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ゆっくり深読み 中島みゆきの『ヘッドライト・テールライト』その⑱「大林宣彦&横溝正史の 金田一耕助の冒険」


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A MOUSOU


(本作品は著者の身体に憑依した横溝正史の霊が世間で駄作の烙印を押されている大林宣彦の映画『金田一耕助の冒険』を種明かしするという妄想です。ネタバレどころか横溝文学の秘密の核心部分にも踏み込みますので予め御了承ください)




にわかには信じがたい話だ…

大林宣彦は横溝先生の反応を予知していたというのですか?


そうなんだな。

そしてこれを聞いた瞬間、私の中でも疑問が確信に変わった。

大林君の『HOUSE ハウス』を観て気になっていたことが、やはり正しかったのだと…







横「わかったわかった。もう土下座はいいから、楽にしたまえ角川君」

角「はい… それではお言葉に甘えて…」 

横「それにしても、まさか、うちの目と鼻の先から電話していたとは。東宝スタジオの前の、あの喫茶店?」

角「そうです… 彼があそこから電話しようと言うので… 古い馴染みの店だから、どんなに長電話しても大丈夫だと…」

横「ふうむ。で、君が大林君?」

大「大林宣彦と申します。今日はお招きいただき誠にありがとうございます」

横「はっはっは。お招きいただきも何も、君がそう仕向けたのだろう。この私が今すぐ君に会わずにはいられなくなるように」

大「恐縮至極にございます」

角「あの、先生… これはいったい、どういうことなのですか?」

横「久しぶりに無い頭を使いましたよ。病院坂を書き終えた後は、毎日ボケーっと暮らしてましたから」

角「と言いますと?」

横「大林くん、君は私の『瞳の中の女』の秘密に気付いているね?」

角「秘密?」

大「ええ。その通りです」

横「事件の舞台となった家の主で、不二子像を作って死んだ芸術家《灰田》の正体についても」

大「もちろん」

角「は、灰田の正体? 何ですかそれは?」

横「ふふふ。では単刀直入にいこうか大林君。灰田とは何者かね?」

大「不二子像の作者、灰田とは…」

横「灰田とは?」

大「♬ぼ~くはアマチュアカメラマン~♬」



灰田はアマチュアカメラマン?



大林君は、私と角川君の目の前で、この歌を歌いおった。

灰田勝彦の『僕はアマチュアカメラマン』を。



写真が出来たら、みんなピンボケだ?

何ですか、このふざけた歌は…


灰田勝彦の『僕はアマチュアカメラマン』は、三木鶏郎(トリロー)が作詞作曲した日本最初のコマーシャルソング。

日本で初めて民放放送が始まった1951年9月、小西六写真工業株式会社(現コニカミノルタ)の看板商品「サクラカラー(さくら天然色フヰルム)」のCMソングとしてラジオから流れた。



日本最初のCMソング? 小西六のフィルム?

いったいなぜそんな歌を大林宣彦は…


ふふふ。

角川君も今の君のように鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚いていたよ…



角「お、大林君!」

大「♬あっち向いて こっち向いて はいパチリはいいけれど♬」

角「先生の前でそんなふざけた歌を… やめなさい!」

大「♬写真が出来たら み~んなピンボケだ♬」

横「♬あらピンボケだ、おやピンボケだ♬」

角「せ、先生まで!?」

横&大「♬あゝ み~ん~なピンボケだ♬」

角「な、何なんだ… いったいこれは…」

大「灰田とは灰田勝彦の灰田ですね。そして下の名前 太三とは小西六の創業者 杉浦六三郎の六三をもじったものであり、同時にサンタのアナグラムでもある…」

角「?????」

横「わっはっは。君の勝ちだよ大林君。金田一耕助唯一の未解決事件『瞳の中の女』映画化の件、君にすべて任せる」

大「どうもありがとうございます」

角「何が何だかサッパリわからない… いったいこれは、どういうことなんですか…」



『瞳の中の女』で不二子像を作った芸術家灰田太三の正体は、小西六のCMソング『僕はアマチュアカメラマン』を歌った灰田勝彦?

いったいどういうことなんですか?


まあまあ慌てなさんな。ここからが面白いところ。

まさに「名探偵登場!」だ…



横「さて、今度は私の番だ。私が君の作品の秘密を解き明かそう」

大「さすが横溝先生。そう来ると思ってました」

角「せ、先生が大林君の作品の秘密を解き明かす?」

横「いちいちオウム返しせんでもいい。君は少し黙ってなさい」

角「は、はい…」

横「去年、私は君の劇場長編デビュー作『HOUSE ハウス』を観た。CM界で映像の魔術師と異名を持つ君が、これまでの日本には無い新しいタイプの怪奇ホラー映画を撮ったと知り、どんなものかと映画館へ足を運んだのだ」

大「ありがとうございます」

横「映画を観終わった後、私は考えた。この才能豊かな男は、なぜ記念すべき監督デビュー作として、このような映画を撮ったのだろうと。ナンセンスなギャグやパロディを使わなくても、美しい画を撮り、人間の物語を描く力があるはずなのに」

大「・・・・・」

横「どうしてもそこが気になった私は、後日もう一度映画を観に行った。そして、ある思いに至った。この映画のナンセンスなギャグやパロディは、ある種の隠れ蓑、人々の目を欺くためのカモフラージュなのではないかと」

角「か、カモフラージュ?」

大「・・・・・」

横「私は『HOUSE ハウス』の中に流れる別の旋律、隠されたメロディを紐解こうと試みた。そして考察の末、1つの仮説に辿り着いた。しかし角川君のところで書いていた大作『病院坂の首縊りの家』が佳境に入り、君の映画のことを考えるどころではなくなった。こうしてすっかり忘れてしまっていたところに、今日、あの電話があったのだ」

大「・・・・・」

横「電話で角川君の話を聞いているうちに、私の中で一年前の記憶が蘇った。そして、あの時放置したままにしていた仮説が、確信に変わった。君が映画『HOUSE ハウス』で何をやろうとしていたのかがハッキリとわかったのだ」

大「・・・・・」

角「いったい… それは…」

横「映画『HOUSE ハウス』とは大林君… 君にとっての『草の花』だね?」



草の花?


福永武彦の小説だ。

「愛と死」を描いたこの作品で、福永は小説家としての地位を築いた。



福永武彦?

大林宣彦が『転校生』『時をかける少女』の次に撮った映画『廃市』の原作者ですか?



その通り。

大林宣彦という映像作家・ストーリーテラーを語る上で欠かせない存在だ。



しかし、大林宣彦のポップな怪奇ホラー映画『HOUSE ハウス』と、福永武彦のシリアスな半自伝的小説『草の花』の間に、共通点があるとは思えません…



まあ当然だろう。

自慢じゃないが、気付いた人間は私が最初だったらしい…



角「え、映画『HOUSE ハウス』は、大林君にとっての草の花?」

横「そうでしょう?」

大「はっはっは。先生のご慧眼には恐れ入りました。さすが名探偵金田一耕助の生みの親」

横「ふふふ。やはりそうだったか」

大「先生が初めてですよ。この秘密を見抜いたのは。数十万人の人間があの映画を観ましたが、誰も見抜けませんでした」

横「私の頭もまだまだモウロクしとらんな。これなら金田一シリーズを終わらせるんじゃなかった。わっはっは」

角「いったいこれは、どういうことなので…」

横「君も言っていたじゃないか。大林君は『HOUSE ハウス』が まぐれ ではないことを証明するために、金田一耕助唯一の未解決事件『瞳の中の女』を映画化するのだと。大林君は、ナンセンスなギャグやパロディをカモフラージュにして『草の花』を描いてみせた『HOUSE ハウス』と同じことを、もう一度やろうとしているのだよ」

角「そうなのかね… 大林君?」

大「ええ。先生の言う通りです」

角「では、先日私と銀座の高級クラブでジョニ黒を2本も開けて『ケンタッキー・フライド・ムービー』の日本版を作ろうと盛り上がったのは…」

大「僕の映画を観た人たちが、そう思うように持って行けたら成功、ってことですよ。『HOUSE ハウス』の時と同じように」



『HOUSE ハウス』や『金田一耕助の冒険』におけるケンタッキー・フライド・ムービー的ノリは、すべてカモフラージュだというのですか?

数々のギャグもパロディも、観客の目を欺くためのものだと?



そういうことなのだよクリス君。

すべては『瞳の中の女』と『〇の中の女』シリーズの真相を描くためだったのだ…



横「しかし大林君、君もよく『瞳の中の女』と『〇の中の女』シリーズの秘密に気づいたね。私と仲のいい同業者以外でこれを指摘したのは君が初めてだ。いったい、いつ頃から知っていたのかね?」

大「小説が週刊東京に掲載された時です。あれは昭和三十三年、1958年の6月でした」

横「週刊東京で読んで、すぐに分かったと?」

大「はい。その前の『〇の中の女』シリーズを読んでいた時はまだ気づきませんでしたが、『瞳の中の女』を読んだ時にすべてが分かりました。エピローグ最後のセリフ《ひとつくらいこんな話もいいではありませんか。ああ、そうそう…》は、先生からの大サービスだったんですね」

横「今からちょうど二十年前だから… 君はまだ学生さん?」

大「そうです。ちなみに先ほど電話した東宝スタジオ前のあの喫茶店で読んでいました。週刊誌がたくさん置いてあったので」

横「あそこで?」

大「このあたりでは先生のお姿もよくお見かけしましたよ。僕、成城大学の文芸学部で、この近くのアパートに下宿してましたから」

横「君は成城の学生さんだったのか。そいつは驚いた」

大「授業には全く出てませんでしたけどね。8mmフィルムのアマチュア映画作りのために通っていたようなものです。鬱蒼とした雑木林のある大学キャンパスは僕にとって東宝スタジオみたいなものでした」

横「アマチュア映画? どんな映画を撮っていたのかね?」

大「大学に入って最初に撮ったのは、何を隠そう、福永武彦の詩集を映像化した『青空・雲』という作品です。秋の柳祭(学園祭)で上映しましたが、反応はイマイチでした」

横「福永武彦? やっぱり君は…」

大「そして次に撮ったのは、僕の永遠のマドンナをヒロインにした作品」

横「君の永遠のマドンナ?」

大「まあ、当時から同棲していた僕のワイフのことなのですが、彼女をヒロインにして映画を撮りました。題名は『絵の中の少女』です。昭和三十三年、1958年のことでした」

横「絵の中の少女? 1958年?」



これですか?



そう。大林君にとってのミューズ恭子夫人を主演女優にして撮った作品。

絵の中に描かれた少女と、想い出の中に生きる少女が、青年の心を戸惑わす悲恋の物語だ。


「少女」って年じゃないですよね。そもそも大学生なんですし。

『絵の中の少女』というより『絵の中の女』です。



ははは。そうだな。

そしてこのアマチュア映画は、奇しくも私の『瞳の中の女』発表直後に作られたものだった…




つづく





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