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人工知能プロジェクトマネージャー試験対策 - ①:前提理解編 -

こんにちは。
一般社団法人 新技術応用推進基盤 公式note編集局です。
私たちのnoteでは、AI・DX活用や新規事業の創出をテーマとして、技術と市場の両面について情報発信しています。

今回は、当団体が提供している資格試験「人工知能プロジェクトマネージャー試験」について、前提理解の解説を行います。
なお本試験では、合格者像を下記のように定義しています。

AI構築に関する専門知識の全体像を理解し、自身でもAI構築可能な技術的背景を持ちつつ、“組織に成果をもたらせるAI” の構築のために目標を設定し、責任を持ってチームを牽引して、予算、品質、スケジュールの面で計画通りプロジェクトをマネジメントできる人材


近年、あらゆるビジネスでAIが活用されています。
実際、使用してみればAIは便利なもので、また、まだまだその発展性・将来性にも期待できる素晴らしいものです。
しかし一方で、多くのビジネスパーソンは「自身の業務に適切なAIを設計し、実業務を変革・改善する」ことがけっして簡単ではないと実感していることと思います。
人工知能プロジェクトマネージャー試験は、こうしたAIによる変革を引っ張るリーダー人材の為の資格試験です。

本noteでは、人工知能プロジェクトマネージャー試験の学習を始める方向けに、前提理解的な部分を解説した公式テキストの序章部分を公開しています。

AIを使って仕事せよと指示が来て困っている、AIを使いこなしたいが何から本を読んでいけばわからない、そんな方はぜひ参考にして頂ければと思います。

なお、人工知能プロジェクトマネージャー試験は分野A~Gまでの全7分野で構成されています。各分野に加え、はじめに・参考資料リストなど全体を書籍としてお読みになる場合は、公式の電子書籍版をご覧ください。

【ご注意事項】
本noteは、人工知能プロジェクトマネージャー試験 公式テキスト「AIを活用する技術を学ぶ」より、序章部分のみを抜粋し無料公開しているものです。

本書の著作権等の権利は一般社団法人 新技術応用推進基盤および著者にあります。無断で複製、転載、販売、公開等することは、有償・無償に関わらず一切認めておりません。権利が侵害された場合、法律に基づいて処罰される可能性がございます。




序章:前提理解

AIプロジェクトを成功させる人材とは

 いまやどういった産業でも、ビジネスに人工知能(AI)を活用することは当然のことになっています。AIの活用を考えたい、または仕事としてAI活用を考えねばならない人の数は急拡大していると言っていいでしょう。

 しかし、こうしたAIを活用したいすべての方が、AIを自力開発できるわけではないという現実も存在します。なぜならAIの構築には相応の専門的スキルが必要であり、またそのスキルの幅は数学的/統計学的理解からプログラミングの知識、ITシステムの知識、そしてもちろん自身の業務・ビジネス的知識と多岐にわたり、簡単に身に着けられるものではないからです。

 「AIを使いたい人」の数に対して、「AIを活用できる人」の数は限られており、多くの企業は自社のAI開発と運用をするにあたり、採用・育成・外部委託を積極的に行っています。しかしそれでも、経済産業省の試算によれば2030年には日本では12.4万人ものAI人材が足りなくなる(平均シナリオ)と予想されています。

図表1:AI人材の需給ギャップ 経済産業省『IT人材需給に関する調査(概要), 2019年4月』より筆者作図

 また、米国のSplunk社とEnterprise Strategy Group社が日本を含む世界7か国で実施した共同調査『WhatIsYourDataReallyWorth?(データの真の価値とは?)』では、調査結果として『企業のビジネス成果を向上させる能力とデータ活用の成熟度の間に直接的な相関関係がある』と明記されています。実際、本調査の試算によるとデータをより有効に活用している企業は平均約3,820万ドル(総売上高の約12.5%)収益が向上しています。

 企業にとって、やはりデータを活用することの意義は高いと言えます。また本調査では、日本はデータ活用の成熟度がまだ低いとも指摘されており、日本に生きる企業・個人としてはデータ分析やその先にあるAIの効用について、今後の伸びしろは大きいと言えます。

図表2:データ活用による効果 Splunk Inc. & Enterprise Strategy Group『What Is Your Data Really Worth?』より筆者作図

 このように需要の高いAI人材ですが、では国の経済全体を底上げするために、各企業がビジネス的成果をあげるために、そして各個人がキャリアとして高い評価を得るために、どのような「AI人材」像が求められているのでしょうか。

 経済産業省が実施した『戦略的基盤技術高度化・連携支援事業(中小
企業のAI活用促進に関する調査事業)』によれば、AI導入に成功した企
業はわずか3%
と試算されています。

図表3:AI導入に成功した企業の割合 経済産業省『戦略的基盤技術高度化・連携支援事業(中小企業のAI活用促進に関する調査事業)』最終報告より筆者作図

 原因として、経営層の理解不足・資金不足・データ不足・人材不足が挙げられており、とりわけ人材については、経営者のマインドセットと共に「プログラミング知識だけではなく、AIツールを活用した事業変革をリードする人材」の必要性が叫ばれています。
 この聞き取り調査では「導入に成功した企業では、プログラミングスキルを持つ人材だけではなく、物理的な器具の設置も含め業務プロセスを再設計できるスキルを持つ人材が導入を推進している」ことがわかっています。

 プログラミングは必要なスキルではありますが、それだけでは足りず、「AIを使いこなし、業務を変革して成果を生み出せる人材」こそ、求められているAI人材像と言えるでしょう。

なお本調査は日本全国の中小企業360万社への調査であり、大企業の場合は状況が異なることも想定されます。しかし、国際的なIT研究顧問企業であるStandish Groupの研究によれば、「ITプロジェクトは規模が大きく複雑なものになるにつれ成功率は下がる」とされています。
AIも産業構造としてはITと類似する点も多いため、大企業の場合はさらに困難に直面する可能性もあるでしょう。特に、資金・データ量の問題は企業規模でまかなえても、人材の問題の本質は共通であるように思います。

 実際、近年ではプログラミング教室の流行などもあり、「プログラミングできる人材(Pythonのソースコードを書ける人材)」は増えてきました。加えてプログラミング不要のノーコードツールや学習済みモデルが増えてきたこともあって、「誰かに言われた通りAIを作る」だけであれば、2000年代よりも開発コストは劇的に低下しています。

 一方で「AIを使いこなす」側面でいうと、前述の調査の通り、まだまだ改善が必要な状況のように思います。AIプロジェクトを成功に導くには、「AIを企画/検討し、使いこなして、効果を出すまでやりきる」力の上昇が不可欠です。
 AIのユーザー企業にとって、こうした「検討力」を持つ人材はプロジェクトリーダーとして必要な人材となるでしょう。またAIの構築ベンダーやIT・経営コンサルタントにとっても、曖昧な顧客要望を咀嚼し、それを技術要件に落とし込みながらプロジェクトを遂行していけるマネージャーとして重要な人材となります。
 ユーザー企業もベンダー企業も、AIプロジェクトを推進するリーダー
となるべき人材こそ育てていかねばならない人材であると思います。

 一般社団法人新技術応用推進基盤ではこのような考え方に立ち、資格試験「人工知能プロジェクトマネージャー試験」を展開しています。
 人工知能プロジェクトマネージャー試験は、
  ・ AIプロジェクトの企画力/検討力
  ・ AIを開発させる技術/使いこなす技術
  ・ 困難を超えてプロジェクトをやりきる力
 を高めるために必要なスキルを分解し、A~Gの各分野に分類しています。ビジネス的成果を上げるには技術的知見だけでもマネジメントの知見だけでも達成できません。本テキストでは、理系スキルと文系スキルをバランスよく解説し、上記の力を習得できるように記載しています。

 序章では、AIプロジェクトの性質から入り、プロジェクトの進め方の全体像と、これをマネジメントするリーダー(マネージャー)の立場と役割についてまとめています。これはスキルや知見を学ぶ前の心得の部分であり、各分野別の解説のまえに、改めて確認することから本書を始めていければと思います。

 1章では、まず目標を立てる力について解説を行います。
意味のある成果をあげるには向かうべき正しい方向を設定することが始まりであり、ここを間違えてしまえば、どれほど技術的に卓越したエンジニアやベンダーがチームに参画してくれても意味がありません。AIプロジェクトを立ち上げるマネージャーにとって、目標設定能力は必須の力です。

 2~5章では、実際にAIを構築していく際の技術的理解のポイントを解説しています。いくらビジネス的視点が重要と言っても、AIの技術について何も理解がないでは文字通り話になりません。
 本テキストでは、AI構築担当者としてではなく、プロジェクトマネージャーとして必要と考える技術的理解を中心に取り扱っています。ユーザー企業側のリーダーや、ユーザーと折衝しながらチームをマネジメントする立場にあるAI構築ベンダーのマネージャーを想定した学習内容となっています。

 6章では、プロジェクトを遂行していく際に直面する、技術面以外の様々な課題への対応力について解説を行います。とくに規模が大きなプロジェクトになるほど関連する利害関係者は増え、立場の違いからの対立やコミュニケーションエラーも発生しやすくなります。組織上の問題や軋轢を調整し、現実的にプロジェクトを前進させていくのもマネージャーの務めになります。

 最後に7章で、AIプロジェクトの実務を行う際に直面する法的ポイントについても紹介します。もちろん、実際の法律上の解釈についてまでプロジェクトマネージャーは判断する立場にありませんし、何事についても弁護士様/法務部門様と相談するのが正しい態度であります。
 しかし、現場の担当者として「大丈夫かな?」という鼻が利かなければ、そもそも法務確認にまわさずに実施して後々問題となることもないわけではありません。現場を預かる監督者として、実務でありがちな論点については知っておく必要があるでしょう。

 本テキストを基に理解を深め、「AIプロジェクトの企画力/検討力」、「AIを “開発させる技術”・“使いこなす技術”」を習得いただき、資格試験合格に挑戦していただければと思います。




【Column】 AI、データサイエンス、機械学習…言葉の定義

 第三次AIブーム以降、似たような概念を示す様々な言葉が飛び交っています。実際のところバズワードとして曖昧に扱われている場合も多く、少なくとも現在、これらに産官学・一般の方 / 専門家間で共通認識化された明確な定義はないといえます。
 そのため本書でもあえて厳密な使い分けはしておりませんが、業界で一般的に使われることの多い文脈から定義すると、以下のようになるかと思います。

・機械学習
…あるデータに対し、深層学習以外の統計学のアルゴリズムを用いて、予測・分類を行うモデルを作ること
・深層学習(ディープラーニング)
…あるデータに対して、ニューラルネットワーク系のアルゴリズムに誤差逆伝播法というテクニックを使って学習させ、予測・分類を行うモデルを作ること
・データサイエンス
…あるデータに対して分析を行うこと。機械学習や深層学習の場合、モデルが成果物となるが、データサイエンスの場合は分析結果から得られた示唆のレポートなどでも成果物といえる
・人工知能(AI)
…上記の活動を通して得られたモデルや示唆を業務やシステムに組み込み、データから業務に役立つアウトプットを提供できる状態に仕上げた全体像のこと

 データサイエンス的な分析や機械学習 / 深層学習のモデルは、「人工知能を作る」ことの一部であり、それらをシステムや業務内に組み込んで仕事に使うまでが人工知能構築プロジェクトになります。当団体の資格試験はこの考え方に基づき、データサイエンス / 機械学習 / 深層学習の理解である分野B~Dだけでなく、これらをシステムに組み込んで作りきるまでに必要なス
キルを問う形となっています。




AIプロジェクトの性質(特徴)

 基本的にAIはITシステムの中で動作するソフトウェアとして存在しているため、開発・実装・活用のプロセスもITシステム構築プロジェクトのそれと似た部分はあります。会社内でも、AI活用の担当者にはIT畑出身者が抜擢されることも多いと思います。
 そのためプロジェクト運営としての基本的な性質はITでもAIでも類似なものとしつつ、特に違いがあらわれる部分に注目して性質をおさえましょう。

 AIとITの構築プロジェクトの大きな違いは、その試行錯誤の多さにあると言えるのではないでしょうか。AIは与えられたデータに法則性を発見し、その法則性を未知のデータにあてはめることで予測や分類や生成といったアウトプットをだすものです。
 そのため例えば、与えられたデータに本質的に法則がない、法則を表現するに十分なデータがないといった場合、どんな工夫をしてもAIは優れたアウトプットを出すことはできないものです。ここで難しいのは、ではいま私たちの手元にあるデータが「必要十分な量の質の高いデータ」なのか否か、実際に開発を進めてアウトプットの反応を見るまではよくわからないという点です。この意味で、AIはITシステム以上に「作ってみなければわからない」要素が多く、最初から試行錯誤が義務付けられているといえます。

 チームの周囲に十分な理解がないと、この試行錯誤を「手戻り」と見られてしまうことがありますが、試行錯誤と手戻りはまったく異なるものです。もしあなたの周囲が「しっかり要件定義をしたら、あとは粛々と作業を進めていくだけ」という理解となってしまっていたとしたら、IT開発以上に、AI開発の推進は困難になってしまいます。

 AI開発の試行錯誤は、プロトタイピング(≒PoC:ProofofConcept:実証実験)という形でプロセスに現れます。企画や要件定義の後にプロトタイピングを行い、仮説が正しいか否か、実現性はあるのかを確かめ、方針修正を繰り返しながら完成に近づいていきます。
 このプロトタイピングは1回で終わりというものではなく、大抵の場合は複数回の検討ループをまわして、そのたびに評価と方針修正を行います。そしてある程度「腹が決まった」ところで本番の構築に移っていきます。上記の試行錯誤を繰り返すうちにソースコードは荒廃していきますので、プロトタイピングを終えた段階で最終的に必要なコードを確認のうえ破棄し、本番開発で綺麗に清書するという手順をとることもあります。

 思想としてはアジャイル開発やモックアップ開発に近い点もあるかと思いますが、アジャイル開発のように機能ごとに本番環境へリリースしていくわけではなく、またモックアップのように動作しないイメージを作るわけでもありません。文字通りプロトタイプを作る中で要件を確定させていくのがAI開発の特徴です。
 なお、IT開発でもプロトタイプを作ることはありえますが、実際には予算や工数・納期の関係からプロトを作らずに言葉で要件を定義し、ウォーターフォール型の開発を選択する場合も多いように思います。IT開発では「プロトを作るか否か」について選択の余地がありますが、AI開発ではどちらかというと必ずやらなければならないものという位置づけになる点が違いになろうかと思います。
 このような特徴をふまえ、後述するAIプロジェクトの進め方やAIプロジェクトのマネージャーの役割を確認してみてください。




AIプロジェクトの進め方(全体像の理解)

 AI開発のプロセスは何が最適解なのか、様々な意見・考え方があります。ここでは最も代表的な定義の一つと思われる、CRoss-Industry Standard Process for Data Miningの定義をまず理解していきましょう。これはAI開発ではなくデータ分析のプロセスを示したものですが、AI開発の中核であるモデル作成部分については同じ考え方ができると思います。

なお、以降はスクラッチ開発をイメージした説明としています。
近年ではノーコードツールや学習済みモデルの提供も進んでおり、モデルを作る際に必ずゼロからPythonのコードを書かねばならないわけでもなくなりました。しかし下記3点の理由から、(必要に応じてツールを活用しつつも)スクラッチ開発もできる知見の習得のための説明としています。
・独自性あるモノを作りたいというニーズは強いこと
・スクラッチ開発はより幅広なポイントを解説できること
・本質的な考え方等はインプリプロジェクトにおいても共通と思えること

 コンソーシアムの定義によれば、データ分析は「ビジネス課題の理解」→「データの理解」→「データの準備」→「モデル作成」→「評価」→「ビジネス展開」の順に進んでいきます。

図表4:データ分析プロセスの一般的定義 CRoss-Industry Standard Process for Data Miningより筆者作図

ポイントはビジネス課題の理解~評価のプロセスを、ぐるぐると試行錯誤していることです。前項説明のとおり、データ分析でもAI開発でも結果がデータに依存するものは実際にデータを入力してみなければわからないことは多く、こうした試行錯誤は一般的なものとして共通認識化されているかと思います。

 このような認識に立ったうえで、日本のAI開発の現場に合うような言葉でAI開発プロジェクトの全体像を示すなら、下記の図のような進め方になるでしょう。

図表5:一般社団法人 新技術応用推進基盤で用いているAI開発プロセスの定義(筆者作成)

 プロジェクトは、まず手元のビジネスとデータを理解し、何が問題かを分析して目標を構想するところから始まります。
 2010年代のAIブームの際にはよくありがちでしたが、いきなりデータありき・モデルありきでスタートするのは避けるべきです。これをすると目的不在のプロジェクトになりがちかつ、現状に引っ張られすぎて小さくまとまりがちとなってしまいます。まずはビジネス課題の理解から始まり、その課題感に対してデータはどんな答えを与えてくれそうなのかデータの特徴まで理解を深めてから、実際の技術的な構築へと進みます。

 実際の技術的な開発は、まずデータ準備(前処理)を行い、アルゴリズムに投入してモデル作成をして、その評価を行って改善点を探すという順番で進みます。ただこれらは必ずしも順番に行わねばならないものではなく、相互に行ったり来たりしながら進めます。
 モデルを作ったとしてもいきなり十分な精度となることはなく、精度を高めるための仮説を持って試行錯誤していくのは前項まででも説明している通りです。その際、試行錯誤としてはアルゴリズムの変更や設定値の調整だけでなく、データを整理しなおすことから見直すのが通常です。精度向上にはパラメータフィッティングも寄与するのですが、限定的な影響にとどまる場合も少なくなく、学習データそのものの工夫がモデル精度に大きな影響を及ぼすことがあります。そのため、データ準備~評価までの工程は行ったり来たりしながら進めることになるわけです。

 ある程度、精度の向上がサチってきた(限界に近づいてきた)ら、最終的な評価を行います。この時の評価は、モデルの精度的な評価ではなく、このモデルが目標で定義したビジネス的価値に追いついているかで評価していきます。モデルが統計的に有意なものかどうかと、それがビジネスに役立つかは別問題です。例えば、医療業界のAI(正誤が人の生き死にに関わるAI)と在庫管理のAI(多少ずれても、棚卸の際に補正できるAI)では、求められる精度の基準が異なることは明らかです。
 ビジネスとして役に立つかの観点で評価を行い、もしこの段階で役立たないとしたら、もう1度ビジネス理解に立ち戻り、何がどこまでできれば価値を持つのか再考していきます。

 ここまでのサイクルをぐるぐる回しながら、最終的に評価のステップでビジネス価値ありと判断できたら、システム開発(実装・展開)へと進みます。プロトタイピングは試行錯誤のすえに荒廃していますし、最終的に採用した手順を簡潔に行うに最適なコードは別になる可能性もありますので、まずそうした点を整理します。加えて、実際の業務にはAIモデル単品で使用するのではなく、周辺の既存システムと連携した「業務システム」として利用します。既存のデータベース連携や、使いやすい画面表示、その他社内アプリとの連携などを考慮してAIをシステムに組み込んでいかねばなりませんので、こうしたIT的な設計・実装を行います。

 AI開発の中核と言えるのは「企画・立案」と「モデルの開発」の2つのフェーズであることは疑いがありませんが、AIプロジェクトが実際の業務変革という効果を示すのは「システムの開発」まで行えたときです。つまり、既存の商用システムとの連携や使い勝手などが非現実的なモデルを作成しても意味がなく、マネージャーとしては「システムの開発」のフェーズ完了まで見据えた動きが必要になります。




【Column】 アルゴリズムとモデル

 進め方の説明の中で、「データ準備(前処理)を行い、アルゴリズムに投入してモデル作成をして、その評価を行う」と記載しています。研修等では「アルゴリズムとモデルの違いはなんですか?」というご質問を頂くことも多いので、ここで言葉の定義をしておきましょう。

アルゴリズムとは、「(P値や相関係数といった)算出したい値を求めるために必要な計算について、数学的・統計学的に証明された方法であらかじめ用意しておいた計算式の塊」のことです。したがってこれ単体では、「何のデータに対して値を算出したいのか」が入力されていないため、当然、なにかの結果を返してくれるものではありません。
 アルゴリズムにデータを与えて、データの傾向を学習させることでモデル(≒学習済みアルゴリズム)となります。モデルは、自分が学習したデータの傾向から判断して、未知なるデータに対しても予測や分類といった作業ができますので、このモデルは「AI」の中核部分となります。

図表6:データ・アルゴリズム・モデルの関係(筆者作成)

 第2章でお話しますが、統計学者の関心の中心はこのアルゴリズム・レベルの理論であるのに対して、AI開発は他にも多くの要素が成否にかかわります。例えばデータの解釈理論や、実際に膨大なデータをアルゴリズムに矛盾なく低コストで学習させる理論、さらにモデルがITシステム内に存在した時にどう使い勝手良く成立させるかといったものです。
 伝統的な統計学の範囲に対してAIの開発者はより広い範囲に関心を持っている人と言えるのではないかと思います。そのためAI開発者としての勝負所やオリジナリティは、数学的・統計学的知見の深さというよりも、「このビジネスに技術を適用するなら」という視点や視座、応用力にあるとも言える
でしょう。




AIプロジェクトにおけるマネージャーの役割と心得

 ここまで、AIプロジェクトを成功に導く人材として、
  ・ AIプロジェクトの企画力/検討力
  ・ AIを開発させる技術/使いこなす技術
  ・ 困難を超えてプロジェクトをやりきる力
といった能力の必要性を説明し、さらにAIプロジェクトの大枠の開発の流れを示してきました。次章から、いよいよ人工知能プロジェクトマネージャー試験の分野割りに従って具体的なスキルを解説していきますが、その前に、序論の最後としてこれら検討をリードする立場になる「プロジェクトマネージャー」がどんな役割を担うべき人物かについて触れておきます。

 本試験に挑戦する方は実際にこのようなマネージャー/リーダーの立場につくことを目指されているかと思いますので、ぜひ心構えとして一読頂ければと思います。

 まず、ビジネス・プロジェクトをリードするマネージャーの最終的な責任は「プロジェクトを成功させること」につきます。AI導入プロジェクトでもこれは同様であり、AIを作ることは「成功」の一里塚にすぎないことを忘れないでください。
 そのためマネージャーはチームの全員に対して、どの地点に到達することが目標であり、成功であるかを示す必要があります。そして、AIの開発・導入が、その目標と成功にとってどんな意味を持ち、どう重要なのかを説明できなければなりません。これはチーム外の関係者に対しても同様であり、自分たちのチームがどこに向かっていて、それは組織全体にとってどんな意味を持つのかを説明する必要があります。

 もちろん、目標と成功をどこに置くか自体は組織全体で決断することではありますが、マネージャーはチームのリーダーとして、各関係者の曖昧な要望をくみ取り、それを言語化して定義することが期待されています。
 また、定義した成功にたどりつくまでの道のりは多様であり、必ずしも最短距離を全力疾走すればよいものでもありません。多くの登山ルートが想定される中で、「我々の今の状況にとっては」この道で登るのが良さそうと見通しを立てて提案し、暗闇の中、行くべき道を手探りで探していくことになります。そして道のりの途中では、プロジェクトに関係する多くの人間の立場や利害関係、時には人間的な感情まで適切に調整しながら、最終的に満足のいく成果を上げることを求められるのです。

 このような役割を期待されているために、マネージャーには非常に幅広い知見が求められてしまいます。時に無茶と思える要望を受けることもあると思いますが、そもそも、そうした無茶な要望を実現可能なプランに調整・変換させることを期待されている役回りでもあると心得ておきましょう。

 このような役回りをこなすために、人工知能プロジェクトマネージャー試験として必要と考えている心得は3つあります。
 第一に「イノベーションの主体者たること」です。曖昧な要望をAIというモノに落とし込み、これの実現まで導くという一連の仕事はまさにイノベーションを作る作業になります。もしマネージャーを単なる調整役と考えているならば一度そうした認識から脱却しましょう。イノベーションに貢献できないマネージャーは開発現場にとってはコスト的な重りでしかなく、本書の読者様には、自らがイノベーションをリードする人材になることを目指した学習を進めていただきたいと思います。

 第二に「チームを守る盾たること」です。AIプロジェクトでは暗中模索に試行錯誤と、プロジェクト初期の段階で「成果にコミット」することが難しい場面もあります。こうした構造的背景は、チームにとって理不尽な状況を容易に引き起こしてしまいます。例えば、技術職への責任の押し付けや、理不尽な批判、最終よくわからないからもう止めろ、などという状況です。ただ、このどれもプロジェクトにとって生産的なものではないことは明らかです。
 マネージャーはチームの「顔」として関係各所に状況を説明して理解を求め、プロジェクトが立ち往生しないよう、努力をしているチームが無為に責められることのないよう、立ち回ることが期待されています。誰かの陰にかくれて部下のお尻を叩くだけのマネージャーは不要であり、時には矢面に立って戦う覚悟も必要になると思います。

 そして最後に「モノづくりの最終品質責任者」であるということです。製品開発レベルの話であれば、もはやマネージャーの後ろには誰もいません。もちろん、途中途中では相互チェックなど行ってはいますが、最終的には責任者であるマネージャーがOKと言う報告書を出せば、それで上司も部下もよしとして流されてしまう可能性は高いでしょう。現代の企業組織の実態において、実は中間管理職の責任と負担はかなり重いのではないかと思います。
 そのため、計画した作業のスケジュールを粛々と管理しているだけではマネージャーは務まりません。様々な困難に直面する道中において、全体像を見失わずに技術的知見や閃きを提供して、チームを成功に導く存在でなければならないのです。

 「人工知能プロジェクトマネージャー」とはどんな存在であるかの心得を理解したうえで、分野A~分野Gにある、必要なスキルを習得して頂ければと思います。




【Column】 2023年執筆時のAIの実力について

 「人工知能」という日本語の大仰さからか、あるいはSF小説のイメージやシンギュラリティ(AIが人の知性を超える転換点)という言葉が生む不安感からか、ときにAIの実力が過大評価されていると感じる場面に遭遇します。
 特に比較的技術バックグラウンドの少ない方の中には、まるでAIが何でもできる万能なものというイメージで語る方もいらっしゃいます。しかし2023年現在においては、まだまだAIだから何でもできるわけではありません。AIの実像を無視して拡大解釈しないよう、現在のAIの実力についてはきちんと留意しておく必要があります。

 率直に言って、筆者は2023年現在のAIの判断力はまだまだ人を超えたとは考えていません。2012年にGoogle社が公開したいわゆる「キャットペーパー(コンピュータに猫の画像を猫として認識させることに成功した、とされる論文)」を皮切りに、第三次AIブーム、ディープラーニング・ブームが始まりました。このブームの中では、機械が人間の知性を超える!ということも盛んに喧伝されたかと思います。しかしそもそも考えてみれば、当時のAIができた「猫と犬の識別」というものは、「人間にはとても難しい知性」なのでしょうか?街中で見かけた四足歩行動物を猫か犬か識別すことは、専門的訓練を受けた人間しかわからないような難しい判断なのでしょうか。

 当時、シンギュラリティという言葉と共にあたかもすでにAIが人間を超えた知性であるかのように語られるケースもあったように記憶しています。しかしこのキャットペーパーのAIも、なにも人間以上の判断や知性の探索に成功していたわけはなく、猫の分類という単純な事柄においてのみ人間に近い分類能力を持っていたにすぎません。また、そもそもAI=データドリブンな判断ですから、判断元となっているデータにない状況に対しては適切な判断もできません。スケールするという点において人力より圧倒的に優れたポイントがあるにせよ、そのこととSF小説で語られるような「感情や人格を持つ知性」を作れたかはまったく別なものです。

 いわゆる現在の高性能なAIの実力は、「単純化して切り取った一部の事柄についてのみ、人間のような判断を人間と同程度以下の水準でできる」ものであり、人間のような汎用知性を持つAIの開発にはまだまだ時間がかかるでしょう。

 ただし、汎用的なAIについても研究が進んでいることは付記しておきます。Chat GPTで著名なOpen AIは、団体の憲章で汎用AIの開発を目標としています。彼らは近年、巨額の投資を受けており、こうした投資は技術開発の速度をあげていくことになるでしょう。著名なスタートアップに関するデータベースであるCrunchbaseを確認すると、Open AIの調達額を知ることができます。Microsoftから2019年に10億ドル、2023年に100億ドルを調達しており、またThe Wall Street Journalが2023年1月5日に報じるところでは、Open AIの企業価値はいまや290億ドル(約4兆円)と試算されています。汎用AIに関して、いかに市場からの期待が大きいかもわかるかと思います。

 今後、長期的には汎用AIが作られていく方向性にはあると思いますが、一方で、現段階のAIでできること、自社の投資額の範囲で作成可能なAIでできることは、SFの世界とはまだ距離があります。また仮に汎用AIが登場しても、「それを活用して何をするか」を考えるのが人間であることは変わりません。現代のAIでできることや実力を前提として、仕事を進めていきましょう。



ここまでお読みいただきありがとうございます。
本公式noteをきっかけに、AIを仕事で活かせる人間になりたい!と思った方、ご自身のキャリアとしてAIマネージャー、AIコンサルタント、AIプランナーといった道にご関心をお持ちになった方は、ぜひ具体的な各分野についてもご覧いただければ嬉しいです。

公式テキスト「AIを活用する技術を学ぶ」から学習したことが、皆様の日々のお仕事、キャリアに活かせるものであれば幸いです。

また、学習したことの定着やスキル証明の為に、よろしければぜひ資格試験にもチャレンジしてみてください。
人工知能プロジェクトマネージャー試験は、公式サイトからお申込みいただけます。ご自身のPCを使って、ご都合の良い日時・場所でご受験が可能です。

よろしくお願いいたします。