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想像できない彼らの心。

語学学校2日目。
今日になってメンバーが1人増えた。


彼は完全な初心者というよりは、少しドイツ語を勉強していたようで、色々文法や単語を知っている。
クラスが始まって数日は、実際に授業を受けてみて習うレベルを変えることができる。彼のドイツ語レベルから察するに、上のクラスからこちらに移ってきた人らしかった。たぶん私と同じ、合うクラスが開講されなかった人なのだと思う。


それによって私にとって少し気になることが起きた。
新しく来た彼は、ウクライナ出身だった。




昨日の記事でも書いたのだけれど、私のいるクラスはとても多国籍だ。
インド、アルバニア、ケニアなど世界中からドイツに来て、同じクラスで勉強している。
そしてそのクラスメイトの中にロシア出身の人もいるのだ。


ウクライナの人々は、先に起こった戦争をきっかけに近隣の国に避難している。
ポーランドやチェコ、ハンガリーのほかドイツへも来ていて、その数は106万人とも言われている。(参考サイト

そして私が住むドイツの東側は、最近ロシアから移住する人が多いらしい。
同じ街に住む、日本出身の知人から少し前にそんな話を聞いたばかりだった。
もともと比較的近いからか、ロシア出身の人は以前から少なからずいる地域ではあったのだけれど、ウクライナとロシアの戦争をきっかけにだいぶ増えたと言っていた。


そういう事情で、ウクライナ出身の人とロシア出身の人が同じ教室でドイツ語を学ぶということが起きた、と考えて良いような気がする。



もちろんどちらの本当の事情も知らない。
どちらも戦争のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
語学学校はあくまでも語学を学ぶ場所で、政治や世界情勢を話す場ではないから、そのあたりが明らかになることもおそらくないだろう。


でも、色々考えてしまう。
お互い別の国にいるとはいえ、戦争している相手の国の人が同じクラスで勉強をしているって、どんな気持ちなのだろうか?

両者とも何かを感じているような素振りは見せないけれど、自分がどちらかの立場だったら、どんなふうに思うのだろうと考えてしまう。


目の前の人が自分や家族に直接に何かをしたわけじゃない。
でも目の前にいるその人が生まれ育った国が、自分が生まれ育った国の人を傷つけている。反撃として攻撃をしている。
その事実だけでも、どちらも正直いい気持ちではないはずだ。
もし本当に攻撃から逃れるために避難しているのなら、なおのこと色々感じることもあるだろう。


もちろん、私はこういう関係性をウェットに考えてしまうだけで、当の本人たちは気にせずカラッとしたコミュニケーションを取るのかもしれない。
今のところ授業中すら、話しているところを見ていないけれど。

流石にここまではっきりとした戦争になっているところは少ないとしても、国や地域での紛争や対立・不仲な国というのはどの国にも大抵はある。
それにヨーロッパのように陸続きで色々な国と接している国ばかりだと、何千年も攻めたり攻められたりを繰り返しているから、「人対人」でのコミュニケーションを取る時はあまり気にしない、みたいなこともあるのだろうか。
仮に相手が戦争相手の国出身だとしても、相手も自国から逃れてきているのなら「 お互い災難だね 」みたいな気持ちになるのかも、とも考えた。


でも、そんなにあっさり割り切れるものなのだろうか。
何十年、何百年と前の戦争や事件の遺恨から、未だに揉めている人たちもいるのに、揉めている最中の国同士の人たちが何も感じずにいることができるのだろうか。
仮に思っていたとして、何も思ってもいないように笑っていられるのだろうか。


当事者たちからしたらこんなことを考えること自体、おそらく余計なお世話だろう。実際大丈夫だから、語学レベルというシンプルな基準だけでこうやって同じクラスになっているだろう。

ただ、自分とは違う人たちの感じ方や考え方が知りたいと思ってしまう。年齢や立場や、そのほか個々の意見もあるのだろうけれど、聞いてみたい気もする。



もちろん、聞かない。
今の私には、どちらの意見を聞くにも知識も教養も足りていないし、急にクラスメイトが聞いていい話ではない。
そもそも聞けるほどの言語レベルもないし、あったとしても相手が言わない限り聞いてはいけないことだとわかっている。



でも、こんなこともあるんだな。
それが純粋な私の気持ちだった。


余計なことを考えて悶々としてしまった私は、頭の中が落ち着くまでいつも使うトラムには乗らずに歩いて帰ることにした。
雨が降っていたけれど、少しでも身体を動かしていないと、思考がドツボにはまりそうだった。

結局、帰路を半分以上歩いていた。



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