砂糖細工のように端正なレトリック。「ふるさとの菓子」。#レトリカル食レポ
ひれふすべき言葉選びの冴え
ふくよかで可愛らしく濃やかに綴られた言葉の向こう側、目を細め
口元ほころばせる俳人、中村汀女さんの姿が浮かぶ。
「二人静」から「月世界」、「文旦漬」へ、頁をめくるほどにつぎから
つぎと目に飛び込むのは、一様に甘い衣をまとった
“ふるさとの菓子”である。
その一つひとつを、汀女さんならではの日本語が、きらきらと、さらさらと活写し、菓子の横顔を可愛らしく切りとって差しだしてくれる。
そんな菓子たちとの一会、一会に、姿形や滋味をじんわりと想像しつつ
読み進むうち、まぁおいしそう、なんて、こちらも目を細める。
そして、何よりもその巧みな言葉操りの芸当に唸らされる。
菓子と汀女さんとの間柄はまた、それぞれ。土産物にいただいたもの、
お友だちへのご贈答、もちろんご自分のお気に入りなど。まさに砂糖細工を思わせる繊細さで菓子を案内する間に、そっとはさまれるそんな人々の
逸話や菓子の縁起に、文の調子はなおはずむ。
かつ、この本が世に出た1955年、昭和30年のころの日本人の暮らしを、
あたかも小津の映画のように素朴なさりげなさで浮かび上がらせる。
平成の幕切れに、かつての明治の座に就いた昭和の人々の姿を。
怖れ多くも中村汀女に、挑む
ひょっこり
包み紙に「大和 鶴舞の里」とあるのは、鶴間というこの地の語源から
取られた由。
壇ノ浦の合戦の昔、兄頼朝の怒りにふれた源義経は、仕方なく京都へと
引き返す。ある日、夕暮れの空に一羽の鶴の姿を見つけ、鶴舞の里と
名づけたのが転じ、大和市にあるこの地に鶴間の名が与えられた。
ご近所の方に教えていただき、早速買い求めたそのまんじゅうは、
白いチョコで薄化粧され、表面に浮かぶ鶴の姿はまさに日本画の冬景色の
よう。ひと口かじると、チョコが練りこまれた生地に黄身餡の黄色が
日向のようにあたたかい。さらに、しっとりとした生地と白い薄化粧の
ほろりとした固さが、スタカートの如く食感をくすぐる。
食べ終えて、「ひょっこり」という名の由来を訊き忘れたと、気づく。
春近し 帰り支度で 鶴多忙
もちろん汀女さんには及ぶべくもないが、ご近所の和菓子屋さんの
オリジナル銘菓を綴ったのがこの一文。
本書は、一頁一菓子なので長さはおよそこの程度、題名に菓子の名を
そのまま置き、俳句が一句、隠し味のように添えられる。
残念なことに、この菓子はもうない。だからこの文は体裁を伝えるための
遊び半分の戯言と忘れていただき、ぜひ本物を手に取っていただきたい。
原文からつたわる、あのほんのりとした品は、当たり前だが読んでいただくしかない。菓子の一つひとつに添えられた汀女独壇場の俳句となれば
なおさらだ。
一語一語は同じ日本語なのに、
一文ごと噛みしめれば、
涙がこぼれ落ちるほど、美味である。
(昭和30年刊の復刻版)
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