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夫婦の写真を撮らせてほしい

お正月に帰省中のある日、両親と海沿いを散歩した。
冬の空と海はきれいに澄んでいて、空気も清々しく気持ちがいい。
海を見ている父の横顔を、何の気なしに写真に撮った。歳をとったな、と思う。
せっかくなので一緒に撮ろうと声をかける。
ひさしぶりの娘とのツーショットに少し照れていたが、素直に隣に並んでくれた。
二カッと笑う私と父を見ながら、シャッターを切る母も笑っていた。

撮り終えた母が、口を尖らせながら言った。
「私も一緒に撮りたい!」
そうか、母も娘との写真がほしいのか、と横に来るのを待っていると、なぜかカメラを渡された。
ん?   ああ、そうか、そっちか。
母は、父とのツーショットが撮りたかったのだ。

夫婦ふたり暮らしだとなかなか一緒に撮れないから、と母はうれしそうだった。
言われてみれば確かにそうだ。
もっと早く気づいてあげればよかった。
せっかく大好きな場所に移住して充実した毎日を送っているんだから、その姿をたくさん撮ってあげよう。
私は滞在中、できるだけふたりの写真を撮ることにした。

庭の花壇の前で。愛車とともに。おまんじゅうを食べながら。
ポーズをとるたびに母は満面の笑顔をつくり、父はだんだん無表情になっていく。
その対比はおもしろかったが、自然な表情もおさめたいと思い、途中からは声をかけずにこっそりケータイで撮ることにした。

ふたり並んで歩く後ろ姿。
空を見上げている父になにか話しかけている母。
おそろいのスニーカーの足元。
台所の母に話しかけにいく父。
昼寝している父の横でみかんを食べる母。
人の視線を意識することなく淡々と過ごす両親を、私は静かに観察し、写真に撮った。
なんてことのない日常の切り取りだが、ふだんの夫婦の暮らしそのままの風景がそこにあった。

“隠し撮りシリーズ”を後から母に見せると、顔がはっきり写っていないほうが老けが目立たなくていいわ、と案外好評だった。
歳をとったわねぇ、なんて嘆きながらも繰り返し見ている。
夫婦の時間をこんな形で残しておくのも、けっこういいことかもしれない。


夕飯時、なにかの流れから父親の年齢の話になった。
歳の割には元気だ、よく食べる、平均寿命なんて余裕で越えそう、などとわいわい話していたら、母が急に涙声になった。
「もし平均寿命通りだったらどうしよう。あと五年しかお父さんと一緒に居られない」
私もきょうだいも、そんな訳ないよと言ってすぐに笑い飛ばした。
笑わないと、泣いてしまいそうだったから。


滞在最後の日、恒例の家族集合写真に加えて、夫婦だけの写真も撮った。
写りが気に入らないと言う母に何回か撮り直しさせられた後、車で駅まで送ってもらい、またねと別れる。
改札に入る手前で振り返り、私を見送るふたりを、最後に撮った。
少し離れているせいだろうか、記憶の中の両親よりもずいぶん小さく見えた。

また、ふたりを撮りに行こう。
次は桜の咲くころかな。
帰省する楽しみがまたひとつ増えた冬だった。


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