中馬さりの
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noteで運営中の#文芸誌sugomori に寄稿したミステリー小説から、御剣探偵シリーズをまとめました。
人との関わりで"わたし"が変化する、そんなワンシーンを切りとったフィクションの詰め合わせです。
「可愛いだけじゃ生きていけない。賢くないと苦労するよ」 女手ひとつで私たち兄弟を育てた母の口癖。 この言葉をくりかえし聞かされたおかげで、大都会東京で出現しがちなヤバいおじさんの 「可愛いね、愛人にならない? 仕事あげるよ」 なんて誘いにのることもなく20代後半まで到達できた。 同時に、大好きな彼氏から専業主婦になってほしいと甘くささやかれても 「不安すぎるわ! 私も稼ぐ力を身につけます」 と、つっぱねてしまう損な性格にもなった。 この言葉は私にとって呪いであ
25才の1月。 社畜だった私は新卒で勤めた会社を辞め、次の仕事につくまでの間に、なんとなく台湾に遊びに行くことにした。 次の仕事や将来の目標も、何も決まっていない。 お先真っ暗とはまさに今である。 ただ「どうせならゆっくりすれば」という母の助言と、なけなしの退職金が台湾への往復航空券代とぴったりだったから、行ってみることにしただけ。 そんな適当な決断だった。 台湾は、一般的にどういう理解がされている国なんだろうか。 私は何も知らなかった。 例えば、台湾ではコインのよ
会社が力を入れている企画がひと段落した金曜日。 いつもの飲み屋で祝杯をあげていた。 今期で定年退職を迎える部長と、入社6年目の私。そして1年前に入社した山下君。このメンバーでのプロジェクトも何度目だろうか。 だからこそいつも明るい山下君が 「とんでもないことをしちゃったんです」 と切りだした時は何事かと思った。 「今日、出社中の電車で女子高校生が痴漢されていたように見えたんです。 でも出社時間もあるし確信もないから声をかけられなくて。俺、ああいうの初めてみました
6月某日。 半袖のシャツがぴったりな日、氷がたくさん入ったカフェオレを飲みながら親友の離婚報告を聞いていた。 「男は浮気をするもので、いい妻はそれを黙って見逃すものなのかな」 ランチタイムがおわる頃、彼女が言った。 恋愛に限らず "〇〇はこういうもの論" は、なんとなくの共通認識として話題になる。 だからこそ、外れたもの ―― 例えば白馬にのった王子様、残業のない会社、すべてを許し愛してくれる女性など ―― は夢物語のように笑われがちだ。 ただ、そういう場面に出く