スナックふかよみ 志賀直哉『網走まで』第3話「宇都宮」
前回はこちら
2023年 某月某日
東京 新宿
スナックふかよみ にて
アレと言ったらアレに決まってるだろう、ゴロー。
わたし、見たいな~ 刑事さんのアレ(笑)
アレならアレと早く言ってくださいよォ、めぐみちゃん…
まったく、回りくどいんだからさァ…
わたしはハッキリ言ったつもりですけど。
刑事さんだけよ、わかってなかったのは。
え~ それでは…
やるなら今しかね~!
やるなら今しかねぇ~!
きゃ~! 超ウケる~(笑)
めぐみちゃん、ダメよ笑っちゃ。
刑事さん、真剣なんだから。
だって地井武男も笑ってたし(笑)
刑事さん、すごい…
声も、音程の外し方も、田中邦衛そっくり…
ガリガリ… ガリガリ…
まあね。ちょっとした隠し芸ですよ。
さあて、めぐみちゃん。約束通り答えてもらいましょうか。
宇都宮からあなた宛てに届いた葉書には、いったい何が書かれていたのですか?
あなたが犯人だという「ガーシーのおじいちゃん」は、あなたと安木宛てになぜ葉書を送ってよこしたのですか?
その葉書の文章は…
とっても大きな字で書かれていたの…
字が大きかった?
めぐみちゃん、ふざけるのもいい加減にしてください。
何もふざけてないんだけど。
我々が知りたいのは「字の大きさ」ではなく「内容」なのです。
宇都宮からの手紙には、いったい何が書かれていたのですか?
ヒントその1…
宇都宮といえば?
宇都宮?
やっぱ餃子でしょ!
ぶっぶー。
じゃあ次はボス。宇都宮といえば?
宇都宮といえば…
ブルース?
さすが七曲署のボス。だけどもちろん不正解(笑)
じゃあ次は栄次さん。宇都宮といえば?
ガリガリ… ガリガリ…
今の栄次さんに何を聞いても無駄よ。
ニポポ人形を彫っている時、栄次さんの魂はここにはない。
肉体はここにあっても、魂は遠く離れたオホーツクにあるの。
ガリガリ… ガリガリ…
じゃあ深代ママ。宇都宮といえば?
宇都宮? そんなの聞くだけ野暮ってもんね。
隆の一択。
もうママったら。栃木県関係なくなってる(笑)
あ、そっか…
じゃあ最後は米津さん。
宇都宮といえば?
宇都宮といえば…
宇都宮といえば?
大谷資料館…
あらやだ米津さん。
大谷くんは岩手県の水沢(奥州市)生まれで高校は花巻だから、宇都宮とも栃木県とも何も関係ないでしょ。
それにまだ現役バリバリだから記念館なんて作られてないと思うわ。
彼の御両親はそういうの嫌いそうだし、大谷くんもお金はもっと野球のために使いたいはず…
グローブ… グローヴ…
グローブがどうかした?
い、いえ。何でもありません…
俺が言っているのは大谷石のことです。
大谷くんの石って、ハワイのオアフ島カイアカ・ベイにある願い事が叶う石ポハクラナイ、通称バランスロックでしょ?
かつて大谷くんが世界平和と世界一の野球選手になることをお願いしたバランスロックが宇都宮にもあるの?
まさか駅前の餃子像のことを言ってる?
そうじゃなくて…
ちなみにハワイのバランスロックは平衡を保っているけど、宇都宮の餃子石は平衡を失って大破しちゃったのよね。
そもそも宇都宮に大谷記念館は無いから、こんな話をしても意味無いんだけど。
五年前とちっとも変っていない…
深代ママのボケは時々とんでもなく鋭いところを突いて来る…
へ?
深代ママが想像しているのは大谷(おおたに)翔平記念館。
俺が言ってるのは、大谷(おおや)資料館。
おおや資料館?
宇都宮市の西部、大谷町にある大谷石採石場跡…
とても神秘的な空間が広がっていて、米津さんの『馬と鹿』ミュージックビデオが撮影された場所としても有名…
『馬と鹿』の不思議な地下世界は宇都宮だったんだ…
ていうか、ここって X Japan の名曲『FOREVER LOVE』の場所よね?
やっぱり深代ママは凄い…
いきなりコレを出してくるとは…
まいったな…
参ったって何が?
宇都宮市の大谷石採石場跡で撮影された『FOREVER LOVE』のミュージックビデオですよ。
だから『馬と鹿』なんです。俺のあの歌のタイトルは。
何でXと米津さんが関係あるの?
YOSHIKIと接点なんかあったっけ?
「石」によって作られた「地下世界」には…
白い布で覆われた「大きなベッド」があった…
そうだったけど、それが何か?
そのベッドに横たわる女は、なぜか苦しんでいて…
自分とよく似た「もう一人の女」のことを思い浮かべていた…
あれって同一人物じゃないの?
別人みたいに描いているけど、たぶん同じ女の人じゃないかしら。
ベッドの女とよく似た「もう一人の女」は…
どこかの「建物の中」に閉じ込められているようだった…
結構大きくて立派な建物ね。
真っ白な衣装でフラフラしてたから、どこかの病院に入院してる夢遊病患者みたいにも見える。
そして「地下世界」には、可愛らしい「少女」がいた…
おそらく彼女は、女の「過去の姿」…
女の人に何か重大な出来事があったっぽいわよね。
だから少女時代の姿になって現れたんだわ。
その「地下世界」へと導くものは…
「一冊の本」と「鳥の羽根」だった…
あれは何の本かしらね?
鳥の羽根もどこから出て来たのかしら?
ここまで言っても気づかないとは…
じゃあこれでどうです?
宇都宮「地下世界」の FOREVER LOVE、永遠の愛の歌は…
「ピアノ」がメインの曲…
YOSHIKI はドラムだけじゃなくてピアノも上手いんだから当たり前じゃん。
ああっ、もうっ!
それならこれでどうですか!
宇都宮「地下世界」の歌には「バグパイプ」が流れている!
しかしそれは「イントロ」だけ!
何あの不気味な鳥は? それに何なのこの人たち?
体は人間なのに頭は動物。気持ちわる。
ああ… もう諦めました…
一発で『FOREVER LOVE』を言い当てたから、てっきりわかってると思ったのに…
米津さん、さっきから何の話をしてるの?
『FOREVER LOVE』のことは一旦忘れてください。
『馬と鹿』の話に戻ります。
ええ。どうぞ。
あの歌、歌詞を聴いて変だと思いませんでしたか?
タイトルは『馬と鹿』なのに「馬」も「鹿」も出て来ない。
そう言われてみれば確かにそうねえ…
CDジャケットの絵は「馬」と「鹿」の合成生物だけど、歌詞の内容は「馬」とも「鹿」とも関係ない…
そもそもあの歌はTBSドラマ『ノーサイド・ゲーム』の主題歌でした。
社会人ラグビーの物語のテーマソングに「馬鹿」というワードは全く相応しくありません。
そうよね。あたしも最初、違和感あったんだ。
テレビで第1話を見た時、「なんでこの歌は『馬と鹿』なの?」って。
そ、それ… 俺も思いました…
とてもシリアスな話なのに、人を馬鹿にしてるのかって…
ちゃんと理由があるんです。
あの歌の題名が『馬と鹿』である理由が。
せっかくだから、ちょっと話してもいいですか、めぐみちゃん?
うん。それ、わたしも聞きたい。
いいわよね、東堂さん?
ああ。米津さんがどうしてもと言うんなら私は構わないよ。
ありがとうございます。では手短に行きましょう。
まず先程のジャケット画ですが、あれはレオナルド・ダ・ヴィンチの絵『馬の習作』が元ネタです。
なるほど、確かによく似てる。
でも、どうしてこの絵を使おうと思ったわけ?
ズバリ言いますと…
『馬と鹿』のムービー冒頭がレオナルド・ダ・ヴィンチの絵を再現したものだからです。
む、ムービー冒頭って…
し、し、渋谷ラブホ街のか!?
あらゴローさん、渋谷ラブホ街にめっちゃ反応してる。
もしや、何かあったの?(笑)
じ、実は…
うちの馬鹿息子が… 以前あそこで…
ツレを… アレさせてしまって…
こどもが…
ん? こっちじゃね?
あっ、そうです、それです!
それにしても、おっかしいなァ…
なんで俺の携帯に米津さんの『LADY』の画像が…
ゴロー!お前の話はいい!
今は米津さんの話だろう!
す、すいませんでしたボス…
米津さん、話の続きをどうぞ…
あの場所は、渋谷の道玄坂にある Shibuya O-EAST の屋上です。
当時は TSUTAYA O-EAST と呼ばれていました。
先程めぐみちゃんが言った通り、渋谷の道玄坂・円山町あたりはラブホテル街として有名。
実際、あの建物の周りはラブホだらけですし、ムービーにもいくつかラブホの看板が映っています。
このシーンがレオナルド・ダ・ヴィンチの絵を再現したものなの?
はい。誰もが目にしたことのある、とても有名な絵です。
レオナルド・ダ・ヴィンチには有名な絵がいっぱいあり過ぎて、どれかわかんないわ。
モナリザ? 最後の晩餐?
それともウィトルウィウス的人体図?
あの~ 元ネタわかっちゃったんですけど…
えっ?もうわかっちゃったの?
いったい何の絵?
うふふ。深代ママ、よ~く考えてみて…
あそこはラブホ街なの…
レオナルド・ダ・ヴィンチの絵に、いかがわしい街や娼婦たちを描いたものなんてあったっけ?
ピカソの『アヴィニョンの娘たち』みたいな絵があった?
レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作の一つにあげられるその絵には…
娼婦は描かれてないけど、「娼婦呼ばわりされた乙女」は描かれている…
ゴロー刑事の息子さんのツレみたいに…
全く結婚する気のない相手の子を妊娠してしまって困惑する乙女が…
妊娠? 困惑?
あっ!わかった!『受胎告知』ね!
その通りです。
ちなみに『北の国から’92巣立ち』で五郎さんが妊娠の侘びにカボチャ(南瓜)を持っていったのも、この絵が元ネタですね。
宗教画『受胎告知』には、なぜか「瓜」が描かれることが多い。
ダ・ヴィンチの『受胎告知』には苦瓜(ニガウリ)が、カルロ・クリヴェッリの『受胎告知』には真桑瓜(マクワウリ)が描かれています。
なるほど。瓜つながりでカボチャだったのね。
でも『受胎告知』に「瓜」って、なぜかしら?
もしかして… 破瓜?
ハカ?
実のところ、なぜ『受胎告知』に「瓜」が描かれるのかは、よくわかっていません。
東京大学文学部で美学芸術学を専攻し図像学を学んでいた倉本聰も「受胎告知に瓜」の組み合わせを疑問に思っていたんでしょうね。
なるほど… 倉本先生も米津さんみたいに学生時代、絵を学んでいたのか…
どおりで芸術家肌だったわけだ…
ということで『馬と鹿』のムービーに戻りましょう。
冒頭シーン、渋谷ラブホ街にあるビルの屋上庭園は、レオナルド・ダ・ヴィンチ『受胎告知』に描かれた「マリアの庭園」を再現したものになっています。
ホントだ…
一面に生えてる短い草とか、落ちたら危なそうな低い塀とか、そっくり…
よくこんなところを見つけたわね…
映っているラブホ看板の文字もつなげるとメッセージになっているのですが、今日は時間が無いので割愛します。
重要なのは「冒頭に受胎告知が行われる」ということなので。
冒頭に受胎告知?
『ルカによる福音書』ってこと?
イエス… と言いたいところですが、答えはノーです。
はは~ん。読めたぞ。
だから米津さんは「受胎告知(渋谷ラブホ街)のあとに「地下世界」へ行っちゃうのね。
宇都宮市の西にある「地下世界」へ…
めぐみちゃん、ご名答。
え?え?どういうこと?
なるほど確かに「アレ」は『FOREVER LOVE』だったわ…
というか、もう『FOREVER LOVE』としか思えない…
「あの人」がTOSHIみたいに歌ってる姿を想像したら、めっちゃ笑えてきた(笑)
何がおかしいの? いったい何の話?
俺はムービーの中で「地下世界」と「海」をリンクさせました。
なぜなら「アレ」がそうなっていたからです。
そういえば「海」をバックに「馬と鹿」の文字が映っていた…
なぜ突然「海」なのかわからなかったけど、宇都宮の「地下世界」と「海」が関連しているって、どういうことなの?
深代ママ、ここで五年前にした話、覚えてますか?
英二さんが見事に読み解いた、俺と菅田将暉の曲『灰色と青』のタイトルのこと…
あの話でしょ? 覚えてるわよ。
あまりに凄すぎて今でも忘れられないんだから。
えーと…
ここに知恵が必要である…
思慮ある者は「灰色と青」にどのような意味があるかを考えるがよい…
色は人間の名前を指している…
そしてその数字は百八十五である…
よね?
そうです。
つまり『馬と鹿』もそうなんですよ。
『馬と鹿』にも名前が隠されているってわけ?
ムービー冒頭に「受胎告知」が行われ…
その後に宇都宮西部の「地下世界」へ降りてゆく…
「地下世界」には「海」があり…
「火」に包まれても平気な人がいて…
そこでは「石」が大切に扱われていた…
だから歌のタイトルは「馬と鹿」…
わかるかなァ… わかんねェだろうナ…
松鶴家千とせ?
いえ~い✌
だけど、松に鶴じゃなくて、家に鷺(笑)
家にサギ?
米津さん、深代ママにもう1曲ヒントを出してもいいかしら?
『FOREVER LOVE』と同様、「アレ」に大きな影響を与えた1曲…
「アレ」のタイトルとも似ている1曲を…
ふふふ。さすが、めぐみちゃん。これのことっしょ。
Do As Infinity…
生まれゆくものたちへ…
つづく
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?