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禿げたじいちゃんの頭が鳴る #祖父と終戦記念日

 じいちゃんが死んだ。親からの一報を聞いて、私は当時住んでいた茨城県水戸市から自家用車を運転して群馬県桐生市に向かった。大好きだった群馬のじいちゃんが死んだと聞いた私は、ぼろぼろと泣きながら北関東道を走った。

 「相槌もでたらめ。鈍色の朝。わがままに迷惑かけたいわけじゃないのに」


 岡崎体育の式を聞き、涙が止まらなかった。じいちゃんがベッドの上から私に言っているような歌詞だと思った。1カ月ほど前から入院して、人工呼吸器をつけられたじいちゃん。危篤状態を行ったり来たりしていた。見舞いに行くと、じいちゃんは人工呼吸器を外すそぶりを何度もしながら、目線だけを私に向けていた。


 通夜の会場につくと、じいちゃんは寝ていた。きれいな化粧をして、白い装束を着て。「あー、死んだんだな」。外の空気を吸おうと道路に出たとき、再び泣いた。それが悲しい気持ちを表現する方法で、じいちゃんの死を受け止めた瞬間だった。

 一度、式場からじいちゃんちに戻った。そこには、いじけたばあちゃんがいた。告別式は明日。きょうは家族みんなで、じいちゃんと一緒に式場で寝る予定だ。ばあちゃんは「今夜は家にいる。告別式にも行かない」という。「だってさみしくなっちゃうじゃない」。ばあちゃんは気丈に台所に立ったが、背中はどう見ても泣いていた。

 そして告別式。ばあちゃんは結局、母たちに促されて黒い服を着て、薄くなった頭にネットを被り、杖をつきながらじいちゃんに会いに来た。
 1人一人がじいちゃんの顔の近くに花をたむける時間。ばあちゃんの番がくると、ばあちゃんは笑っていた。「こんなになって。ありがと、ありがと」。じいちゃんのはげ上がった頭をぺちんぺちんとたたきながら、ばあちゃんはもう一度笑った。ばあちゃんは泣かなかった。心の底から愛し、何十年も寄り添った人が亡くなることがどれほどつらいことか。じいちゃんとばあちゃんは仲良く、いつも口喧嘩しては笑いあっていたから、互いを失うということは深い悲しみがあるはずだ。それでもばあちゃんは涙を流さず笑顔で送ることを決めたんだ。強い、と思った。俺もピコピコハンマーを使って、よくじいちゃんの頭を叩いていたな。じいちゃんはやめろって言いながら、一緒になってゲラゲラ笑ってくれる人だった。

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 じいちゃんに一度、戦争について聞いたことがある。就職活動で新聞社を受けるにあたり、新聞社の社員が好きそうなエピソードを作れとゼミの教授に言われたからだ。


 「じいちゃんって戦争の時、何をやっていたの?」
 「俺はな海軍の学校に入って、広島・呉にいくことになっていた。呉に行く一週間前、原爆が落ちてしまったんだよ。それで呉に行くことはなくなったし、戦争が終わった」。酒を飲んでいたじいちゃんはそのあと、ちがう話しをはじめてしまったが、私は背中に寒いものを感じた。戦争というものを身近に感じた初めての体験だった。「もしかしたらじいちゃんが死んでいたのかもしれない。そしたらばあちゃんと結婚することもなかったし母もいない。つまり俺もいないんだ」

 じいちゃんが亡くなったのは8月。戦争が終わったのも8月。じいちゃんが亡くなってまだ数年しかたたないが、8月が来ると、じいちゃんのことを思い出し、戦争と自分が密接につながっていることも感じながら空を見上げることがある。私は、じいちゃんが戦争にいかず、ばあちゃんと出会い、母が生まれてくれて良かったと毎度思う。ばあちゃんが頭を叩いて鳴ったペチンという音は、奇跡の結晶だったんだな…ってアホみたいな感傷にも浸る。

 戦争は多くの人の命を奪い、家族を壊した。私の家系はたまたまその恐怖体験に強く影響を受けることなく生活ができて、恵まれていた。絶対にだめだ、戦争なんて。じいちゃん生きていてくれて「ありがと、ありがと」

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 じいちゃんの墓参りにいくと、墓前によく分からないピンク色の大きな花が咲いている。「またじいちゃんが花咲かせているよ」。私は、ばあちゃんと母と笑うのであった。

岡崎体育/式

<環プロフィール> Twitterアカウント:@slowheights_oli
▽東京生まれ東京育ち。都立高校、私大を経て新聞社勤務。
▽9月生まれの乙女座。しいたけ占いはチェック済。
▽身長170㌢、体重60㌔という標準オブ標準の体型。小学校で野球、中学高校大学でバレーボール。友人らに試合を見に来てもらうことが苦手だった。「獲物を捕らえるみたいな顔しているし、一人だけ動きが機敏すぎて本当に怖い」(友人談)という自覚があったから。
▽太は、私が死ぬほど尖って友達ができなかった大学時代に初めて心の底から仲良くなれた友達。一緒に人の気持ちを揺さぶる活動がしたいと思っている。
▽将来の夢はシェアハウスの管理人。好きな作家は辻村深月

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