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妻恋う鹿は笛に寄る(自作の詩と散文)

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瀬戸内海に面する小都市で暮らし、働きながら詩や散文を詠んでいます。情景を言葉として、心で感じたことを情景にして描くことを心がけています。言葉の好きな方と交流できたらいいなと思って…
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2023年6月の記事一覧

鬼のユリ

鬼のユリ

 村の外れの雑木林に、鬼が出るらしいという噂が立つようになったのは半年前からだ。今では村の百五十戸に住む老若男女、誰もが知っている話だ。それはもう噂話ではなく、ゆるぎない事実として語られていた。実際に鬼の姿を見たという村人もいた。その話によると、大きなクマのような体格で、口には二本大きな牙があり、髪の毛は逆立っていて、手には鋭い爪が生えているということだった。

 村人が一番恐れているのは、朝と夕

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ダールベルグデージー

ダールベルグデージー

言いたいことを言い合い
喧嘩もするけれど
素直なところもあって、かわいい人よ

胸の中から片時も消えることのない
それは愛でもあり、痛みでもあり、孤独でもあり、恋でもある
それは優しさでもあり、毒でもあり、満ち欠けもする

ダールベルグデージーを摘んで
胸のポケットに
そっと挿した

あなたを愛している
深い海と夜の森と私の心の奥を足した漆黒さえ照らす
光の束となって輝きながら

ピント

ピント

いつも時代にときめく人でありたい。過去現在未来を嗅ぎ取って、カメラのレンズのピントを合わせてから、シャッターを切りたい。綻びの出る機材とレンズを磨いて、ピントを合わせる作業を怠らず、オールドレンズで味のある撮影ができたなら、それでOKなのだ。

僕は狂っているのさ

僕は狂っているのさ

『僕は狂っているのさ』男は淋しそうに笑った。この20年間、ずっと一人の女性Kを想ってきた。美しく魅力的な人が現れて、男の心に入ろうとしても、固く鍵をかけて、一歩たりとも入らせようとしなかった。心の中は寝ても醒めてもKのことばかり。日記代わりのように、彼女に対する想いを毎日綴った。それは満開の桜のように語彙にあふれ、夏至の夜のように熱情に満ち、竜胆の花のように可憐で、雪の降る夕暮れのような孤独が、滲

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手の届かない場所へ行ってしまうもの

手の届かない場所へ行ってしまうもの


くるみ
父親の背中

月の光
毛布
流星群

夕陽に染まる校舎
カレンダーに記した大切な日
憧れの先輩

指定席
流れ星に唱えた願い事
夏の日

指きりげんまん
好きな人が手当てしてくれた傷痕
調和

ひつじ雲
環水平アーク
ボイジャー

渡せなかったラブレター
鉄橋
愛してる

道案内

道案内

ここから先へ 行きたいんでしょ?

まだ目的地までは、遠いけれど

この細い路地を くぐりぬければ
道案内の猫が 待っているから・・・

茶色と黒のぶちのある猫が
日なたに寝転がって

道案内の報酬は
煮干、三つでいいらしい

だけど、口癖も三つあって

「慌てなさんにゃ」
「長い人生、持ってる運は、そんにゃに変わらん」
「大げさにゃ」

何せ、後ろ足が一本ないから
足を引きずって歩くから
猫の足

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水蜜桃

水蜜桃

水蜜桃にバニラアイスとミントを添える

夏はまぢか

高気圧の風に揺れて

私は夏に貪られていく

七夕

七夕

真っ暗な宇宙の片隅の青の星で
西暦二千二十三年七月七日

六百キロの距離を越えて出会った
二人は天の川を見上げている

二人が乗り越えなければならない運命は
巡り会ったことに比べれば、遥かに小さなこと

彼方の星たちに
祈りと誓いを込めて

雨

雨の日も楽しめるようにと、お洒落な傘を買った。その傘の中から見る風景はいつもとは違っていて、煙草屋の看板、生垣の隙間に咲く桔梗、電線で羽を休める鳩、くすんだ空に浮かぶ観覧車、生あるものもないものも静かに息づいている。

小坂を流れていく雨水のように、ゆるやかに時間が流れていく。今もなお煙草屋の看板娘の髪を束ねた婦人は、さびれゆく街に降る雨の匂いが好きだと話した。煙草を吸わない僕に、たまには一服もい

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キャンパスノート

キャンパスノート

失意の底にいる友を救える方法は
ペンで文字を書き込める
無地のキャンパスノートになるほかありません

落書きされるための
キャンパスノートでありたい

ぽろぽろとこぼれる涙に濡れる
キャンパスノートでありたい

ペンで落書きされた跡のある
キャンパスノートでありたい

苛立ちまぎれにびりびりと引き裂かれる
キャンパスノートでありたい

能動的に何かができない
キャンパスノートでありたい

表だけで

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ジャスミン

ジャスミン

君の夢を見たんだ。男は女にくったくのない笑顔で話した。

女は男の顔を覗きこみながら、それはさぞかし、いい夢だったでしょうね。男を試すような真顔で返事した。

自分で言うか?と男は苦笑いしたが、そんな女をかわいらしく思えた。

それで何の夢だったの?
そう尋ねた女に、男はひと呼吸間を置いて、話し始めた。

大きな沼の中央付近で小さな船が漂っていて、船の底に真っ白なシルクの布をひいて、舟一杯にジャス

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カレーライス

カレーライス

雨が降らないときに
雨乞いの踊りをするように

人生に失望し 笑いを失った 恋人のために
踊りを踊った

僕は上半身裸で、カラダに 
赤や黄や青で ペインティングして
恋人の回りを 踊りながら ぐるぐる回った

恋人の左の足首と 僕の左の足首に
細い絹の糸を結わえて
恋人の足首に 絹の糸が食い込まないように
でも、絹の糸がたわまないように ピンと張って
距離を保ちながら踊った

実は 僕は踊りが下

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リズム

リズム

あなたの胸に

身をゆだねたとき

とくとくとく、とくとくとく、と鳴る

あなたの心臓の音が聞こえました

耳澄まし聴いていると

こころに抱く悲しみが

飴玉のように丸く小さくなっていくような気がしました

どんな音楽よりも

あなたの心臓の音のリズムが好きです

それは、生まれ落ちたときから抱いている

生命力の癒やしに外ありません

あなたが幸せになりますように

胸の中で

心臓の音のリズ

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人恋しくて

人恋しくて

心に根ざす 闇の中
灯り求めて さまよゑる
孤独な旅を 人は知る

荷負い傷負い 重い足
淋しい胸を 癒すのは
袖触れ合える 人の匂い

己の背負う 宿命の
匂いを人に 伝えたい

袖触れ合える 人背負う
匂いをわが身に 刻みたい

どこまで行けども 独り道
散りし時にも 独り花

人人求め 人求め
独りで歩く 定め持つ

夏の宴や 花火の夜
着飾りし人 闇まぎれ
無言で袖を 触れ合える
喜び胸に

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