見出し画像

最後に笑うのは正直な奴だけだ

僕は今、広告業界の制作会社で働いている。
働き始めてから、数年の歳月が経った。
仕事内容を少しカッコつけて説明をすると、色んな業界の企業や官公庁が手掛けているサービスや商品、プロジェクト、はたまた組織そのものを、あの手この手で世の中に広める、ということになる。

イベントを作ったり、SNSのアカウントを運用したり、メディアに取り上げてもらえるようにプレスリリースを作ったり、ウェブサイトや動画を作ったり、色んなことをする。
広告主であるお客さんのファンを作るために、色んなことを提案して、形にしていく。

この業界に身を置いてから、色んなことがあった。良いことも悪いことも。
自分が企画から制作までを手掛けた案件が海を超えて外国のテレビ番組でゴールデンタイムに取り上げられるような成果が出たこともあったし、収拾がつかないくらい案件がトラブルまみれになってお客さんに土下座したこともあったし、明け方まで企画書を書くようなことは頻繁にあった。
ジェットコースターのような日々だった。


ほとんどの仕事において、僕の会社の立ち位置は、「二次受け」である。
商品を作っているお客さん=広告主がいて、その広告主は、まず広告代理店に仕事を発注する。
そして広告代理店は、広告主の意向を汲み取りながら、形にするために発生する細やかな作業を僕の会社にお願いする、という構造になっている。
だから広告代理店が一次受け、僕の会社が二次受け、ということになるのだ。
更に僕の会社の先にも、協力してもらう会社が、何社も連なることもある。

広告代理店、そしてその先の僕たちの仕事は、あくまでも広告主がいて初めて、発生する。
広告主が何もしないと、広告代理店や僕たちは1円も儲けることができない。
だから景気が悪くなって、企業が広告を出せなくなると、僕たちは食いっぱぐれる。
実際、コロナで色んな計画が狂いまくった時、僕の会社も危うい雰囲気になったし、協力先の小さい会社ではリストラが行われていた。

そんなことだから広告主は、言葉通りに「神様」だ。
「神様」としての重みは昔の方がより顕著だったらしく、日本で1番大きな広告代理店の営業は靴にビールを注いで飲みまくったり、お尻に花火を刺したりとか、さらにもっとすごいことをして、広告主を楽しませていたらしい。今はコンプライアンスの問題とかもあって、すごいやつは段々減ってきている。
「神様」である広告主に良いサービスを提供するために、広告代理店や僕たち制作会社の働く時間は、長時間になりがちだ。


長時間労働になる大きな要因のうちの一つは、企画書の制作である。
僕が夜中まで働くときも、大体が広告代理店と一緒に企画書をせこせこ書くときだ。
広告主は発注するにあたって、複数の広告代理店を呼んで企画書提出やプレゼンテーションを求めることが多い。いわゆるコンペってやつだ。
できるだけ良いプランを採用したいから当然だ。

広告代理店目線からすると、これに参加したとて受注できるとは限らなくて、つまりどんなに時間をかけても1円も儲けられない可能性もある。
しかし、打席に立たないことには可能性がゼロになってしまうので、やるからには必死に企画書を作り、プレゼンをするのだ。

そんな広告代理店をサポートする立場にある僕の会社は、なかなかハードだ。
それに、広告代理店の立場に寄り添って、企画を丸ごと作ることを売りにしてこの業界で何十年もやってきた。
だから、歴史を築いてきた先輩方のおかげで、広告代理店の方々から頼りにされることも多い。
実際、企画書のほとんどのページを、僕たちが任されることも多い。

仕事をしている同僚たちは、みんなタフだ。
辞めちゃう人も多いけれど、歯を食いしばって食らい付いている人もたくさんいる。
投げ出してしまいそうになっても、なんとか踏ん張って、企画書を書き続けている。
僕も何度も嫌になる瞬間があったけれど、もう少しだけ、あともう少しだけと、自分を奮い立たせて企画書を書いた。

今の会社で、僕がそうやって、掴めるかわからない未来のために、可能性を信じて企画書を書いてこれたのには、明確な理由がある。


それは「人」だ。

社会に影響力のあるビッグプロジェクトか、営業成績に繋がる高額な案件か、自分の裁量で自由にできる案件か、色んな着眼点があって、人それぞれ重み付けは違うと思う。
僕にとって、それらももちろん大事ではあるけれども、トップではない。

一緒に動く同じ会社の上司、先輩、後輩。
一緒に組む広告代理店の担当者。
その先にいる広告主の担当者。
そして、またその先にいる、生活者。

たくさん試行錯誤してやってきたけれど、僕にとっては数字やステータスなんかじゃなくて、そのひとりひとりの「人」が大事だ。
歳を重ねるたびに、どんどんその思いは強くなっていると思う。

僕は、目に見える範囲の人たちが、できるだけ楽しそうにしていて欲しいと思う。
できるだけ幸せでいてほしいとも思う。
なぜかと言うと、人のそういう姿を見ると、僕自身が楽しくて、幸せな気持ちになるからだ。
生きているうちは、できるだけマイナスな気持ちでいるよりも、そういうプラスな感情を持っている時間の占める割合が多いと嬉しい。

その気持ちが日に日に強くなってくると、僕は人が人を大切に扱わないのが耐えられなくなってきた。
すごく短い納期で結構なボリュームの企画書を作るようにお願いすること、決めたことをたくさんひっくり返すこと、相手をなおざりにするようなコミュニケーションをとること。
つまり、「人を無下に扱う」ことが、嫌なのだ。

ただ残念ながら広告業界にいると、「人を無下に扱う」瞬間とたくさん遭遇する。
僕は自分が傷ついたり、怒ったりする場面に出くわすことが、この業界に入ってから、何倍にもなったと思う。

でもそんな日々でも、この人を助けたい、この人のためになら踏ん張りたい、この人を笑顔にしたい、そう思える瞬間もたくさんあった。
「ありがとう」「あなたがいて良かった」
感謝の気持ちを感じる、それを言葉にできる、言葉だけではなくて行動に移せる、そんな人が1人でもいる仕事には、それがあった。
そんな仕事では、締め切りの直前まで、頭をフル回転して企画書を少しでも良くしようと食らい付いた。

だからこそ、僕がこれからの人生で作る企画書は、「人」のために作り続けたい。
そして、僕自身も、この人を助けたい、笑顔になってほしい、そんな風に誰かに思ってもらえるような「人」になれたらいいなと思う。
人を騙したり、出し抜いたり、罪悪感を自覚しながら、上に登っていくような人にはなりたくない。

仕事は1人ではできない。
当たり前なことを忘れずに、感謝をしっかりと伝えていきたい。
正直に、まっすぐに、それで損することがあったとしても、僕はそうやって生きていきたい。

もうすぐ、僕は今の制作会社を辞める。
今度は、広告主の方にチャレンジする。
立場は変わるけれど、誰かのために企画をし続けることには変わらない。今後の人生、何かを企画し続けることになると思う。
だからこそ、この数年の頑張りの結果、僕の心に芽生えたこの感情を、ずっと忘れずにいたい。


金星 / ELLEGARDEN


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

この記事が参加している募集

#振り返りnote

85,359件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?