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積み重なった情熱は、いつかきっと解放されるから


 “熱量”を感じられる文章が好きだ。
 あくまでも俺の拙意だが、圧倒的な熱量を感じられる文章には“普段他人に話していなさそうな内容”がとりわけ多いように思える。
 親しい人にも話しづらい経験。黙々と個人的に楽しんでいる趣味。こうして体内に蓄積したものに当人なりの着眼点・感性・拘りが加わり、言語化という形で昇華され、“強い熱量を放つ文章”が産まれるのだろう。
 そうしたテキストに出会えた際の多幸感はたまらない。“積み重ねた情熱が解放される瞬間”など、実生活においては滅多に巡り逢えないのだから。



 しかし裏を返せば、ごく稀にその瞬間に立ち会えることもある。例えば7〜8年前、カラオケで遭遇した出来事──。







  …今や懐かしき院生時代、“研修”という建前の温泉旅行があった。ホテルの会議室で研究発表をした後に宴会と温泉を楽しむ、研究室の面々の親睦を深めるための行事だ。



 宴会の二次会、宴会場でカラオケをすることになった。一人一人順番に曲を入れ、お立ち台の上で歌う。いかにも“二次会”然としたイベントだ。
 徳永英明、松田聖子、サザンオールスターズ...。六十代を迎えた教授たちの世代にも通じそうな持ち歌を、みな思い思いに歌い上げる。俺自身も無難に桑田佳祐を歌い遂げた(と思っている)。



 そのような状況下、俺はとある先輩を気にしていた。
 彼は学生時代から俺と親しくしてくれており、映画・アニメ・ゲーム談義に華を咲かせていた恰幅の良い男性。
 先輩は以前から度々「産まれてから一度もカラオケに行ったことがない」と口にしていた。大学から遠く離れた実家で暮らす先輩は終電を理由に、頻繁にカラオケが行われていた二次会を毎回欠席していたのである。しかし旅先ではその理由が通じず、逃れることができなかったのだろう。


 先輩の手にデンモクが渡った。モニターに映し出された予約曲は、井上大輔氏の「哀 戦士」。先輩は迷わず趣味に走った。


「哀 戦士」は映画「劇場版 機動戦士ガンダムⅡ 哀・戦士編」(1981年公開)のテーマ曲。戦火にさらされた人々の哀しみと愛を歌い上げた、情熱的な歌謡曲だ。
 世代や知名度を考慮すると、決して外した選曲ではない。しかし、猛烈に事故の匂いがする。「初カラオケは大体失敗する」というイメージを持っていたし、そもそも「哀 戦士」はメロディに対する歌詞の量が多くリズムを取りづらい難曲。まあ、事故ったら事故ったで美味しいよなぁ...と邪な考えを抱いた俺は、ハイボールを飲みながら先輩を見守った。



 ──遂に先輩の順番が訪れた。
 イントロの軽快なピアノが流れ出す。それに続いて、お立ち台にどっしりと構えた先輩の声が伴奏に乗る。それは腹の底から響く、堂々とした声だった。音程もリズムも一切外していない。おや?俺の想像と違うな…。
 動揺は徐々に確信へと変化していった。事故など起ころうものか。 上手すぎる!



宴会場は途端にライブ会場へと変貌を遂げた。
曲はヒートアップし、聴衆と先輩のボルテージも上昇する。一番サビ終わりの英語歌詞を滑らかに歌いきった直後、間奏中に拍手が巻き起こった。三十歳程歳離れた教授たちも、心なしか上機嫌だった。
 こうして先輩は一番の勢いを維持したまま突っ走って歌い終え、この日一番の賛辞の喝采を浴びた。



 感嘆を抑えきれなかった俺は、二次会後先輩に声を掛けた。

「何なんすか先輩! 滅茶苦茶上手いじゃないですか!」

「もう十何年も毎日部屋で歌ってっからね」

 酔いの影響か快感の余韻か、先輩は普段以上に朗らかだった。


 冗談めかした回答に対して、俺はどうしても真実味を感じずにはいられなかった。自室で孤独に「哀 戦士」を歌う先輩の姿が、生々しく想像できてしまったから。誰に向けるつもりもない情熱が長年磨かれ続け、強制カラオケでようやく結実したのだろう。そこに自己顕示欲などは微塵も無い。ただ“好き”という感情で積み重ねた行為が、俺の胸を打ったのだ。







 先輩が唄った「哀 戦士」と同等の感動を、皆様の投稿から感じることがある。そして、“自分の文章もそうでありたい”と常々願っている。題材や感情の喜怒哀楽バリエーションは問わず、人の魂を震わせる文章が書けたなら、これ以上の喜びはない。
 積み重なった情熱は、いつかきっと解放される。そんなちっぽけな幻想を、俺は信じ続けていたい。

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