魔法少女の系譜、その158~『機動戦士ガンダム』と日本人以外の有色人種~
前々々回、前々回と前回に続き、『機動戦士ガンダム』を取り上げます。いわゆる「ファーストガンダム」ですね。
優秀なニュータイプ(=魔法少女)のララァ・スンは、昭和五十四年(一九七九年)当時には、極めて珍しい「日本人以外の有色人種」ヒロインでした。明確に、インド人の造形がされていました。
女性キャラクターのみならず、男性キャラクターでも、「日本人以外の有色人種」は、まれな時代でした。
実写の映画やドラマならば、こうなる理由は、わかりますね。昭和の時代、日本で、「日本人以外の有色人種」の役者さんは、調達するのが難しい状態でした。
アニメならば、どんな民族でも、描くのに、技術的な問題はないはずです。なのに、非常に少なかったのは、需要がないと見なされていたからでしょう。
テレビアニメの世界で、「日本人以外の有色人種」キャラクターを登場させた嚆矢【こうし】は、『サイボーグ009』だと思います。主人公の009=島村ジョーをはじめ、00ナンバーのサイボーグたちは、世界中のいろいろな民族から集められていました。
九人のサイボーグのうち、005ことジェロニモ・ジュニアが、アメリカ先住民です。008ことピュンマが、アフリカ出身の黒人です。
『サイボーグ009』は、これまでに、何度もアニメ化されています。名作の証拠ですね(^^)
最初にテレビアニメ化されたのは、昭和四十一年(一九六六年)でした。二〇二一年現在からは、五十年以上も前です。この時代に、アメリカ先住民や、アフリカの黒人を登場させたのは、おそろしく先進的です。
00ナンバーサイボーグの中で、女性は、003ことフランソワーズ・アルヌールだけです。間違いなく、彼女が、『サイボーグ009』のメインヒロインです。
フランソワーズは、フランス人です。ヨーロッパ人ですね。有色人種ではありません。この時代には、「日本人ではないヒロイン」というだけで、テレビアニメの中では、充分に先進的でした。
『サイボーグ009』以後、日本の漫画やアニメの中で、外国人のヒロインは、多数、登場しました。けれども、「日本人以外の有色人種」ヒロインは、ほとんどいません。
私が知る範囲では、漫画『サインはV!』のジュン・サンダースくらいですね。
『サインはV!』は、『週刊少女フレンド』―二〇二一年現在は、休刊しています―に連載された少女漫画でした。スポ根もの漫画の最初期の作品で、女子バレーボールがテーマでした。昭和四十三年(一九六八年)に連載が始まりました。
ジュン・サンダースは、主人公のバレーボール選手、朝丘ユミのチームメイトです。日本で生まれ育ちましたが、黒人のアメリカ兵と日本人女性との間に生まれたハーフで、両親に捨てられ、孤児院で育ちました。
漫画では、浅黒い肌に描かれています。絵柄は、当時の少女漫画なので、お目々ぱっちりの美人です。
ジュンは、その育ちゆえに、ややひねくれた性格でした。けれども、バレーボールにはとても才があり、チームに欠かせないアタッカーでした。チームメイトたちと切磋琢磨するうちに、ジュンは、ユミなどの仲間に心を開いてゆきます。
ところが、ジュンは、志半ばにして、骨肉腫に倒れ、帰らぬ人となってしまいます。
『サインはV!』は、漫画よりも、実写のテレビドラマ版のほうが、有名です。漫画連載が始まった翌年、昭和四十四年(一九六九年)に、テレビドラマが放映開始されました。漫画原作の実写テレビドラマとしては、これまた、最初期の例です。
このテレビドラマは、国民的な人気を得ました。テレビドラマ版では、題名から「!」がなくなって、『サインはV』になっています。
ジュンを演じたのは、日本で生まれ育った台湾人女優の范文雀【はん ぶんじゃく】さんです。二〇二一年現在では許されませんが、黒人のように黒塗りして演じていました。
昭和四十四年(一九六九年)の時点では、リアルにジュンを演じられる黒人女優さんなんて、日本には、いなかったからでしょう。
テレビドラマで、ジュン・サンダースの人気が爆発しました。劇中でジュンが病に倒れた時には、テレビ局に、「ジュンを死なせないで」という歎願が殺到したそうです。
ジュン・サンダースは、『ガンダム』のララァ・スンより前に、ララァと同じくらいか、それ以上の人気があった、「日本人以外の有色人種」ヒロインです。
ジュン・サンダースは、昭和四十年代前半(一九六〇年代後半)の日本の社会状況を、色濃く反映したキャラクターです。
当時の日本は、第二次世界大戦の傷跡が、生々しく残っていました。戦争が終わってから、まだ、二十年ちょっとしか経っていませんからね。戦災孤児や、占領軍の米兵と日本人女性との間に生まれた子供が、おおぜい実在して、社会問題になっていました。
当時の日本では、外国人が珍しく、外国人と日本人との間に生まれたハーフは、偏見の目にさらされました。このために、米兵との間に生まれた子供を、手離してしまう女性が多かったのです。
そのようなハーフの子供たちを引き取って育てる、エリザベス・サンダース・ホームという孤児院がありました。ジュン・サンダースは、エリザベス・サンダース・ホームの出身という設定です。
ジュン・サンダースが、漫画やドラマの中で、「日本人以外の有色人種」ヒロインとして登場したのは、それなりの理由と、リアリティがありました。
ジュン・サンダースと、ララァ・スンとの間には、十一年の時間差があります。
この十一年の間を埋める「日本人以外の有色人種」ヒロインに、思い当たりません。心当たりがある方は、教えて下さい。
十一年という時間の間に、日本社会で、直接的な戦争の傷跡は、薄れてゆきました。日本の社会状況を、直接、反映させたなら、昭和五十四年(一九七九年)の段階で、「日本人以外の有色人種」ヒロイン、ララァ・スンは、生まれなかったでしょう。
ララァは、ジュンとは違って、「過去のいきさつを引きずった」存在ではありません。「人類が宇宙に進出した未来なのだから、多様な民族がいるだろう」という、未来志向から生まれたキャラクターです。
ジュンのようなキャラクターを、否定しているのではありません。こういうキャラクターも、いてしかるべきです。
でも、そればかりでは、面白くありませんよね。昭和五十四年(一九七九年)当時には珍しかった「日本人以外の有色人種」ヒロインに、未来志向を付け加えるのは、新しい試みでした(^^)
『機動戦士ガンダム』が放映されたのと同じ昭和五十四年(一九七九年)に、『七瀬ふたたび』の実写テレビドラマが放映されたことは、示唆的です。『七瀬ふたたび』には、黒人の男性キャラクター、ヘンリーが登場するからです。
ヘンリーは、普通に、黒人の男優さんが演じていました。当時の日本では、たいへん珍しいことでした。「日本人以外の有色人種」俳優さんが、日本のテレビドラマでレギュラー出演した例として、最初期のものだと思います。
この頃から、日本人の視聴者の間に、「世界には、『日本人以外の有色人種』もいるんだ」という概念が、少しずつ、形成されてきたのかも知れません。
今回は、ここまでとします。
次回も、『機動戦士ガンダム』を取り上げます。
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