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小説

56
シリーズものでない小説はここです。
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#不思議

みどりちゃん u6

みどりちゃん u6

 ・・・・・・

 わたしが目を覚ますと、やはりもう兄は部屋をでていて、そこには誰もいなかった。

 わたしは歯磨きだけをして、服を着かえるとそのままもう家を出ることにした。

 わたしは何も持たず玄関まできて、靴を履くために座った。

 わたしの靴をとって足をいれたそのとき、ガチャリと目の前で扉がひらいた。外のほうが明るいようで、そこに立つ謎謎くんは光に溶けてとっさには見えずらかった。

「謎謎

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みどりちゃん u5

みどりちゃん u5

 わたしたちは、海へ到着した。

 海とは云い条、砂浜ではなく港である。わたしはどっちも好きだけれど、兄は港の方が好きなのである。なぜなら、ほら静かにすると聞こえてくるでしょう。波が港のわきにぶつかって とぽん とぽん どぽん となる音が。これが耳に響いて心地よいのだそうだ。

 わたしたちは鎖をまたいでコンクリートの岸に足をさげて座った。

 きょうは早朝に水族館へ、それから両親の家を出てこの町

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みどりちゃん u4

みどりちゃん u4

 空調の音が耳にはいった。

 また目が覚めて、今度は清潔な図書館のベンチに寝ているのに気づいたとき、果たしてこの頭にあるおぼろげな恐ろしい映像は本当かどうかと疑った。ここはどこかというと、わたしは知っている。わたしがはじめて謎謎くんとあったところである。馬鹿みたいな言い方をすると、謎謎くんとはじめましてをした場所である。けれど、謎謎くんもいなければ、丸植さんの笑い声もしなかった。

 しかしすぐ

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みどりちゃん u3

みどりちゃん u3

 さあ、それから丸植さんは、廊下へ一度はけると、そこからテーブルを引っ張ってきた。安そうな、骨の細い、不安定なテーブルである。彼はそのテーブルの方を確認することもなく、片手で引っ張りながら歩いてきた。とても雑な引き方で、テーブルの足は砂とこすれて雑音をならした。

「こういうドラマチックな仕掛けを……計画していたわけじゃあないですけれど……やっぱり楽しいですね。えへへ。タキさん、あなた不思議がって

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みどりちゃん u2

みどりちゃん u2

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「ん、起きたかな」

 と、目が覚めたわたしの頭は、コップの中のようであって、そこに声はくぐもった音で聞こえたのであった。

「ごめんね、でもね、こっちもこのまえ思いついて、いま突貫で動いているんだ。だから、ああいう短絡的な行動にまかせるしかなかったんだよ」

 丸植さん……、泥の残る意識で、わたしはこの聞き覚えのある声の正体を探り当てた。

「おお、気がついたね、山下さん、久しぶ

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みどりちゃん u1

みどりちゃん u1

『ウサギ』

 わたしは兄から合鍵を受け取っていたので、マンションへはそのまま入ることができた。兄の部屋は一階の一番奥である。最奥というやつだ。塞翁が馬、というのは、人生なにが起こるかわからないという古事成語であるが、たしかに、わたしが兄の部屋のチャイムを鳴らすと、知らない女の人が扉をあけて出てきた。目が合って固まる二人の間に、「てん、てん、てん」という効果音がどこからか流れた。

「あの、あおと

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みどりちゃん t6

みどりちゃん t6

「ねえ、みどりちゃんには、恋人みたいな人はいるの?」

「いないよ。しずくちゃんにはいるの?」

 聞き返すと彼女は照れたように首を傾けた。

「ぼくにはいるよ」とひっつき虫が云う。「ぼくのとなりにいたジェシカちゃんだ」

「あら、そんな風に名前がついてるの?」としずくちゃんが聞く。

「そりゃあね、ぼくだってなまえがあるさ。ぼくのなまえはリアン」

「かっこいい名前ね」

「うん」

「それでそ

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みどりちゃん t4

みどりちゃん t4

 ・・・・・・

 それからの数日間、わたしは何もせずにすごした。ハンバーグをちびちび食べたり、水を飲んだりの昼なかがいつともなく過ぎ、というより実は昼間は寝てしまっていて、午後にもいたるころに起き出し、夜中をテレビなんかを見てすごすことに費やしていた。

 母はそんなわたしを心配して声をかけたが、母や父の前では、できるだけ明るく振る舞っていたわたしであった。けれど、そのわたしの心についた闇という

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みどりちゃん t2

みどりちゃん t2

 久しぶりに街を歩く。

 ここへ帰ってきてから「久しぶり」「久しぶり」とばかり云っているが、本当に久しぶりなのだから許してもらいたい。散歩についてであるが、わたしは、とりあえず近場をぐるりと周り、変わらない路と家並みや国道沿いをみると、それには満足して電車に乗った。今度はどこを行こう。とりあえず、数駅いってみることにします。と何らの計算もなく乗った電車の吊り革にぶらさがって、移り変わる景色を眺め

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みどりちゃん t1

みどりちゃん t1

『トリケラトプス』

 わたしのへやは昔と何も変わりなかった。

 離れていた時間の分のホコリが覆っていたりもしていない。両親がきれいにしていてくれたのだ。お気に入りの車みたいに。関係ないけれど、コーラってお好み焼きの味がすると思う。サーモンは食パンの味がする。

 とまあ、そんな余談はさておき、わたしはノートを開いて、またおためし小説を書いた。短い話。かつ今回は男の子を主人公にしてみた。けれど、

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みどりちゃん p20

みどりちゃん p20

 ・・・・・・

 きょうはデートの日である。格好つけてデートなんて云ってみたが、正しくいえばギンジくんとの約束の日。(約束の日、という方が格好つけて聞こえるかしらん)

 それとみてください、この動かない動かせない部屋と、倒れた兄。ここに説明を付け加えると、わたしは兄を殺したのではなくて、明日、引っ越しがあるので、それに向けて兄は朝まだ日の昇らないうちから部屋を整理していたのだ。それで倒れてしま

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みどりちゃん p19

みどりちゃん p19

 ・・・・・・

 雨が降っている。

 体が痛い。眠れなかったせいだろうか、首から背中にかけて凝っているように、縮んで固まっている。あぐらをかいて、ボーッとしてから、背中を伸ばすように首を垂れて頭を下へ引っ張る。すると気持ちが悪くなった。

 ほんの少しだけ眠った。

 きょうも抹茶屋へ行かなくてはならない。けれど、時計を見ると、もうとっくに遅れていた。

 ほんとうに自死してしまうかもしれない

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みどりちゃん p18

みどりちゃん p18

 朝から丸植さんと一緒であった。わたしがまだ開店準備を終わらない前に、彼は静かにやってきた。気がつくともうエプロンをつけ、わたしの後ろに立っていた。

「ここのバイトはどれくらい?」

 と彼は聞いた。例の如くわたしは慌てるのだが、ここで一旦落ち着くことにした。右見てライト、左見てレフト。ふっと一息吸って、聞かれたことに一生懸命言葉で返すことをまず心に決めた。

「あんまり……」

「長くないのか

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みどりちゃん p17

みどりちゃん p17

 みなさんディー・エヌ・エーってご存知ですか。遺伝子つらなる螺旋の機械。わたしのからだの隅々に、そう云うものがひとつひとつあって、それぞれがものを考えているとしたら、わたしのからだはひとつの遺伝子です。わたしは湯船をかき混ぜた。湯流が腹に当たって、ふわっと熱を伝える。そういうものもすべてこの白い腹で考えて、それが頭に届けられるのでしょう。けれど、そういう考えが起こったら、こんどは、わたしの中に『人

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