自分に自信を持つための努力がしたい。
私は小さい頃から身長も体重も、同い年の子たちより大きめ、多めで生きてきました。
今はわかりませんが、当時の子供服は110cmくらいから160cmでサイズ展開されていることが多かったので、実際の身長かそれより1つ、2つ大きいのを選べば、着る服がないなんて問題も起きません。
身長もそれなりにあったので「自分はただ他の人よりも大きいだけ」みたいな感覚で、体型に対してネガティブに思ったことはありませんでした。
しかし年齢的に身長で分けられた服を着なくなる中学生の頃、あることに気づきます。
私は太っている。
衝撃的でした。(笑)
俗にいう「婦人服」はS・M・Lで分けられ、子供服のような規模のサイズ展開はありません。
着られるものがない。
その事実に、自分がこの世にいることを否定されたような気がして、ショックでした。
それ以降、何度か減量を試むもあまり良い結果が出ないまま。
LLがある服を見つけることもできたし、健康や生活に支障をきたすほどでもなかったので、自分の体型に目を向けないことで、なんとか自分を保っていました。
◇◆◇
しかし、大学生から社会人になった頃。
急にある言葉を言われるようになります。
「痩せたら可愛いのに」
祖父母などの親戚にも友人にも職場の先輩にも、当時の恋人にすら言わました。
女性にも男性にも、なぜか同じように太っている人にも。(笑)
もしかしたら「今も可愛いけど、痩せたらもっと可愛いよ」という意味だったのかもしれません。でも、当時の私にとって体型ネタはウィークポイント。自分の体型にネガティブなイメージしかなかった私には、その言葉を前向きに受け入れることはできませんでした。
今まで痩せる努力をしなかったわけじゃない。
努力もほとんどしなくても痩せている人たちに、なんでそんなことを言われないといけないの?
それに私、可愛くなりたいなんて言ったことないじゃん。
笑顔で「痩せれば可愛いのに」をスルーしながら、こんな思いを抱き、こっそりはらわたを煮えくり返らせていました。
社会人としてのマナーもメイクも服装も、それなりに気をつけていても、結局太っているかどうかでこれを言われ、優劣をつけられます。
「仕事のできる人にデブはいないんだよ」
なんて言ってくる人もいました。
どこの界隈のデキる人かにもよるかもしれませんが、今思うと「いや別にいるだろ」……と思う。(笑)
でもそういう言葉の一つ一つが自分の心を蝕み、自分を歪ませていきます。一見激励のようにも見えますが、私を上から目線で評価している言葉にも見えます。
それを言うことで「自分はこいつよりが優位である」と安心しているようにも見えました。
しかし、
太っていることで人格を否定されるのはおかしいけど、
かといって褒められることでもないんだよな。
そう思ってしまって、自分がどんなに他のことで努力をしても、どこか負けているような気がしました。
これ以上、色々言われないためにはどうしたらいいんだろう?
その問いかけの答えはシンプルなものでした。
周りを黙らせるためには痩せるしかない。
その時はちょうど、30代の扉を開いた頃。
今までの流れを読んでいただいていればわかるように、痩せる理由は、可愛くなりたいとかお洒落したいなんてものじゃありません。
言われっぱなしの自分を変えたかった、それだけでした。
◇◆◇
一念発起した私は、本格的にダイエットを開始。
最初は自分で食事制限と運動で5kg弱痩せました。
しかし、いつもこの後行き詰まります。
それが今までの経験でわかっていた私は、2ヶ月間栄養管理し、パーソナルトレーニングで筋トレする、ラ○ザップのようなジムに通いました。お値段は確か40万円弱。
2ヶ月で体重が10kg落ちました。
ジムが終わっても自分で努力を続け、更に数kg痩せました。
標準体重をしっかり下回り、ついに「痩せたら可愛いのに」という言葉を言われなくなりました。
「痩せて可愛くなったね」とも言われなかったのが不本意でしたが(笑)、頑張っても負けている気がする謎の劣等感がなくなっただけで大満足でした。
そんな達成感を覚えている矢先、当時付き合っていた今の夫にプロポーズされました。
前触れもなく言われので驚きましたが、嬉しかったので受けました。
すると次は、新たな言葉が私に向けられるようになります。
「結婚する予定だったから、痩せたんだね」
違う。私はそんな理由で痩せてない。
私は、周りに色々言われても反論出来ない自分を変えたくて痩せようとしていたのです。
それなのに次は「結婚式に向かって隠れてダイエットをした、健気で可愛い女」ってことにされ、不本意な形でちやほやされるようになりました。
たしかに私の思いなんてしらず、断片的に見ていれば、そんな風に見えるのかもしれません。でも私はそうではなかったので、ものすごく不本意でした。
しかしこの手の話はやっかいなもので、そんなんじゃないと色々説明をしても「またまた~、照れちゃって」と全く話を聞いてもらえません。
実際問題として、結婚式で着られるドレスも増えてよかったというのは、確かにあります。でも、あくまでもこれは本来別にあった目標を達成した副産物で得た、ラッキー。あくまでも副産物が生んだ副産物なのです。
人生を逆転させてやろうくらいの覚悟で始めたダイエットが、勝手に「結婚式前にダイエットする女性」という、世間であるあるなテンプレートにはめられたことが、ものすごく悔しかったのでした。
◇◆◇
それから数年が経ち・・・
体重は数kg戻ったものの、コロナ禍でも大きく体型が変わること無く、今も標準体重前後を維持しています。
世間もここ1,2年で「ボディポジティブ」の風潮になり、周りの人も私の今の体型に慣れ(笑)、私の体型をどうのこうの言う人がいなくなりました。
やっと、私の望む時代がきた。
思っていたよりも時間がかかりましたが、求めていた幸せを、今やっと、やっと、噛み締めています。(笑)
もちろん、痩せることだけがこの問題の解決方法ではなかったと思います。そもそも、そういうことを平然という人が悪いです。可愛くないといけないという押しつけもどうかと思います。それに、私の魅力をお前のものさしで勝手に決めるんじゃねえ、とも思います。(笑)
まあ相手にも自由に考える権利はあるので、私の体型のことを自分の頭の中でどう思おうとお好きにどうぞ。でもそれを私に言わないでって思うのです。
それに、こういう経験をしてきたからこそ、痩せていれば可愛いわけじゃないですし、痩せただけで可愛くなれるわけでもないんだとわかりました。
自分が満足できる可愛さや美しさになるには、努力が必要です。
メイクテクニックや洋服選びのセンス、立ち居振る舞いなどなど、自分が満足できる自分になるための努力が、本当の意味で自分に自信をつけるのだと思いました。
ミス・ユニバースなどを目指す方たちは、確かにスタイルもいいし美人です。(最近はコンテストのありかたについて色々言われているようですが、)出場している方々がキラキラしてるなあと以前から羨ましく思っていましたし、今も思います。
以前の私は、美貌は才能だよな・・・自信がいっぱいで羨ましい・・・などと思っていました。
でも今考えると、あの方たちがキラキラしている1番の要因は、恵まれた美貌からくる自信はわりと一部で、あの場に立つまでの間、自分の魅力を磨き上げる努力をしてきたという「自負」からくる自信なのかなと思うのです。
私も、自分に自信が持てるだけの努力がしたい。
なので今年、こんな目標を立てました。
・パーソナルカラーを判明させる
・洋服がおしゃれに着れる身体を作る
・メイクが上手になる
これは他人に可愛いとかキレイと言われるための努力ではありません。
自分に自信が持てるように、努力がしたいといういうことです。
自分に自信を持てれば、他人の言葉に振り回されることが減る。
これは、20kg近く痩せた経験から導き出した、私なりの見解です。
今年は始まったばかりですが、始まったばかりだなーと思っていると終わってしまうのが1年。(笑)
理想の自分を手に入れるため、地道に頑張ろうと思います!
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