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#エッセイ 記事まとめ

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noteに投稿されたエッセイをまとめていきます。
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#小説

男が玄関に入ってきて悲鳴を上げた話

引っ越し当初、まだエアコンを設置していない寒い部屋で私と母は凍えていた。 なんとか耳だけはいつもの防寒対策で暖かくできたのだが、部屋自体は寒く電気ストーブなどで寒さを凌ごうとしたがどうにもならず、暖をとるため当時飼っていた犬の取り合いにまで発展した。 人間のあまりの愚かさに嫌気がさしたのが、犬は深いため息を吐くと自分の小屋に入ってしまった。 愛犬に見捨てられてしまった……と、悲しみに暮れた私たちは 「各々自分の部屋で毛布にくるまろう」 とリビングで解散し、のろのろと

じいちゃんと、一生の後悔。

 大好きなじいちゃんがガンを患ったと知ったのは、暑い夏の日だったか。  日直係の元気の良い号令の後に続いて、口パクのさようならを言う。4年生になってからは、帰りの会が終わるとひとりで帰ることが多くなった。いわゆる「思春期」の前段階に突入していたらしく、先生、親、それまで仲の良かった友達にまで、理由もなくとがった態度を取るようになった。代わりに、スクールカーストの上の階層に位置していた、少しやんちゃな子たちと仲良くするようになった。何をするにもやる気が出ず、かと思えばすぐに感

玄鳥至

「あーーー、腰が…」 去っていくバスの駆動音を聞きながらキャリーケースから手を離し、ぐっと両手を空に向かって伸ばす。 鈍い音が節々でなっているのを無視して脱力すれば、先ほどよりかは幾分軽くなった体。 首を回すついでに辺りを窺うが、時が止まっているのではないかと思う程に記憶の中の風景と相違ない。 錆ついた看板の精米機、色あせたポスターの張られた美容室、崩れないのが不思議なほど朽ちている野菜の無人販売所。 砂利道にキャリーの足をとられながら何とか歩き続けていると、ようやく実

お金を使って楽しむことに罪悪感をおぼえていた私へ

25才の1月。 社畜だった私は新卒で勤めた会社を辞め、次の仕事につくまでの間に、なんとなく台湾に遊びに行くことにした。 次の仕事や将来の目標も、何も決まっていない。 お先真っ暗とはまさに今である。 ただ「どうせならゆっくりすれば」という母の助言と、なけなしの退職金が台湾への往復航空券代とぴったりだったから、行ってみることにしただけ。 そんな適当な決断だった。 台湾は、一般的にどういう理解がされている国なんだろうか。 私は何も知らなかった。 例えば、台湾ではコインのよ

地球は自転し回ってる、いつまでも

 半年ぶりくらいに、いつもお願いしているカメラ屋さんを訪れて以前預けていたフィルムの現像を取りに行った。ついでと思ってフィルムを8本預けたら、なんと諭吉さんが一枚吹いて消えた。突然のことすぎて、声を出す暇もなかった。久しぶりに現像に出しに行って忘れていたが、こんなに現像するのにお金がかかったんだっけ?と若干震える手でクレジットカードを差し出す。 *  緊急事態宣言だから、と自分に言い聞かせてこのところフィルム現像を取りに行くことをサボっていた。昔は少なくとも1ヶ月に1回く

ごろつきと花屋

 3月の第3土曜日。  目を覚ますと頭がかち割れそうな痛みに襲われた。  「うう…」  枕に顔をぐりぐりと押し付けて、少しでも痛みを分散させようともがく。  しかし、そんなことで痛みが和らぐわけもなく、カーテンの隙間から近所の子供たちの笑い声が駆け抜けていった。  土曜日は正直である。  無理はしていないと自分にどれだけ言い聞かせても、平日の疲れはしっかりとやってくる。  その疲れが私の場合、頭痛としてよく症状に表れた。  時計を見ると、もう14時近い。    流石にま

綺麗になったねと爺さんが婆さんへ

 九月の仮決算から二ヶ月が経つというのに、心身の疲労が全く抜けなかった。  帰宅の電車ではスマホを見る気力もなく、呆然と外を眺めるばかりである。  家に帰るとすぐに自分の部屋に飛び込み、電気を消した。  そして夜明け前に目を覚ますと、同棲中の彼女が作ってくれた晩御飯をレンジで温め直して食べる。  そんな日をずっと繰り返していた。  「今度、温泉でも行こうよ」  憔悴した私の様子を見かねた彼女は色々と提案をしてくれた。  でも、どれもなんだがひどく億劫で、私は曖昧な返事をして

「成熟してるというのは責任を取ろうとする態度じゃないか」の話

 未熟なのと成熟なのって、どう違うんだろう。果物だとなんか見た目で分かる。青々して固い感じか、ちょっとやわらかくて熟れた匂いがしているとかだ。  デンマークのコペンハーゲンにあるアートコレクターさんの自宅に話を聞きに来ていた。誰かより優っているとか誰かより劣っているとか、本当は考えたくないのに、優ろうとして頑張りすぎたり、劣っていると思って落ち込んだり。私たちは老人が出してくれた紅茶とクッキーを味わいながら、優劣についての話をしいていた。  どうしたら優劣の考え方から抜け

クリープハイプ 「ごめんなさい」

ドラマ「半沢直樹」が予定よりも撮影スケジュールが押し、一週休みになったことを生放送で主演の堺雅人が必死に謝っている。毎週、ほぼ無料に近い媒体であるテレビで、あんなにも素晴らしく面白いものを見させてくれているのだから謝らなくていいのに。 小田急線が今日も遅れた。10分程度の遅れで、各駅停車に関しては元々10分置きに走っているから、同じような時間に乗ることができたし、到着時間も変わらなかった。だけれど、ホームでも車内でも駅員さんが丁寧にお詫びの言葉をアナウンスしている。私は、す

she loves you

出会いはありふれたものだった。 友人になんとなく誘われた日帰りドライブ旅行のLINEグループの中に、彼女はいた。 誰に撮ってもらったか分からない、寂しげな表情の横顔アイコンに何故か惹かれた。 前日の夜、集合場所や時間のやり取りの時、彼女の選ぶ一つ一つの言葉遣いが好きだと感じた。 まだ会ってもいない、声も聞いていない相手に、僕の心は揺れていた。 旅行当日、友人が運転する車に同乗して、彼女はやって来た。 車のドアを開けた時に合った眼差し、肩より少し長い髪、細く白い指先に塗られ

もう誰もいない写真を眺める

 仕事で電器屋の婆さんの店に行った時の話である。  長かった梅雨が終わりを告げたと同時に、遅れた夏が猛スピードでやってきた8月。  白い太陽に肌は焼けつき、どこまでも続くアスファルトは熱気で揺れて、眩暈がした。    ピロピロリン。    自動ドアが開くと、店内から涼しい風が心地よく流れ、疲れた身体が息を吹き返していく。  私以外は誰もいないようで、店内は扇風機の回る音だけが響いていた。  小さいけど白を基調とした清潔感のある内装。  過不足なく揃えられた電化製品はこれまでの

きれいなひとみ

「いつまで寝てるの〜!」 2020年7月25日、4連休中の昼下がり。ソファの上に、肩をゆすっても地蔵さながらびくともしない夫がいた。 すやすやと眠り続ける様子はまるで眠り姫のようで、潔くすらある。登山やキャンプを愛するアウトドア派の夫にとって、外出自粛はかなりこたえるのだ。生気を吸いとられてしまったらしい。わたしまで呼応して、死んだ魚の目になっちゃいそう。 しかし、夏の部屋はいい。風に揺れるカーテン、蚊取り線香のにおい、くるくる回る扇風機の羽、炭酸水の泡がしゅわっと消える

【小説】冷蔵庫のシュークリーム

もうダメだ、と思う。 そんな風に思ってしまう自分の弱さに、嫌気がさす。 コーヒーを淹れて、 パソコンの前に座って、 BGMを変えて、 煙草に火をつけるのを、何度も繰り返した。 机に突っ伏して目を閉じてみたけれど、 気分転換どころか、不安ばかりが押し寄せてきてしまう。 「なにか、食べよう」 調子が悪いときは、言葉を発するといい。そんな気がしていた。 何かを「思う」のではなく、「口にする」と、なんだかできるような気がしてくる。 自分を誤魔化せるチカラが、上がっていくような

「表現力」って何ですか?|王谷 晶

はい、というわけで先月の宣告通り一年の半分が終わってしまったわけでございますが皆様いかがお過ごしでっか? 王谷晶である。 今年の上半期はとにかく全国、いやさ全世界的にいろいろなことが起こった。まだ収束していないウイルス問題、それに引っ張られるように各地で可視化された社会問題について、フィクション・ノンフィクション問わず大量のテキストが生み出されていくだろう。 こういう、大きなイシューについていろんな書き手が喧々諤々と作品を書いていくときに、諸君にぜひ注視してほしいポイント