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魔法少女の系譜、その182~『花の子ルンルン』のヨーロッパ以外の舞台~


 今回も、前回に続き、『花の子ルンルン』を取り上げます。

 『花の子ルンルン』は、ロードアニメですね。ヒロインのルンルンは、生まれ故郷の南フランスを旅立って、ヨーロッパ中を旅して回ります。ヨーロッパばかりでなく、モロッコやエジプトなど、北アフリカの一部までもが、彼女の旅の範囲に入ります。
 『ルンルン』の放映が始まった昭和五十四年(一九七九年)当時、これは、極めてまれなことでした。当時どころか、二〇二二年現在に至るまで、アフリカが舞台になるテレビアニメは、めったにありませんね。

 インターネットが普及した現在でも、そうなのですから、『ルンルン』放映当時となれば、日本人のアフリカに対する心理的遠さは、とてつもないものでした。
 もしかしたら、『花の子ルンルン』は、日本のテレビアニメで、初めて、アフリカを舞台にした作品かも知れません。『ルンルン』以前に、アフリカを舞台にしたテレビアニメを御存知の方は、教えて下さい。

 『ルンルン』と同じ昭和五十四年(一九七九年)に放映されたテレビアニメに、『機動戦士ガンダム』があります。いわゆる「ファーストガンダム」ですね。
 このファーストガンダムで、地球が舞台になった話のいくつかは、アフリカが舞台になっています。ザンジバルやダカールといった地名が登場しますね。『ルンルン』と並んで、ファーストガンダムも、アフリカを舞台にしたテレビアニメとして、最初期の作品でしょう。
 『花の子ルンルン』のほうが、ファーストガンダムより、放映が始まった時期が早いです。が、アフリカが舞台になった話が放映されたのは、じつは、両作品とも、同じくらいの時期です。昭和五十四年(一九七九年)の十一月ごろです。
 かたや(戦闘要素のない)魔女っ子アニメ、かたや戦闘要素満載のロボットアニメ、と、まったく関係のないように見える二作品なのに、「アフリカ」という共通点がありました。
 アフリカのことを抜きにしても、『機動戦士ガンダム』には、ララァ・スンという、一種の魔法少女が登場します。このために、過去の『魔法少女の系譜』シリーズで、『機動戦士ガンダム』を取り上げています。

魔法少女の系譜、その155~『機動戦士ガンダム』~(2022年8月13日)
https://note.com/otogiri_chihaya/n/nf2b3b6823696

 『ルンルン』とファーストガンダムと、ほぼ同時期に、日本のテレビアニメに「アフリカ」が登場したのは、偶然ではないかも知れません。日本人の幼年層にも、「アフリカ」が意識されるようになった時期が、この頃だったのかも知れません。
 ファーストガンダムの舞台は、人類が宇宙へ進出した、はるかな未来です、いっぽう、『ルンルン』の舞台は、現代―一九七〇年代―です。このために、『ルンルン』のほうが、より、現代の生活に密着した、「日本の隣の世界」を見せてくれます。

 例えば、モロッコを舞台にした話―より正確には、イギリスからモロッコへと、舞台が移動します―では、イスラム教徒の少年が、主な登場人物になります。日本のテレビアニメで、まともにイスラム教徒が描かれた、最初期の例だと思います。
 その描写は、二〇二二年現在に見ても、良心的です。イスラム教の断食月について、子供にもわかりやすく描かれています。
 昭和五十四年(一九七九年)当時の日本人は、「イスラム教という宗教がある」ことは知っていても、断食月という習慣があることなどは、ほとんど知らなかったはずです。この時代に、堂々とイスラム教徒を描いたことは、評価されるべきですね。

 『ルンルン』以前に、日本のアニメ作品で、イスラム教徒を描いたものというと、『千夜一夜物語』(『アラビアンナイト』)関係のものばかりです。以下に、いくつか例を挙げましょう。

 昭和三十七年(一九六二年)に、劇場用アニメーション映画として、『アラビアンナイト・シンドバッドの冒険』が封切られました。東映動画制作のアニメです。内容は、有名な『シンドバッドの冒険』を脚色しています。おそらく、日本のアニメ作品に、イスラム教徒(らしきもの)が登場したのは、このあたりが嚆矢でしょう。

 昭和四十四年(一九六九年)には、同じく劇場用アニメ映画として、『千夜一夜物語』が封切られました。虫プロダクション制作です。内容は、『千夜一夜物語』を原案とした、独自のストーリーです。
 昭和四十六年(一九七一年)には、劇場用アニメの『アリババと40匹の盗賊』が封切られます。再び、東映動画の制作です。「東映まんがまつり」の中の一作品でした。内容は、題名から想像できますとおり、『アリババと40人の盗賊』をギャグアニメにしたものです。

 昭和五十年(一九七五年)になって、テレビアニメに、『アラビアンナイト シンドバッドの冒険』が現われます。上記の東映動画制作の劇場用アニメと同名ですが、別ものです。『シンドバッドの冒険』を中心に、『アリババと40人の盗賊』や『アラジンと魔法のランプ』など、他の『アラビアンナイト』の話も混ぜた内容でした。

 『千夜一夜物語』(『アラビアンナイト』)のような「おとぎ話」の世界を離れて、リアルなイスラム教徒を描いたアニメ作品というと、『花の子ルンルン』が最初期だろうと考えます。もし、もっと早い作品があれば、教えて下さい。

 ちなみに、テレビアニメではなく、実写(特撮)のテレビドラマなら、すでに、一九六〇年代から、『アラーの使者』や『快傑ハリマオ』といった、イスラム教圏を舞台にした作品があります。まあ、一九六〇年代なので、だいぶファンタジーの入った描き方ですが。

 モロッコ以外に、『花の子ルンルン』で舞台になるアフリカの国は、チュニジアとエジプトです。チュニジアは、ちらっと出てくるだけですが、二〇二二年現在でも知名度の高くない国を、一九七九年に登場させた制作陣は、素晴らしいですね(^^)
 エジプトは、大方の予想どおり、古代エジプトの遺跡が舞台になります。ルンルンも、古代エジプトの女王に変身します。

 ヨーロッパでも、ルンルンの旅は、パリやロンドンやアムステルダムといった、有名どころばかりが舞台になるわけではありません。フランスとスペインとにまたがるバスク地方や、スカンジナビア半島の北方にあるラップランドなど、二〇二二年現在でもマイナーな地方も、舞台になっています。
 繰り返しますが、昭和五十四年(一九七九年)に、インターネットなんて、ありませんからね? パリやロンドンのような超有名都市でも、情報が少なかった時代です。その時代に、バスク地方やラップランドを描いた制作陣の先進性には、感心します。

 結果として、『花の子ルンルン』は、ロードアニメのお手本のような作品となりました。放映当時の日本からは遠かったヨーロッパや、北アフリカの国々を、親しみやすく描いて、子供たちに見せてくれました。マジョリカ島やシチリア島など、地中海の島々も、舞台になっています。
 日本では馴染みのない習慣も、ただ違うだけで、悪いことではないと、教えてくれました。素直で、善意に満ちたルンルンを介して見れば、そう感じられます。
 当時の少年少女で、『ルンルン』を見て、外国に憧れた人もいるだろうと思います。

 同じ昭和五十四年(一九七九年)には、同じく、少女向けのロードアニメ『さすらいの少女ネル』も放映されていました。また、実写(特撮)ドラマでは、『七瀬ふたたび』にも、ロードムービーの要素がありました。

魔法少女の系譜、その174~ロードアニメとしての『花の子ルンルン』~(2022年8月22日)
https://note.com/otogiri_chihaya/n/n117c6af64f0c
魔法少女の系譜、その148~『七瀬ふたたび』~(2022年8月9日)
https://note.com/otogiri_chihaya/n/n1f1e8d9e3f13

 『さすらいの少女ネル』のヒロインであるネルも、『七瀬ふたたび』のヒロイン七瀬も、誰かに追われて、いやいや旅をしています。決して、楽しい旅ではありません。
 けれども、『花の子ルンルン』のヒロインであるルンルンは、自分の意志で旅することを決めて、旅をします。旅先では、嫌なこともありますが、温かい人々との触れ合いもあり、全体的には、楽しい旅です。
 親の立場で見ても、残虐描写も性描写もなく、安心して見せられる、少年少女向けのロードアニメです。

 この時代に、このような高品質の「魔女っ子ロードアニメ」が生まれたのは、幸運なことでした。しかし、視聴率も悪くなかったのに、直接の後継といえる「魔女っ子ロードアニメ」は、生まれませんでした。
 それは、そもそも、「年端も行かない少女に、一人で旅をさせる」設定に、無理があるからでしょう。
 『エコエコアザラク』のように、ヒロインが思いっきり悪い子ならば、追われて旅をする設定は、簡単にできます。でも、それでは、『ルンルン』のように、明るく楽しい作品にはなりませんね(^^;

魔法少女の系譜、その53~『エコエコアザラク』~(2022年6月23日)
https://note.com/otogiri_chihaya/n/n3da471581002

 ヒロインを良い子にして、現代を舞台にするならば、『さすらいの少女ネル』や、『七瀬ふたたび』や、『紅い牙』のように、誰かに追われて、仕方なく逃げる旅をする、という設定が、最も自然です。現代の良い子であれば、ヒロインが学校を投げ出して旅をするのは、考えにくいからです。
 追われる逃亡の旅では、当然、楽しい旅には、なりにくいですよね。

魔法少女の系譜、その49~『紅い牙』~(2022年6月21日)
https://note.com/otogiri_chihaya/n/n1de53d1a8a31

 『花の子ルンルン』の場合は、舞台を外国にすることで、「ヒロイン、学校はどうしているの?」という疑問を、うまくごまかしています。昭和五十四年(一九七九年)当時の日本人―とりわけ、幼年層―にとっては、外国は異世界の一種なので、異世界人が学校に行っていなくても、そんなに不自然には感じなかったのでしょう。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『花の子ルンルン』を取り上げます。



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