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進化する暮らし



しみる。


思わず口からでた。
言わないではいられないくらいに、しみた。


【けっこうきつめな10月のスタートになった】


手元のメモ帳にそうある。


KOKUYOの測量野帳。美しい。黒い革のカバーを専用にオーダーして、好きな言葉を3つ印字していただいた。9年愛用しているほぼ日手帳にも黒い革のカバーをかけているので、おそろいみたいでそれぞれにとても気に入っている。


【ある意味きょう美容室の予約を入れてよかったし、きょう星野源さんの『命の車窓から』を読んで本当によかったと思う。アップダウンとにかく激しい。アップダウンとにかく激しい。】


メモはこのように続いている。
書いたときのことを覚えている。この日は正午から美容室に出かけ、そのあとにコーヒーをのみながらこれを書いた。しんどかった。毎日毎日、ネガとポジが秒ごとに行き来する。消耗していた。


たった3週間前のこと。これほどメンタルが切迫していたことがずいぶん遠い記憶だと感じられるほどに、ここ数日の私はおだやかだ。


朝8時半に父と家を出た。
大きな書店に入っているドーナツショップまで車で送ってもらう。やや早く到着してしまい、店の外で少しだけ待った。書店は開店前から多くのお客さんが並んでいる。いつも。雨降りでも。


開店と同時に一番客に。
熱いコーヒーをすする。しみる。


今、私はひとり。
快適で大好きな場所で、自分の時間を満喫している。ときどき常連さんとあいさつを交わす。父は父で、選挙の不在者投票に出かけると言っていた。


いっしょに暮らして3ヶ月あまり。
それぞれに自分の時間を過ごすことが叶っている。こんな時間をもつことは、もっとずっとずっと先のことだと思っていたのに。父も私も、日々少しずつ進化を遂げている。


変化していく目の前のことや言葉にならないなにかを、たくさんの味方や武器を得て無事に越えてきた。これからもその連続だ。しばらくは。


まずは小休止。安堵とか寒さとか、そういったもののひとつずつも、今朝のコーヒーをよりいっそう美味しくしてくれた。本当にしみた。







今朝、父はめずらしく起きるのが遅かった。
いつも私が台所に立つ時間には起きていて、ニュースを眺めたり、ストーブの前で横になってぬくぬくとまた眠っていることもあるけれど、今朝はまだふとんの中だった。


父は寝言がすごい。そのときどきにもよるが、寝言などというレベルではないほどはっきりと話す。もしも玄関先にお客さんが来て父の姿が見えなければ、起きてふつうに会話をしていると誰ひとり疑わない自信がある。そのくらいしっかりと話し続けるのだ。


喜怒哀楽も激しい。笑ったり泣いたり怒ったり。そもそも地声が大きい。真夜中に父の絶叫寝言で起こされることもたびたびある。亡くなった母とケンカをしていたり、子供たちの名前を呼ぶこともある。そういうときは兄や弟の名前ばかりで、姉や私の名前を口にするのは聞いたことがない。


これも不思議なことに、ゆめの中でヤクザになっていることがかなり頻繁にあり、数千万から億単位のお金のやり取りをしている。眠っているときは脳が記憶の整理をしたり、潜在的な願望がでてくると本で読んだことがある。私の記憶にあるかぎり、父がヤクザだったことはない。



知らなかった。そんなアウトレイジな願望が父にあるとは。これはいかん。藤井道人監督、綾野剛さん主演の映画『ヤクザと家族』をいっしょに鑑賞して、ヤクザとして生きることがこの現代においてどれほど困難なことか、父に説得しなければならなくなった。いろんな意味で手のかかる高齢者だ。


今朝の父はヤクザではなく、学校の先生か講師らしきことをやっていた。多くの生徒さんに向かって(みなさん、と言っていた)なにかの道具の使い方を指導しているようで、録音しておきたいと思うほどずいぶん長々いろいろと説明した末に、


「それぞれのやり方でやってください」


と言った。
指導される側が一番混乱するやつだ。


「完璧にやっても100%にはなりません」


だそうだ。



ゆめの内容や寝言について、目覚めたときの父には一切記憶がない。本人に記憶はないが、近くにいる私は聞いている。それはつまり、目に見えないなにかからの、私へのメッセージではないのか? 最近そう考えるようになってちょっとおもしろい。


夕方にはまた父が迎えに来る。冬のコートや手袋の下見をする。そのあとは父の大好きなお寿司を食べに行く予定だ。年が明けて、私が自動車の免許をとるまではまだこんなふうに送迎が続く。


なにはともあれ、いつもありがとう。
健康で、なるべくご機嫌でいてね。
真夜中の絶叫はひかえてね。マジで頼むね。




74歳の誕生日おめでとう。
父さん。



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