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妻恋う鹿は笛に寄る(自作の詩と散文)

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瀬戸内海に面する小都市で暮らし、働きながら詩や散文を詠んでいます。情景を言葉として、心で感じたことを情景にして描くことを心がけています。言葉の好きな方と交流できたらいいなと思って…
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僕にしかできないこと

僕にしかできないこと

古くから馴染みある曲を聴きながら、新しいことを考えている夜。キッチンの窓から見える景色が暮れていくのを長い間見つめている。

人を理解するよりも、ニコニコして穏やかに過ごして、否定も肯定もせず信じて寄り添うことが大事なのかもしれない。

いつのまにか日が暮れて、いつのまにか歳をとっている。そんなことがキラキラして貴重なことのように感じる。

僕にしかできないことってなんだろう?

僕は今しているこ

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余白に降る雨

余白に降る雨

雨降りの一日。優しさに優しさ、温もりに温もり、痛みに痛みを重ね合わせる日々。欠けていて不完全な私たちは、重なり合って、苦楽を共にしている。あなたの余白を愛している。余白に明かりを灯し、闇を分かち合っている。触れた手から伝わる体温に幸せを感じ、息遣いからあなたの想いを読む。

お姫様と吟遊詩人

お姫様と吟遊詩人

あるところに美しいお姫様がいました。人づきあいが苦手で、王様が近隣の名だたる名士を招いて舞踏会を開いても、なかなか出席しようとはせず、お姫様にひと目会いたい若い名士たちを、いつもがっかりさせていました。

森の入り口の林の荒屋に吟遊詩人が住んでいました。愛の歌、人生を詠んだ詩を歌いながら、薪にする枝を拾い細々と暮らしていました。

ある日、お付きのものを引き連れて、そっと森を散策している間に、皆と

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誰もが破天荒な脚本家

誰もが破天荒な脚本家

暮れてゆく空を眺める
光から色を分けてもらう時間帯から
闇に包まれて、宇宙の子どもに帰ってゆく

なぜ生きる?の問いに
沈黙しても
その沈黙を打ち破ることが生きることだ

どんな心でも
私は私 開き直る
ショートストーリーを紡ぐ

端役でもなく
主人公でもなく
誰もが破天荒な脚本家

静かに暮れた空を見届けると
空には星が散らばる
胸の底に落ちてゆく光

弱い糸

弱い糸

何かしてもらった感じがしないように
そっと手を差し伸ばしたい

愛されていると感じられるように
何げない言葉に祈りを込めたい

怒りや悲しみや寂しさを憎まないように
弱い糸で繋がっていたい

私の居場所

私の居場所

南から吹く暖かな風と
北から吹く冷たい風の
交わるところに
私の居場所がある

低気圧の居座わる
上昇気流は乱気流
喜びも悲しみも寂しさも優しさも怒りも楽しみも
ないまぜの中心地

荒野を濡らす雨
大地から芽生えるワイルドフラワー
前線で活発に発達する
嵐の中心部で言霊を紡ぐ

狂人として生きる
短い命
狂おしい愛
落花流水果てに見つめる

the next stage

the next stage

中二階の窓辺から雨を眺めていると、しなやかな肢体を持つ女性が、雨に打たれながら、水溜まりを撮影していた。私が食い入るように盗み見していると、地面に這いつくばるように、夢中でカメラで撮影している。その姿はとても美しくて、階下に降りていき、声をかけることにした。

声をかけたことに警戒していた女性でしたが、傘を持って行って雨を凌いでやると、落ち着いたようで撮影した写真を見せてくれた。液晶モニターに写っ

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チューベローズ

チューベローズ

アーケードのある古い商店街

ひび割れたコンクリートの地面に

淡い光射し

慎み深いゆえ孤独を抱える女の呟きに似

有線の歌謡曲がかかり

それは透明な湖の底に流れる水音のように

美しく通りを歩く老婦の押す車に

カラカラと巻き込まれていく

魚屋の主人はトロ箱に

冴え冴えと光る氷を流し込み

もう帰ることの出来ない

遠い海をまだ見ているような青く光る魚の眼に

触れる事なく無造作に掴んで

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鬼のユリ

鬼のユリ

 村の外れの雑木林に、鬼が出るらしいという噂が立つようになったのは半年前からだ。今では村の百五十戸に住む老若男女、誰もが知っている話だ。それはもう噂話ではなく、ゆるぎない事実として語られていた。実際に鬼の姿を見たという村人もいた。その話によると、大きなクマのような体格で、口には二本大きな牙があり、髪の毛は逆立っていて、手には鋭い爪が生えているということだった。

 村人が一番恐れているのは、朝と夕

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ダールベルグデージー

ダールベルグデージー

言いたいことを言い合い
喧嘩もするけれど
素直なところもあって、かわいい人よ

胸の中から片時も消えることのない
それは愛でもあり、痛みでもあり、孤独でもあり、恋でもある
それは優しさでもあり、毒でもあり、満ち欠けもする

ダールベルグデージーを摘んで
胸のポケットに
そっと挿した

あなたを愛している
深い海と夜の森と私の心の奥を足した漆黒さえ照らす
光の束となって輝きながら

ピント

ピント

いつも時代にときめく人でありたい。過去現在未来を嗅ぎ取って、カメラのレンズのピントを合わせてから、シャッターを切りたい。綻びの出る機材とレンズを磨いて、ピントを合わせる作業を怠らず、オールドレンズで味のある撮影ができたなら、それでOKなのだ。

僕は狂っているのさ

僕は狂っているのさ

『僕は狂っているのさ』男は淋しそうに笑った。この20年間、ずっと一人の女性Kを想ってきた。美しく魅力的な人が現れて、男の心に入ろうとしても、固く鍵をかけて、一歩たりとも入らせようとしなかった。心の中は寝ても醒めてもKのことばかり。日記代わりのように、彼女に対する想いを毎日綴った。それは満開の桜のように語彙にあふれ、夏至の夜のように熱情に満ち、竜胆の花のように可憐で、雪の降る夕暮れのような孤独が、滲

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手の届かない場所へ行ってしまうもの

手の届かない場所へ行ってしまうもの


くるみ
父親の背中

月の光
毛布
流星群

夕陽に染まる校舎
カレンダーに記した大切な日
憧れの先輩

指定席
流れ星に唱えた願い事
夏の日

指きりげんまん
好きな人が手当てしてくれた傷痕
調和

ひつじ雲
環水平アーク
ボイジャー

渡せなかったラブレター
鉄橋
愛してる

雨

雨の日も楽しめるようにと、お洒落な傘を買った。その傘の中から見る風景はいつもとは違っていて、煙草屋の看板、生垣の隙間に咲く桔梗、電線で羽を休める鳩、くすんだ空に浮かぶ観覧車、生あるものもないものも静かに息づいている。

小坂を流れていく雨水のように、ゆるやかに時間が流れていく。今もなお煙草屋の看板娘の髪を束ねた婦人は、さびれゆく街に降る雨の匂いが好きだと話した。煙草を吸わない僕に、たまには一服もい

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