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18歳のクリスマス、1人の女性の涙とともに出会った曲

今日は僕がまだ18歳だった頃、2010年の話である。
大学に入学したものの、見事にスタートダッシュに失敗してしまっていた。
今その頃のことを振り返ってみても、なかなか苦々しい記憶がある。

失敗の大きな要因は、サークルが中途半端になってしまったことだ。
友だちと作ろうとしたフットサルサークルは頓挫してしまい、入っていた軽音楽サークルも2,3回ライブに出たら飽きて行かなくなってしまった。
休日に遊びに行くような友だちはキャンパスに何人かできていたけれど、みんなそれぞれ入っているサークルや部活を楽しんでいて、しかも密度の高い人間関係を築いているように見えた。授業の合間に一緒に行動したり、飲みに行ったりすることはあっても、なんとなくの疎外感が付き纏う関係性だった。

まわりの友だちがサークルや部活に勤しんでいる時間を僕はどう過ごしていたかと言うと、ライブハウスに通っていた。
お金も時間も高校生の時よりあるので、手が出せるライブの数が増えていた。
バイト代は全てライブと、ライブグッズに注ぎ込んだ。
そのおかげで、実家の僕の部屋には日常遣いしづらいTシャツやタオルの山が残っている。



ライブに行く回数が増えれば増えるほど、友だちを誘わずに1人でライブに行くことが増えた。
最初はそれが苦でもなかったけれど、ライブハウスに1人でいるのが少し寂しく感じるようになっていった。
そこで、当時流行していたmixiを使って、同じような音楽が好きな人を見つけて、友だち作りを始めた。

こうして、僕のコミュニティや生活の主軸は、完全にライブハウスになった。
当時mixiで繋がった音楽関係の友だちは、みんな狂ったようにライブに行っていた。毎日のようにライブハウスに通う人もいた。
僕もそれに触発されて、そこまで好きではないバンドのチケットも取るようになった。

いつしか、ライブを観ることより、ライブハウスに行く事が重要になっていた。
そうすると、mixiのプロフィールに、過去行ったライブを列記できるからだ。
ライブにいかに通っているかが、当時の音楽関係の仲間たちの間では最優先事項だった。
行った回数で「すごい」とか、そういうことを思うようにもなった。

そんな価値観が当たり前になったものの、ライブを観ている最中に、僕はふと我に帰る瞬間があった。
ライブハウスでだけ会う友だちと、モッシュやダイブにまみれながらも、「っていうかオレこの音楽好きだっけ?ってか今、本当に楽しい?楽しいフリしてるだけじゃない?」とか思うようになった。
そういう訳で、この頃行ったライブの一つ一つは、正直あまり印象に残っていない。

ライブに行っても、高校生の頃より楽しさの濃度が変わってしまっていることに、僕は気付いていた。
それでも、サークルや部活に精を出している大学の友人と違って、何もない自分には、ライブハウスで遊ぶしかないという想いがあった。
それでしか、自分のアイデンティティが保てないとも思っていた。
だから楽しんでいない自分に疑問を感じても、それに気付かないフリをして、ライブに行くことを止めることはなかった。


2010年12月25日、僕は九段下に向かっていた。
クリスマスだけれど、相変わらず行き先はライブ会場である。
しかしこの日はお客さんとしてではなくて、アルバイトとして会場に向かっていた。
当時、ライブスタッフのバイトに入るようになっていた。バイトまでもライブ三昧だった。

このバイトは、とても楽しかった。
今は無くなってしまった渋谷のCCレモンホールで夜通しで搬出搬入作業をしたり、味の素スタジアムで8時間ひたすらチラシを織り込む作業をしたり、超有名アイドルの楽屋警備をすることなんかもあった。
ライブの裏側を体験できて、日常で味わえない刺激があった。不規則な時間に動くこのバイトを通じて、夜中や明け方も街が生きていることを知ったし、少しだけ大人になった気分にさせてくれた。
何より、バイトながら、好きな音楽を通じて働き、お金がもらえることはとても嬉しかった。

このバイトの中で僕が一番好きだったのは、場内スタッフだ。これが最高だった。
客席をチェックする名目で会場内に配置されるが、ステージをチラ見しながらライブを楽しむことができる。
スピッツ、SOIL&"PIMP"SESSIONS、マキシマムザホルモン、ブンブンサテライツなど、大御所のライブをこのバイトでたくさん観ることができた。その上、休憩で崎陽軒のお弁当迄出るから最高だ。

この日は、九段会館でのBIGMAMAのワンマンライブだった。
その頃、僕にとってのBIGMAMAは曲はあまり聴いたことがなくて、お客さんも激しく盛り上がるメロコアバンドという認識だった。
僕の担当は、ステージと最前列のお客さんの間に立つスタッフだった。
指定席なのでダイバーも飛んでこないから、体調が悪くなるお客さんがいないかを見る係。
まあ楽だ。体調を崩すお客さんは指定席では稀だからほとんどすることはないし、お客さんより近い位置でライブの爆音を浴びることができる、かなり良いポジションである。

メロコアバンドが指定席でライブするってどうなんだろうとぼーっと開演を待っていた。自分がお客さんだったら物足りないだろうな、友だちと騒げないしとか思っていると、入場SEが鳴って暗転した。客席からは歓声が上がる。
一曲目は「走れエロス」という曲で、大量のコンドームが客席に向かってばら撒かれてギョッとする。

ライブは進み、僕はこのバンドの曲が好きだなと思った。メロコアという括りを越えて曲がとても良いし、ボーカルの声もバイオリンの音色も心地よい。
そんなことを感じると同時に、ライブを楽しんでいるお客さんを見て、少し嫌な気持ちにもなっていた。

自由に座席で踊って、とても嬉しそうにしているお客さんの姿の裏側には、僕のように何回ライブに行ったとか、そういうことばかり気にしている価値観なんて存在しないように見えたからだ。
その場限りの友だちと行ったライブを数え合って楽しそうにしているだけの空っぽな自分と、そこにきるお客さんとは、全く別物のように見えた。

そんなもやもやとした気持ちを抱えながら迎えたライブの中盤、「ダイヤモンドリング」という曲が演奏された。
イントロから僕の好みど真ん中だった。
少しグッとなりながら聴いていると、サビで視界に入った1人の女性に目が釘付けになった。

ライブTシャツで決めている人ばかりな中で、私服で綺麗な格好をしている女性だった。どうやら1人で観に来ているっぽい。
その人は、号泣していた。

あまり泣いている人を直視するのも気が引けて、なるべく観ないようにしていたけれど、その光景はライブが終わってからも頭から抜けなかった。

音楽の友だちとの間には、ある程度暗黙のルールがあった。このタイミングでサークルモッシュするとか、ダイブはこうするとか。
そんなルールを僕は大切にしていたし、最近ではそればっかりだったから、その女性の格好も、ライブとの向き合い方も、大袈裟かもしれないけれど衝撃的だった。

帰り道、ガラケーで「ダイヤモンドリング」の歌詞を調べた。歌詞の内容は、皆既日食を題材にしたもので、月と太陽が恋人同士という設定の、超絶ロマンチックなものだった。

2009年の7月に迎えた皆既日食。
次に太陽と月が出会うには、2035年まで待たないといけない。
歌詞のタイトルには 2035/09/02 という日付が入っていて、その36年後の太陽と月の再会を書いたのが、この曲だ。

携帯を握りしめながら、あの女性が泣いていた意味がわかったような気がした。
曲のストーリーの壮大さに僕は心を打たれていたし、ライブで感極まっていた女性のことが、心底羨ましくなった。すぐに通販で、「ダイヤモンドリング」が入ったアルバムを注文した。

思えば、高校生の頃は歌詞を見ながら曲を聴くのが好きだったのに、最近はそんなこと全くしなくなっていた。最近はライブで踊れるかとか、あの友だちが聴いているからとか、そういうことばかり考えていた。
僕はライブハウスには通えば通うほど、好きな音楽としっちゃかめっちゃかな向き合い方をしていたのかもしれない。
音楽そのものの素晴らしさだとか、見えていたものも見えなくなってしまっていたのかもしれない。

女性の涙と、美しすぎるBIGMAMAの曲は、「君は本当にそれで良いの?」と問いかけていたような気さえしてくる。
年末年始はたくさんライブのチケットを取ってしまっていたけれど、どうしようかな。
結局行ってしまうんだろうけど、本当にそれで良いのかな。
東西線に揺られ、クリスマスで浮き足立った雰囲気の人たちを見ながらそんなことを思っていると、一気に虚無感が襲ってきた。

僕は「ダイヤモンドリング」で描かれている未来、2035年9月2日を迎えた時、どんなことを思っているだろうか。
今感じているこの虚無感は、消えさっていてほしい、そう強く思う。

しかしそのためには、僕自身が変わらないといけないことも、分かっている。
まずは、自分が何ができるか、辛くても良いから考えてみないといけないのかもしれない。きっと、人と正面から接するとか、好きなものを素直に好きと言うとか、カッコつけて変な仮面をかぶることをやめないといけない。

それをするのは勇気がいることだなあ、と思う。
ただひょっとすると、この「ダイヤモンドリング」という曲があれば、少しずつ踏み出すことができるかもしれない。多幸感に溢れているこの曲は、これからの僕に勇気を与えてくれるはずだ。
18歳のクリスマス、今感じている虚無感も、背中で音楽を感じたライブも、あの女性の涙も、ずっと忘れずにいようと思った。


ダイヤモンドリング(2035/09/02) / BIGMAMA


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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