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消費者理論(6):支出最小化問題

消費者がある効用水準を実現するための最小支出を選択する消費行動を考え、効用最大化問題との対比を踏まえて整理する。更に直接は観測が難しい支出関数を、測定可能な量に基づき推定する方法を学ぶ。連載はこちら。


支出最小化問題

ここまで消費者の合理的行動を効用最大化問題の解として取り扱ってきたが、以下のような支出最小化問題の解として考えることも可能である。すなわち消費者には目標とするある効用水準$${u}$$(定数)があり、それを実現する消費計画$${x}$$の中で支出$${p\cdot x}$$が最小となる$${\bar x}$$を選ぶ。

支出最小化問題:$${\underset{x}{\min}   p\cdot x  \text{s.t}.   u(x)=u}$$

この支出最小化問題の解$${\bar x}$$を補償需要(またはHicks需要)といい、記号$${\bar x(p, u)}$$と表す。また、効用$${u}$$を達成する最小の支出$${p\cdot \bar x = I(p, u)}$$を支出関数という。一般に$${\bar x}$$は集合となるが、一意に定まる場合の$${\bar x=x(p, u)}$$を補償需要関数といい、以下の補償需要法則を満たす。

補償需要法則
第$${i}$$財の価格$${p_i}$$が上昇した時、その財の補償需要$${\bar x_i(p, u)}$$は増加しない(減少もしくは不変)。つまり、任意の$${i}$$について$${\dfrac{\partial \bar x_i(p, u)}{\partial p_i}≤0}$$である。これを、自己代替効果は非正であるという

2つの価格体系$${p^0, p^1}$$と対応する補償需要$${\bar x^0, \bar x^1}$$を考える。各々の補償需要は、対応する価格体系の下で支出を最小化する消費計画であるため
$${\begin{cases} p^0\cdot \bar x^1 ≥ p^0\cdot \bar x^0 \\ p^1\cdot \bar x^0 ≥ p^1\cdot \bar x^1 \end{cases}}$$
$${⇒(p^1-p^0)\cdot \bar x^0 ≥ (p^1-p^0)\cdot \bar x^1⇔0≥(p^1-p^0)\cdot(\bar x^1 - \bar x^0)}$$
これを各成分を使って書き直すと、
$${0≥(p^1_1-p^0_1)\cdot(\bar x^1_1 - \bar x^0_1)+\cdots +(p^1_N-p^0_N)\cdot(\bar x^1_N - \bar x^0_N)}$$
いま、価格体系$${p^0}$$を基準に第$${i}$$財の価格のみ上昇した価格体系を$${p^1}$$とすると、上式は第$${i}$$成分以外は打ち消され、
$${(p^1_i-p^0_i)\cdot(\bar x^1_i - \bar x^0_i)≤0⇔\bar x^1_i - \bar x^0_i≤0}$$
$${\because (p^1_i-p^0_i)}$$は仮定より正のため、$${(\bar x^1_i - \bar x^0_i)}$$はゼロ以下である。従って、財の価格が上昇すると、その財の補償需要は増加しないことが分かる。

なお、補償需要曲線は必ず右肩下がり(もしくは横ばい)だが、需要曲線は必ずしもそうでない(=右肩上がりの場合があり得る)点は重要な相違点である。

2財モデルにおける支出最小化問題の図形的イメージ

復習:効用最大化問題

これまでに確認した効用最大化問題やその解であるWalras需要についても、上記に対応し以下のように整理することができる。消費者には、支出可能なある予算制約$${p \cdot x=I}$$(定数)があり、予算内の消費ベクトル$${x}$$の中で効用$${u(x)}$$が最大となる$${x^*}$$を選ぶ。

効用最大化問題:$${\underset{x}{\max}   u(x)  \text{s.t}.   p\cdot x = I}$$

この解$${x^*}$$を需要またはWalras需要(またはMarshall需要)といい、記号$${x(p, I)}$$と表す。また、$${u(x(p, I))=v(p, I)}$$を間接効用関数という。選好が厳密に凸の時、$${x(p, I)}$$は一意の需要関数となり、通常は以下の需要法則を満たす(Giffen財などの場合を除く)。

需要法則:ある財の価格が上昇すると、その財の需要は減少する


また、それぞれの最適化問題の解を目的関数に代入した支出関数$${I(p, u)}$$、間接効用関数$${v(p, I)}$$を価値関数という。

補償需要の性質

効用関数$${u(x)}$$は連続かつ局所非飽和な選好関係$${≿}$$を表現している。この選好関係$${≿}$$は、消費集合$${X}$$上で定義されている。$${N}$$種類の財の価格$${p_i  (i=1, \cdots, N)}$$は全て正の実数とする。$${u}$$で表現される効用が局所非飽和かつ連続の時、支出最小化問題の解である補償需要$${x(p, u)}$$は以下の3つの性質を満たす。前回の議論と重複する内容については、前回を参照。

①0次同次性

Walras需要と同様、補償需要も0次同次性を満たす。支出$${p\cdot x}$$を最小にする消費計画$${\bar x(p, u)}$$についても、貨幣を含む財の価値が$${α}$$倍された経済で採るべき選択肢は不変であることを表す。

0次同次性:任意の$${α>0}$$について、$${\bar x(p, u) = \bar x(αp, αu)}$$

②非超過効用性

非超過効用性
支出最小化問題:$${\underset{x}{\min}   p\cdot x \text{s.t}.   u(x)≥u}$$の解を$${\bar x(p, u)}$$で表す時、任意の$${x \in \bar x(p, u)}$$に対して$${u(x)=u}$$が成り立つ

ある支出最小化問題の解$${x \in \bar x(p, u)}$$について$${u(x)>u}$$と仮定する。$${x'=αx,  α \in (0,1)}$$とすると、$${α→1}$$の時、効用関数の連続性より$${p \cdot x'<p \cdot x}$$かつ$${u(x')≥u(x)}$$が成り立つが、これは$${x}$$が支出最小化問題の解であることに矛盾するため、非超過効用性が成り立つ。Walras需要におけるWalras法則に対応する性質である。

なお、効用最大化・支出最小化問題において、制約条件を等号で結んでも結論が変わらないのは、Walras法則と非超過効用性が成り立つためである。

③選好の凸性に対する一意性

Walras需要と同様、補償需要も選好の凸性に対し以下の性質を満たす。

選好が凸ならば、$${\bar x(p, u)}$$は凸集合となる
選好が狭義凸ならば、$${\bar x(p, I)}$$の集合は唯一つの要素を持つ


復習:Walras需要の性質
前回議論の通り、Walras需要は以下の3つの性質を満たす。

①0次同次性:任意の$${α>0}$$について、$${x(p, I) = x(αp, αI)}$$
Walras法則:$${p\cdot x(p, I) = I}$$
選好の凸性に対する一意性
 選好が凸ならば、$${x(p, I)}$$は凸集合となる
 選好が狭義凸ならば、$${x(p, I)}$$の集合は唯一つの要素を持つ


支出関数の性質

補償需要$${\bar x(p, u)}$$の任意の要素$${x^*}$$に関する$${p\cdot x^*=I(p, u)}$$を支出関数という。支出関数は、価格体系$${p}$$の下で目標効用$${u}$$を達成する為の最小支出額(もしくは厚生分析上、ある消費行動を放棄させるための対価である最小補償額)を表す。また支出関数は、次の5つの性質を満たす。

①価格に対する一次同次性

価格$${p}$$に関する一次同次性
任意の$${α>0}$$に対して、$${I(αp, u)=αI(p, u)}$$

財の価格$${p}$$が$${α}$$倍された時、支出も$${α}$$倍されることを表す。この時、支出最小化問題:$${\underset{x}{\min}   p\cdot x \text{s.t}.   u(x)=u}$$の制約条件は影響を受けないため、支出$${αp\cdot x}$$を最小化する最適消費は以前の支出$${p\cdot x}$$を最小化する最適消費に等しい。従って新たな支出$${αp\cdot x^*}$$は以前の支出$${p\cdot x^*}$$の$${α}$$倍となるため、$${I(αp, u)=αI(p, u)}$$が成立する。

②目標効用に対する厳密な増加関数

目標効用$${u}$$に対する厳密な増加関数:$${u'>u ⇒ I(p, u') > I(p, u)}$$

支出関数$${I(p, u)}$$が目標効用$${u}$$に対する厳密な増加関数でないと仮定する。目標効用$${u}$$に対する支出最小化問題の任意の解を$${x}$$とし、同様に$${u'}$$に対する任意の解を$${x'}$$とする。$${u'>u}$$とすると仮定より$${I(p, u)=p\cdot x ≥ I(p, u')=p\cdot x'>0}$$となる。任意の$${α\in (0, 1)}$$に対して$${x''=αx'}$$とおくと、効用関数の連続性から$${α→1}$$の時$${u'>u(x'')>u}$$かつ$${p\cdot x ≥ p\cdot x' > p\cdot αx' \therefore p\cdot x > p\cdot x''}$$が成り立つが、これは$${x}$$が目標効用水準$${u}$$における支出最小化問題の解であることに矛盾する。よって支出関数$${I(p, u)}$$は目標効用$${u}$$に対する厳密な増加関数となる。

③任意の財の価格に対する非減少関数

$${i}$$財の価格$${p_i}$$に対する非減少関数
任意の第$${i}$$財$${(i=1, \cdots N)}$$に対し$${p'>p⇒I(p', u)≥I(p, u)}$$

ある価格体系$${p}$$と、そこから第$${i}$$の価格$${p_i}$$のみ$${p'_i>p_i}$$とした価格体系$${p'}$$を考える。支出最小化問題の解をそれぞれ、$${(p, u)}$$の下で$${x}$$、$${(p', u)}$$の下で$${x'}$$とする。この時、$${I(p', u)=p'\cdot x'≥p\cdot x'≥p\cdot x}$$である(前者の不等式は内積の大小関係、後者の不等式は最適消費の性質より。等号成立は第$${i}$$財の消費量$${x_i}$$がゼロの時)。従って支出関数は第$${i}$$財の価格$${p_i}$$に対する非減少関数となる。

④価格に対する凹関数

価格$${p}$$に対する凹性
任意の価格体系$${p, p'}$$と効用水準$${u}$$に対して、$${I(αp+(1-α)p', u)≥ αI(p, u)+(1-α)I(p', u) α\in (0,1)}$$が成立する

2つの価格体系$${p, p'}$$と$${α\in (0,1)}$$を考え、$${p''=αp+(1-α)p'}$$とする。$${(p, u), (p', u), (p'', u)}$$の下での支出最小化問題の解をそれぞれ$${x, x', x''}$$と置く。この時、$${I(p'', u)=p''\cdot x''=αp\cdot x''+(1-α)p'\cdot x''≥αp\cdot x+(1-α)p'\cdot x'≥αI(p, u)+(1-α)I(p', u)}$$より凹性を満たす。

⑤価格および目標効用に対する連続関数

価値関数(支出関数や間接効用関数)の連続性の証明にはBergeの最大値定理が利用されるが、ここでは割愛する。

Shephardの補題

支出関数$${I(p, u)}$$は価格体系$${p}$$の下で目標効用水準$${u}$$を達成する為に最低限必要な金額、つまりある満足を得るために必要な最低金額という、厚生分析を始めとする経済学の諸分野で非常に重要となる概念だが、効用という観察不可能な尺度に基づく支出関数もまた通常直接観察できない。そこで、観察可能な需要や価格から支出関数を推定可能にするShephardの補題は、実証上も極めて重要である。Shephardの補題によれば、支出関数をある財の価格で微分すると、その財の補償需要関数に等しくなる。

Shephardの補題
任意の第$${i}$$財$${(i=1, \cdots N)}$$に対して、$${\bar x_i(p, u)=\dfrac{\partial I(p, u)}{\partial p_i}}$$
ベクトル形式では、$${\bar x(p, u) =\nabla_p I(p, u)}$$

$${\bar x(p, u)=(\bar x_1(p, u), \cdots, \bar x_i(p, u), \cdots, \bar x_N(p, u))}$$、$${p=(p_1, \cdots, p_i, \cdots, p_N)}$$より、$${I(p, u)=(p_1\bar x_1(p, u), \cdots, p_i\bar x_i(p, u), \cdots, p_N\bar x_N(p, u))}$$
ここで、上式を第$${i}$$財の価格$${p_i}$$で微分すると、

$${\dfrac{\partial I(p, u)}{\partial p_i}=\bar x_i(p, u)+\sum\limits_{j=1}^N p_j\dfrac{\partial \bar x_j(p, u)}{\partial p_i}}$$

を得る。ここで、目標効用$${u}$$は定数より、$${u(x)=u(\bar x(p, u))=Const.}$$となるため、

$${\dfrac{\partial u(\bar x(p, u))}{\partial p_i}=\sum\limits_{j=1}^N \dfrac{\partial u(\bar x(p, u))}{\partial \bar x_j}\dfrac{\partial \bar x_j(p, u)}{\partial p_i}=0}$$

また、支出最小化問題:$${\underset{x}{\min}   p\cdot x \text{s.t}.   u(x)=u}$$を
Lagrange未定乗数法により解くと、$${L=p\cdot x+\lambda(u-u(x))}$$より、
最適解において$${\dfrac{\partial L}{\partial x_j}=p_j-\lambda \dfrac{\partial u(x)}{\partial x_j}=0,  (j=1, \cdots, N)}$$となる。

ここで、$${x_j=\bar x_j}$$より$${p_j=\lambda \dfrac{\partial u(\bar x(p, u))}{\partial \bar x_j}}$$

$${\sum\limits_{j=1}^N p_j\dfrac{\partial \bar x_j(p, u)}{\partial p_i}= \lambda \sum\limits_{j=1}^N \dfrac{\partial u(\bar x(p, u))}{\partial \bar x_j}\dfrac{\partial \bar x_j(p, u)}{\partial p_i}=0}$$

従って、$${\dfrac{\partial I(p, u)}{\partial p_i}=\bar x_i(p, u)}$$が成立する。

なお、包絡線定理を用いると、証明はより簡潔になる。包絡線定理より、

$${\dfrac{\partial I(p, u)}{\partial p_i}=\dfrac{\partial L}{\partial p_i}=x_i+\lambda\sum\limits_{j=1}^N \dfrac{\partial u(x)}{\partial p_j}}$$

となるが、上記と同様に最適解において$${x=\bar x(p, u),  u(\bar x(p, u))=Const.}$$となるから、

$${\dfrac{\partial I(p, u)}{\partial p_i}=\bar x_i(p, u)}$$が成立する。

次回はこちら。

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