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スクリーンに映るキャラが日本語を話すだけで感激した日のこと。

先日、ドイツに来てからお世話になっている方と食事をした。
その方が最近、近所で日本人の友人と日本語で映画を観てきたという。



ヨーロッパの都市とUNIQLOとMUJI


我が家の最寄りの都市はドレスデンだ。
ドレスデンはそこそこの都市で、生活に困らないほどには大抵のものは揃っているし、史跡や美術館、クリスマスマーケットなども有名で、生活に不便は感じていない。
強いて言うなら、ドイツ国内外の飛行機移動にほぼ確実にトランジットが必要なことくらいだろうか。
マイナー空港がゆえに、フランクフルトやミュンヘン経由でどこかで行くことが多く、乗り換える分時間がかかるのが難点だけれど、それ以外特に不便は感じていない。

正直、日本で関東近郊に住んでいたときよりも心は穏やかで豊かになっている。
ただ、ユニクロや無印良品はない。
つまり、そのくらいの都市なのだ。


ヨーロッパにお住まいの方はなんとなくわかると思うのだけれど、UNIQLOとMUJIがある都市は、その国でもかなりの主要都市であることが多い。
ベルリンには数店あるし、ハンブルクでも有名な市庁舎脇にある歴史的な建造物にユニクロが出店している。
大理石らしき高級そうな床ときらびやかな装飾の天井。フロアの中心にゴージャスな螺旋階段がある。キラキラした内装に包まれて、ユニクロの服が売られていた。

内観は撮れなかったが、とにかく重厚感がすごいハンブルクのUNIQLO。
ロゴが金色なところにも注目していただきたい

関税や人件費など諸々の事情があるらしく、日本人がユニクロに感じている「コスパのいいお店」という印象は正直あまりない。品質は日本のユニクロと変わらないけれど、価格は日本で買うZARAと同じか、それ以上のファッションブランドという感じがしている。
洗濯してもベロベロになりにくい品質と好みの色が多いという点で、私はこちらに来てもTシャツなどは旅行先で見つけたユニクロや無印良品を利用することが多い。

ちなみに、ドイツ以外で私が最近行ったところだとリヨンとロンドン、バルセロナでもユニクロと無印良品をみかけている。
そんなわけでUNIQLOとMUJIのある都市は、私の中で大都市の証のようになっているのだ。


ドレスデンでも日本語の映画上映がある!

さて、話を戻そう。
そんなわけで、我が家の最寄りの都市であるドレスデンは、地方都市で人口50万人規模の街ではあるけれど、そんなに商業的に栄えている町ではない。
これから半導体メーカーの工場ができるという話もあって、これから町が盛り上がると予測されているけれど、現状のところ中心部を離れると広い畑が広がっているような、のんびりとしたちょうどいい町だ。

それなりの人口はいるので、映画館はいたるところにある。
ただドイツでは日本のように、外国の映画をオリジナル音声のまま現地語(日本語)字幕で見るという文化がない。
これはドイツに限らず欧米全体に言えることだ。映画の対象年齢などは関係なく、現地語でない映画は吹替えをして上映するのが一般的で、字幕上映のほうが稀なのだ。

だから日本と同様、ニッチな映画を扱っても人が集まるような大都市でもない限り、日本語のまま上映なんていう特殊な映画上映はないだろうと諦めていた。
ドイツにいる間に一度は行ってみたいと思うけれど、縁遠い場所のように思っていた。


しかしその日食事をしていた人によると、ドレスデンでは月に1回は各国の映画をオリジナル音声で上映しているという。
そこに日本語の作品も含まれているという話だった。


日本に住んでいるとき、私は年間でかなりの数の映画を映画館で観ていた。
大学時代、「映画好きを語るなら、映画館で年間100本は見ろ」というなかなか強火な映画ファンの先生のもとで授業を受けていたのもあって、年間50本は映画を観て、舞台も毎週1本以上、海外演劇のライブ上映などにも積極的に行くという、エンタメ費に生活費のほとんどを吸われる「エンタメ貧乏生活」をしていたこともあった。
ここ5年ほどはそこまでのことはなかったけれど、でもエンタメに使う時間とお金は、普通の人よりも少し多いと思う。

そんな人間としては、ドレスデンにも日本語の映画上映があると聞いて「なんだって!!!」と立ち上がらずにはいられなかった。(それくらいの衝撃があったが、ギリ座ったままでいられた。大人なので)


食事会の後、帰りのトラムの中で早速映画の情報を調べてみた。
どうやったらオリジナル言語のままの映画を見つけられるかからわからなかったので、四苦八苦していたのだけれど、ある言葉を見つけた。

皆の者、「OmU」をご存知か?


それは「OmU」
「OmU」とは「Originalversion mit Untertiteln」の略だそうで、ざっくり訳すなら「オリジナルバージョン with 字幕」。
つまり、オリジナルの音声のまま(ドイツ語)字幕がついているものをこういうふうに言うらしい。


こんな感じで上映スケジュールのところに小さく「OmU」と書かれている。
(ドレスデンの映画館公式WEBより)

ドイツ国内の場合、字幕はドイツ語となるようなので、ハリウッド映画のOmUは「英語音声 with ドイツ語字幕」となるし、フランス映画のOmUは「フランス語音声 with ドイツ語字幕」となる。

たまに字幕が何語かの補足がついている場合もあって「OmdU」であればドイツ語字幕(deutsche Untertitel)、「OmeU」であれば英語字幕(englische Untertitel)と書かれていることもあるようだった。
ドレスデンの映画館だとハリウッド映画を含むアメリカ映画のOmUが多く、次いでフランス映画のOmUが多いようだった。

日本映画は基本的にアニメーション作品が多く、過去の上映ログを見る限り「鬼滅の刃」とか「竜とそばかすの姫(Bell)」、「犬王」などが上映されているようだった。
あとは海外の映画祭に出品され注目されるような作品が多い。「ドライブ・マイ・カー」とか、最近だと「PERFECT DAYS」とか。
「PERFECT DAYS」は日本・ドイツ合作映画らしいので、ドイツ国内の上映スクリーン数が結構多そうだ。


「Der Junge und der Reiher」


色々調べた結果、私は比較的近い映画館でOmU上映されていた「Der Junge und der Reiher」を観ることにした。これ、何の作品かわかるだろうか?
日本語に直訳すると「少年とサギ」。
このふたりが出てくる最近の作品……と考えると、ピンとくる人が多いと思う。





正解は、宮崎駿監督の最新作「君たちはどう生きるか」
英語のタイトルもドイツ語と同じく「少年とサギ」を意味する「The Boy and the Heron」で、日本語のタイトルを思いっきり変えているところが興味深い。



賛否あるのは知っていたのだけれど、だからこそ観たい。
というかとりあえず日本語の映画をドイツで観たい!!
そんな気持ちで、クレジットカードを全然受け付けてくれないオンライン予約サイトと格闘しつつチケットをゲットした。

ちなみにこれは体感的なドイツあるあるなのだけど、チケットなどをオンラインで予約するほうが、現地で当日購入するよりも高いことがある。
記載内容的に、先に場所をおさえて安心したいという「安心料」として費用がかかっているというより、単純にシステム利用料として料金が上乗せされている感じが強い。
システムを使って予約するのでそりゃそうか、いや、そりゃそうか??と思う部分だ。

現地で言葉が通じずてんやわんやしても嫌なので、当日券よりも1ユーロくらい高いチケットをネットでおさえ、予約した時間の少し前に到着するように、夫とともに映画館へ向かった。


初めての映画館 inドイツ


私の行った映画館は日本のシネマコンプレックスとほとんど変わらない感じで、ポップコーンの香りが漂っていた。
内装も深紅を基調としていて、床にはすこし毛足の長いカーペットが敷かれている。

ただ日本のように、わかりやすくチケット確認をするゲートやスタッフはいなかった。しかもポップコーンなどを売る売店脇すぐにスクリーンが複数並んでいるので、そのままスクリーンに向かってしまったらチケット確認なしにスクリーンに入れてしまいそうな感じだった。

自由な雰囲気だな……と思いながら、私はとりあえず映画を見始める前にトイレへ行くことにした。するとトイレから戻ってきた女性に声をかけられた。

「チケットはある?」
「えっ!?あ、はい」
「チケットをチェックさせて」

どうやらその女性は、映画館のスタッフだったらしい。
身なりはボーダーのTシャツにカジュアルなパンツ姿で、一見映画館のスタッフには見えない。
この映画館には日本のシネコンのような制服はないらしく、もちろん名札などもつけていない。(何故か売店のスタッフだけ揃いのTシャツとキャップをかぶっていた)

急にお客さんからチケットを見せるように言われたのかと思って少し焦ってしまったのだけれど、そんな奇妙なことは起きていなかった。ちょっとホッとした。


スクリーンは既に開場していたので、上映開始10分前くらい入った。
スクリーンや客席の雰囲気も日本のものとほぼ変わらない。若干席が横に広いかな…?という程度だ。

映画のチケットはスクリーンの真ん中の列あたりに少し値段の高いプレミアムシートがあるのは、最近の日本の映画館と変わらない。ただ前の方の列と真ん中あたりの席では値段が1~2ユーロくらい異なっていた。
日本の映画館はプレミアムシートが登場するまで、年齢などによって料金がかわることはあっても、席の位置による価格変動はなかったから、年齢だけでなく席の位置で値段が違うのは理にかなっていると思った。

とはいえ、日本のシネコンのスクリーン数はかなり多いところが多いし、何百人も入るようなスクリーンもあるので、スクリーン全部で値段とエリアを線引したり調整するのは大変そうではある。


私が行ったドイツの映画館。
日本のシネコンの映画館とほぼ同じスクリーンと座席だった

私たちは予約した席に行くと、既に周りもちらほらと席が埋まっていた。
年齢は様々だったけれど、比較的ティーンや大学生くらいの人たちが多かった。
日本風のイラストの入ったTシャツを着た人もいた。ジブリファンや日本のアニメファンなのだろうか。
日本の人らしき風体の人は私たちだけだった。


今まで映画館で感じたことのないドキドキ


映画が始まるまで、ずっと気持ちが落ち着かなかった。
本当に日本語で上映されるのか、信じきれていなかったからだ。

「オリジナル(音声)+ 字幕」という「OmU」の映画を選んだ。
この映画は日本の映画ということもわかっている。


けど、本当に日本語喋ってくれる??
本当に、本当に??


不安になってチケットもWEBサイトも確認した。
大丈夫なはずだ。
なぜか上映開始時間になってもスクリーンに何も映らなくて、気持ちは焦るばかりだった。



そうこうしているうちに、上映開始前に今後上映される映画の予告が入った。


ティモシー・シャラメがドイツ語を話している。
ダコタ・ジョンソンもドイツ語を話している。


圧倒的に上映比率の低いOmUのために、わざわざOmU用の予告編を作るわけがない。
それは分かっているのだけれど、ドイツ語吹替えの予告を見れば見るほど不安になった。


私だけで失敗するならいい。それもいい勉強だ。
一緒に夫を巻き込んでしまったら申し訳ないと思った。


数本の予告編を見た後。
「君たちはどう生きるか」が始まった。
主人公の少年は日本語を話した。



ドイツの映画館で日本語が聞こえてくる。
普段日本語が聞こえてくる自分のスマホやPCからではなく、劇場のスピーカーを通して聞く日本語だ。

まだまだ海外生活初心者の身としては、
それだけでどこか感慨深く、とても安心した。
そしてそれだけのことで、とても感激している私がいた。


日本映画を観た後は日本料理を食べよう!という安直な理由から映画館の近くで探していたお店のお寿司。
日本の方がやっていて、ドレスデンでは希少な本格的なお寿司。
ほかの料理もめちゃくちゃ美味しかった。
このお店との出会いにも大感謝だ

作品については、賛否を言えるほど咀嚼しきれていないというのが正直なところだ。
おそらく映画を見た多くの人と同じように、「君たちはどう生きるか」を読みながら、作品との関係性や登場人物の言動に本の影響などを探している。日本で上映されてしばらく経っているから、考察サイトには既にいろいろな説が載っているのだけれど、自分で考えたり探したりするのが楽しいのだ。


ドイツで映画鑑賞体験を終えて


ただ作品とは別に、ドイツで初めての映画鑑賞は日本で感じたことのない感情のパレードだった。
小さい頃から日本で何百本と映画館で映画を見てきたけれど、こんな不安な気持ちと緊張感を抱えながら上映を待つなんて、今まで経験したことがなかったと思う。
ワクワクや楽しみでドキドキしたことはあっても、思ったものが上映されるかどうかで、こんなにドキドキしたことはない。


今回の映画に限らず、勝手知らぬ国での生活はこんなことの連続だ。
食べたいものがちゃんとでてくるか、乗りたい乗り物がちゃんとくるか。
そんな日本では「あたりまえ」のことがあたりまえじゃない。
言語力の問題もあるけれど、それだけじゃないのだ。
もちろん国民性などの違いで「あたりまえ」とする事柄が違うのもあるのだけれど、日本人の「あたりまえ」の水準が異様に高いのはたしかだと思う。
そんな話も、いつか改めて書きたい。


すでに何年も住んでいる方々からしたら、当たり前のことに何をハラハラしているんだと思われると思う。
多分私ももう少しすると、そう思うときが来るのだろう。
そう思う日と帰国する日、どちらが先かはわからないけれど。
だからこんな気持ちも、ここに残しておこうと思う。


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