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スマホ翻訳でドイツ人大家と1対1で話した結果気づいたこと。

 夫が入院しているときの話です。
 大家さんが住民登録に必要な、居住証明を持って来てくれることになりました。

しかし何度かお伝えしているように、
私は英語もドイツ語もヨワヨワの日本人。
対して大家さんは、英語もいくらか話せるドイツ人。

 そんな二人がどんな感じで話し、無事証明書を受け取るに至ったかを書いていこうと思います。


 励ます大家さんと、不安だらけの私

 もともとは夫もいる土日に、大家さんが書類を持ってきてくれる予定でした。私が英語もドイツ語もあまり話せないというのもあるし、借りるお家の使い方などをまとめて説明したかったのもあると思います。

 私も、英語は喋れないけれど日常会話なら6割以上は聞き取れるという謎スキルの持ち主なので、大家さんに英語で説明をしてもらい、英語が話せる夫が英語で話してもらえれば、なんとかなると思っていたのです。
 急にそれができなくなり、一人焦る私。

 しかしその書類がなければ住民登録ができません。しかも住民登録は入国後2週間以内に済ませなければならないため、あんまりのんびりしている暇もありません。
 日程調整のチャットすらままならない中、一緒に病院にいてくれたガイドさんの力を借りてなんとかスケジュールが決めることができ、私は最後に翻訳した英語で彼にこう伝えました。

I can hardly speak English but I look forward to seeing you.
(英語はうまく話せないけれど、会えるのを楽しみにしています……と伝えたつもり)

すると、彼から返事がきました。

Google翻訳が日本語を話してくれるから大丈夫さ!
お互い行き詰まったら、そういう文明の利器でなんとかしよう。(意訳)

 今思えば、こちらを安心させてくれるための言葉なのだけれど、その時の私は「それでもやり取りできなかったらどうなるんだろう…」ということで頭がいっぱいでした。

 iPhoneについている翻訳機能も、Google翻訳も、やっぱりガッツリ信頼出来るほどのクオリティではないイメージがあって…。
 話せない私が言うのもなんなのですが、話せないからこそそれが正しい翻訳か分からないので、変なことを言ってしまわないかと不安になるのです。


 ついに我が家に大家さん登場!

 不安が拭えないまま、あっという間に大家さんが来る時間になりました。
 別に検査されるわけでもないのに部屋をしっかり掃除して、換気をして、部屋を土足禁止にしているのでお客様用のスリッパも用意して。


 すると、インターホンが鳴りました。
 一息ついて受話器を取り「Hallo」と挨拶をします。
 すると「Hallo」と明るい言葉が返ってきました。「こんにちは、ニョコロ! ○○(大家さん)だよ」

(きたぁーー!!!)
 一気に緊張が高まります。
 開け方を知らない共有部分のドアの鍵をあけるのは下まで行かないとダメと聞いていた気がするので、慌てて下へ行こうとします。
 そして玄関のドアを開けるやいなや再びインターホンが鳴りました。

(え! もう催促!?)

 しかし、先に会っている夫から聞く話でも、今までのやり取りから見ても、大家さんはいい人というのは間違いないのです。

 この家に住み始めたばかりだと知っている大家さんが、こんなにすぐに催促するだろうか?
 こんなにすぐに鳴らすということは、他の開け方がある…?


 すると、受話器の隣に鍵のボタンが光っていることに気づきました。

(多分これだ!)

 押すと下からガチャンと共有部分のドアロックが外れる音がしました。

 ホッとしたのもつかの間、大家さんの足音が階段を登ってきます。
一度開けてしまったドアを閉めるべきか、このまま待っていたと言わんばかりに笑顔で迎えるべきか。
 そんなくだらないことで悩んでいると、あっという間に大柄の男性が私の前に現れました。

「Hallo! Nice to meet you」

(めっちゃ大きい…!!)
 夫から大家さんは大柄でクマのようだと聞いていました。その話通り、彼はとても大きくて身長はおそらく190cmを優に超えています。
 そのうえ恰幅のよさもあって、大柄な印象を更に加速させているように見えました。

 その存在感に圧倒されながら、私も同じような言葉を返したような気がします。
 土足禁止であることを伝えていないのに、彼はドアのそばで迷わず靴を脱ぐと、靴下で家に入ってきました。

(これは日本文化を理解しての行動…?
 それともドイツに実は土足禁止文化があるの?)


 新しい疑問に意識を持ってかれていると、そんなことは知らない大家さんが上着を脱ぎながら話しかけてきます。

「数日前に来たばかりでしょ? それで彼が入院することになるなんて、最悪のスタートだね」(意訳)

大家さんは大柄だけど優しい印象で、冗談交じりに英語で挨拶をしてくれました。
「私もそう思ってる」と、ジョークになんとなく返しながら一緒にリビングに入ると、彼は振り返って言った。

「書類はある?」
(書類……?)

 私はてっきり書類は受け取るものだとばかり思っていたので、途端にパニックに。夫からそんな話は聞いていなかったのです。
 慌てふためく私に気づいたのか、大家さんが「どんなものか見せるよ」と厚い紙の束の書類を見せてくれた。

(マジで見たことないんだけど……)
「I never see it… just wait…」

 私は慌てて書類を探し始めます。
 夫の使う戸棚には、渡航関連の英語やドイツ語の書類がたくさんあって、全然見つかりません。
(…夫よ……辛いのはわかるけど、それくらいは言ってほしかったな…)
慌てていると大家さんが戸棚の中を指さしました。


「多分ここらへんにあるんじゃない?」(意訳)

「so…may be this one」


 言われた通り彼が指差すあたりを見ると、本当にそこにありました。
(あった!!!! ってか、なぜわかった!?)

 もしかしたら、夫と書類のやり取りをした際にこのあたりに置いたのを、以前見ていたのかもしれません。
 お礼を言いながら書類を引っ張り出すと、やっと書類作成が始まるのでした。


サインは筆記体?ブロック体?

 書類記入は、入国日とサインを書くだけの簡単なものだったのですが、もう一つつまずくことがありました。
それは「サインの書体」です。

 以前どこかで、サイン偽造を防ぐために欧米ではサインを筆記体でしていると聞いたことがあったのです。
 実際、大家さんも夫も書類には筆記体でサインをしていました。


 しかし日本の英語教育はほとんどブロック体で勉強するし、筆記体なんてものすごい昔に書き方をなんとなく教わった程度。筆記体でサインをする機会もなかった私は、書き方をとうに忘れていました。

(書き損じを出しても悪いし、確認するか…)
 そう思って早速グーグル翻訳を使って話を始めるも「筆記体」という言葉がうまく翻訳できていないらしく、大家さんにまったく通じません。

 なんなら大家さんには自分の名前がアルファベットで書けないと心配されている様子。
(流石にそこまで英語が苦手じゃないんだけどな!!)
でも終始パニックな私には、そんな申し開きもままなりません。

(もういい、私は自分のサインもままならない奴ってことでいい!!
とりあえず先に進もう)
 実際に書いて確認してもらうことにした私は、ノートを取り出して、ブロック体で自分の名前を書き始めます。

 それを指さし「OK?」と聞くと、大家さんも「OK」と言ってくれたので、私は粛々と名前と日付を書き続けるのでした。

 最後の難関・グーグル翻訳による質疑応答

 書類にサインを一通り書き終えると、大家さんが居住証明書や手続きの説明をしてくれました。流石に片言の英語しか出来ないにはハードルが高くて、終始グーグル翻訳に頼りきりでした。
 ドイツ語から日本語への翻訳は怪しい感じでしたが、なんとなく主旨は汲み取ることができました。

相槌を打ちながら、内容を理解したことを伝えていきます。
すると一通りの書類の説明を終えたらしい大家さんは書類をまとめながら、何かを話し始めました。

しかしそれが、翻訳を使っても主旨すらも分からないのです。
なんとなく「ドイツ暮らしで何か質問はある?」ということを言ってくれているようなのだが、大家さんが翻訳にかける文章はいつも長くて、翻訳ツールも混乱しているようでした。

(もっと短く話してくれれば良いんだけどな…!)

・これで説明は一通り終わったよ。
・何か聞きたいことはある?
・書類のことでも、ここでの生活のことでもいいよ。

このくらいの短い文でまとめてくれれば、きっと訳してくれるのでしょう。

でも体感では「何か聞きたいことはあるかな? 君の夫は君が来てすぐ倒れたから、トラムの乗り方や買い物の仕方、ゴミの捨て方とか洗濯機や食洗機の使い方とか、ドイツの生活について色々わからないこともあるだろう? わからないことがあれば僕になんでも聞いてくれていいから、気兼ねなく質問してくれていいよ!」くらいの文章を翻訳にかけているのです。


(それは流石に翻訳ツールに期待し過ぎだよ大家さん! 翻訳ツールが困ってるよ!)
もちろんそんな言葉も、大家さんに伝えることができません。


 何度も翻訳し続けているうちに、先程書いたようなことを言ってくれていたのがわかって、私は入国した日に偶然、この国に住む日本人ガイドさんと出会ったこと、そして偶然にも倒れる数時間前に夫からトラムの乗り方やルールを教えてもらうことが出来たことを伝えました。
 すると大家さんは笑顔で「Gut(よかった)」と言ってくれて、私もやっとホッとすることができたのでした。


 大家さんとの別れ、そして思ったこと

 すべてのやり取りが終わり、大家さんを見送ることになりました。
 家を出て共用廊下の階段に腰を掛けて靴を履きながら、彼は夫が入院している病院は、自分の子どもたちが生まれた病院なのだとGoogle翻訳を使って話してくれました。
 「へーそうなんだ!」という言葉も言えなくて、表情だけで「そうなんだ!」感を出してみたのですが、なんとなく伝わったような気がしました。しかしせっかく色々話をしてくれているのに、うまくリアクションができない自分が悲しい……そんなふうにも思いました。

 最後に日本からお土産として用意していた、国旗柄の折り紙とお菓子を渡し、大家さんと別れました。ドアを閉めた後、ものすごい開放感と達成感に包まれていました。

 そして、病院にいる夫にLINEで大家さんが本当にいい人であったこと、そして無事にやり取りが出来たことを連絡。
 気づけばスマホを持つ指先が震えています。それを見て、自分がこんなにも緊張していたのだと気づきました。

 英語もドイツ語もまともに話せず、日本語以外ではほぼコミュニケーションが取れないままこの国に来てしまった私。
 ドイツ入国の時に偶然日本人のガイドさんと知り合いになっていて、夫の入院もその方に助けてもらっていたから、なんとかやってくることができていました。

 そんなラッキーと他人任せで難所を乗り越えた私にとって、この大家さんとのやり取りは、自分ひとりで解決しなければいけない最初の試練だったような気もします。

 こんなに長々と書いていますが、たかだか30分ほどのことですし、英語かドイツ語が話せていれば、こんなにだらだらと文章を書くほどのことでもないのでしょう。
 でも、今の私のスキルではとても高いハードルだったのです。

 なんとか乗りきったという達成感が過ぎ去った後、私を襲ったのは何も伝えられない自分への失望でした。


 "ラッキー"で生きている自分に気づいたとき

 私は今まで、海外旅行は何度もしてきました。ほとんどが観光地というのもあって、なんとなくの英語やその国の言語を駆使してなんとか乗り越えることができていました。

 しかし、今のようにそこで生活をするとなるとローカルな人たちとのコミュニケーションが必要になってきます。
 スーパーやパン屋でのやり取りやご近所の方との何気ない挨拶やコミュニケーション。特別深い話をするわけではないけれど、全部に何も答えず、笑顔だけでやり過ごすわけにもいきません。

 今回のように、コミュニケーションを取ってちゃんと完成させなければ不法滞在になりかねない書類のやり取りともなると、緊張感が違いました。
 でも見方を変えると、大家さんはとてもいい方で、翻訳ツールを使ってでもコミュニケーションを取ろうとしてくれたから、私は30分間緊張しながら接するだけで済んだとも言えます。

 このときドイツに来てまだ4日目。そしてこの4日間は本当にラッキーだけで乗り切れている感じでした。
 もし現地在住のガイドさんに出会えていなかったら夫のピンチを救えなかったし、もし大家さんがこんなにいい人じゃなかったら、手続きもままならなかったでしょう。
 どちらも、助けてもらっていなければ大変なことになっていたと思います。

コミュニケーションが取れないって、こんなにも危ういことなんだ。

 言いたいことや思っていることはこんなにも頭や心の中に溢れているのに、それを伝える言語ツールを持っていないと、その思いは伝わりません。

 本当はたくさんある感情や伝えたい言葉が、伝える術がないせいで、相手に察してもらうしかなくなってしまいます。
 そして相手の「 察し 」にすべてを任せてしまうせいで、思わぬ誤解を生んでしまったり、最悪の場合、自分の意思がないことになってしまうのです。


 そんなことを思っていた時、ふと『人魚姫』を思い出しました。
 人魚姫は声と引き換えに地上で生きるための脚を手に入れたけれど、声を失ったせいで思いを伝えられず、悲恋の末に彼女は海に身を投げてしまいます。

 思いを伝えられず、目の前で勝手に進んでいく物事。
 自分はその輪には入れず、一緒にいるはずなのに輪には入れていない疎外感。
 自分の思いを勝手に解釈され、意に反する方へ進めば進むほど、苦しくなっていく気持ち。


 焦りや悔しいという気持ちもあります。
 でもこの日の出来事で得た最終的な感情は「 怖い 」に近いものでした。

 私はたまたま人に恵まれて、ある程度気持ちを理解してもらえたり、やりたいことを実行する力を得ることができたけれど、取り合ってもらえず誰にも相手にしてもらえない可能性もありました。
 人に相手にしてもらえないというのは、怖いことなのだと知りました。


これは差別でもなんでもなくて、
自分が他の国で生きていくための準備がりていなかっただけ。

 でも足りないと思うのなら、今から必要なものを準備すればいい。
 最低限生きるための家も、食べ物も、それの買い方もわかっている今、ちゃんと生きながら準備することができる。

「取り返さないと」
悔しさとは違う焦りが、私がここで生きていく意思を強くした気がしたのでした。


※追伸※
大家さんが迷わず靴を脱いだ&スリッパを履かなかった件ですが……
後で調べたところ、ドイツは土を自宅に入れたくないという考え方の人が結構いるようで、割と土足禁止のお家があるらしいです。お家ではルームシューズを履くそう。そしてここ数年のコロナもあってより増えたという話も…
スリッパを履かなかった件は……まだ謎です。やっぱりサイズの問題かなあ……?(笑)



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