深読み_スプートニクの恋人_プロローグ中篇1

『深読み 村上春樹 スプートニクの恋人』プロローグ中篇 ~誰かさんと誰かさん~


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スナックふかよみ にて


じゃあ改めてもう一度ここで歌おうか。カラオケ入れてちょうだい。

OK。はい、どうぞ。

じゃあ、なかにし礼による歌詞を注意してよく聴いてね…

確かに何か『海獣の子供』っぽいところもあったけど…

詳しく教えて、岡江クン。

うん。じゃあまず1番から見ていこう。

当時ドリフターズのリードボーカルだった加藤茶のソングだ。

誰かさんと誰かさんが麦畑
チュッチュチュッチュしている いいじゃないか
僕には恋人ないけれど
いつかは誰かさんと麦畑

この歌における主人公「僕」が、そのまま『海獣の子供』の主人公「琉花」になっているんだ。

琉花の生活圏が「鎌倉」や「茅ヶ崎」である理由も、この歌詞から説明が出来る。

「鎌」や「倉」は、穀物である麦などイネ科の植物を連想させる。

そして「茅」とは、そのものずばり「イネ科の植物」を指す言葉だ。

つまり「茅ヶ崎」とは「麦の生い茂る土地」という意味にとれるんだね。

じゃあ『海獣の子供』の舞台である「鎌倉・茅ヶ崎」は「麦畑」に置き換えられるってこと?

その通り。鎌倉や茅ケ崎といった地名は記号みたいなもんだ。

だから琉花の母加奈子は、いつも缶ビールを飲んでいた。

あれは「低用量ピル」の暗喩でもあり、「麦畑」の象徴でもあったんだ。

記号と象徴…

え?

なんでもない。気にせず進めてくれ。

君の話は実に興味深い。噂通りの読みの深さだ。

ありがとうございます。

さて、1番の後半では「僕」に恋人がいないことが示される。

でもいつかは誰かと「麦畑」でイチャイチャすることを予感させて、そのまま終わるんだね。

まさに琉花ね。

鎌倉で海クンと一緒にアイスクリームをぺろぺろした時、ちょっとドキドキしてたわよね。

そしてこの「麦畑」は『海獣の子供』では「海」にもなった。

男女がイチャイチャする「麦畑」はまさに生命の故郷、新しい「いのち」が育まれる「海」のことでもあるからね。

そっか。おもしろ~い!

そして2番。仲本工事のソングだ。

誰かさんと誰かさんが傘の中
しっぽり濡れてる いいじゃないか
僕には相手がないけれど
ぐっしょり濡れてる破れ傘

琉花がぐっしょり濡れちゃうシーンはあったわよね。

だけど、誰かさんと誰かさんが傘の中でしっぽり濡れるシーンなんてあったっけ?

あったよ。

スペイン語の「カサ」の中でね。

スペイン語のカサ?

CASA。「家」を意味するスペイン語だ。

状況によっては「家庭・家系・建物・会社・故郷」などの意味でも使われる。

春木さん、スペイン語が出来るの? すっごーい!

南ヨーロッパに数年住んでいたことがある。

ギリシャに住んでいたこともあってね。

それアテネの駄洒落? ちょーウケる。

水族館の中で空クンと海クンは水槽の中に入り、ベタベタしてイチャイチャしていた。

まさに「casa」の中で「しっぽり濡れていた」わけだ。

そしてそれを見ていた琉花は二人を羨ましく思った。

仲本工事のソングも完璧に再現されていたのね。

そして次は注サマのソング!待ってました!

では3番の荒井注のソングを見てみよう。

誰かさんと誰かさんが暗い道
イチャイチャしている いいじゃないか
俺には関係ないけれど
頭に来ちゃうぜ麦畑

3番には注目すべき点がある。何かわかる?

何か? そうね…

注サマのソングは主語が「俺」になってる。

その通り。

3番だけ「僕」じゃなくて「俺」なんだよね。つまり3番の歌詞は、琉花の歌じゃないんだ。

じゃあ誰なの?

誰かさんと誰かさんが暗いところでイチャイチャしていた…

そして、そこに関係することが出来なかった「俺」といえば…

海クン!

そういうこと。

では4番。高木ブーのソングだ。

うちのパパとうちのママがお茶の間で
でれでれ寄り添う いいじゃないか
まだまだ眠たくないけれど
パパママお休み ごゆっくり

これはわかりやすい。琉花のパパ正明とママ加奈子ね。

このソングを再現するために、二人はお茶の間でメイクラブしたというわけ。

ええ!?このために!?

間違いないね。

原作者の五十嵐大介と渡辺歩監督は、どうしてもザ・ドリフターズの『誰かさんと誰かさん』の5つのソングを再現したかったんだよ。

こんなこと岡江クンに言うのもなんだけど…

ちょっと妄想が過ぎるんじゃない?

そんな夢物語みたいな話、さすがに頭がオカシイって思われちゃうわ…

インターネットで「意見」があふれ返っている時代だからこそ…

「物語」は余計に力を持たなくてはならない…

え?

岡江君、聴かせてくれないか? 第5のソングの深読みも…

はい、春木さん。

最後を飾る5番は、ザ・ドリフターズのリーダーいかりや長介のソングです。

僕だってミヨちゃんと麦畑
どうしてもキスした ザマァみろ
見ている君らにゃ わからない
こんなにこんなにほんとに楽しい麦畑

最後は「僕」が「ミヨちゃん」と麦畑でキスしちゃうのよね。

「僕」は琉花だけど、「ミヨちゃん」は誰?

誰だと思う?

『海獣の子供』には、ちゃんと出て来たよね「ミヨちゃん」が。

え? わかった!

ハンドボール部の13番!あの子の名前が「ミヨちゃん」よ!

最後にあの二人はキスしたんだ!

二人が最初いじわるし合っていたのは、好きな気持ちを素直に伝えられなかったからなのね!

あたしも女子校だったからわかる!

思春期の頃って、同性愛と異性愛の境目が曖昧なのよ!

まあ、それはそれで面白い「物語」かもしれないけど…

なによ!まるで人の話を妄想扱いして!

春木さんはわかるわよね!?

う、うむ…

「ミヨちゃん」は「御代・御世」のことなんだよ。

琉花は「御代・御世」と「麦畑でキス」したんだ。

は?

「御代・御世」とは「天皇の治世」という意味だ。

空クン海クンにはヤマトタケルが投影されていたよね?

第12代天皇である景行天皇の息子ヤマトタケルは、大白猪の呪いで死ななければ第13代天皇になるはずだった。だから古事記でも天皇と同格に扱われている。

そして琉花は空クンとキスをした。

つまり「御代・御世」とキスをしたというわけ。

御代ちゃんか…

『海獣の子供』に天皇の物語が落とし込まれていたのは、いかりや長介のソングを再現するためだったのね…

すごい執念…

そして原作者の五十嵐大介と監督の渡辺歩は、それを絶対にバレないよう、巧妙に隠した。

「大切なことは言葉にならない」という言葉で巧みに誘導してね…

これもすべて「見ている君らにゃわからない」という歌詞を成就させるためだったんだ。

あたし全然わからなかった。

たぶん誰もわからなかったと思う。岡江クン以外は…

御代といえば…

『MI・YO・TA』という歌を知ってるかな?

武満徹ですね。

長野県の御代田に住んでいた武満徹が、その地を想い作った曲に、谷川俊太郎が詩をつけた歌だったはず…

歌ってもいいかな?

木漏れ日のきらめき 浴びて近づく
人影のかなたに 青い空がある
思い出が微笑み 時を消しても
あの日々の喜び もう帰ってこない
残されたメロディ ひとり歌えば
よみがえる語らい 今もあたたかい
忘れられないから どんなことでも
いつまでも新しい 今日の日のように

すてき…

何だか、あの夏休みを過ごした後の琉花の想いみたいにも聞こえる…

そうだね。

しかし春木さんは歌がうまいなあ。

イソグロ君には負けるけど。

え? もしかしてカヅオ君のことですか?

そう。カヅオ・イソグロ君。

先週ここで会った時、久しぶりに彼の歌を聴いた。

さすが元歌手志望だっただけはある。

日本に来ていたんだ、カヅオ君…

会いたかったなあ。

深代ママ、なんで教えてくれなかったの?

あら、言ってなかったっけ?

でもしばらく日本にいるみたいだから、また来るって言ってたわよ。

しかし麦畑の5つのソングの深読みは見事でした。

噂通りの腕ですね。

あ、どうも…

だけどさ、なんで『故郷の空』をあんなふうに男女がイチャイチャするエッチな替え歌にしたのかしら?

ザ・ドリフターズがコミックバンドだったから?

それとも作詞した なかにし礼の遊び心?

違うんだよ、深代ママ。

あれは原曲であるスコットランド民謡の世界観に沿った内容なんだ。

『誰かさんと誰かさん』も『故郷の空』も。

え?そうなの?

五十嵐大介と渡辺歩は、この2つの『和訳麦畑』から究極の「麦畑の物語」を作り上げたんだ。

なにそれ? どういうこと?

じゃあ説明しよう。

・・・・・



つづく




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