乱真っ最中の幕末の日本へ行ってしまう話です。一人ではなく、友だち同士の二人の男子高校生が、原因不明のタイムスリップをします。眉村卓さんの短編小説「名残の雪」が原作です。
 『夕ばえ作戦』と同じように、『幕末未来人』では、戦闘の要素が大きいです。

 『夕ばえ作戦』や『幕末未来人』の主人公は少年でしたが、『王家の紋章』では、主人公が少女です。少女漫画としては、当然ですね。
 少女漫画らしく、主なテーマは、「恋愛」となりました。約三千年もの時を隔てながら、少女が運命の人と巡り合う、壮大なロマンです。

 この点、『夕ばえ作戦』や『幕末未来人』との違いが、際立ちますね。『夕ばえ作戦』や『幕末未来人』にも、恋愛の要素はありますが、それは、ほんの少しです。戦闘要素のほうが、ずっと大きいです。
 『王家の紋章』にも、先に書きましたように、戦闘の要素は出てきます。古代エジプトが、ヒッタイトやアッシリアなどの古代オリエントの王国と、何回か戦争をします。ヒロインの相手役のメンフィスは、古代エジプトの王なので、当然、軍を率いて戦います。
 とはいえ、『王家の紋章』では、戦闘は、「キャロルとメンフィスとの恋愛を盛り上げる要素」に過ぎません。

 恋愛の物語は、愛し合う二人がめでたく結ばれれば、そこで終わってしまいます。あっさり結ばれて終わらないように、いろいろな障害が用意されます。「戦争」は、恋愛を妨げる障害として、よくあるものですね。


 「異世界転生もの」との比較で考えると、アイシスの存在も、非常に興味深いです。
 たぶん、気がついている方も、いらっしゃるでしょう。アイシスは、二〇一〇年代のウェブ小説で人気の「悪役令嬢」そのものですよね?

 「異世界転生もの」の中に、女性向けのサブジャンルとして、「悪役令嬢もの」があります。『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』などが、有名な作品ですね。この作品は、ちょうど今、アニメ化されて放映中です。

 『乙女ゲームの~』の題名が、そのまま内容を示しています。
 ヒロインは、近世ヨーロッパ風の世界に生きる貴族のお姫さまです。ある時、彼女は、前世の記憶を思い出します。前世では、現代日本に生きていて、乙女ゲームと呼ばれる女性向けゲームをプレイしていました。イケメン男子が、何人もヒロイン(プレイヤー)の前に現われて、彼らと(疑似)恋愛するゲームです。
 主人公は、前世でプレイしていた乙女ゲームの世界に転生したことに気づきます。ところが、ゲーム世界のヒロインではなくて、ヒロインに敵対して、最後には破滅する、悪役の令嬢に転生してしまったのでした。
 悪役とはいえ、転生してきた主人公は、善意の人です。ゲームのヒロインの邪魔をする気などなく、むろん、破滅する気もありません。
 しかし、ゲーム世界では悪役と決められているため、次々に、彼女を破滅させようとする出来事が起こります。大量の「破滅フラグ」を回避して、平穏無事に生きようとする主人公が苦闘するのが、面白いです(^^)

 『王家の紋章』のアイシスは、ゲーム世界に生きているわけではありません。けれども、突然、異世界からやってきたメインヒロインのキャロルに、愛する人を奪われ、王族としての地位まで脅かされるという展開は、「悪役令嬢もの」のヒロイン(悪役令嬢)と、そっくりです。
 多くの悪役令嬢ものでも、異世界から、ゲーム世界の本来のヒロインがやってきます。そして、ゲームの攻略対象であるイケメンと結ばれ、主人公の前に立ちふさがります。
 ただし、『乙女ゲームの~』のように、異世界からではなくて、もともと、そのゲーム世界の住人がゲームヒロインの場合もあります。

 アイシスは、何度もキャロルを殺そうとする気性の激しい人で、確かに、悪役です。しかし、彼女には、同情すべき面が多々あります。
 キャロルが来ることさえなければ、彼女は、熱愛するメンフィスと結ばれて、人々から王妃として尊敬され、幸せに暮らせるはずでした。キャロルを古代エジプトに連れ去ったのも、現代でメンフィスのミイラを取り戻そうとしたための行動で、正当性がないわけではありません。
 アイシスは、受けて当然の権利を受けて、幸せになりたかっただけです。なのに、まるで、歴史自体がキャロルの味方をするかのように、アイシスにとって都合の悪いことが続きます。ついには、愛するメンフィスと離れて、他国へ嫁ぐことになります。
 この「歴史自体がキャロル(ヒロイン)の味方をするかのように」という部分が、のちの「悪役令嬢もの」に通じます。

 リアルタイムで、『王家の紋章』を最初から読んでいた人に聞くと、意外に、アイシスに同情的な人が多いです。
 もちろん、「アイシス、大っ嫌いだった」という人も、多いです。そういう人でも、ほとんどが、「大人になって読み返してみたら、アイシスがかわいそうだと思った」とおっしゃいます。
 小学生の頃、『王家の紋章』を読んでいた方でも、「アイシスは根っからの悪人ではなくて、メンフィスを思うあまり、極端な行動に出ているだけだ」とわかるんですね。そういうふうに、作者の細川智栄子さんと芙~みんさんが、ちゃんと描いているということです。

 乙女ゲームというものが生まれる前から、少女漫画の世界には、アイシスのような「悪役令嬢」がいました。アイシスは、「悪役令嬢」の源流といえる存在です。
 アイシスをはじめとする少女漫画の「悪役令嬢」には、冷静に読むと、悪人ではなく、良い人ではないにしても、「普通の人」がおおぜいいます。なのに、運命のいたずらで悪役になり、ひどい目に遭う人がいました。

 少女漫画の読者の中には、アイシスのような「悪役令嬢」に対する同情が、ひそかに溜まっていたのではないでしょうか。
 たまたま、それが、二〇一〇年代になって、「悪役令嬢もの」という形で、現われた気がします。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『王家の紋章』を取り上げます。



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