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【小説】冷蔵庫のシュークリーム

もうダメだ、と思う。
そんな風に思ってしまう自分の弱さに、嫌気がさす。

コーヒーを淹れて、
パソコンの前に座って、
BGMを変えて、
煙草に火をつけるのを、何度も繰り返した。

机に突っ伏して目を閉じてみたけれど、
気分転換どころか、不安ばかりが押し寄せてきてしまう。

「なにか、食べよう」

調子が悪いときは、言葉を発するといい。そんな気がしていた。
何かを「思う」のではなく、「口にする」と、なんだかできるような気がしてくる。
自分を誤魔化せるチカラが、上がっていくような錯覚を起こす。


お腹は空いていなかった。
でも、朝起きた時点でシャワーも浴びて、コーヒーも淹れて、掃除もして、煙草を何度も吸って、昼寝もうまくいかないとしたら、食べることくらいしか思いつかなかった。

『冷蔵庫に、シュークリームがあるよ』

メモに気づいたのは、そのときだった。
冷蔵庫の取っ手の部分に、ふざけたイラストと一緒に、付箋が貼ってある。
あいつの仕業だ。
朝方出ていった、あいつの

見慣れた字なのに、見る機会の減った筆跡だった。
学生の頃みたいに、ノートを交換することはなくなった。
でもよく見た、あいつの字だった。
イラストもふざけているが、筆跡そのものにも、なんだか「おきらくさ」みたいなものが、滲み出ている。
そういうやつだった。
ふらふら、ふわふわして、へらへらして
掴みどころがない、と思わせてくる。

それなのに、こっちの心臓を掴み取ってくるから腹が立つ。
このシュークリームは、あいつが自分自身のために買った、残り物かもしれない。

それでも、『お疲れさま』と書かれた文字に、安堵してしまう。


在宅での仕事時間が増えて、公私の切り分けがうまくできなくなってしまった。
ということに、あいつも気がついていたのだろうか。
もともと、仕事をするための部屋なんか用意されていなかった。
「当たり前」が姿かたちを変えて、毎日襲いかかってくる。
昨日とは違う問題が今日、また降り掛かってくる。その繰り返しだった。

「まあ、いっか!」

少し、大きな声を出した。

問題が山積みだろうと、
上手に集中することができなかろうと、
このシュークリームが、もともと誰のものだったかも
あんまり大きな問題ではない。

冷蔵庫の上には『付箋の余り、使いたまえ!』というメモつきの付箋が大量に残されていた。
これもどうせ「かわいいやつ買い過ぎちゃった」なんてことなんだろうけど、
ここはもう前向きに「紙に書いて、整理すれば片付くよ」と贈られたメッセージだということにする。


少しだけ窓を開けて、外の景色を見る。
ふわふわとあまいシュークリームは、いつでも味方になってくれる。
どれだけ、掴みどころがなくても。
どれほど、儚い食べ物だとしても。

残りのコーヒーを飲み干し「よし!」と声を挙げる。

まずは問題を書き出そう。
もしかしたらいくつかは問題ではないかもしれないし、既に片付いているものもあるかもしれない。


さきほどより、少しかろやかな足取りで、
パソコンの前に、もう一度向かってみようと思えた。


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