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思い違いは空のかなた

社会人になったばかりで大人の雑談の仕方もよくわからなかった頃(今もよくわからん)、仕事でひとまわり近く歳上の女性を1人でもてなさないといけない場面に出くわした。

愛想が悪くて相槌もままならなかった僕に(今も悪くてままならない)、その女性は助け舟を出してくれた。
「なんか趣味とかあるの?音楽とか好きって太君の同期から少し聞いたけど」

小説読みますと言おうと思ったけど、それだと見た目通り地味で真面目な奴だと下に見られそうで癪だなと思って、少し崩して「漫画です」と答えた。
すると「何が好きなの?」と続く。

ワンピースとか言っておけば良いか?と思ったけれど最近読んでないから突っ込まれたらわからないし、むしろ最近漫画自体読んでないから困った、だけどここで変な間を空けるとか意味不明じゃん、仕方ないからとにかく好きな漫画家を言わなきゃ!と思うと同時に浮かんだ名前を言った。

「浅野いにおです」

女性は「へー、なるほどね」と言って、少し黙ってしまった。
浅野いにおはまずかったか、、とヒヤヒヤしていると、女性は口を開いた。

「君も"浅野いにおボーイ"なんだね」

最近の音楽とか好きな若い男の子はみんな浅野いにおが好きって言うんだよ、と女性は楽しそうに笑った。


そう、僕は"浅野いにおボーイ"なのである。

そして前にも少し書いたことがあったけれど、僕の周りには"浅野いにおボーイ"が多い。

中学生の頃の旧友も、高校時代からの親友であるアイツアイツも、大学時代の一番の友だちであるも、社会人になってからの一番の友だちも、浅野いにおを通っている。

特別確かめ合わずとも、話の流れで"浅野いにおボーイ"であることが発覚する。
類は友を呼ぶという言葉があるけれど、いつのまにか浅野いにおによってお互い引き寄せられているのかもしれない。

浅野いにお作品の中で1番好きなのは何かと聞かれるとけっこう悩んでしまう。
1番かどうかは置いておいて、頭にすぐ浮かんでくるのは「ソラニン」だ。

はじめて読んだのは、高校生の頃だった。
それ以降も、定期的に読み返しているけど、高校生の頃からずっと印象に残っていて、ふとした瞬間に思い出す言葉がある。

「とにかく、今、あなた達は自由にいろいろとやってみたらいいと思う。若い頃って幸せになるためには困難な一つの方法しか無いなんて思いがちだけど、実はもっと単純なことなんだから。」

芽衣子のお母さんが、おぼつかないモラトリアム期間を過ごしている種田と芽衣子にかけた言葉だ。

高校生の頃はどういう意味かいまいちピンと来なかった。
でも大学に入って、社会に出て、いろんな出来事に直面するたびに、徐々に意味がわかってきたような感覚だ。


僕は何かをやろうとしたときに、「このルートで、こうやって歩いて、こんな風に物事を感じて、真面目にやらなきゃダメだ」と頑なに考えてしまう癖があった。
一つの道筋に囚われてしまい、さらにできるだけストイックじゃないといけない、という思い込みも激しかった。
そして、僕は周りの影響を受けやすく、人の言うことを間に受けやすい。

はじめて転職したときも、「会社の肩書きを取っ払って、自分の名前でやっていけるようにならないといけない」という義務感に近い気持ちが理由だったりした。
小学生の頃、THE体育会系なサッカークラブで「辛いこと乗り越えなきゃサッカー楽しくならねえんだよ!」とコーチに殴られたり蹴られたりしてたのも、会社員になってから少し憧れていた人に「もっと苦労した方がいいよ」と言われたのも、そう思うようになったことに繋がっていると思う。

「困難な一つの方法」を見つけて、無理にそれを貫こうとして、僕ははじての転職に失敗した。
そして失敗を取り戻そうとして、何度も失敗した。
情けなくて、辛い日々だった。

ただその日々の中で、気付いたこともあった。
間違いだらけの日々でも、楽しさや喜びは必ずある、ということだ。
一生付き合っていきたい人や素晴らしい作品との出会いがあり、感動する出来事もあった。

そして僕は思った。
他にも方法、たくさんあるじゃん、と。

なんでもうまくこなして乗り越えようとしていた意固地な自分は、どんどん薄まった。
少し恥かいても、不器用になってしまっても、結果物事が前に進めば、それで良い。
完璧じゃなくても良い。

変なプライドがなくなって、色んな生き方が目に入るようになった。
メディアに取り上げられるようなキャリアでなくても、周りが羨むような場所に住んでなくても、それが幸せな訳ではない。
幸せの形も、それを手に入れる方法も、自分が思っていたよりたくさんあった。

一つの方法に捉われ過ぎてしまうことは、他の可能性を失うことでもあると思っている。
こうしなきゃと思ってしまう分、他のやり方をダメだと思ってしまうからだ。

自由に色々なことを試せるようになってから、プライベートも仕事も楽しくなった。
もちろん辛いこともあるけれど、僕は今の生活をとても気に入っている。
このまま、ゆるい幸せがだらっと続いてしまえば良いと思っている。
赤信号を渡り切ってやろうとか、考えようともしない。

そう思えるようになったのは、実は本当にここ最近のことなのである。

それは、今まで生きてきた経験と、何度も読み返した「ソラニン」のおかげでもある。

そして僕はいまだに、"浅野いにおボーイ"なのである。



ソラニン / ASIAN KUNG-FU GENERATION

<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒時代の地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗、制作会社での激務などを経験。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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