違いをそのままにして
太一は心外だと思う。
でも私は、太一が可愛いなといつも思う。
一生懸命で夢に向かって頑張っていて。
不器用だし気が小さいところもあるけど、それが彼の優しさを作っているとわかる。
そして、最終的にはしっかり自分を貫いている。
そんな彼と友達になったのは、池袋の美容室だった。
高校生の頃、何回か来ていた古着屋の隣に新しく美容室ができていた。
池袋の少しはずれにあるその美容室は、席数が4つしかなく美容師も3人しかいない。
お店は白を基調に天井が高くシンプルな内装。
ホットペッパーで何気なく見たその店に行ってみることにした。
私は転職をすることになり、6年ぶりに東京へ帰ってきていた。
こんな店が出来たんだなー、高校生の頃から変わったなーなんて思いながら、はじめての美容室のドアを開いた。
「初めまして。よろしくお願いします!」
爽やかな挨拶とは裏腹、第一印象は”いかつい”だった。
170センチほどの身長だが体が大きく、コンタクトスポーツをやっていそうな雰囲気。声は優しいが、それゆえに本当は怖い人かも?なんて疑ったまま、私は鏡に笑顔をむけていた。
ただ、その印象はすぐに変わった。
シャンプーへと移る段階で、太一が私の服装をみていった。
「その洋服おしゃれっすね〜」
「古着ですよ」
「え、古着っすか?自分も着るっす!」
「どこいきます?」
「中目黒とかかな、東京だと。地元埼玉なんですけど、そこにも行きつけがあって」
どうやら私と太一は好きなものが似ているようだった。
古着、漫画、アニメ、音楽・・・
話せば話すほど、どんどんと新しい話題が出てきた。
初回だったその日は結局、初めから終わりまでずーっと喋って終わり、おすすめの漫画を教えてもらって帰ったのだった。
その後も通い続けた。
漫画やアニメなどの話だけではなく、政治やLGBTQなどいろいろな社会問題も話すようになった。
そして、仕事でえらく落ち込んだときにも「太一に会いに行こう」と、髪の毛がそこまで伸びていなくても行くくらいになった。
仲が深まるにつれ、「髪を切ってもらう1時間だけじゃいつも話し足りないよな〜」と思うようになった。
私も太一も気を遣う方だったから、なんとなく連絡先を交換したり、飲みに行くことを誘い出せずいた。
ただ私は、「大人になって友達になれる人と距離をとり続けていることもアホらしいな」と思うようになり、髪を切ってもらっているときに話を振ってみることにした。
「太一くん、今度飲みにいきましょうよ!」
「え、いきましょう!話し足りないっすよね」
「うん、本当それ。漫画とか音楽の話がいつも途中で終わる」
「はははは、わかる」
「連絡先をお客さんと交換したらダメとかない?」
「うん、大丈夫っす。でも、あまりしないから、坂本くん(私の苗字で呼ばれています)は俺にとってかなり珍しいわ」
そんな感じで連絡先を交換し、飲みにいくことになった。
それからはお酒を飲んだり、太一の車で古着屋へ連れて行ってもらったり、一緒に旅行に行ったりした。年齢も兄と弟くらい離れているし、育ってきた環境も仕事も違う。
それでもとっても居心地がよくて、大人になってできた友達の、太一の魅力はなんだろうな〜と不思議だった。
その不思議は何気ない瞬間に解明された。
旅行で訪れていた神戸の中華街で、太一が言った。
「意見とか考え方が全く一緒っていう人なんているわけないじゃん。それがわからないとダメだよね」
あー、そっかと思った。
私と太一はよく政治の話をする。
特にLGBTQの話は、私が当事者だから話題になることも多い。
そしてそこで意見が食い違うこともある。
私と太一は、LGBTQの人たちを置き去りにした施策や制度には反対。
権利を認めないとかそういうことも全くもって理解ができないという点も一緒。
ただ、その問題を考えたときに感じたことや何気ない疑問・意見を出し合うと食い違うことがある。
その感じたことや疑問・意見なんかは、例えばSNSなどで発信したら叩かれるようなこともある。でも互いの生のコミュニケーションだから、一度議論の俎上に乗せ、そういった意見があることも事実だよねと認めながら話し合うようなことなのだ。食い違っても、互いを否定するわけではないけど、意見は伝え合うことをやめない。
つまり、太一と話していると、意見が違うことを違うまま、それでも互いに理解をしようとアプローチし合っていることが感じられる。違うままの互いを認めている、その状態がたまらなく心地よいのである。
学生時代のころは、この相手の違うままを受け止めるということはなかなか難しいことだったと思う。
入っている部活やサークルで繋がることが多く、似ている者同士で連れ立っていた。
決して悪いことではないが、視野が狭かったなと思う。
大人になって、持っている肩書きなどが全く一緒の人はほとんどいない。
まだまだ、「同期」「出身」「業界」など同一性だけに焦点を当ててつるんでしまうことはあるけど、こうやって違いを認め、楽しみあいながら繋がれるのも大人の醍醐味なのかもしれない。
太一は私が通っていた美容室を辞めた。自分の店を持つための出発だ。
私は担当の美容師がいなくなった。
でも、太一は私の担当美容師ではなく、友達になった(なってくれた)のだ。
もうホットペッパーに頼らなくても、魅力的な太一に髪を切ってもらおうと思う。
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