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幸せについて語る〜前編〜

この話は、私が「不幸」に浸ってるとか言う話でも無いし、ネガティヴに捉えているわけでも無い。

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「幸せ」と言う言葉に興味はない。
「幸せ」と言う名のモノにも興味がない。

あまり強い言葉を使いたくないから「はぐらかす」けれど、嫌いという方向性に近いと感じる。

それは私の生い立ちなのか、性格なのか
先天的なのか、後天的なのか
何によるものかは、全く不明。

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世の中には「幸せ」という言葉が、無限に広がっている。

この言葉は「主観」でしかないと、
誰もがわかっているはずなのに。

幸せになりたい
幸せになる方法
幸せになりましょう
等々。

「主観」であるはずの「幸せ」が、
なぜ他人に教わり教えられ共有したい、
と思うのだろう。

実はこの「幸せ」は、
「主観」でなく「共通認識」の元にある
とさえ思う。

では「幸せ」の共通認識とは何だろう。
お金/愛/健康/人間関係
これらがあれば幸せだろうか

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「不幸」から「幸せ」までのゲージは、
人によってバラバラだ。

水を飲めるだけで幸せ
生きているだけで幸せ

この感じ方であれば、
ほとんどのことが「幸せ」に感じる。
しかしそれでは、「欲」が満たされない。

そう、人間には「欲」が必要であり、
「欲」によって人生が左右される。

その上限のない「欲」を、
「幸せ」と言う感情の蓋で締めているのかもしれない。

蓋がなければ、
「欲」があふれ出す。

つづく

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